とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

117 / 344
第一一七話、投稿します。
次は一二月一五日水曜日です。


第一一七話:〈充足幸福〉となった日常

九月三〇日。

真守は自分の通う高校の教室で、本日最後の授業の前の休み時間を吹寄と姫神と共に過ごしていた。

 

「朝槻、そう言えば今日の朝持ってた花束は誰かへの贈り物?」

 

「ん?」

 

真守は自身の机のそばの窓に寄り掛かっていた吹寄にそう問いかけられて、心当たりがあって頷く。

 

「うん。今日、友達が病院を退院するから。そのお祝いの品なんだ」

 

「朝槻の友達、入院していたの?」

 

吹寄がデリケートな話になったので恐る恐る声を掛けると、真守は柔らかい微笑を浮かべた。

 

「そうなんだよ。その子はな、私たちにお馴染みのあのマンモス病院にずっと入院していたんだ。今日やっと退院できるからお祝いに渡したくて買ったんだ」

 

真守が説明すると、そこで口を閉ざしていた姫神が真守に問いかけた。

 

「そう。どれくらい入院してたとか。聞いてもいい?」

 

真守はわざわざ一度聞いてきた姫神の心遣いに、穏やかな気持ちになりながら説明する。

 

「かれこれもう一か月だ。退院の理由も完全治療ではなくて処置は全てやったという感じだから、健康体になれたわけではないんだがな。……それでも日常生活を体験できるくらいには元気になれたから。本当によかった」

 

「大事なひと。なのね」

 

「うん。とっても大事な優しい子だ」

 

姫神の問いかけに真守が頷くと、吹寄も真守がその子のことを大事にしていると知って優しく微笑んだ。

 

「吹寄はいるかー!?」

 

だが突如、吹寄は教室の扉をバァン! と開け放った上条当麻に所在を訊ねられてムッと顔をしかませる。

 

「呼ばれてるぞ、吹寄」

 

「何よ!」

 

真守が嫌な予感を覚えつつも吹寄に声を掛けると、吹寄は上条の方を腰に手を当てて振り向く。

 

「一生のお願いだから揉ませて、吹寄!!」

 

その瞬間、クラスの三バカ(デルタフォース)が宙を舞って吹寄へと突進してきた。

吹寄は当然ブチ切れて、土御門と青髪ピアスの腹にそれぞれパンチを決め込む。

そしてそのまま拳を基点に二人を吹き飛ばしながら前に出て、その綺麗なおでこで上条に頭突きをかました。

 

「ぐふっ────!!」

 

上条は背中から教室の床へと叩きつけられる。

 

「……あいつらはやっぱり馬鹿なんだな」

 

「通常運転」

 

真守と姫神が(いきどお)る吹寄の後ろでそれぞれ感想を感想を告げる中、上条達が開け放っていた教室の扉の向こうから小萌先生が現れた。

 

「さーて皆さん。本日最後の授業は先生のバケガクなのですよー……って。ぎゃああ!? ほのぼのクラスが一転してルール無用の不良バトル空間っぽくなってますーッ!?」

 

「平和のためです」

 

「一体何があったのですか!? 吹寄ちゃんが平和維持部隊にならなくちゃいけない理由は!?」

 

真顔で吹寄が告げるので思わず小萌先生が驚愕の声を上げる中、上条がのろのろと手を挙げる。

 

「せ、先生……別に誰が悪かったというわけでは……」

 

「じゃあなんでこんなことにーっ!?」

 

小萌先生が叫ぶと、上条は体を起こしながら不敬にも吹寄を指をさした。

正確にはその大きなふくよかな胸を。

 

「それは、吹寄さんがすごく気持ちよさそうなものを持ってるのに、ちっとも揉ませてくれないからですッ!!」

 

「上条ぉ────!!」

 

吹寄の怒号が教室に響く中、青髪ピアスがむくっと起きあがる。

 

「あ。別に吹寄やなくても形の良いほどよい大きさでごっつ柔らかそうな朝槻のでもゴボォ────!」

 

青髪ピアスが途中で言葉を途切れさせることになった原因はやっぱり真守だった。

真守は青髪ピアスが言い終わる前に体内エネルギーをとっさに操作し、片手で手近な机を持ち上げると青髪ピアスの顔面に投擲(とうてき)

青髪ピアスは派手な音を立てながら机と共に吹き飛ばされて壁際で沈黙した。

 

上条の欲望丸出しの言葉に小萌先生は倒れていたが、真守の怒りの鉄槌が下ったことによって意識を引き戻して必死に怒れる超能力者(レベル5)、朝槻真守を(なだ)めにかかった。

 

そんなこんなで今日も騒がしい小萌先生のクラスでは、大幅に遅れて本日最後の授業である化学の授業が始まった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

八月三一日に、打ち止め(ラストオーダー)を助けるために脳の一部を損傷した一方通行(アクセラレータ)だったが、この(たび)必要な処置は終了したとのことで退院となった。

 

一方通行(アクセラレータ)は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』に関係する『特殊開発研究室』という、彼一人しか生徒がいない学校に所属していたが、『絶対能力者進化計画』に関わるのはもうご免なので学校を辞めることにした。

だが学園都市では、学校に所属しなければ一部の例外を除いて路地裏の武装無能力集団(スキルアウト)のように生きなければならない。

 

超能力者(レベル5)元第一位、現第二位である一方通行(アクセラレータ)武装無能力集団(スキルアウト)(まぎ)れて生活すればもう色々な面からして学園都市の終わりである。

そのため統括理事会は教員免許を持つとある教師の庇護下で当面生活するように、と決定を下した。

 

そのとある教師というのが黄泉川愛穂。

真守が通うとある高校の教員であり、子供には絶対に銃を向けないという信念を胸に警備員(アンチスキル)として活動している人物である。

 

(こンな普通を体現したよォな学校がアイツの通ってる学校なのか……)

 

何の変哲もない、ごくごく普通の突出したところがどこにもない鉄筋コンクリートの学校を見上げながら一方通行(アクセラレータ)が病院から乗っていたタクシーから降りると、黄泉川愛穂と共に朝槻真守が立って待っていた。

 

真守の手には純白で固められた花束が抱かれており、一方通行(アクセラレータ)は彼女らしいと思いながら近づく。

そして一方通行(アクセラレータ)がその花束の次に目を奪われたのは、近付くまで気づかなかった真守の隣に立っていた人物だった。

 

「あ。こんにちは、そしてはじめましてなのです! 月詠小萌先生ですよー」

 

身長一三五㎝。

ピンク色の髪に瞳に、同じくピンクのカーディガンにピンクのワンピースを着ている、どこからどう見てもTHE☆幼女。

 

「何だこの説明不能な生き物は? どっから入り込ンできた」

 

小萌先生の挨拶だけで精神年齢が外見と差がありすぎることを看破した一方通行(アクセラレータ)がそう告げると、小萌先生は愕然とした表情を浮かべる。

 

「なっ初対面で説明不能とはなんですか! こう見えても私は先生なのですよ!」

 

「そォ主張するよォにされてるって事か? ……ッチ。これが『実験』当時囁かれていた『二五○年法』の実態ってヤツか」

 

「よく分からないけど違うのですよーっ! 先生は普通に大学を卒業して学園都市へやってきたのですー!!」

 

「オイ、オマエの学校はどォなってンだ!! まさかコイツはオマエが既に救った人間だとでも言いてェのか!?」

 

小萌先生の主張を全く聞かずに一方通行(アクセラレータ)が自分に話しかけてくるので、真守は至極真剣な表情と声音で一方通行に話しかけた。

 

一方通行(アクセラレータ)。小萌先生はよく分からないが天然なんだ」

 

「……オマエがそォ言うならそォなンだな?」

 

「ああ。よく分からないがそうなんだ」

 

「……コレが?」

 

真守の二度の言葉に一方通行(アクセラレータ)は、小萌先生に自分が使用している現代的なトンファーのような杖の先を向けて(いぶか)しむ。

 

「ああ。しかも一方通行(アクセラレータ)。小萌先生はヘビースモーカーで飲酒大好きでだらしない汚部屋に住んでいる私の先生だ」

 

「……設定盛りすぎじゃねェか?」

 

真守の補足説明を聞いて、外見からは全く想像できないそれらを聞いた一方通行(アクセラレータ)がぽそっと呟くと、小萌先生はまたしても心外だという顔をした。

 

「い、言うに事欠いて設定とは一体どういうことですかーっ!!」

 

「しかもな、この人の専攻は発火能力(パイロキネシス)で学会では割と優秀なんだ。この前もAIM拡散力場についての論文を発表して注目を浴びていた」

 

「なっ……そンな人間だったら確かにオマエの教師になってもおかしくねェな……」

 

「あのう!! 先生を無視して勝手に先生の話を進ませないでくださいー!! 朝槻ちゃんも何さっきから先生のことを無視してるんですかーっ!!」

 

真守と一方通行(アクセラレータ)が仲良さそうに話を続けるので、蚊帳の外状態の小萌先生がそう主張すると、黄泉川が満面の笑みを浮かべる。

 

「アッハハハ。いやー掴みはばっちりじゃんよ」

 

「もう! 掴みのために連れてきたんですか!?」

 

小萌先生が黄泉川へと抗議する隣で、真守は一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)、それと芳川桔梗に近づいて花束を差し出す。

 

一方通行(アクセラレータ)最終信号(ラストオーダー)、芳川。退院おめでとう。最終信号、花束持ってくれるか?」

 

「ありがとう! わあ良い匂い! ねえねえあなたも嗅いでみて、ってミサカはミサカは既にあなたに花束を近づけながらお願いしてみる!」

 

真守が差し出した花束を打ち止め(ラストオーダー)は嬉しそうに優しく抱きしめながら微笑み、一方通行(アクセラレータ)へと向ける。

 

「ブワっ!? テメエ、花粉が鼻に入ってくしゃみが出るだろォが!!」

 

最終信号(ラストオーダー)。あまり一方通行(アクセラレータ)を困らせてはダメだぞ。それにそれは学園都市製だから水に差しておけば二、三週間は持つからな。ちゃんと水は毎日替えるんだ。分かったか?」

 

鼻に突きつけられた花束のあまったるい香りと花粉によってむずがゆくなる鼻の感覚に一方通行(アクセラレータ)が顔をしかめていると、真守は打ち止め(ラストオーダー)へと優しく(さと)すように告げる。

 

「はぁーい! ってミサカはミサカは意気揚々に頷いてみたり!」

 

真守と打ち止め(ラストオーダー)が楽しそうにしている中、一方通行(アクセラレータ)はため息を吐きつつも様子を笑顔で見守っていた黄泉川へと向き直る。

 

「……っつか、オマエは良いのかよ?」

 

「ん? 何がじゃん?」

 

「この俺を居候なンかさせることに決まってンだろ。俺を取り巻く環境がどンなモンかは分かってンだよな。俺を匿うって事は、学園都市の醜いクソ暗部を丸ごと相手にするよォなモンなンだからな」

 

一方通行(アクセラレータ)が黄泉川に確認を取ると、黄泉川は半ばあきれた様子で告げる。

 

「だからこそじゃんよ。私の職業を忘れたか? 警備員(アンチスキル)の自宅を馬鹿正直に襲撃してくる連中は少ないと思うけどね。この街の『闇』は、私たちから見れない位置で活動するのが基本じゃん。下手に宣戦布告すれば、どっちが潰されるかなんて目に見えてんだし」

 

「……死ンでから文句を言うンじゃねェぞ」

 

「大丈夫だよん」

 

一方通行(アクセラレータ)が脅すと、黄泉川は特に気にも留めることではないと簡潔に述べる。

 

「オマエの名前が『連中』のリストに登録されることだってあるかもしンねェ」

 

「その不良グループを更生させんのが私の仕事でね。助けるべきガキを怖がってたら、最初の歩み寄りもできないじゃんよ」

 

「……、」

 

自分の再三の忠告を聞いても黄泉川が軽く答える様子を一方通行(アクセラレータ)は無表情で見つめながら、他にも言わなければならないことがあるか考える。

 

「にしても良かったよ。やっぱりあんたを助けるのは簡単そうじゃん」

 

そんな一方通行(アクセラレータ)を見て、黄泉川は柔らかく微笑んで安心したように呟いた。

 

「本気で言ってンのか?」

 

一方通行(アクセラレータ)が自分を更生できると黄泉川が本気で思っているのかとあざ笑うと、黄泉川はからからと笑って答える。

 

「だってそうじゃんよ。なんだかんだ言いながら、私と住むことになったって聞くと、チェックリストに一つ一つ印つけていって死角を潰そうとしてんじゃん。どんな小さな穴でも塞いで、万に一つも実際に襲撃されないようにって。つまりそれって私たちを守る気満々なんでしょ?」

 

「……、」

 

黄泉川が自分の気持ちを的確に表現したので眉間にしわを寄せた一方通行(アクセラレータ)を見て、真守はくすくすと笑う。

 

「じゃあ黄泉川先生。話がまとまったところで一方通行(アクセラレータ)のことよろしくな?」

 

「任せるじゃんよ!」

 

真守が黄泉川にお願いすると、黄泉川はグッと親指を立てて頷く。

 

「今日は退院したてで私が押しかけたら邪魔だと思うし、私も用事があるからまた今度遊びに行くよ。いいか?」

 

「もちろん! ってミサカはミサカはこの人の代わりに元気よく返事してみる!」

 

真守が問いかけると打ち止め(ラストオーダー)が代わりに答えてくれて、真守は一つ頷くと一方通行(アクセラレータ)へと笑いかける。

 

「ありがとう。じゃあな、一方通行(アクセラレータ)。少しずつ頑張るんだぞ?」

 

「…………ッチ。分かったよ」

 

一方通行(アクセラレータ)が舌打ちをしながらも頷いたのを見て、真守は目を細めて柔らかく笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は一方通行(アクセラレータ)たちが真守と話をしていた校門の近くにいて、イライラと真守たちの様子を見守っていた。

 

(チッ。なんでよりにもよって真守の学校の警備員(アンチスキル)一方通行(アクセラレータ)の管理するんだよ。統括理事会のヤツら、絶対に仕組んでんだろ)

 

そう毒づく垣根の視線の先には黄泉川の車に押し込められた一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)へと手を振っている真守と、その隣に立っている真守の担任教師、月詠小萌が映っていた。

垣根は去っていく一方通行には、最後まで目を合わせなかった。

 

「ううっ先生は、先生は本当に普通に大学に通って卒業して学園都市へと来たんですよっー」

 

「分かったから先生。冗談だ、冗談だって」

 

外から見ていたので分かってはいるが、小萌先生は外見についてイジられたのを未だにショックに思っており、真守がそれを頑張って(なだ)めていた。

どう頑張っても幼女を宥めている女子高生にしか見えない図であるが、あれは泣いている方が先生、そして宥めている方が生徒である。ややこしい。

 

「……あ、そうです。朝槻ちゃん、先生。朝槻ちゃんに聞きたいことがあったんです」

 

「聞きたいこと?」

 

嘆く小萌先生が突然教師モードになって真剣な様子になったので、真守はコテッと首を傾げた。

 

「進路希望調査票のことです。朝槻ちゃんたちは高校一年生ですからざっくりしたものでいいんですけど、朝槻ちゃんはあれで本当に良いのですか?」

 

(あ? そういや真守、執拗に進路希望調査票はカブトムシ(端末)に見えないようにしてたし、俺も内容知らねえんだよな……)

 

垣根が(いぶか)しんでいる前で、真守は切なそうに顔をしかめ、おろしたての冬服のセーラー服をぎゅっと掴んだ。

 

「……ダメかな?」

 

「そんなことありません!!」

 

そんなに推奨されない進路なのかと垣根が考えていると、意外にも小萌先生は興奮した様子で真守の言葉を否定した。

 

「朝槻ちゃんは普通の子とは違いますが、それでも朝槻ちゃんが普通のことを望んではいけないというルールはないのですよ。先生は朝槻ちゃんの夢を応援します!」

 

「……うれしい。ありがとう、先生」

 

小萌先生の勇気づけに真守は幸せそうに控えめながらも微笑む。

 

「朝槻ちゃん。朝槻ちゃんは色々ありましたね。色んな大変な思いをしました。きっとこれからも超能力者(レベル5)第一位として色々と重圧がかかると思うのですよ。でも、初心忘れるべからず。普通の女の子の幸せを望んでい良いんですよ」

 

垣根が何に関して言っているのかと思っていたが、真守の前で小萌先生がしみじみと『女の子の幸せ』と告げるので、垣根は薄く目を見開いた。

 

「……怒られるかと思った」

 

垣根が聞いていることを知らない真守は、小萌先生に責められないと分かってほっと安堵していた。

 

「何故ですか? 先生は生徒さんの夢を決して笑いませんよ?」

 

「……だって、学園都市の顔だからそういう普通のこと望んじゃいけないと思ってたから。……学園都市のために、生きていかなきゃダメだとずっと思ってた」

 

垣根は真守のぽそぽそとした呟きを正確に聞き取って歯噛みする。

真守はずっと自分のことを学園都市の所有物だと思っていた。

それは違うと、垣根は言った。

真守は学園都市が利用するために所有しているモノではない。

真守は自分のモノで、そんな真守を自分は幸せにしてやると、学園都市のために幸せを犠牲にしなくていいと垣根は真守に伝えたのだ。

 

「学園都市の発展のために、朝槻ちゃんの幸せを犠牲にすることなんてないのですよ。……でもちょっと言わせてもらうと、朝槻ちゃんの夢は確かに職種ですが、先生的には進学先を普通に書いてほしかったです……」

 

小萌先生も同じ意見だったらしく優しく(さと)すが、小萌先生は大前提として教師なので最後にはしみじみと教師としての希望を呟く。

 

「ふふっ。どうせ私は専門の機関が作られて朝から夜まで実験三昧だぞ?」

 

「……朝槻ちゃん。朝槻ちゃんが嫌ならそんなところに行かなくてもいいのですよ。パン屋さんでもお花屋さんでも、朝槻ちゃんがしたいことをやれば良いのです」

 

そこで小萌先生は言葉を切ってそっと微笑む。

 

「先生はほっとしました。本当です。朝槻ちゃんに会った時はどうやってこの子に普通の幸せを教えてあげられるか考えましたから。……それを教えるのが先生の役目だと思っていました」

 

小萌先生は真守の幸せについて真剣に考えて、そして自分がずっとそれを願っていたのだと真守に伝えた。

真守はそんな優しい小萌先生を見つめながら呟く。

 

「確かに、私……高校に入学した時、普通ってのが何か分からなかった。でも先生たちに会えたから普通ってものに触れることができた。それが、私はずっと欲しかったんだって分かった」

 

真守は高校に入学してから今日までの事を思い出しているのか、すごく優しく、そして切なそうに思い出に浸りながら告げる。

 

「それで私がずっと欲しかった普通に触れて、夢を見るのもいいなって思った。何があっても希望を持った方がいいなって」

 

真守は心の底から幸せそうな、儚い空気に解けていってしまうかのような眩しい笑みを浮かべた。

 

 

「だから、お嫁さんになりたいなって思えたんだ。好きな男の子の、お嫁さん。皆に会えて、そう思えるようになったんだ」

 

 

垣根はその言葉にそっと目を伏せる。

真守が女の子としての普通の夢を持てたのは自分のおかげだなのだと。

自分も真守のおかげで誰も彼も敵視して全てを利用しようなんて自分勝手な考えから抜け出せたのだと。

自分たちの出会いが互いに良い影響をもたらせたのだと実感できて、垣根は静かに目を閉じた。

 

「うぅー朝槻ちゃんー!」

 

「ちょ、先生なんで泣くんだ!? なんでだ!? ま、まだ卒業式じゃないぞ!?」

 

真守が慌てた声を上げるも、小萌先生は何度もしゃくりあげる。

 

「先生は生徒さんが成長した姿を見ると、いつでも泣いてしまうのですよーっ!」

 

「うわっこの絵面はマズい! 幼女を女子高生が泣かしてる図になるっ!」

 

「うぇぇええ先生は幼女ではないのですー! ロリじゃないのですよーっ!」

 

「そうだ、その意気だ! 頼む泣かないで、先生! ロリっ子!」

 

「もぉー朝槻ちゃん! 先生はロリっ子ではないのですよーっ!!」

 

真守と小萌先生の楽しそうな会話が響く中、垣根は真守が楽しそうにしているのを間近で感じて微笑む。

そして二人の会話が遠くなっていき、垣根は真守が出てくるのをそっと待ち続けた。

やがて、ぱたぱたとよく聞いた足音が聞こえてくる。

 

 

「垣根!」

 

 

垣根が校門に寄り掛かるのをやめて少し歩いて真守の学校の方を向くと、自分の姿を見つけて幸せそうに笑いながら自分の名前を呼ぶ真守が見えた。

 

その姿が本当に愛しくて。

 

垣根はダイブするように自分に向かって走ってきた真守をそのまま抱き寄せる。

そして真守のこめかみにそっとキスをした。

 

「わわっ外でちゅーしないでっていつも言ってるだろ! 恥ずかしい……っ!」

 

真守がキスの感触に思い切り自分の胸板を押すが、垣根は真守が愛おしくて離せなかった。

真守はうーっと、恥ずかしそうに(うな)りながらも、垣根の腰に手を回してきゅっと抱き着く。

そして垣根の気が晴れるまで真守も垣根の腰に手を回しており、垣根が自分から離れようとしたので真守も体を離した。

 

「行くか、真守」

 

「うん。どこに連れて行ってくれるんだ?」

 

真守が人懐っこそうな自分にだけ向けてくる表情を見て、垣根は長い前髪の向こうで目を細めて告げる。

 

「とりあえず飯だ。心理定規(メジャーハート)に聞いたレストラン予約してある」

 

「心理定規から? じゃあ食べた感想伝えなくちゃな!」

 

心理定規(メジャーハート)、という人物の名前を聞いて真守が嬉しそうに微笑む。

日々の出会いや、なんてことない日常を楽しんでいるその姿が、垣根は本当に愛おしくて。

 

「お前が幸せそうで良かった」

 

垣根は想いを止められなくて、そう呟きながら垣根は身をかがめて真守の頬に再度キスをした。

 

「だっだから外でちゅーはヤメテ! ヤメテってさっき言った!」

 

真守が恥ずかしがって身を縮こませて手をぷるぷるとさせるので、垣根はその片方の手を取る。

ビクッと驚いて自分を見上げてきた真守に優しく笑いかけて、垣根はその手に自分の指を絡ませてしっかりと繋いで歩き出す。

真守はむすっとしていたが、垣根の手の大きさと冷たさにそっと目を細めてから垣根を幸せそうに見上げた。

そんな真守が愛しくて、垣根は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「垣根。喋りたいことがいっぱいあるんだ」

 

真守が柔らかく笑いかけてくる様子が本当に愛おしくて。

垣根は真守が騒ぐと分かっていながらも自分と繋いでいる真守の小さくて体温が高い手の甲にそっとキスをした。

真守は口を震わせて顔を真っ赤にしても、嫌がらずに垣根と繋いでいる手をぎゅっと握り返した。

そして二人は仲良く歩き出して、垣根が予約してくれた第二二学区にある心理定規(メジャーハート)が教えてくれたレストランへと向かった。

 




真守ちゃんと垣根くんのデート、始まりました。
嵐の前の静けさですが、幸せそうで何よりです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。