次は一月二四日月曜日です。
エリザリーナ独立国同盟が用意したロシア製の軍用車に乗って垣根、上条、レッサーはフィアンマの基地へと向かっていた。
垣根はその車内の座席一列分に足を上げて横たわり、
フィアンマからの攻撃によって使い物にならなくなった体を、
体力を消耗しており、休む必要がある。
そのため垣根は黙って静かにしていた。
垣根は一見冷静に見えるが、内心は
自分が何よりも大切にしたい少女を連れていかれてしまったのだから当然だ。
それでも思考は冷え切り、いつもより鋭くなっていた。
絶対に真守を取り戻し、真守の欲しかったものを手に入れるという強く鋭い意志で、垣根は動いていた。
「あなたはその想いを隠しながら必死に前へと進み続けてきた。その結果として幾人かの人生を救い、イギリスのクーデター阻止ですら含まれている。率直に言って、胸を張れる人生だと思いますよ」
垣根は窓に体を預けて座席に足を投げ出して目を閉じていたが、向かいの席に座っていた上条当麻を慰めるレッサーの声が聞こえてきたので薄く目を開いた。
どうやら上条当麻は記憶を失っているらしく、それを周りに隠していたようだった。
あの察しが良い真守は絶対に上条の記憶喪失を知っているに決まっている。
真守は誰かの力になることを
そのため上条が気にしているのでそれとなく真守はずっとフォローしていたのだろう。
垣根が真守の何もかもを知っているわけではないと歯噛みしていると、レッサーの隣に座っていた上条が悲痛な声を上げた。
「それでもさ。それでも、今まで俺が取ってきた行動がインデックスのためになっていたかどうかは、俺には決められないんじゃないかな」
「何ウジウジしてんだよ」
垣根が上条の気弱な言葉に思わず上条を睨みつけた。
上条がびっくりして自分を見つめてくるので、垣根は吐き捨てるように告げた。
「そのシスターは今も昏睡状態で苦しんでんだろ。大事な女が苦しんでるのにテメエは自分が間違った行いをしたかもしれねえって立ち止まるのかよ。ウジウジ悩むより、大事なことがあるだろうが。フィアンマのクソ野郎をぶちのめすっていう大事なことがよォ!!」
「!!」
垣根が苛立ちを込めて叫ぶと、上条は目を見開いた。
「……そのシスターを助けるのが先だろうが。助ける過程で知られちまったら助けてから誠心誠意謝れよ!
垣根帝督だって朝槻真守を助けるとあの廃ビルで初めて告げた時、真守に隠し事をたくさんしていた。
だがそれでも、助ける方が先だった。
騙して済まなかったとか、利用しようとして近づいたとか、謝るのは二の次だった。
経験を
「自分の行動
垣根が怒号を上げると、上条は
垣根は真守を目の前で奪われている。切羽詰まっているのは当然だ。
「……悪い」
あからさまに気落ちする上条を見つめて、垣根は怒りを抑えるために息を吐く。
怒っても仕方ないのだ。それに上条が悩む気持ちを垣根は少し理解できる。
だから上条をフォローするために垣根は口を開いた。
「お前はそのシスターに対して思いやりを持って行動してきたのか?」
「え?」
上条が垣根の問いかけの意味が分からずに首をひねるので垣根は一つ舌打ちをする。
「ったく、理解が悪ぃな。テメエはそのシスターに自分がしてやりたいと思ったことを、ちゃんとしてやったのかって聞いてんだよ」
垣根の言葉に上条は目を見開いて、そして拳を握り締める。
上条当麻は思い出す。
今の自分になって初めてインデックスと会った時の気持ちを。
あの時、インデックスに対して自分が取るべき行動をとっさに取ったことを。
インデックスが泣かなくていいように、記憶があるフリをしようと決意した時のことを。
「俺は……俺はインデックスだけには泣いてほしくないなって思ったんだ。真っ白な俺でも、確かにそう思えたんだ。だから、俺はちゃんとインデックスにしてやりたいと思ったことをしてきた。それは胸を張って言える」
「だったらいいじゃねえか」
垣根は上条の言葉を聞いて吐き捨てるように告げ、自嘲するように一つ笑った。
「真守は俺のことなんて必要としてねえ。でも俺はアイツを一人にしたくないからそばにいるんだ。アイツがウザがっても、俺のこと本気で殺しに来ても、俺はなんとしてでも生きて、一生アイツのそばにいるって決めてる」
垣根は毛布の下で
力加減ができずにミシミシと音を立てるが、それでも垣根は力を込めて告げる。
「お前の大事な女はお前にどうしてほしいか言ってくれるんだ。だからちゃんとそのシスターの言うこと聞いてやれ。聞いてやるためにはあのクソ野郎をぶっ倒す。それしかねえだろ」
「……ああ、そうだな」
上条は垣根の言葉を聞いて、頷いた。
「ウジウジしてる場合じゃない。今は目の前のことに集中しないとな!」
上条が気合を入れて決意を口にすると、二人の様子を見ていたレッサーは内心で口笛を吹き、感心する。
(結構な荒療治でしたがこの人を立ち直らせるなんてやりますね。……朝槻真守はマクレーン家直系。彼女のことを大事に想っているこの方、イギリスの利益になるかもしれません。ああ、でも朝槻真守にゾッコンっぽいですし、どうにかしてこう、イギリスの味方に……)
感心してはいたが、結局最後はイギリスのためになるようにと画策するレッサーであった。
──────…………。
突然現れた化け物、エイワスに『
そしてエイワスが出現したことで、今にも死んでしまいそうな
学園都市からの追手と戦いながら、
この羊皮紙に
彼女はミサカネットワークから抽出された負の感情を
それでも
勝っても負けても引き分けだろうが、それ以外の道を選ぼうが何をしたって自分の心が壊されるのは決まっていた。
それに気づいてしまい、
この世界に絶望した。腐ってしまって変えようのないこの世界に。
彼女を見た
この救いようのない世界を壊して、悠長に笑っている人間を殺して回ろうと。
自分が誰かを守れるなんて欠片も思っていない彼らに、自分は誰かを守ることができると証明しようと。
ヤツらの思惑なんかに
圧倒的な怒り。
それが人間を人間として動かすために必要な原動力として彼の体に満ちていく。
その時、視界の端に何かが映った。
学園都市製のものではない、何の変哲もない外の技術が使われたロシア製の車による車列だ。
その車列の中の一つの車。それを見たことによって
学園都市の操車場。そこで自分を倒した
『
そんな男の向かいには、決意を宿した瞳を持った
たった一人のために学園都市を敵に回して、そして彼女を取り戻した
どんなに絶望的な状況でどんな危険にさらされても、絶対に救うべき人間を救うために動く、そんな人間たちが。
学園都市にいるはずの人間が。
ただの悪党である
何故ロシアにいるのだろうか。
そして何故、すぐ近くで苦しみ悶えて命を失いそうになっている
そして雪まみれの岩を掴み取り、近くを走っていた大型車の後部に思い切りブチ当てて破壊、そして炎上させた。
はっきり言って
本人もそれを分かっていた。
だが、止められなかった。
「
「アイツを悪行を為して救った、俺が求めてるヒーローなンだろォが……」
罪を償いながらも懸命に生き続ける朝槻真守に。あの
そんな少女と共に正義の味方として突き進むあの
そして学園都市にケンカを売ってあの少女を取り戻した
だからこそ、自分の怒りが八つ当たりだとしても、何があっても許せなかった。
「だったら、あのガキの命だって救ってやれよ!! なんであのガキだけが、何も悪い事なンかしてねェのに、こンなに苦しめられなくちゃらねェンだよォォォおおおおおおおおおッッッ!!」
善意の象徴である
──────…………。
垣根と上条は突然振り払われた後部車両を確認して、攻撃が飛んできた方向を見て目を見開いた。
黒い竜巻のような翼が二本、濃黒の雲空へと突き抜けている。
あの黒い翼。
垣根は一目見た瞬間、それを誰が暴走させているのか即座に悟った。
上条は吹雪で誰があの翼を広げているのか分からず、懸命に目を凝らす。
そんな上条の隣で、垣根帝督は拳を握る。
「何やってんだよ、あの野郎……」
やっと力加減が分かってきた拳を握って垣根は呟く。
「テメエは俺の上に立ってんだろ……真守に生き写しだって思われてんだろ……だから悪に落ちても這い上がれるって、真守に信じられてんだろ……っ」
そこで垣根は怒気によって空間を持ち前の鑑賞力によってヂヂヂィッと震わせた。
怒れる
「それなのに、何勝手に一人で絶望してんだコラ!!」
垣根は自分がくるまっていた毛布を無造作に
慌てて上条もその後に続き、レッサーは恐怖で一度体を硬直させたが、それでも降りた。
垣根は
アレは完全にこの世の法則では成り立たないものだ。
アレはここではないどこかの世界から
神にも等しい力の片鱗を振るう者。
魔術的な言葉を借りれば『
それを
あちら側とは、朝槻真守が神として統べている世界のことだ。
自分や
だが既に、ここではないどこかの世界は真守の領域である。
真守がこの場にいれば、
ここで止められるのは自分だけだ。
だからこそ、垣根帝督もあちら側に繋がる準備に入った。
だが垣根帝督の体が天使の肉体に近づいていようとも、単体であちら側に繋がることは不可能だ。
人間であった時の真守も自身のエネルギーを使ってAIM拡散力場と繋がり、それを緩衝材として使っていた。
そのため資格があろうと、人間が単体であちら側に繋がることはできない。
だが垣根帝督も、朝槻真守と
自らのAIM拡散力場の一部を植え付け、
それとAIM拡散力場を共有している垣根帝督は、自分が操れるAIM拡散力場の塊と一方的に繋がっている。
それが垣根帝督にとって、あちら側と繋がる鍵だった。
ロシアに連れてきたカブトムシはフィアンマに壊された。
そして現在、垣根は遠征に出していて残っていた数体のカブトムシを全て複製するための役割を与えている最中なので、使うことはできない。
だが遠い学園都市には、数万体のカブトムシがいる。
ネットワークに距離は関係ない。ミサカネットワークを使っている
だからこそ、垣根帝督は自前のAIM拡散力場を媒介にしてあちら側へと繋がった。
その瞬間、垣根帝督の頭に鈍い痛みが走った。
右脳と左脳が真っ二つに引き裂かれる感覚。
頭の中からあふれてきたそれを、垣根帝督は力づくで支配した。
神さまのような公平な存在である真守を取り戻したくて。
神さまのように全てを許してくれる真守のそばにいたくて。
そして。
誰よりも大切な女の子である真守のことだけを想う純粋な気持ちを持って、それを支配した。
その瞬間。
垣根帝督の頭に天使の輪が浮かび上がった。
純白の輝きを放つ、一つの丸い輪。
その天使の輪と共に、
そして
「あァ……?」
そこで
そして垣根帝督が自分と同じステージに立って敵対していることを認識すると、
「いいぜ。やってやるよォ!! ニヒルなヒーロー様をここで倒せば世界はもォ終わってるってことだろォがよォ!!」
垣根帝督は
朝槻真守が自分を犠牲にしても守ろうとした、この汚くも尊く、美しい世界を。
真守が愛する、善も悪も祈りも悪意も全てが内包された世界を。
だから、真守が愛するその世界を汚いものだと感じて、見放した。
「こんなヤツが……俺の上にずっと立ってたってことかよ」
垣根は完全にイカれてしまった
「こんなちっぽけな存在に、俺はずっと嫉妬してたってことかよ」
研究者たちが決めた自分の価値が気に食わなかった。
自分よりも
だが、あの真守が
だから
「ふざけんじゃねえ」
だが実際はこうだ。
たった一度の絶望くらいで。
朝槻真守が懸命に守ってきた世界を破壊し尽くそうとしている。
「ふざけんじゃねえよ!!」
垣根帝督も朝槻真守が〇九三〇事件で
だが『
何度も何度も、朝槻真守のことを一人にしたくないと思った気持ちに従った。
まだ手の届くところに
たった一度の絶望くらいで。
道半ばで諦めるなんて、馬鹿げてる。
「何やってんだよ、
そこで垣根は
「真守が自分の存在を懸けて守ろうとした世界に、勝手に絶望してんじゃねえよ!!」
ガツン、と脳を揺さぶられた
そして
そして再び反対の手で拳を引き絞ると、
「この世界は汚ねェよ!! 悲劇を見てそれで
垣根はそこで
「だから一万人強殺したクソ野郎のテメエにだって、真守は手を差し伸べたんじゃねえのかよ!!」
「!!」
垣根は自分の言葉で動揺した
そのため拳だけで
そんな
「テメエは
「………………俺みてェな」
「俺みてェなクソッたれな悪党が今まで立ち上がっていた方がおかしかったンだよ!! どォ考えても場違いだろォがよ!! ヒーローなンかなれるワケがねェだろ!! 何をどォしたって、俺は!! 血みどろの解決方法しか選べねェンだよ!!」
「テメエはいつまでそこにいやがるんだ!!」
「何が悪党だ、何が美学だ! そんなモンに酔いしれてる暇があったら大切な存在のそばにいろよ! 何があっても全力で守れるようにずっとそばにいろよ!」
垣根はそう叫び、
「どうしても手放したくなかったのに零れ落ちた命だってあるんだ!!
「──、」
垣根は全てを悟って言葉を失った
「俺に見せてみろよ!! テメエが俺の上に立ってもいいって証拠をよォ!!!!」
そして垣根は全力で殴った。
これまで
どうあがいても自分の上にいる、目の上のたん瘤。
そんな
垣根帝督はそこで自由になった。
学園都市によって作られたしがらみを、垣根はやっとここで断ち切ることができた。
落ち着いたら垣根くんと一方通行、そして真守ちゃんとどこかの世界の関係性についての考察を活動報告に上げますね。