とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一二五話、投稿します。
※次は一二月二四日金曜日です。


第一二五話:〈秋冷夜半〉で全てが変わり

「真守ちゃん、どこに行くの?」

 

インデックスに『天使』化を解いてもらった深城は、雨の中、ただひたすらに目の前を歩き続けるこの世で最も愛しい少女の後ろをついて歩いていた。

 

今の真守は自身が所属している高校のセーラー服を着込み、いつものようにニーハイソックスとローファーを履いている。

そして身長よりも長かった蒼みがかったプラチナブロンドも、いつもの黒髪に戻っていた。

だがそれは体裁(ていさい)を整えているだけで朝槻真守はもう人ではないし、着ている服も実はエネルギーを偏光させているだけで本当は何も着ていなかった。

 

全裸でカモフラージュの服を着ていて学園都市の街を歩いていても、真守は何も思わない。

 

何故なら朝槻真守は絶対能力者(レベル6)へと至り、人ではない存在となってしまったから。

人の精神ではなく、神の精神を獲得した。

 

だからなのだろう。

 

朝槻真守は一度も、源白深城の問いかけに応えなかった。

 

「真守ちゃん」

 

深城はそれでも、何かを探して立ち止まったり、方向をくるっと変えたりして再び歩き出す真守の名前を何度も呼ぶ。

 

「ずっと何を探しているの? 何を探してるか言ってくれたら、あたしも探すから」

 

それでも真守は応えない。

 

真守は水辺を中心として歩き回っており、突然ピタッと止まると、向きを変えて市街地の方へと入っていった。

 

深城は雨の中真守を懸命に追う。

そんな真守が突然立ち止まった。

深城が(うかが)うように前を見ると、そこには電動車椅子に座った少女がいた。

 

八乙女(やおとめ)緋鷹(ひだか)

真守の仲介人として学園都市上層部が派遣してきた少女だった。

 

「お探しかしら?」

 

「探してた」

 

深城が訝しむ中、真守は深城の問いかけに一度も答えなかったのに、緋鷹の問いかけには間髪入れずに答えた。

緋鷹はそれを受けて柔らかく微笑む。

当然だと言うように、それでもほっと安心した様子で。

 

「なら、()()()()()()?」

 

緋鷹の言葉に真守は薄く頷いた。

そして緋鷹は真守の後ろから不安そうに見つめていた深城を見た。

 

「あなたはどうするのかしら?」

 

深城は緋鷹に問いかけられて息を呑んだ。

 

「………………そこに、真守ちゃんの幸せはあるの?」

 

「幸せ?」

 

緋鷹はそんなことを聞くのが心底おかしそうに微笑む。

 

 

「そうね。あなたの望む人としての真守さんの幸せはないかもね?」

 

 

深城はそれを聞いて沈黙する。

真守は振り返りもしない。ただ事態が収束するのを待っているだけだ。

 

「………………じゃあ、行かない」

 

「そう」

 

緋鷹はそこでくるっと電動車椅子を動かして背を向ける。

 

「でもあなたは真守さんの天使なのだから、わがままがいつまでも通用すると思わないで」

 

緋鷹はそう冷たく言い放つと、真守と一緒にその場を去っていく。

深城のことを、真守は一度も見なかった。

 

深城はきゅっと自分が穿いているデザインが気に入った、どこかの学校の冬服のスカートを握り締める。

 

そして、真守と緋鷹が消え去った方向とは真逆へと駆けだした。

 

冷たい雨が自分の全身を叩く。

途中で何度も転びそうになったけれど、それでも深城は必死に夜の学園都市を走り続けた。

 

真守の人としての幸せを取り戻すために。

真守の人としての日常を取り戻すために。

真守が人であった時に持っていたささやかな願いを守るために。

 

でも自分だけの力では、真守のために自分が願うものを取り戻せないと源白深城は分かっていた。

何故ならいつだって自分は朝槻真守に守ってもらっていたからだ。

 

だから。

自分と一緒に戦ってくれる心強い『彼』に真守の身に何が起こったか伝えるために、ただ懸命に学園都市内を走っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と緋鷹は何の変哲もないリムジンに乗って移動していた。

真守は夜の学園都市の風景をじっと見つめている。

 

「気分はどうかしら?」

 

「分かってるくせに」

 

真守は緋鷹の問いかけを聞いて、うっとりとした笑みで自分を見つめる緋鷹を見た。

 

まるで、幾星霜(いくせいそう)も待ち焦がれた存在へと会合を果たす事ができたと言った風に。

ずっと恋焦がれていたのだという感じに。

神である真守を見つめていた。

 

先見看破(フォーサイト)

 

緋鷹は真守の言葉にただただ笑う。

それは、予知能力系統に属する八乙女緋鷹の能力名だった。

 

予知能力系は『嫌な予感がしたんだよね』『何ソレ、予知能力(ファービジョン)でも目覚めたの?』と、学生の間では嘲笑に使われるような能力系統だ。

何故ならば未来を予見する能力とはオカルトが混じってくるので、誰も彼もがオカルトなんて、とあざ笑うのだ。

その証拠に未来予知の分野はほとんど解明されておらず、予知能力系は非常に珍しい。

 

「人間の時に倉庫(バンク)で調べたのね?」

 

緋鷹が絶対能力者(レベル6)に意味のない問いかけをすると、真守は興味無さそうな顔をした。

 

「調べた」

 

それでもきちんと答えた真守を見て、緋鷹は思わず目をぱちぱちと(またた)かせる。

 

「アラ、意外と素直ね」

 

「それで? お前はどの程度視えるんだ」

 

真守はそんな緋鷹を無視して、自分の気になっていることを問いかけた。

 

「つまらないものよ。それに私は大きな未来を()ることはできないの。視るには色々と手順も必要だし、役立たずな能力よ」

 

自分の能力を卑下する緋鷹を、真守は無機質なエメラルドグリーンの瞳で見つめて、そして淡々と告げた。

 

「それでもお前は()えていた」

 

「そうよ。あなたはいつだって私が苦しんだ先に立っていた」

 

緋鷹はそっと自身の動かない足を撫でながら微笑む。

 

「そんなあなたに恋焦がれるのは普通のことじゃない?」

 

真守はその問いに答えない。

 

「その足は代償か?」

 

そして質問を質問で返した。

そんな真守を見て、緋鷹はくすっと自嘲気味に笑う。

 

「ええ。大切な人を助けようとした代償。……それでもその人も運命には逆らえなくて、その時は生きたけど結局死んだわ」

 

真守は緋鷹の言葉に応えない。

そっと目を細めただけだった。

 

「お前はそんなに私がほしいの?」

 

「ええ」

 

真守の問いかけに緋鷹は間髪入れずに答えた。

 

「私たちはあなたが欲しい。正確にはあなたが根付いた優しい世界がね。だから私たちはあなたを安全に、そして尊く気高くこの地に根付かせてみせるわ。私たちの神さまを食い物になんかさせない。だって私たちが(かか)げるものは、教え導く宗教とは違うのよ」

 

真守は緋鷹の宣言を聞いてフッと視線を逸らして静まり返った夜の学園都市を見つめた。

 

「私は別にどうでもいい。それでもお前たちが望むのであれば、お前たちの好きにすればいい。──ただそれだけ」

 

「ありがとう。我が『(しるべ)』」

 

緋鷹は真守の言葉に柔らかく微笑み、そこで(ふところ)からハンカチにくるまれた『何か』を取り出した。

 

「探していたのでしょう。確認したら?」

 

「いい」

 

緋鷹はハンカチを広げて『それ』を差し出すが、真守は『それ』を見ずに告げた。

 

「無事なのは分かってるから」

 

「……では、お預かりするわね」

 

緋鷹は自分の動かないひざの上に、ハンカチに載せたまま『それ』を優しく置いた。

緋鷹はそれを愛おしそうに、そして切なそうに見つめる。

 

光が入る角度によって虹色に輝く、精緻(せいち)な模様が刻まれた女物の指輪を、何物にも代えがたいかけがえのないものとして緋鷹は柔らかく見つめ続けていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「………………く、」

 

垣根帝督は朝日に照らされて意識を取り戻した。

ぼーっとしていたが、自身が気を失っていた事に気が付くと即座に身を起こした。

 

今は『スクール』の他の構成員と一緒に学園都市を揺さぶれるような情報の精査を行っていたはずだ。

だがその最中に学園都市に侵入者が来たと通達があり、厳戒態勢を敷くようにと言われた。

その侵入者について考え、弓箭を呼び寄せようと時、昏倒したのだ。

 

辺りを見回すと誉望万化、心理定規(メジャーハート)が昏倒しており、まだ起きていなかった。

 

垣根はそこで次の異変に気が付いた。

自分の端末であるカブトムシが完全に沈黙している。

垣根は即座にネットワークを励起(れいき)させて命令を送ると、カブトムシは機能停止状態に(おちい)ってはいるが指揮系統が生きていて、即座に再起動を始めた。

 

「何が…………」

 

一体、何が起こったというのだろうか。

垣根は時間を確認するために携帯電話を取り出す。

すると着信が何十件も来ていた。

 

源白深城と杠林檎、それとその下に真守の家にある固定電話からの連絡が最新に並んでいたが、(さかのぼ)っていくと真守からも連絡が入っていた。

 

そしてその真守からの一件だけの着信だけ、留守番電話にメッセージが残されていた。

 

垣根はそれを見て嫌な予感がした。

心臓が不穏な鼓動を打って脈打つのを認識しながら、留守電を起動させて携帯電話を耳に当てた。

 

 

〈垣根〉

 

 

真守の愛おしそうに自分を呼ぶ声が聞こえてきて、垣根は目を見開く。

 

 

〈だいすき〉

 

 

自分に愛を伝えてくれているのに、何故か心にぽっかりと穴が空くのを垣根は感じた。

 

 

〈またね〉

 

 

その言葉を最後に、メッセージが終了したとアナウンスが流れる。

 

ただ愛の告白を伝えたかっただけでまた話そうね、連絡するね、という意味ではないと垣根も分かった。

 

朝槻真守は。

 

今生の別れのために最期に言葉を遺したのだ。

 

 

その時、垣根帝督には光に(ほど)けて消えていってしまう儚い笑顔の朝槻真守の幻が見えた。

 

 

耳に当てていた携帯電話を握る腕に力が入らずに、ずるっと重力に(のっと)って垂れ下がる。

そして垣根はそのまま軽い音を立てて携帯電話を床に落とした。

垣根が携帯電話を落とした音で意識が覚醒したのか、心理定規(メジャーハート)が目を(こす)りながら目を覚ました。

 

「…………どうしたの?」

 

心理定規(メジャーハート)は朝日が立ち昇っていることよりも、垣根帝督が無表情のまま絶望していることに気が付いて動揺の色を見せた。

 

 

さっきまで、一緒にいたのに。

 

本当についさっきまで、幸せそうに笑っていたのに。

 

朝槻真守は自分のそばにいて、もう幸せそうに笑いかけてくれないのだと。

 

垣根帝督は心の底から思い知らされて、一ミリたりとも動けずに、ただ呆然としていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

この日。学園都市は正式に魔術集団の存在を肯定した。

 

学園都市の外──ローマ正教には『魔術』というコードネームを冠する科学的超能力開発機関があり、そこから攻撃を受けたのだという報告書を学園都市はまとめ、その日の内に世界各国のニュース番組で取り上げられた。

 

一方、ローマ正教は学園都市の内部で『神』ならびに『天使』の存在を確認。

 

十字教の宗教的教義に反する冒涜(ぼうとく)的な研究がおこなわれているとして、ローマ教皇自らが学園都市を非難した。

 

ローマ正教という神や天使という存在を肯定して信仰する者たちが、魔術という名の科学的超能力開発を行い、あまつさえそれを使って攻撃してきたと学園都市は主張する。

 

神や天使という存在を肯定しているローマ正教は、その二つを科学的超能力開発によって学園都市が(おとし)めていると主張した。

 

互いは互いの主張を『馬鹿馬鹿しい』と一切認めず、そして自らの主張のみを相手に叩きつける。

 

そこには一切の譲歩や妥協と言った色は見られず、むしろ争いが激化するのを望んでいるような動きさえあった。

 

争いの火種がつくられた。

学園都市とローマ正教の正面対立。

世界で三度目になるかもしれない。

 

科学と宗教というそれぞれの主張が衝突する、大きな大きな戦争が今、起きようとしていた。

 

 




〇九三〇事件、終幕。

次章。
暗部抗争篇。

垣根帝督が自身の欲望のためではなく、大切な人を取り戻すヒーローとして戦う物語が、いま幕を開ける。



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