とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一二話、投稿します。
次は八月一七日火曜日投稿予定です。


第一二話:〈生存姿勢〉が眩しくて

垣根は真守を自分の学生寮へと連れてきた。

 

垣根が所属している学校は五本指に入るエリート校だ。オートロックで壁が厚く、休むにはぴったりの場所である。

 

それでも最初、垣根は隠れ家としても使えるホテルに行こうと思っていた。

だがホテルに逃げ込むと必ず特定されていた真守がホテルに行くことを渋ったのだ。

 

現在、垣根は『スクール』構成員で、とある過去がきっかけで自分に頭が上がらない誉望万化に真守の情報操作をさせている。

 

そのため普通のホテルに行っても特定されることはないのだが、過去に襲撃されたことを覚えている真守はホテルに行っても安心して休めないだろう。

 

垣根はそう考えたため、オートロックで学生寮の中で比較的安全な自分の部屋に真守を案内したのだ。

 

真守は自分が渋ったことで垣根の方針を変えてしまったと落ち込んだが、垣根が気にするなと言ったので気を取り直した。

 

「垣根。何作ってるんだ?」

 

朝から走り回って汗だくだった真守は風呂を借りた後、キッチンに立って調理している垣根に近づいて首を傾げた。

 

「俺も昼飯まだだったんだよ。だから、お前の分も一緒に作って──」

 

垣根は熱湯が入った鍋に冷凍うどんを入れようとしており、袋をバリッと開けながら真守の方を振り向いたが、絶句した。

 

髪の毛が風呂で洗われた事により、だだでさえツヤがあった長い黒髪が、しっとりと濡れている。

ほぼ徹夜状態だったので真守の顔色は驚くほどに悪かったが、温まってきた事により血色がよくなり、頬が赤く色づいている。

そして極めつけは垣根が上下貸したジャージを上半身しか着ていなかったのだ。

男受けが良さそうなほっそりとした生足がむき出し状態。

 

シャワーに入ってきてただでさえ色気たっぷりなのに、自分のジャージをミニスカワンピースのように着ている真守を見て、垣根は顔を赤くした。

 

「……っお前、なんで下履いてねえんだ!?」

 

「履いてみたけど、大きすぎて紐を締めてもストーンッて落ちる。それ以前に丈が長すぎて歩けないし。上も上で明らかオーバーサイズだしお尻隠れるからいいかなって」

 

垣根の身長が大きすぎる、と真守は手を振って抗議する。

その手も袖を頑張ってまくってもずり落ちてきているようで、ちまっとしか手が出ていなかった。

 

二〇㎝以上の身長差と男女の体格さがあればこうなる事は容易に想像できたはずである。

 

「………………そう、か」

 

自分の見通しの悪さも感じていたが、自分のジャージが大きすぎると嘆く真守を見て、その真守の体の小ささに垣根は可憐さも少し感じていた。

 

垣根も思春期の男の子である証拠だった。

 

垣根の心中が穏やかではない事なんて真守は考えもせずに、垣根が持っていた冷凍うどんの袋と、その隣においてあったあと二つの袋を見た。

 

「おうどんだ、おうどん。でも、そんなに食べられない」

 

「……だから、俺も昼飯まだだったって言っただろうが。つーか、うどんにおを付ける人間は初めて見たぞ」

 

「? おうどんはおうどんだよ。深城が言って……た」

 

「源白深城が?」

 

「……うん」

 

垣根の問いかけに真守は頷きながら、近くに浮いていた深城をちらっと盗み見た。

 

垣根が冷凍うどんの袋を持っていた時点で、その様子を見ていた深城が『おうどん、おうどんだよ、真守ちゃん! お昼ご飯作ってもらうの初めてじゃない!?』と連呼しながらはしゃいでいたので、釣られて言ってしまったのだ。

ちなみに深城は人の顔が分からないだけで、何を持っているとか何をしているとかは認識はできているのだが。

 

「……そう言えば、うどんで良かったか?」

 

垣根は普段自炊をしないので、冷凍食品に頼るか外食がほとんどだ。

今の状態で外食を選べば、真守が不良に捕捉されるのは必然だったので外食をするワケにはいかない。

そんな理由で冷凍食品に手を出したのだが、真守に昼食の内容がうどんで良いか聞くのを垣根はすっかり忘れていた。

 

「消化が良くて好き」

 

真守はうどんに目を輝かせて上機嫌に告げるので、垣根は真守を気の毒に思った。

真守の消化器官には重度の発達障害があり、食事を満足に食べられないと知っているからだ。

 

真守が上機嫌なのは、別に垣根が消化の良いうどんを昼食に選んだワケではない。

病院食以外で誰かに食事を作ってもらう事が初めてだから、上機嫌になっているのだ。

 

真守はご機嫌なまま垣根から離れていき、ローテーブルの方へ駆け寄ってその前にちょこんと座る。

テーブルの近くにはコンビニで買い物したビニール袋が置いてあり、その中から真守は市販の経口補水液を取り出して蓋を開けた。

 

「いつもと味が違う」

 

真守が一口飲んでからしかめっ面をして首を傾げているので、垣根は真守をますます気の毒に思った。

 

コンビニには普通にジュースなどが並んでいたのに、真守が選んだのはよりにもよって経口補水液だった。

経口補水液なんて、病気で弱っている時にしかおいしいと感じない程の薄味だ。

それなのにその経口補水液の味の違いが分かるとまで言い出したのだ。

 

人間の三大欲求である食欲と、真守は一体どうやって付き合って生きているのだろう、と垣根は疑問に思いながら昼食作りを再開する。

 

『実験』の弊害でまったく食に関心がない真守は、垣根が昼食を作っている間に部屋を見渡していた。

 

綺麗に整頓されて掃除が行き届いている部屋。

インテリアはシンプルながらも高級ブランドで取り揃えてあるので、高級スーツを着ている垣根にぴったりだな、と真守は勝手に思っていた。

 

「部屋見回して楽しいか?」

 

「うん。垣根っぽい」

 

自分の感じた事を微笑みながら真守が素直に告げると、垣根はその笑みが眩しくて目を細めた。

 

真守に純粋な好意を寄せられると、これまでの罪悪感が募り、垣根はどう反応すればいいか困ってしまうのだ。

真守は垣根が後ろめたい想いになっていると感じて、柔らかく微笑んだ。

 

垣根が作ってくれたうどんが入ったどんぶりが目の前に置かれた真守は、目を輝かせると手を合わせた。

 

「いただきます」

 

真守は手を合わせて食事前の挨拶をしっかりして、おまけに少し頭を下げた。

 

(イマドキ食事の時に心の底から感謝するガキなんていねえよ)

 

垣根は心の裡で呟きながらも、真守の様子を穏やかな目で見つめていた。

 

真守は外見通りの猫舌なので、うどんに何度も息を吹きかけてから口にする。

だが、それでも熱かったのか耐えるように顔を歪ませた。

 

よく噛んで飲み込むと、真守は斜め右に座っていた垣根に向かって顔をほころばせた。

 

「おいしい!」

 

「……そうか」

 

冷凍うどん如きで高級レストランの食事に舌包みを打つようにとろけた顔をする真守。

そんな真守を大袈裟な奴だ、と思いながらも垣根はふっと柔らかく微笑んだ。

真守はゆっくりと時間をかけて食事をすると、所持していた薬を経口補水液で飲んでから一息つく。

 

「聞いてもいいか?」

 

「私が襲われている理由か?」

 

「ああ」

 

垣根は『スクール』の構成員である誉望に調べさせた事を思い出しながら呟く。

ゲームを主導して、ターゲットを真守にした原因となったのは一つの掲示板にアップされた真守の画像と謳い文句だ。

それを書き込んだ人間を誉望に調べさせたのだが、誰か特定できなかったのだ。

 

暗部組織『スクール』の情報網を使っても誰か特定できないという事は『スクール』よりも上位に位置している存在しかありえない。

 

「ゲームは、学園都市上層部が糸を引いてんだな?」

 

「うん」

 

真守は勝手知ったる様子で頷いて、続けた。

 

「私は超能力者(レベル5)として承認されてないから、データを取るためにこうやって時々不良をけしかけられる。耐久テストみたいなモンだ。上層部が情報を流す度に、それが必ずネット上のどこかに残るから、普段もちょこちょこ不良に絡まれる。それすらも利用して、ヤツらはデータ収集してると思う」

 

垣根は事情を聞いてあからさまな敵意を抱いた。

 

学園都市は何もかも好き勝手に奪っていく。

人の命を使い潰して大事なものを奪っていく学園都市が憎い。

学園都市に星の数ほどの悲劇があり、それをしょうがないと諦めている連中も腹立たしい。

自分のやりたいようにやってふんぞり返っている学園都市の喉元を垣根は食いちぎってやると決意した。

 

だからアレイスターが主導している『計画(プラン)』を突き止めてめちゃくちゃにして主導権を握って全てを変えたかった。

だから『計画(プラン)』の主要人物である流動源力(ギアホイール)の情報を探して、そして――真守に会えた。

真守の在り方によって自分の信条を折られたが、それでもやっぱり真守が大事な存在である事に変わりはない。

 

そんな真守を学園都市は己の利益のために良いように扱っていた。

 

許せない。

傷ついて。罪を犯して、立ち上がって。大切なものを守るために不用意に人を傷つけないようにしながら、この学園都市の『闇』と一人で戦っている真守が学園都市に良いように扱われているなんて、到底許せる事じゃない。

 

垣根の殺意が溢れて空間がヂヂィッとひりつく音が辺りに響く。

 

「垣根」

 

真守はそんな垣根の殺気をモノともせずに手を垣根の頬に添えた。

 

柔らかく小さな温かい手が自分の頬に触れた事によって、呑まれた怒りから垣根は現実に帰還する事ができた。

垣根は自分の頬に手を伸ばした真守の顔を見た。

 

「私のために怒ってくれてありがとう」

 

垣根が誰のために、そして誰に対して怒っているかを正しく理解している真守は、柔らかく微笑んで感謝を垣根に伝えた。

 

垣根は長い前髪の向こうでそっと黒曜石の瞳が輝く目を伏せた。

真守はそんな垣根を見つめて微笑みながら、ふと思い出したことがあった。

 

「でも気になる事があるんだ。今回の耐久テストはおかしい。上層部の意図に、違う意図が干渉している」

 

「違う意図?」

 

真守はウェストバッグからPDAを取り出して起動させると、とある掲示板を見せた。

 

幻想御手(レベルアッパー)……?」

 

「これがどうも関係しているみたいなんだ」

 

「どういう事だ?」

 

「私に襲い掛かってくる連中、不良だけじゃなくて普通の学生も多いんだ。しかも、みんな能力の強度(レベル)が高い。まるで、手に入れた力がどこまで通用するか腕試しをしているようだった。少し調べたら、都市伝説に幻想御手(レベルアッパー)ってのがあったんだ。どこから漏れているのか知らないが、都市伝説には学園都市の『闇』の真実が多い。だから、コレは確実にあると思うんだ」

 

「ふーん。……使えば強度(レベル)が格段に上がる? なんだコレ。そんなのが本当にあったら無能力者(レベル0)なんていなくなるだろ」

 

幻想御手(レベルアッパー)

それを上層部が作る理由はない、と垣根は考える。

伸びしろがある能力者を選別するために素養格付(パラメータリスト)というものがある。

素養格付(パラメータリスト)によって、学園都市上層部は未来がある能力者を選定し、予算を効率よく回わしているのだ。

 

だから無能力者(レベル0)の強度を上げる幻想御手(レベルアッパー)なんて作る意味がない。

学生の六割は上層部が育てる価値がないと判断した学生たちだからだ。

 

「……待て。幻想御手(レベルアッパー)っつーモンが本当にあるとして。なんでお前はコレが上層部の意図じゃないって気づいてるんだ?」

 

真守は上層部と幻想御手は別口だと先程言っていた。

上層部が幻想御手(レベルアッパー)を作るハズが無いと真守は知っているのだ。

 

(研究所にいたからの素養格付(パラメータリスト)の事を知っている?)

 

垣根が疑問に思っていると、真守は躊躇(ためら)いがちに告げた。

 

「垣根が知っているか分からないが……。学園都市は能力者の時間割り(カリキュラム)に手を抜いているから」

 

素養格付(パラメータリスト)を知っているんじゃなくて、手を抜いている?」

 

「垣根、素養格付(パラメータリスト)の事知っているのか?」

 

真守が逆に問いかけきたので、思わず訊ねた垣根はしまったと思った。

 

真守は垣根が暗部の人間だと気が付いているが、垣根は真守がどこまで自分の身分に気づいているか知らない。

素養格付(パラメータリスト)を知っているという事は、学園都市の『闇』にどっぷり浸かっているという事を示しているので、まずは暗部組織に所属している話からするべきなのか。

 

垣根が説明に困っていると、真守は垣根の困惑に気が付いて経緯を話した。

 

「私が素養格付(パラメータリスト)の存在を知ったのはつい最近だ。でも、前から違和感を覚えていたんだ。……垣根、AIM拡散力場については理解が深いか?」

 

「理解が深いってどれくらいかは知らねえが、超能力者(レベル5)として必要な知識は持ってる」

 

AIM拡散力場。

能力者が無自覚に発している力の事で、精密機器を使わなければ人間には観測できないレベルの微弱なものだ。

AIM拡散力場は能力者の強度(レベル)に関係なく発されており、それぞれに個性があるとまで言われて研究が進められている。

 

だが、何故ここでAIM拡散力場の話が出てくるのだろう。

垣根が疑問に思っていると真守がそれに応えた。

 

「AIM拡散力場を感じ取ってみるとな、もう少しまともな強度(レベル)で能力を発生させられる子たちが異常に多いんだ。私のクラスメイトは特にそれが顕著(けんちょ)で、学園都市が手を抜いているとしか思えなかったんだ」

 

「待て。お前、AIM拡散力場を感じ取る事ができるだけじゃなくて、その能力者の本当の出力まで測れるのか?」

 

流動源力(ギアホイール)は簡単に言えば、新たな流れを作る能力だ。だから元々あるエネルギーの流れを、私は感知する事ができる。微弱な力だろうがなんだろうが関係ない。……AIM拡散力場には能力者の()()()()()が現れるんだ。だから色々調べた結果、素養格付(パラメータリスト)に辿り着いた」

 

真守の能力由来の特技に、垣根は絶句した。

 

AIM拡散力場を研究している研究者にとって真守の力は垂涎(すいぜん)モノだ。

AIM拡散力場の研究が進めば、能力者の気配は愚か、相手がどのくらいの強度(レベル)であるかさえ分かると希望を持たれている。

 

真守はその希望を感覚だけで掴んでいるという事だ。

 

流動源力(ギアホイール)

その能力の利用価値には無限の可能性が秘められている。

本当に真守が超能力者(レベル5)として正統に順位付けされていたら、一方通行(アクセラレータ)なんて余裕で押しのけて第一位に君臨するほどに。

 

流動源力(ギアホイール)が制御できない程に強大な能力で、それが理由で上層部が超能力者(レベル5)として順位付けしていない、という事実が真守の告げた能力の有用性で明るみになった。

 

その気になれば真守は学園都市を滅亡させる事だって可能だが、真守は学園都市へと反旗を翻す気がない。

身勝手に力を振るえば人々が傷つくと知っているから。

学園都市から伸びる魔の手を振り払いながら、他人の事を思いやりながらも、自分の周りにいる大切な存在のために戦う。

 

この学園都市で抗いながら生きていく真守の在り方は、『闇』に囚われている者たちにとって『希望の光』だ。

『闇』に生きる誰もが真守の在り方を目指したら、きっと学園都市の『闇』は消え去るだろう。

それくらい、朝槻真守が生きようとしている道は険しくも眩しく、尊いものだった。

 

「垣根? 大丈夫か?」

 

垣根が物思いにふけっていると真守が心配そうな視線を自分に送っていた。

 

「問題ない。それで、幻想御手(レベルアッパー)の事だが……真守?」

 

「? なんだ?」

 

切り出そうとした垣根だが、真守の異変に気が付いてふと、真守の名前を呼んだ。

真守は名前の呼ばれた意味が分からずにきょとっと目を丸くしていたが、垣根は顔をしかめたまま訊ねた。

 

「お前、本当に大丈夫か? 顔色すごい悪いぞ」

 

お風呂に入って顔が赤くなっていた真守だが、その顔色が真っ青になっていた。

真守はぺたぺたと顔を触ってから申し訳なさそうに笑った。

 

「消化器官が頑張ってるからどうしても疲れが顔に出てしまうんだ。昨日あんまり寝てなかったし……正直、具合は良くない」

 

「早く言えよ。とりあえず幻想御手(レベルアッパー)の事はこっちで調べておく。お前は少し休め」

 

垣根は焦った表情で真守にベッドへ行くように促すと、真守はもう一度申し訳なさそうに微笑んでから横になった。

 

余程疲れていたのか、真守は五分どころから一瞬で眠りについてしまった。

五分以内に寝るのはほぼ気絶に近いと言われているからそれで寝てしまえば相当だ。

垣根はそこまで真守が疲弊していたと知らなくて、真守の置かれている現状に歯噛みする。

 

垣根は眠る真守の、肌触りの良い黒い猫っ毛に覆われた頭をそっと撫でてから立ち上がると、誉望へと通話をかけた。

 

「誉望。今すぐ幻想御手(レベルアッパー)について調べろ」

 

垣根が苛立ちを込めて誉望に命令すると、誉望は垣根の機嫌がここ最近で一番急降下している事に恐怖を覚えながらも迅速に対応した。

 

 




パシリな誉望くん。
真守ちゃんが一六〇㎝くらいなのにちんまりとしているのは、身長を能力で無理やり伸ばしたせいです。
元々真守ちゃんは遺伝的に大きくなる子じゃなかったんですが、『実験』によって体が成長していなかったので伸ばす必要があった。
女性の平均や理想くらいあったら大丈夫と考えて、自分が本来成長する身長よりも大きくしたせいで体が身長のわりに小さい。
そういう経緯です。

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