次は一月一二日水曜日です。
垣根は第二二学区に展開していたカブトムシから大規模な戦闘があったと情報を受け取り、『
「八乙女、後方のアックアが動き出した。第二二学区だ」
垣根が会議室に入ると、車椅子に乗った緋鷹がノートパソコンを見ており、垣根が入ってきた事で垣根へと目を向けた。
「こちらも学園都市から通達があったわ。第二二学区で上条当麻の護衛をしていた天草式十字凄教と後方のアックアの衝突を確認。学園都市の無人機を中心とした
「あ? 『オジギソウ』? ……って、あの『メンバー』の『ハカセ』とかいうヤツが使ってたナノデバイスもどきか?」
『オジギソウ』とは真守を取り戻すために行動していた時に垣根たち『スクール』が暗部組織『メンバー』と衝突した時、『ハカセ』という男が使用していたナノサイズの反射合金の粒子だ。
特定周波数によって反応する『オジギソウ』は微細なアームによりあらゆるものを
「アックアに効くのか?」
科学と魔術で言えば、魔術の方が万能だ。
そのため微細な粒子と言えど、自分にも当然として効かなかったオジギソウが『神の右席』に通用するとは思えない。
そう思って垣根が問いかけると、緋鷹は苦笑しながらも口を開いた。
「やってみないと分からないでしょう? ……ところで真守さんは?」
「今源白と林檎と風呂に入ってる。知らせねえほうがいいか?」
「いいえ。それは無理よ」
垣根の問いかけに緋鷹が即座に首を振るので、垣根は怪訝な表情を浮かべた。
「無理だって?」
「真守さんはいま能力者が発するAIM拡散力場から力を供給されている状態なの。AIM拡散力場にはさまざまな情報が含まれているわ。これだけの大規模戦闘で足止めを喰らった能力者全員が不満を持っている。その不満を感知できる真守さんはおそらく後方のアックアの襲撃を察しているわ」
「能力者の感情から真守は学園都市で何が起こってるのかなんとなくわかるってことか?」
垣根が真守の規格外っぷりを聞いて顔をしかめて呟いていると、緋鷹がコクッと頷いた。
「それにこの学園都市は科学の街。そんな中に異物である魔術が紛れ込んでいるから、いつもよりもっと察することが真守さんには簡単なはずよ」
「……前は誰かが傷つくかもしれねえならなりふり構わず助けに行ってたのにな」
朝槻真守は人が人の命を粗末に扱うのが嫌だった。
何かあれば必ず傷ついていた人を助けに行っていた。
だが今はそうじゃない。
後方のアックアが天草式十字凄教と戦いを繰り広げているのを知りながらも手を出さない。
そんな真守をフォローするかのように緋鷹は口を開いた。
「真守さんは神さまになって自身の力が強大になっていることをよく理解している。力の責任があるから簡単には動けないのよ」
垣根は緋鷹の言葉に応えられない。
真守が変わってしまったことを今一度思い知らされている垣根を見て、緋鷹はため息を吐きながらも告げる。
「それに真守さんが動かないのは、真守さんが動かなくてもどうにかなるってことなんじゃないのかしら?」
「どういうことだ?」
垣根が緋鷹の言葉に目を見開いて緋鷹を見つめると、緋鷹は淡々と事実を述べる。
誰もが気づかない、この学園都市の真実を。
「この学園都市には自浄作用のようなものがあるの。学園都市を揺るがす事件はこれまで何度もあったのに、それで学園都市が本当に壊滅することはなかったでしょう? それはこの学園都市の学生たちが自浄作用に基づき動いたことによってなの」
「自浄作用だと? ……確かに学色々問題が起こっても、学園都市はこれまでギリギリでもやってこれてる。納得できると言えば納得できるが……誰がそうやって仕組んで、」
垣根はそこで言葉を切ってチッと舌打ちをする。
「またアレイスターのクソ野郎か。……『ブロック』なんかはアレイスターが学園都市を掌握できてねえで隙があるとか思ってたらしいが、そんなことあるわけねえ」
「そうね、アレイスターは『
垣根と緋鷹の会話の通り、アレイスターはわざと人々を泳がしているだけでその全てを掌握している。
暗部抗争というあれだけの戦いがあったのに、アレイスターが介入してこなかったのは暗部組織の動きを『
「専門の取り締まり屋を作らねえで自浄作用なんて面倒なモンを良く作るよな。何もかもアイツの手の内で胸糞悪ぃにもほどがある」
垣根が吐き捨てるように告げる中、緋鷹は神妙な顔をしていた。
「……そうね」
「なんだ? 何か引っかかるのか?」
垣根が何か言いたげな緋鷹を訝しむと、緋鷹はふるふると首を横に振った。
「少しだけね。……不確かな自浄作用を作るなんて、機能しなかった時のことを考えないのかしら。まあ彼の目的も分からない私が考えても仕方ないけれど。やっぱり気になるものは気になるのよね」
「……アレイスターの目的は真守を使って宗教を撲滅することじゃねえのかよ?」
垣根が緋鷹から聞いたアレイスターのやろうとしていることについて言及すると、緋鷹は顔をしかめた。
この学園都市を造り上げたどこまでも『人間』であるアレイスター=クロウリ―のことを考えて、緋鷹は口を開く。
「アレイスターの考えなんて分かるはずないでしょ。この学園都市を作り上げた人間のことなんてね。……でも、なんだか違和感があるの。アレイスターの目的に沿っているから真守さんを利用しているだけなような。……そんな違和感がね」
「……それは予知能力系の勘か?」
垣根が真剣に訊ねると、緋鷹はからかうために言っているんじゃないという垣根の意思表示にふふっと柔らかな表情を浮かべる。
「そのようなものよ。第六感なんてアテにならないけれど」
「あながち間違いじゃねえと思うけどな」
魔術という不可思議なものがあるから『勘』という不確かなものも意味がある。
垣根がそう思って告げると、緋鷹はどこまでも優しい垣根の本性に温かいものを感じながら話題を切り換えた。
「まあそんなことより、後方のアックアが動き出したとなればこちらも真守さんを守らないと駄目だわ。上条当麻はギリギリ生かされているみたいだし」
緋鷹はノートパソコンに送られてきた現状報告を見つめながら告げる。
垣根がノートパソコンを見ると、そこにはアックアが一日待つと明言したと書かれていた。
上条当麻が自分で右手を差し出すのを待つと。そして朝槻真守が一日待って自分から出てこなかったら破壊の限りを尽くすとも。
「上条当麻は病院に運ばれ、イギリス清教が寄越した天草式十字凄教も敗れた。学園都市の兵隊じゃ無理だ」
垣根はそう前置きして、宣言した。
「俺が出る。つーか俺しか『神の右席』の相手なんてできねえだろ」
垣根が自信たっぷりで告げると、緋鷹は心強い垣根を見てしっかりと頷いた。
「じゃあ統括理事会と話を合わせておくわ。それまであなたは待機していて」
垣根と緋鷹は方針を決めて、自分たちのことを大切に想ってくれている真守を後方のアックアから守るために動き出した。
──────…………。
深城はドレッサーの前に座った真守の後ろに立っており、その両手に
「ハイ、真守ちゃん。髪の毛綺麗に乾いたよ」
「ありがとう、深城」
真守は髪の毛を前に持ってきて、深城に綺麗にしてもらった髪の毛の毛先を見つめてお礼を告げる。
「私、深城に髪の毛を綺麗にしてもらうの、今でも好きだぞ」
真守の柔らかい言葉を聞いて、深城は嬉しさで胸がいっぱいになる。
「……真守ちゃんっ!」
そしてぎゅーっと真守に抱き着くと、真守は『苦しい』と一言告げる。
「昔はよく私が綺麗にしていたよねえ。真守ちゃん、自分の身だしなみに
「今は別にそうじゃないぞ。ちゃんとやることはやる。やらなければならないことはな」
真守はそう告げると、そこでちらっと目を
真守の気が一瞬だけ違う方に向けられたと気が付いた深城は首を傾げる。
「どうしたの? 何か気になることがあるの? お外?」
深城は後方のアックアが襲撃して来ていることをまだ知らない。
だが真守は緋鷹が推察したように能力者からの不満の感情を受け取り、学園都市に後方のアックアがやって来ている事に気が付いていた。
「少し気になる」
真守は明確に壁の向こうを見つめた。
第二二学区がある方向へ。
垣根帝督が朝槻真守を『後方のアックア』から守り抜くために向かった方向を、真守はずっと見ていた。
──────…………。
天草式十字凄教は後方のアックアと第二二学区、第四階層の天井部分で戦っていた。
第四階層の天井部分は第四階層に夜空を映し出すための空間で、床は一面スクリーンとなっている。
スクリーンは無数の円柱とワイヤーによって天井から吊るされており、結構な大きさ故に布地が厚く、ちょっとやそっとで破れることはない。
一度天草式十字凄教は後方のアックアに破れている。
だが学園都市が時間を稼いでいる間に戦力を整えて再び挑んだのだ。
何故なら、後方のアックアの攻撃によって病院のベッドで生死の境をさ迷っている上条当麻を守らなければならないから。
あの少年は守らなければならない。
かつて一人の修道女を救おうと一人で立ち向かった彼のように尊い存在は、この世界の宝だ。
天草式十字凄教の人々は救われぬ者に救いの手を差し伸べる、という誓いを胸に抱いている。
かつて彼らのトップに立っていながら、優しい心によって立ち去った聖人が信条としていたことだ。
だから誰も助けることができない上条当麻を救ってみせる、守ってみせるという思いが天草式十字凄教にはあった。
天草式十字凄教にとって大事なその聖人は、自分たちが弱いばかりに離れていってしまった。
だからそれ以来、天草式十字凄教は彼女がいつ戻ってきてもいいように
天草式十字凄教は集団として一定の規則性に基づいて動くことにより、『仲間のための』行動により肉体強化術式を使用できるように研鑽を積んだ。
その『本命』として存在しているのが『聖人崩し』だ。
五和の
それは『聖人』を止められなかった天草式十字凄教が『聖人』を止められるように造り上げた術式。
天草式十字凄教にだって強い力があるのだと、あの『聖人』に示すために。
『聖人』が天草式十字凄教を脅威的だと考えるほどに強いことを示すために、必死で作り上げたものだった。
『聖人』である『彼女』に認めてもらうためだけに生み出した『聖人を倒すためだけに存在する』専用特殊攻撃術式。
それをアックアの動きを一瞬だけ止めることができた天草式十字凄教はアックアの腹に叩きこんだ。
(魔力の体内暴走による硬直時間はおそらく三〇秒前後)
『聖人』だけに効く術式は普通の魔術師相手に練習することなどできない。
はっきり言ってぶっつけ本番だが、それでも五和には確かな手ごたえがあった。
(ここで『ただの人間』になったアックアを完璧に無力化させる!!)
「良い術式である」
だが五和の想いはアックアから放たれた言葉によって砕かれた。
『聖人崩し』が外部からの力によって強制的に解除され、五和の手の中に会った
『聖人崩し』の術式を強制解除したのは、やはり後方のアックアであった。
アックアの腹に突き立ていたはずの槍は、実はアックアの左手によって止められていたのだ。
「私がただの聖人であれば、ここでやられていたかもしれないのである。だが惜しい。私は聖人であると同時に、『神の右席』でもあるのだよ」
アックアは笑いながら強敵と定めた天草式十字凄教に自らの
地下街全体が揺れる。
五和は防御術式を使う暇もなく、後方のアックアの鋭い一撃を穿たれる。
そして、プラネタリウムのスクリーンを突き破って落ちていく。
落ちていく五和を助けようと天草式十字凄教の面々が防御術式を張り巡らせ、五和自身も術式を組み立てたが、それら全てによって落下の衝撃は抑えることなどできない。
だが五和はスクリーンから二〇メートル下の地面に叩きつけられなかった。
何かが自分を受け止めて、それが衝撃を代わりに引き受けたからだ。
「え?」
五和が思わず声を上げて自分を受け止めた存在を見ると、そこにはつるりとした光沢を持つ丸みを帯びたフォルムの白い何かが、振動波を発生させて自分のことをふわふわと浮かばせていた。
その白い何かは巨大なカブトムシだった。
五和が空中で慌てていると、白いカブトムシは衝撃波を起こすのをやめて五和を自分の体に乗せた。
「え? ……え?」
五和が何が起こっているか分からずに困惑する。
そんな五和に、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳をカメラレンズのように収縮させて五和に声を掛けた。
『大丈夫ですか?』
「え!? しゃ、喋った!? は、はい……大丈夫、です……?」
突然現れた巨大カブトムシが話しかけてきたので五和が困惑しながらも頷くと、引き裂かれたスクリーンの向こうで大量の水がさく裂する音が聞こえた。
五和が見上げると、そこでは大量の水が巨大な腕、もしくは竜の
そしてその圧倒的な質量で、後方のアックアは天草式十字凄教の人間を次々とスクリーンから叩き落とす。
「みんな!!」
『問題ありません』
カブトムシの言う通り、天草式十字凄教全員は第四階層のアスファルトに叩きつけられなかった。
落ちていく天草式十字凄教の面々は白いカブトムシに五和のようにキャッチされたり、その角に引っかけられたりして全員回収されていく。
そして安全に地面へと降ろされる。
その様子はメルヘンチックで、天草式十字凄教の人々を大変困惑させた。
「なるほど。学園都市には神を愚弄する人間がまだまだたくさんいるということか」
アックアは大層なメルヘン空間の中、第四階層の地面にふわっと羽毛のように軽やかに降り立つ。
アックアが無表情で見上げた向こう。
そこには天草式十字凄教の人間を助けた人物が、堂々と浮遊していた。
「…………え?」
思わず五和は声を零した。
五和だけじゃない。カブトムシに助けられた天草式十字凄教全員がその存在を見上げて硬直した。
三対六枚の純白の大きな翼。
クラレット色のスーツを着崩して、インナーにワインレッドのセーターを着こんでいる少年。
おそろしく整った顔立ちに、肩口に下りる長い茶髪、その向こうに隠れた黒曜石の瞳。
神のために自らの翼を広げる少年は『聖人』を睥睨して、そこに堂々と存在していた。
……カッコイイ登場シーンなのに、執筆最中にどうしても笑いがこみあげてきて一人で笑いながら書いていました。
メルヘン空間が全てを台無しに……。
新約での一端覧祭や大熱波の時も大変なメルヘン空間になってたんじゃないでしょうか。
一方通行とかよく笑わなかったな、と感心します。