次は一二月二六日日曜日です。
上条当麻は携帯電話を見つめていた。
今日はクラスメイトと一緒にすき焼きを食べにとある店に来ていた。
理由はもうすぐ戦争が始まるかもしれないから、物価が上がる前にたらふく食っておきたいというものだ。
先程まで店の中にいてすき焼きを囲んでいた上条だったが、育ち盛りの高校生にはセットの鍋だけでは足りないので追加注文を待っている状態だ。
そのため外に出てちょっと一休みしようとでも思っていたが、気になっている事があって全然休まらなかった。
これからの戦争のこと。
そして真守と九月三〇日以降連絡が取れないことが上条は気になっていた。
携帯に電話を掛けても一向に出ないため、
するとその時丁度荷物を取りに来た深城と出会った。
深城に話を聞いたところ、『真守ちゃんは
確かに真守は学園都市の顔なのでローマ正教と戦うことになれば必要な存在だろう。
だがその理由だけではイマイチ納得できなかった。
九月三〇日。真守は
だからそのせいで体を色々調べられているんじゃないか、と上条は思っていた。
真守のことだから心配はないと思うが、それでも気にはなる。
だが上条当麻が一番気になっていることはそれではない。
「カミやん」
上条が声を掛けられて振り返ると、そこには土御門が立っていた。
「土御門」
「朝槻のことか?」
「ん? ああ、そうだな」
上条はそこで寂しそうに笑って、一番気になっていることを口にする。
「すき焼きを一緒に食べられなかったから、寂しく思ってねえかなって」
土御門は上条の言葉に思わず沈黙してしまう。
土御門は知っている。
朝槻真守は人ではない
だから、彼女はおそらく寂しいという感情は持ち合わせていない。
普通なら上条当麻の考えを異常だと思うだろう。
何故なら上条当麻は
彼女が人ではなくなり、神と
「確かにあいつは変わっちまったみたいだ。俺とは違ってたくさんのことが見通せてるんだと思う。……でもさ、」
上条は土御門の考えを読み取って一つ頷きながら告げる。
だがそこからニッと柔らかで心強い笑みをうかべて 告げた。
「アイツの根本的なところは何も変わっちゃいなかった。俺が信じてる朝槻だった。だからきっと寂しがってるよ、きっと」
上条当麻は、朝槻真守に救われている。
全てを忘れてしまったあの朝に。朝槻真守は何もかも失くした上条当麻にこう告げたのだ。
『私とお前は友達だった。そして今でも変わらずに友達だ。お前の記憶が消えただけでこの関係が変わる事なんてありえない。私が信じている上条当麻は、記憶がない程度では揺らがない』
だから
そして、上条当麻と友達なのだ。
それに真守の本質は何も変わっていなかった。
どんなに変わってしまってもそこだけは変わっていなかった、と上条は感じた。
だから気になるけど朝槻ならきっと大丈夫だと、上条当麻は思っている。
「……そうか」
土御門はそう呟く。
上条当麻がそう感じるならそうなのだろう。
彼女がどこに行ったかも、どうしているかも土御門には分からない。
だがそれでも二人の友達である土御門元春は二人を信じようと、そう思った。
「ああ。アイツもどっかで頑張ってんだ。だから俺も頑張らないとな」
上条が寂しそうに笑うので、土御門は責任を感じている上条に事実を告げる。
「……これから起こる戦争は全部自分のせいだって思ってんなら大間違いだぞ。お前はこれまで周りの連中を守ってきたんだ。戦争が起こったのは裏方がしくじったからだ。始まるぞ」
「ああ、そうだな」
上条は土御門の言葉に頷く。
確かにさまざまなことに関して自分が中心にいたと思う。
それでもやらなければならないことはずっとやってきた。
間違えだけは起こさないようにやってきた。
だから自分のやってきたことに、悔いはない。
「戦いの規模が変わる。今のままでこれからの局面を潜り抜けるのは難しいだろう」
「……そうだな。むしろ、今までなんとかできてた方が奇跡的だったんだな」
上条はこれまで自分を助けてくれてきた真守、インデックス、イギリス清教の魔術師たち、土御門のことを考えて拳を握る。
「今まで俺は甘えていたんだ。自分の知らない世界のことを。全部他人に任せてた。でも、これからはそれじゃダメだ。俺は、今まで見てこなかった新しい世界に足を踏み入れなくちゃいけないんだよ。──土御門。俺は決めた」
「カミやん」
上条が覚悟を決めたので、土御門はその覚悟を聞いて緊張した様子で上条の名前を呼んだ。
そんな切迫した空気の中、上条は言い放った。
「そう。俺は──これから英語を勉強する!!」
「えええぇ────…………?」
土御門はその意外な決意を聞いて硬直し、思わず間延びしたドン引き声を上げた。
「今、日常会話のレベル3に挑戦してるんだけどやっぱり英語って難しいなあ。でもいい加減に日本語以外の言葉も覚えないと。ローマ正教とか『神の右席』の連中だって、いつもこっちの言葉に合わせてくれるとは限らねえからな!」
「あの。…………何故、この局面で。え、英語……?」
土御門が意味が分からないと上条に問いかけると、上条は腕を組んで怪訝な顔をする。
「え? ローマだからイタリア語の方がいいのかって? でも連中って世界に二〇億はいるんだよな。なら英語の方が良くないか?」
土御門は思わず上条の考えに呆然としてしまう。
生き残るための矜持とか、もっと決意とか、そういうものがあるはずだ。
それよりも、英語。
何としてでも、英語。
二〇億に対して言葉を叩きつける。
そんなバカげた話があるものかといったところだが、上条当麻は本気だった。
「まあ言葉が通じなくたってソウルは伝わると思うけどさ。やっぱ通じるに越したことはないと思うだんよ。みんながみんな日本語できるわけじゃねーもんな。っつーか、今まではみんな日本語で合わせてくれてたけれど、こっちがそれに甘え続けるのはダメなんだよ! つまり、結論を言うとだな、」
そこまで言って上条の意識は途絶えた。
何故なら上条の腹に土御門が拳を叩きこんだからだ。
土御門はため息を吐きながら気絶した少年を無視してすき焼き店へと戻っていった。
上条当麻が追加注文のお肉を食べられなかったことは、想像に
事実、上条当麻は追加注文のすき焼きにありつけなかった。
──────…………。
垣根帝督は薄暗い室内の中でベッドに寄り掛かってじっと首に掛けてある指輪を見つめていた。
真守に渡したペアリングの片割れ。
精緻な模様が光の入る角度で虹色に色を変える指輪だ。
それを見つめながら垣根は歯を食いしばる。
真守からの最期の言葉は、とても満ち足りた声だった。
私はとっても幸せだったから大丈夫。何も心配しなくていい。
そう心の底から思っているような声だった。
本当にそうだったのだろうか。
もっと自分が真守にしてあげられたことがあったかもしれない。
もっと一緒にいてあげれば良かったかもしれない。
もっと愛を伝えてあげればよかったかもしれない。
真守が寂しがっていたことを知っている。
寂しい思いをさせて済まないと思っていた。
それでも真守のために自分は頑張らなければならないと思った。
だが。
もしあの日、自分が真守のそばから離れなければ。
真守は
考えたって仕方がないことだ。
自分があの日、真守のそばにいても大きな流れに乗った真守を止められるはずがない。
それでも一人で
それに真守がどこかへと行ってしまった時について行けたかもしれない。
もし源白深城と自分があの時一緒にいて。
真守を繋ぎ留めることができたら、今も真守は一人じゃなかったのだろう。
考えても仕方がないことだ。
だがどうしても最善とはなんだったのかと考えてしまう。
心残りは確かにある。後悔なんてしてもし足りない。
それでもまだ、朝槻真守の命はこの手から
あの尊い命は、まだこの世で息づいている。
だから、取り戻す。
「…………かきね」
垣根はそこで扉が静かに開いて、誰かが自分の名前を呼んだことに気が付いた。
振り返ると、目をごしごしと眠たそうに
「どうした」
「…………ん。垣根、どうしてるかと思って」
林檎はトテトテと歩いてくると、ベッドに座っている垣根の前に立った。
垣根は眠そうな林檎のことを見つめてため息を吐くと、抱え上げてベッドの上に座らせる。
「別に問題ねえよ。いいからガキは大人しく寝てろ」
「朝槻がいなくなって寂しい?」
林檎はベッドの上にぺたんと座って、その膝の上に抱き枕を乗せて問いかけて来る。
「……だったらなんだよ」
「私も寂しい」
林檎はそこで抱き枕をぎゅっと抱きしめて呟く。
「だから一緒」
林檎の指先はかすかに震えていた。
きっと、林檎が大切に想っていた流郷知果のように、真守がいなくなってしまうのが怖いのだろう。
「大丈夫だ」
垣根はそんな林檎の頭にポン、と手を乗せる。
「必ず取り戻す。だからお前はそれまで元気にしてろ。そんで真守に会ったら説教だ」
「説教?」
林檎がコテッと小首を傾げるので、垣根は柔らかく笑って告げる。
「勝手にどっか行ったことを怒らなくちゃなんねえだろ。それにお前との約束も破ったんだ。悪いことしたらおしおきだ、おしおき」
「神さまにおしおき?」
「神さまじゃねえ。俺の女だ」
林檎の問いかけに真守は神ではないと告げると林檎は薄く笑った。
真守は神さまじゃない。
どうなったってあれは自分のモノで、自分だけのモノで。
学園都市の所有物でも、なんでもないのだ。
「……ふふ。いいね、おしおき」
「だろ?」
林檎がくすくすと笑うので、垣根も悪だくみをするように軽く笑う。
「うん。垣根、頑張ってね。私もできることする」
「ああ。なら早く寝ろ。分かったな?」
垣根が
どうやら垣根が使っているこの部屋で眠りたいらしい。
「垣根。おやすみ」
林檎はそう挨拶をすると、すぐにすやすやと眠り始める。
そんな林檎の頭を撫でて布団を掛けてやる。
林檎を垣根は柔らかく目を細めて見つめていたが、そこで気持ちを切り替えた。
「……絶対に取り戻す」
垣根はもう一度自分が首から下げている指輪をぎゅっと握って不敵に笑う。
「だってあいつが俺の『無限の創造性』に気づいてくれたんだから。このチカラを使えば絶対にできないことなんてない。だから──絶対に取り戻せる」
──────…………。
「あら。まだ寝てなかったの?」
「ああ。お前が重要な手掛かりの詳細について掴んだっつうからな」
そう言って自分が腰かけているソファの反対側に腰かけた垣根を見ながら、
「じゃあ本題に入るわね。アレイスターの個人的な情報網、『
「頼む」
「学園都市中に五〇〇〇万機ほど散布されてるナノマシンなのは分かってるわよね。言わばどこにもあるんだけど、中に収められた量子信号は外部から不用意に観察されると、その情報が変質してしまうの。だから内部に収められた情報を容易に入手することができない」
垣根はくすぐったい気持ちになっている
「……俺たちでここら辺に
「ええ」
『
人造生命体であるカブトムシを造り上げた時だって、真守が保管していた論文や自分で調べた技術を
だから参考にする技術の情報を掴むことは非常に重要で、その情報を
「超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター、通称『ピンセット』。磁力、光波、電子などを利用して多角的に素粒子を吸い取り、掴むことができて解析できるものよ」
「はん。既にモノになってるのか。それを手に入れれば手っ取り早いな。
垣根が嗤うと、
「ただそれがどこにあるかが分からないのよね。ほら、『
「当面の目標は『ピンセット』だな。それの居場所を探ってから作戦を立てる。まあ、俺たちならすぐに情報が集まるだろう。だから学園都市が戦争の準備にうつつを抜かしている間に事を終わらせる」
「暗部組織が邪魔してくると思うけど、先に潰さなくていいの?」
「先に潰すと上層部に勘付かれるからな。やるなら全部いっぺんにやった方がいい。……それに他の暗部組織でもきな臭い動きが出てきてやがる。だからそれを上手く利用して暗部組織を同士討ちに持っていけば、そこまで面倒じゃない」
「……ねえ、一つ訊きたい事があったんだけど」
「あ? なんだ、作戦に不満があんのか?」
垣根が訝しげに
「あの子とは寝たのよね?」
「オイ中学生」
「気になるじゃない。ねえ。神さまになったらできなくなるのかしら。あなた的にはやっぱりできたほうがいいでしょ?」
「うるせえ。別にお前に関係ねえだろ」
垣根が心底嫌そうに言うと、
「関係ないけど気になるものは気になるのよ」
これは言わなきゃ引き下がらねえと垣根は思って、顔を
「……真守の見立てでは完璧な存在ではあるが、ベースに人間的な性能があるらしい。だから感情も失われなかったとかなんとか。……だから、性能的には。多分、デキる」
そうやって考えると疑問が残る。
人を想う気持ちが消えなかったとしても、どうして真守は自分や深城の前から姿を消してしまったのか。
「あら。良かったわね」
垣根が真守のいなくなった理由を考えていると、
「もう一つ気になるんだけど。神さまの子供ってどうなると思う? どっかの宗教みたいに『神の子』にでもなったりするのかしら。ねえ?」
「うるせえ。テメエいいかげんにしろよ」
垣根が心底イラついた表情で
「意外と大丈夫そうで安心したわ」
「あ?」
「あなたがちゃんとしてなくちゃあの子を取り戻すことなんてできないわ。だから頑張ってね、リーダーさん?」
「……分かってるよ」
垣根は、何故か親目線的になっている
「こんなところで砕けるかよ。いつかこういう日が来るのは分かってたんだ。……だから問題ねえ」
(割と精神的にはキテるみたいだけど……これだったらよほどのことが無ければ大丈夫そうね)
少し補足説明を。
真守ちゃんの推測通り、真守ちゃんは
その理由について触れるとネタバレになってしまうので明かしませんが、ネタバレ以前に恋愛モノと称しているのにそういう関係がなくなると思うとちょっと面白くないので、真守ちゃんの女としての部分は残るような構成にしました。ご安心ください(?)。
……暴露しますと、人間の時の真守ちゃんの味を垣根くんに知って欲しくて、こういう構成にもしました。
今後、神さまとそういう行為するかもしれないとか、垣根くん純粋にすごい。神罰とか降りそう。