とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一四三話、投稿します。
次は一月一七日月曜日です。


ロシア篇
第一四三話:〈天上達者〉は旅に出る


暗闇の中、真守はぺたんと座っていた。

周りには泥のようにまとわりつく何かがあって、醜く脈動を繰り返している。

 

『ふむ。初めましてだな。神人?』

 

真守がそれらにそっと手を伸ばそうとした時、声が響いた。

真守が暗闇の向こう、目を向けるとそこに何かがいた。

だが輪郭(りんかく)がない。まるでこの世界に出力する力がないようだった。

 

『私が誰か分かるかね?』

 

『エイワスだろ』

 

『流石に分かるか。分からなければ逆にマズいからな』

 

真守が間髪入れずに声を上げると、エイワスは一つ頷く。

 

エイワスとはかつて魔術師、アレイスター=クロウリーが呼び出した存在であり、彼に必要な知識を必要なだけ授けた者だ。

 

地球外的生命体、聖守護天使。

近代西洋魔術結社群におけるシークレットチーフの真なる者。

多くの名称で呼ばれるエイワスは、聖書に記述される天使とは概念がことなる者だ。

 

『何の用だ?』

 

真守はそんな得体の知れない存在に対しても、いつもの口調で問いかける。

真守に泥のようにまとわりついていた『何か』が真守を守るかのように真守の体を包み込む。

『ソレ』を見て、エイワスは姿なき向こうで笑ってみせる。

 

『キミに助言をしに来た』

 

『助言?』

 

『エリザリーナ独立国同盟。そこに行けばキミの望むモノが手に入る』

 

真守はその言葉に顔をしかめた。

そして真守を守ろうと体を(おお)わんとしていた泥たちがピタッとその動きを止めた。

 

『キミはキミの存在意義を完璧に「補助」してくれる垣根帝督の理解が欲しいのだろう?』

 

『私はソレが欲しいんじゃない』

 

真守はエイワスの問いかけを即座に否定した。

 

『垣根が自分で生きたいように生きられる未来が欲しいんだ』

 

真守の言葉に、エイワスは沈黙する。

 

『……ふむ。()()()()()()()()キミが彼を欲していると伝えればいいものの。そう簡単に行かないからキミは迷っているのかね?』

 

真守はその言葉に目を細めるだけだ。そんな真守を見てエイワスはため息を吐く。

 

『彼はキミの虜だ。キミの望みならばなんでも叶えてくれるというのに。だからすべてを話せばよいものを。何があろうともキミたちが出会うことは()()()()()()。そうだろう?』

 

真守はするすると何かを撫でながら呟く。

 

『垣根は私が変わってしまったことにいま酷く傷ついている。私のことを理解しきれないで戸惑っている。そんな状態で真実を告げたところで、垣根をもっと傷つけるだけだ』

 

『つまり機を見れば話すと?』

 

『話すタイミングを間違えちゃいけない程に大切な話だ。間違えたら垣根が傷つく。それだけは嫌だ。……絶対に』

 

真守の言葉にエイワスは姿なきまま頷く。

 

『キミたちの出会いはいわば偶然が折り重なった必然だったはずなのに、それにアレイスターは手を加えて「計画(プラン)」に組み込んだ。つまり、そこに問題が発生するわけだ』

 

エイワスの言葉に真守は頷く。

 

アレイスター=クロウリー。

何もかもを利用しようとして世界に挑む『人間』。

 

彼によって、真守も垣根も大いに翻弄(ほんろう)されてしまっている。

だが、今更真守はそれをどうこう言うことはしない。

そんなこと、どうでもいい。

どうでもいいと思えるほどに、真守は垣根のことを考えていた。

 

『偶然が折り重なった必然だって人は毛嫌いする。誰かの手が入っているなんて知ったら、人間は怒り狂う』

 

真守はそっと目を伏せてぎゅっと祈るように手を組んだ。

 

『大切な人だから』

 

真守は暗闇に溶けているエイワスを見上げた。

 

『自分に課せられたものが気に食わないなら拒絶してもいいんだ。誰も責めない。人間は自由に生きられるんだから。だから垣根だって選べる』

 

真守は一息ついて、自分の気持ちを吐露する。

 

『私は確かに、垣根に私の神さまである部分を理解してほしい。でも私の気持ちよりも垣根の方が大事だ。()()()()()()はいくらでもある。でも垣根の人生は一つだけだ』

 

真守はそこで言葉を切って、この世の真理を口にする。

 

『人間は自由だ』

 

真守が心の底から信じていることを。

誰もが忘れてしまったたった一つの真実を、真守は愛おしそうに呟く。

 

『人間はどこへでも行ける。なんだってできる。何をしたっていい。それこそ、神さまに()ることだって、赦される』

 

命があれば何度だってやり直せるし、神に()ることさえ赦される。

朝槻真守という存在が、証明なのだ。

だからこそ真守はエイワスを見上げた。

悪魔か天使か分からない、全てを理解できる超常的な存在を見上げた。

 

『お前の言う通りに垣根と一緒にエリザリーナ独立国同盟へ行けば、垣根が進みたい道を選べる未来が来るのか?』

 

『ああ。そうすればキミの懸念事項は払われる。そして新たな未来が待っているだろう』

 

エイワスがそう告げる中、エイワスの存在が薄れていく。

ここから去らなければならない時がやってきたのだ。

だから少しずつ、エイワスの気配は消えていく。

 

『キミを神と仰ぎ見る存在たちとの新たなる未来がな』

 

エイワスが去った後、その場に残されたのは真守と泥のように(うごめ)く『何か』だった。

 

『……どちらにせよ、打って出る必要はあるしな』

 

真守はその泥を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

一〇月一八日、朝。

絶対能力者(レベル6)、朝槻真守はゆっくりと目を開いた。

 

ベッドの天蓋が見える。

昨日は垣根が一緒に眠りたいと言ったので、『休眠』ではなく惰眠を(むさぼ)っていた。

真守が垣根の姿を探すと、愛しい人はベッドに腰かけ、穏やかな表情で自分を見つめていた。

 

愛しいからこそ、自由に生きてほしいと真守が心の底から願っている大切な人。

 

全てを理解して自分から離れていくならばそれでもかまわない。

垣根が大切だから。

だから垣根の生きたいように生きてほしい。

 

「朝だぞ、真守」

 

垣根は自分を見つめてぼーっとしている真守に柔らかな笑みを浮かべ、声を掛けた。

 

「おはよう、垣根」

 

「おう」

 

垣根は真守に名前を呼ばれて目を細める。

 

人でなくなって神に()っても、愛しく真守が自分の名前を呼んで想ってくれるのが本当に嬉しくて、垣根は幸せそうに笑う。

 

真守は幸せそうに笑う垣根こそを、大切にしたい。

だからこそ触れるのを真守は躊躇(ためら)ってしまう。

 

自分の()り方を垣根に隠しているのが、本当に心苦しくて。

 

それでもその柔らかな命に触れていたいから。

真守はそっと垣根の頬に向かって手を伸ばした。

垣根は真守が何をしたいのかを悟って、手を取って誘導してくれて自分の頬に真守の手を添えさせる。

 

「どうした?」

 

垣根が優しく問いかけてくるので、真守は垣根の黒曜石のような瞳をじぃっと見つめながら告げる。

 

「……垣根、お願いがあるんだ」

 

「なんだ? なんでも叶えてやる」

 

その言葉が、本当に真守は嬉しくて。

それ故に、申し訳なくなってしまって。

それでも垣根と一緒にいる未来を手にしたいから、真守はお願いを口にした。

 

「私と一緒に、エリザリーナ独立国同盟に行ってほしい」

 

垣根は真守の口から突然出てきた辺境の国に驚き、困惑しつつも頷く。

 

「お前が望むなら一緒に行ってやる」

 

「そうか」

 

真守は一つ呟くと、柔らかく微笑を浮かべた。

寂しそうに、それでも嬉しそうに。

ただ一心に垣根帝督のことを想って。

 

「ありがとう」

 

そう一言、お礼を告げた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根はエリザリーナ独立国同盟へ行く準備をして現在、『施設(サナトリウム)』の正面玄関前に乗りつけられた車の前で緋鷹と顔を合わせていた。

真守は既に車の後部座席に乗り込んでいて、車が発車するのを待っていた。

 

「外で運用できるようなグレードにまで落とした学園都市製のプライベートジェット機を用意したわ。これでエリザリーナ独立国同盟までなら補給なしで行けるわね」

 

「突然だったのによく用意できたな」

 

「学園都市が外と敵対している関係上、外へ出る手段は確保していた方が良いから。真守さんがいつでもローマ正教と戦えるように準備しておいたの」

 

「そうか。……助かった」

 

「別にあなたのためではないわ。真守さんのためだもの」

 

緋鷹は垣根が本当に恩に着ると思っているので、少し照れながら告げる。

そこに深城や林檎、『スクール』の面々が近付いてくるので、真守は窓を開けた。

 

「真守ちゃん。ロシアの方は寒いって言うからちゃんとお洋服着るんだよ」

 

「朝槻、行ってらっしゃい」

 

「うん。行ってくる」

 

真守が深城と林檎の言葉に頷くと、横から弓箭が泣きながら真守に手を伸ばしてくるので、真守はそっと弓箭の手を握る。

 

「朝槻さぁ~ん。ちゃんと帰ってきてくださいねえぇぇ」

 

「大丈夫。ここが帰る場所だって分かってるぞ」

 

真守はぐすぐす泣く弓箭の手をきゅっと握って微笑む。

そんな真守に声を掛けてきたのは、泣いている弓箭の隣にいた誉望だった。

 

「朝槻さん。気を付けて」

 

「うん、誉望もありがとう。『施設(サナトリウム)』の防衛、よろしくな」

 

「はい。……と言っても垣根さんが厳戒態勢でカブトムシを展開しているので、核で攻撃されない限り大丈夫だと思いますけど」

 

誉望は垣根が『施設(サナトリウム)』周辺に展開しているカブトムシを考えながら顔をしかめる。

そんな誉望に真守は笑いかけた。

 

「それでもお願い」

 

「……分かりました。気をつけておきます」

 

誉望はコクッと確かに頷く。

そこで誉望の隣にいた心理定規(メジャーハート)が口を開いた。

 

「彼らがもう言ったから私は特に言うことはないけれど……気を付けてね」

 

「ありがとう、心理定規(メジャーハート)。行ってくる」

 

真守が心理定規(メジャーハート)へと挨拶していると、垣根が運転席に乗る。

 

「誉望。八乙女にも言ってあるが、何かあったら迷わず連絡しろ」

 

垣根が運転席の窓を開けて外にいた誉望に声を掛けると、誉望は緊張した面持ちで答えた。

 

「はい。垣根さんも気を付けて」

 

垣根が誉望と顔を合わせていると、真守のそばに緋鷹が車椅子を動かしてやってきた。

 

「真守さん。行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

「うん。全部用意してくれてありがと、緋鷹」

 

「あなたのためならば何でもするわ」

 

緋鷹は満足そうに笑う。

そんな緋鷹を見た後、垣根はルームミラー越しに真守を見た。

 

「真守、もういいか?」

 

「うん。大丈夫」

 

真守がコクッと頷いたのをルームミラーで確認した垣根はそのまま車を発進させる。

 

垣根がサイドミラーで確認すると、自分たちを見送っていた面々は見えなくなるまでこちらへと手を振っていた。

 

垣根は黙ったまま、車を走らせる。

 

真守がどうしてエリザリーナ独立国同盟に行きたいのか、垣根は聞いていない。

 

きっと、絶対能力者(レベル6)である真守にしか見えていないものがあって、自分がそれを知る事は叶わないのだろうと考えているからだ。

 

別に自分は知らなくていい。

ただ、真守が一人でエリザリーナ独立国同盟へ行こうとしなくてよかった。

 

自分に声を掛けてくれて、そして緋鷹や一緒に準備してくれた深城の手を借りてエリザリーナ独立国同盟へ行こうとしていることだけで嬉しかった。

 

垣根はそこでチラッとルームミラー越しに真守を見た。

真守はただ学園都市の和やかな普通の昼の街を見ているだけだった。

 

何を考えているか分からない。

無機質なエメラルドグリーンの瞳には、何も見えない。

それでも良かった。

 

何故なら朝槻真守が自分の手の届くところにいて、自分を頼ってくれるだけでよかったから。

 

エリザリーナ独立国同盟へ行って、真守の目的を果たしてこの学園都市に帰ってくる。

 

そう決意して、垣根は第二三学区へと向かっていた。

 




旧約最終章、ロシア篇始まりました。
神として人として。
真守ちゃんと垣根くんが第三次世界大戦を経てどこに向かうのか、お楽しみいただければ幸いです。

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