とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一一九話、投稿します。
次は一二月一七日金曜日です。


第一一九話:〈幸福絶頂〉で何も要らない

「…………酷い目にあった……」

 

真守はぐすん、と鼻を鳴らしながら垣根に手を引かれたまま、とぼとぼと歩く。

 

「まあクローンつっても年頃の娘だしな。ちゃんと答えてやりゃあいいじゃねえか」

 

真守の隣で垣根が真守の動揺が可愛くて半分笑いながら告げると、真守はキッと垣根を睨み上げる。

 

「かきねのばか」

 

そして真守はそのままプイッと顔を背ける。完全に()ねていた。

 

「悪かったって。何か食うか?」

 

「食べ物に釣られるほど私はバカじゃない」

 

真守が垣根の問いかけに真守が拗ねた調子のまま告げると、垣根は『ふーん』と言って意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「本当にいらねえの? 俺と食べると楽しいんじゃなかったのか?」

 

「………………かきねのいじわる」

 

「買ってやるから一緒に食おうな?」

 

垣根が顔をしかませる真守の頭をポンポンと撫でると、真守は機嫌悪そうにしながらも垣根を見上げた。

 

「……しょうがないから一緒に食べてあげる」

 

そう答えた真守と垣根が地下街を歩いていると、地下街の通路の中央に、駅にある小さなコンビニのような貸店舗が置いてあり、そこで『どうぶつドーナッツ』というのが売っており、数種類の動物型のドーナッツが売られていた。

 

垣根が買ってくると真守に伝え、真守がテーブルで待っていると、しかめっ面の垣根が手に買った商品を手に持って近づいてきた。

 

「カエルだ。ちなみになんでカエルなの? 垣根、カエルが好きだったか?」

 

垣根が選んだ動物がカエルだったので、真守は小首を傾げて垣根にそう質問する。

 

「どうやら統計を取ってるみてえだ」

 

「統計?」

 

垣根は透明なパックと一緒に真守のために買ったペットボトルの小さいお茶をテーブルに置きながら、真守の向かいに座る。

 

垣根が言うにはとある大学が、どの動物を選ぶかによって統計学的に人間がどんなデザインを好むかという実験をしているらしい。

端的(たんてき)に言えば、流行がどのように流行るかの仕組みを解明するための実験をしているのだ。

 

「気に入らねえから、そこそこ人気がなさそうなヤツを選んできた」

 

あまり有名ではない大学の統計データを取られるのが(かん)に障ったのか、垣根は統計データにあまり影響がない『そこそこ』を選んできたらしい。

 

「卑屈精神……」

 

真守は垣根の性格を的確に表現してそう呟くと、振り返ってどうぶつドーナッツのラインナップをじぃーっと見つめる。

 

「どうした?」

 

「あの中でそこそこに人気がないのはうさぎだ」

 

真守がそこで断言するので、垣根は怪訝な表情をする。

 

「は? ウサギって女子受けいいだろ」

 

垣根が真守のきっぱりとした発言に首を傾げていると、真守は真顔で動物を一つ一つ見つめてつらつらと説明を始める。

 

「黄金比からほど遠い顔つき。あれは意図的に造形が崩されているんだ。それに全体的なバランスもあまり好ましくない。あれはわざとそうしているに違いない」

 

「……お前、流行系の仕事に適性があるんじゃねえのか?」

 

垣根は呆れた半分、感心半分と言った様子で呟く。

 

真守の能力は流動源力(ギアホイール)

物事の流れが分かる特性を持つので流行が手に取るように分かるのだ。

しかも一部の流行は人間が意図的に作っているものなので、真守にとってそれはとても読みやすいらしく、今もわざと流れを操作しようとしているのが分かったらしい。

 

「む。おいしい」

 

真守の口と比べると大きく見えてしまうカエルのドーナッツを、もふもふとちまちま食べながら、真守はそのおいしさに表情を明るくする。

 

「へえ。そこそこ美味いから許してやる」

 

『どうぶつドーナッツ』と表現されてはいるが、要はタコ焼きの生地をホットケーキ生地にして、中にカスタードクリームを入れたものだ。

それでも普通に味がいいので垣根がそう呟くと、真守は顔をしかめっ面にする。

 

「器がちっちゃい」

 

統計データを取られたことにまだ腹を立てているのか、と真守は垣根の器の小ささに呆れながらも、もふっと一口どうぶつドーナッツを口にする。

真守と垣根がお茶をしているとドンガラドンドーン! と誰かが何かにぶつかった音が盛大に響き渡った。

 

「?」

 

真守が振り返ると、そこには道端に置いてある観葉植物に突っ込んだ青髪ピアスがいた。

 

「あああああああ朝槻ぃぃぃそそそそそのイケメンはぁぁあぁぁぁ!」

 

高速振動している物体に顎を乗せたかのように声を震わせる青髪ピアスの隣には、にやにやと笑ってサングラス越しに垣根と真守を見つめる土御門が立っていた。

 

「ゲ」

 

一番はもちろん一方通行(アクセラレータ)だが、この世で二番目に嫌いと言っても過言ではない土御門に見つかった垣根は、全力で嫌そうな顔をする。

 

「ていとくぅーん。ナニナニデートですかぁー?」

 

「うるせえよ、その呼び方で呼ぶんじゃねえ。そしてどっか行けこのロリコン」

 

垣根が殺意を込めて土御門を睨むと、土御門は恥ずかしそうにフォークを口に含んで噛んで顔をしかめている真守を上から下までじっくりと眺める。

 

「いやぁー朝槻もどっちかって言うとロリアイドルみたいなモンしょーこのこのっ」

 

垣根はウザ絡みしてくる土御門の前で、テーブルにダァン! と拳を叩きつけた。

 

「真守のことをテメエの性癖に押し込めんじゃねえ!!」

 

そこで垣根と土御門が知り合いっぽく話をしていると感じた青髪ピアスは、観葉植物に抱き着いてそのまま一緒に倒れていたところから復帰して、二人のもとに直行する。

 

「土御門、そのイケメンと知り合いなん!?」

 

「おう。夏休み前にカミやんがくっそイケメンと朝槻が歩いていたって言ってたろ? コイツがその相手だぜい。垣根帝督」

 

土御門の説明に垣根が嫌な顔をしていると、青髪ピアスはぽん、と手の平に拳を打ち付ける。

 

「ああ、朝槻のスキャンダル相手やね!」

 

「そうそう、アレからずぅーっとアプローチしてて、ようやく朝槻を振り向かせることに成功したってちょっとすごいヤツだぜぃ?」

 

土御門の真守を落とした垣根の経緯を聞いて真守が顔を赤らめている前で、青髪ピアスは驚愕する。

 

「なんやて!? この難攻不落の『塩対応の神アイドル』を撃ち落とした!? もうアイドル引退やん! おめでた!?」

 

真守がブチ切れてガァン! フォークをアルミ製のテーブルに突き刺すと、土御門と青髪ピアスはそれに顔を真っ青にした。

そんな二人を真守は赤らめた顔でキッと見上げる。

 

「アイドルやってないし、おめでたでもない!! ここにまだいて私のことをイジるなら、心臓に電気流して数秒間心臓停止させるぞ!! いいか!?」

 

超能力者(レベル5)第一位の怒りに触れた二人は、楽しそうに笑いながらぴゅーっと走っていなくなる。

 

真守がアルミのテーブルに突き刺したフォークがプラスチックだったので、垣根は『何をどうやったらプラのフォークがアルミにぶっ刺さるんだ、能力か?』 と疑問を持ちつつ、真守があのバカ共を追っ払ってくれたことに感謝して、カエルのどうぶつドーナッツを口に入れた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根、どこに行くんだ?」

 

真守は地下街から出て垣根に連れられて外へと出ていた。

雨雲が広がっているのと夕日が落ちそうになっているのもあって、辺りは薄暗い。

 

「こっちだ」

 

垣根は真守を連れて地下街の近くの大きな公園へと入っていく。

公園の中心には噴水があり、ライトアップされると綺麗だと最近有名な公園だった。

真守と垣根が噴水前に来たときはまだライトアップされていなかったが、ライトアップされる時間を知っていた垣根は噴水の真ん前を陣取ると、携帯電話で時間を見た。

 

「もうすぐだな」

 

垣根が呟いた数分後、完全に陽が落ちる。

そして陽が落ちたのをセンサーが感知したことによって、噴水のライトアップが作動した。

 

途端に水が幻想的に青い光を帯びて辺りが明るくなり、(きら)びやかな光景が浮かび上がる。

 

青いライトアップによって高いところから落ちる水が輝き、時間によって水の流れが変化して飽きさせない仕組みになっており、音楽が小さく鳴り響いているので幻想的な光景が辺りに広がっていた。

 

「…………きれい。……きれいだね、垣根」

 

真守は青い(きら)めきに光り輝く噴水を見つめて目を細めて、ぽーっとした顔で噴水を見つめていた。

辺りが暗いからよく映えるし、何よりこの噴水の水の流れはバリエーションが豊富だと有名なので、いつまでも見ていて飽きなかった。

 

「真守、これ」

 

噴水に気を取られていた真守だったが、垣根に声を掛けられて垣根を見た。

噴水のライトアップで手元まで良く見える。

だから真守は垣根の手に、リングケースが握られているのに気が付いた。

 

「え、え……え?」

 

真守が困惑していると、垣根が真守の両手を取ってそっとリングケースを握らせる。

 

「重たい男になる気はねえが、俺とおそろいのストラップでお前が喜んでたから。だから用意してみた」

 

真守は自分の小さい両手に置かれたリングケースを見つめて呆然としていたが、垣根を見上げて遠慮がちに問いかけた。

 

「……開けてもいい?」

 

「ああ」

 

垣根が即座に頷くので、真守は震える手でそっと蓋を開ける。

 

中には大きさの違うペアリングが入っていた。

宝石などはついていないが、光が入る角度で虹色に変化する精緻(せいち)な模様が入っており、二つで対になっている。

一目で高級品だと分かるものだ。

 

「こっこれは超がつくほどのブランド品だぞ!? はっきり言って婚約指輪レベルの……っ!!」

 

真守はリングケースの蓋の裏に刻まれていブランド名を見て、両手に載せていたリングケースを緊張でぎゅっと掴んで落とさないようにして垣根を見上げた。

 

「別に婚約指輪じゃねえよ」

 

垣根はそう告げると、長い前髪の向こうから優しいまなざしを向けて、リングケースをぎゅっと握る真守の左手の薬指をそっと撫でる。

 

「でも予約な?」

 

「よ……っよやっ…………!? ……ッ!!」

 

真守は垣根の言葉に目を思いっきり見開いて口をパクパクとする。

垣根の大きな手が自分の薬指を撫で続けるので、恥ずかしくなって真守は体に思いっきり力を込める。

 

タイミングが良すぎる。

 

つい先日、真守は進路希望調査票に『好きな男の子のお嫁さんになりたい』と書いたばかりだ。

それを垣根に見せるのは恥ずかしかったから、一度もカブトムシの前に出していない。

垣根が知っていたとしても、このリングのブランドは有名な高級店で、受注生産を主に行っているのですぐに作れるようなものじゃない。

だからあの進路希望調査票を見たから垣根が買ったわけじゃない、と真守は分かった。

分かったからこそ、タイミングが良すぎると、動揺してしまっているのだ。

 

「ここにつけるのは俺が作ってやる」

 

垣根が自分の左手の薬指を撫でながら優しく甘く囁くので、真守は感極まって目を(うる)ませてしまう。

垣根が言っているのは自分の能力である、『無限の創造性』を持つ未元物質(ダークマター)で指輪を造ってやる、という意味だ。

大切なものだから自分が誇りに思っている能力で作ったものを真守に渡したい、そう思って言ってくれているのだ。

 

「じゃ、じゃあこの指輪はどこにつければ……?」

 

真守がリングケースの中に光っているリングはどうすればいいのかと垣根に訊ねると、今度は真守の右手の薬指をそっと撫でる。

 

「右手の薬指。恋人がいるって証だろ?」

 

「そ、そうだけど……あわっ……わわ……私、し、幸せで死んでしまいそう…………」

 

真守は顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。

 

ここ数日、垣根とあまりゆっくり話せなかったからデートしているだけでも幸せだったのに、指輪もくれて自分の将来の約束までしてくれるなんて、ありえない。

真守は既に天国にいるんじゃないのか、という気になってしまっていた。

 

「死なねえよ。俺たちが死ぬわけないだろ?」

 

「う。…………うん」

 

垣根の言葉に真守は寂しそうに頷く。

 

そうだった。

 

これだけ幸せでも、この先どうなるか分からない。

絶対能力者(レベル6)になって、人間ではなくなって。

人間と同じような気持ちを持っていたとしても、きっと、垣根を傷つける。

自分は垣根を傷つけてもそんなの気にしなくなる。

それでも垣根帝督は朝槻真守と一緒にいてくれると言った。

それが真守はとても申し訳なくて。それでもとても、嬉しくて。

 

「いつまで続くか分からない。だが、人間としての一生の思い出はできただろう?」

 

「……うんっ」

 

真守が感極まって目をうるうるさせていると、垣根はそんな真守の頬に優しく手を添えた。

 

「絶対にお前のことは逃がさない。神さまになろうが何しようが、ちゃんとお前の要望通り、俺の嫁にしてやる」

 

真守は垣根の言葉にぽろっと大きい涙を一つ落として、そのままぽろぽろと涙が止まらなくなってしまう。

垣根は真守の涙を優しく(ぬぐ)いながら微笑む。

 

「言っただろ。俺はお前みたいな存在がどうしても欲しかったって。知らない内に欲してたって。そんな存在、いまさら神さまになったくらいで手放せるかよ。──だから、絶対に離さない。ずっと一緒だ」

 

「うん…………っうん。……ありがとう、かきね…………」

 

真守は何度もしゃくりあげながらも、垣根に自分の涙を拭ってくれる垣根を見上げる。

 

「私、最近泣いてばっかりだ」

 

真守が照れ笑いをすると、垣根は真守の頭にコツっと自分の額をつけて笑う。

 

「お前が幸せで泣いてるなら、それでいい」

 

「うん」

 

真守は垣根のつけている上品な香りの香水を感じながら微笑む。

垣根も真守が身に(まと)っている甘い匂いを感じてそっと真守の口にキスをする。

そして真守の手の中にあるリングケースから真守の分の指輪を取ると、真守の右手の薬指にゆっくりとその指輪を通す。

 

「愛してる、真守」

 

真守は垣根からもらった指輪をぽーっととろけた目で眺めた後、優しいまなざしを向けてくれる垣根を見上げて、ふにゃっと微笑んだ。

 

「ありがとう、垣根。私も垣根のこと、だいすき」

 

真守は右手の薬指につけてもらった指輪をそっと撫でた後、垣根の右手の薬指にも、緊張して震える手だとしてもしっかりと指輪を通してみせた。

 

「もう怖くない。だいじょうぶ」

 

真守が自分と垣根の指に(はま)った指輪を見つめながら柔らかく幸せそうに微笑むので、垣根も優しい笑みを浮かべて安堵のため息を吐く。

 

「……良かった」

 

垣根が安堵すると、真守も幸せそうに微笑む。

 

幸せな時間はそう長く続かない。それを自分たちはよく分かっている。

だからこそ、一瞬一瞬を大事にして真守を幸せにしてやりたい。

垣根はそう思ってとろけるように微笑む真守を、ライトアップされて青く煌めく噴水の前で、長い間ずっと抱きしめていた。

 


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