次は一月二一日金曜日です。
『そうだな。この段階でまだ作戦会議をしている時点で、もう遅すぎるな』
突然、男の声が窓の外から響いて真守たちは即座に動き出した。
真守は五対一〇枚の翼を展開、垣根も
レッサーはスチールデスクの上にあった伸縮する指揮棒の先端に棒磁石を結び付け、エリザリーナは水の入ったグラスの側面に、菓子を包むための青い半透明のセロファンを張り付ける。
そして数秒で即興の霊装を作り上げた二人は二種類の攻撃を窓へ向けて放った。
『挨拶だよ』
二人の攻撃で窓ガラスは粉々に砕け散ったが、声は止まない。
何故なら割れた窓ガラスの向こうにいたのは小麦粉を練って造り上げられた小さな人形だったからだ。
右方のフィアンマはどこにいるのか。
一同が警戒した時、そこで真守は攻撃を察して上を向いた。
その瞬間、軍事施設が半壊した。
鋭い轟音が響き渡り、瓦礫が散逸する。
振動が収まり土煙が晴れると、真守がその場にいた全員を守るために張ったシールドの向こうで軍事施設の天井が半分ほどが崩れているのが見えた。
そして真守が張ったシールドやその崩れた天井の向こうに、オレンジ色の光の壁が見えた。
それは壁ではなく、剣の一部だった。
長さだけで三~四〇キロはある巨大な剣。
右方のフィアンマはそれを遠距離から軍事施設へと向けて振り下ろしたのだ。
剣の根元は地平線の向こうに続いており、その先にいるフィアンマを真守は察した。
フィアンマはその剣を左右に細かく揺さぶってからゆっくりと振り上げる。
『サイズが大きいと狙いを定めるのも面倒だな』
気軽な声が聞こえて来た次の瞬間、オレンジ色の大剣がもう一度垂直に振り下ろされた。
真守はキッと視線を鋭くして左手の平を
その巨大な剣を受け止めた。
ガギゴギガギガギ! と、歯車のかみ合わせが悪い時のような不快な音と共に
魔術と源流エネルギーが衝突すると、不可思議な虹色の光が辺りに飛び散る。
そのため今も大剣と源流エネルギーがぶつかったことにより、魔力が焼き尽くされ、虹色の光の
そんな中、真守が生成して厚く張った源流エネルギーからミシミシと軋む音が響き、少しずつ源流エネルギーが大剣によって押し切られていく。
「!!」
垣根はそれを見て目を見開き、焦りで顔を引きつらせた。
源流エネルギーとはこことは違う世界における源流。
神や神の住む天界を構成する純粋な力の根源だ。
その源流エネルギーが生命エネルギーという下位のエネルギーから精製された魔力で
真守は魔術世界において『
『
だが堕天して神に逆らい、天界を混乱の
そして『
右方のフィアンマは『神の右席』として『
つまり『
その弱点を突かれれば、真守に勝ち目はない。
「真守ッ!!」
垣根は真守の名前を呼び、左手を宙へと伸ばして白と黒の翼を互い違いに展開している真守を庇うように
そんな中、上条は真守が劣勢だと感じ取り、とっさに真守の前に立つ。
そして
「おおおおおおっ──────!!」
ミシミシと嫌な音が骨の奥から聞こえるが、それでも上条は
大剣は
垣根はその光の欠片から真守を庇うために
(フィアンマの狙いはサーシャ=クロイツェフだ。サーシャをフィアンマに渡しちまえばエリザリーナ独立国同盟をフィアンマが襲う意味はなくなる。国は守られて真守の探し物も変わらずに探せる。……だが『天使』を降ろした素体をアイツがヤバいことに使うのは間違いねえ。だから止めなくちゃならねえことは分かってる)
垣根は真守を
(今の一撃だけで分かった。真守は右方のフィアンマに絶対に勝てない。アイツと戦わせちゃならねえ。なんとかして
そこで垣根は心の中で呟くのをやめて、大きく舌打ちをして真守の肩を強く抱きしめる。
(コイツが俺の言うことを聞くかだ……!)
朝槻真守は自分が死なないことを知っている。
死んだとしても、もう一度肉体を再構成して生き返ればいいだけだ。
この世にAIM拡散力場がある限り、力の供給源がある限り。
真守の存在がこの世から消滅することは在り得ない。
そのため朝槻真守は自らが果たさなければならない使命のためならば死ぬことすら
替えがある命ならば、真守は迷いなく消費するだろう。
だが命の替えがあるからと言って、真守が死を経験するのに変わりない。
この胸の内にいる少女が苦しみをものともしない姿なんて見たくない。
「なんだ、『ブリテン・ザ・ハロウィン』で少しは学習したと思っていたのだがな」
垣根が心中で焦る中、フィアンマの声が響いた。
突如、近くから声が聞こえてきて垣根はハッと息を呑んだ。
目の前に、それはいた。
赤を基調とした服装の男だった。
大して鍛えているように見えない体つきだが、不自然なまでの威圧感を与えてくる印象の人間。
それが右方のフィアンマだった。
フィアンマは余裕の表情で自らの右手を上条へと照準を合わせ、その右腕の付け根にある肩甲骨の辺りからオレンジ色の光を
そこに割り込んだのはエリザリーナだった。
彼女の体は銀色に淡く輝いており、その両手の平をフィアンマに向けている。
そしてエリザリーナは高速で術式を組み上げる。
フィアンマはこれを物ともせず、攻撃を繰り出した。
途端に鋭い爆発が起こり、垣根はその爆発を
真守は無表情でフィアンマがいる方を睨みつけていた。
どうやら
「なるほど。気軽に破るには少々硬い壁だったらしい」
フィアンマが土煙の中、意外そうに呟く。
そして土煙が晴れると、右方のフィアンマの天使としての術式が
巨大な右腕だ。
骨と皮でできたようなこげ茶色の異様な出で立ち。
そしてその枯れ枝のような五指の爪は鋭く伸びており、指は柔らかく広げられていた。
そんな禍々しい右腕は、フィアンマの背中、肩甲骨あたりから伸びていた。
垣根が翼の間から警戒しながらその右腕をできないなりにも解析しようとしていると、そこでフィアンマは一つ頷く。
「確かに硬い壁だが、叩き壊せんほどではないな。……あまり俺様を舐めるなよ?」
フィアンマが構えているエリザリーナに攻撃しようとする。
すると、エリザリーナに付き従っていた大男二人が即座に飛び出した。
「ベラッギ!! ロンギエ!! 下がりなさい!!」
エリザリーナが自身の部下を下がらせようとする中、右方のフィアンマは嗤う。
そしてフィアンマが第三の腕を振るうと、大男二人は真横に吹き飛ばされた。
確実に大男の一人は第三の腕の範囲外にいたのに、あの右手には間合いなど関係ないらしい。
屈強な大男を一撃で
「フィアンマ!!」
「お前はメインデュッシュだ。食べる前には下ごしらえをしなくてはな」
右方のフィアンマは笑って答え、そこで垣根の
「お前が『
余裕の笑みを浮かべるフィアンマに対して真守の表情は硬かった。
真守は、『この男は自分の唯一の弱点を突くことができる人間だ』と自分の劣勢を感じていた。
右方のフィアンマは、『自分はこの神人を唯一斬り伏せることができる人間だ』と笑っていた。
そんな両者の思考が重なった瞬間、垣根が先制攻撃に出た。
その攻撃に対して、フィアンマは即座に第三の右腕を振り、垣根と垣根が庇っていた真守ごと吹き飛ばした。
真守と垣根はかろうじて残っていた壁まで弾き飛ばされ、ドゴッ! っと鋭い破壊音が響き渡り、土煙と瓦礫の向こうで沈黙した。
吹き飛ばされた二人を見ていたフィアンマに向かって、レッサーは『鋼の手袋』と呼ばれる四本指のような刃を構えた霊装をい勢いよく振り下ろす。
「邪魔だ」
フィアンマが一言告げると、レッサーの体が砲弾のように吹き飛ばされた。
そんなレッサーをベラッギが両腕を伸ばして受け止めた。
エリザリーナはレッサーが作った隙を逃すことなく、五本の指を複雑に動かす。
するとその指先に淡い光が不規則に揺れた。
「この俺様に向けて、『右腕』で術式を組むつもりか?」
フィアンマはそう問いかけながら、右腕から閃光を
そんなエリザリーナを狙った右方のフィアンマの攻撃を、上条の右手の
フィアンマの攻撃は打ち消されず、上条の右手から逃れるように四方へと散る。
そして四方に散ったその力はその場にいた人間を攻撃した。
フィアンマの攻撃で吹き飛ばされた垣根は真守を強く抱きしめ、
翼から掻き毟られるような衝撃が伝わってくるが、それでも
垣根と真守以外の人々もなんとか上条の右手の
上条は
「俺とやろうぜ。戦う理由は分かってるだろ」
「なんだ。お前はメインデュッシュだと言ったはずだがな。先にくれるのか?」
フィアンマが右腕を伸ばすと、上条のわき腹に向けてレッサーが『鋼の手袋』を直撃させて突き飛ばした。
上条がそれまでいたところにはフィアンマの右腕がギロチンのように落ちる。
すると右方のフィアンマの攻撃によって床が溶け落ちた。
レッサーが庇わなければ上条は確実に命を落としていた。
間一髪の上条に、右方のフィアンマは余裕たっぷりでゆっくりと告げる。
「知っているか? 現代の魔術師ってのは基本的に集団行動を嫌う。『黄金』や大体の魔術結社も思想が合わずに瓦解してたりするからな。だからこそ、個人の理想を
「何が言いたいんだ!」
上条が叫ぶと、フィアンマは笑みを濃くする。
「つまり、だ。目の前で罪なき民間人が数千人の規模で殺されそうになっているのを見殺しにできる魔術師は現代にいないということだよ」
右方のフィアンマが告げた瞬間、その人物が駆け抜けた。
黒いベルトで体を締め付ける紅い拘束衣に、外套を着こんだ少女。
サーシャ=クロイツェフ。
サーシャはフィアンマに向かってのこぎりとバールを振り下ろすが、右方のフィアンマが指で何かを弾いただけでサーシャは吹き飛ばされた。
「今日はラッキーデイだな。もう少し骨が折れるかと思ったんだが、まさかこんな簡単に目的のものが二つとも手に入るとはな」
弾き飛ばされたサーシャを見つめながらフィアンマが嬉しそうに呟いた途端、光が爆発した。
空間が泡立つ感触にその場にいた人間全員が怖気だった。
どこからともなくぶれた音が響き渡る。
それが声だと気づいたのは、その人物が自分を守ろうとした存在から離れて純白と漆黒の光の奔流を吐き出した瞬間だった。
その人物、朝槻真守は真の姿を右方のフィアンマに見せた。
蒼みがかかった星の煌めきを内包するプラチナブロンドの自身の身長よりも長い髪。
その頭上には
背中からは五対一〇枚の翼が生えており、右側の五枚は上から一番目、三番目、五番目が漆黒の翼であり、それ以外が純白だ。
そして左側の翼はそれと配色が逆になるように生えている。
純白と漆黒の翼を互い違いに生やしているのは、真守が真の姿を現す前と変わらない。
だが蒼みがかったプラチナブロンドの髪の毛の間から翼が一対生えていた。
右側頭部から生えているのが純白の翼、左側頭部から生えているのが漆黒の翼。
全部で六対一二枚の、『
そして背中から生えている五対一〇枚の翼の後ろからは、空間を
蝶の翅の
その蝶の翅の
それらは連動するように全て動いており、数万もの歯車が動くことによって辺りにまるで荘厳な曲を轟かせていた。
宇宙を閉じ込めたかのような輝きを帯びてつるりとしている
そんな体にはパール塗装が
だがその豪奢な純白のドレスは、全てを吸い込みそうな禍々しい漆黒の拘束ベルトがめちゃくちゃに巻き付けられている。
そして真っ白な顔のその両目にも、同じ素材でできた拘束バンドがクロスするように巻かれていた。
「ほう。それが本来の姿か」
垣根も含めてその場にいた人間全員が覚醒した真守を呆然と見つめる中、右方のフィアンマだけは真守の姿を見て感心していた。
『
対して『
世界を引き裂かんほどの力を持つその両者は、そこで真の姿を見せて対立した。