次は一月二八日金曜日です。
源白深城は垣根に真守を託し、ミーシャ=クロイツェフを追ってベツレヘムの星から遠ざかっていく。
「真守のことは任せろ! そっちは頼んだ!」
垣根はカブトムシ越しに深城にそう告げ、
そしてカブトムシを引きつれて真守がいるであろうドーム状の聖堂へとやってきた。
真守が聖堂にいるかもしれないと垣根が当たりを付けたのは、聖堂に近づくカブトムシが軒並み撃墜されたからだ。
フィアンマは別の場所にいて、インデックスの遠隔制御霊装を使用した杖でミーシャ=クロイツェフを操っている。
そのため聖堂で待ち構えているのはフィアンマではない。
このベツレヘムの星にはフィアンマ以外に儀式を行っていた魔術師たちも乗っているが、フィアンマが彼らを切り伏せたため、聖堂に身を
垣根が真守だと当たりをつけて探ってみると、確かにそこには真守の反応があった。
真守はAIM拡散力場に接続されており、自身も強大なAIM拡散力場を発している。
そのため真守の反応はAIM拡散力場から見ればとても分かりやすいし、それに真守の反応をカブトムシたちには察知できるようにしているため、確実に聖堂内にいるのは真守だ。
真守は現在フィアンマの手によって機能停止状態に
フィアンマは真守が自分を守る
おそらくその身を守る
真守は
そのため
問題はそんな真守をどう呼び覚まして、自動で迎撃するのをやめさせるかだ。
(遠くから声を掛け続ければ、いずれ機能を回復した時に気が付くか? ……いいや。だったら
垣根はそう考えながら真守の自動迎撃が作動しないギリギリの範囲まで真守に近づく。
すると、垣根の背筋に鋭い悪寒が走った。
「なんだ!?」
垣根が声を上げた瞬間、聖堂が内側から吹き飛んだ。
聖堂を吹き飛ばして飛び出してきた『何か』は垣根とカブトムシたちに容赦なく襲い掛かった。
垣根は
するとその『何か』はカブトムシによる防御壁をあっさりと喰い破った。
垣根は自分にまで伸びてきた『何か』から逃れるためにその場から離脱し、その『何か』の全貌を捉えた。
その瞬間、垣根は時が停まったような衝撃を受けた。
だが一つではない。その『何か』は何百もの力が重なって一つの生き物のように
聖堂の周りに展開されていたカブトムシたちはその『何か』に捕食されていく。
そして離脱した垣根のもとまでその『何か』はその魔の手を伸ばし、
正体不明の攻撃を体に直接叩きこまれた瞬間、垣根は悟った。
『アレ』は真守が制御するべき力だ。
『アレ』は真守を必要としている。真守がいなければ『アレ』は動き回れない。
真守が意識を失っているため好き勝手に『アレ』は暴れ回り、そして同時に真守を守ろうとしている。
『アレ』が真守から離れて動き回るために必要としているのは『器』だ。
『アレ』は暴れ狂う自身の力を収めることができて、形としてこの世界に存在できる『器』をただ一心に求めている。
『アレ』は純粋な法則によって基づいているが、それを『形』にすることができないため『器』を求めているのだ。
だから『アレ』は。
役割を与えられればどんな形にも成り得る、この世ではなく『アレ』がいるべき世界の物質である
そのため真守を守るためだけに行動していた『アレ』は、『器』として機能する
だが『アレ』が
何故なら『アレ』はエネルギーを操る能力者である真守の手によって、純粋な力をこの世界の
そこまで悟った時、垣根帝督は唐突に理解した。
アレイスターの進める『
その『
そして『
垣根帝督はずっと、朝槻真守の何かを『補助』するために自分が位置付けられているのだろうと考えていた。
朝槻真守は元々、『何か』を制御する役割を持っていた。
その『何か』に干渉できるように、アレイスターは自分の真の目的に利用可能な真守を『
アレイスターにも真守が制御するべき『何か』がどういうものか分からない。
だから異常なまでに真守に対して様々な策を講じ、慎重に慎重を重ねて調整を繰り返していたのだ。
垣根帝督はアレイスターの都合に
アレイスターは複数のプロジェクトを並行して進めている。
だからアレイスターは
だがその中で最も利用するのに適している自分を『
アレイスターは学園都市全てを『
暗部組織の中には〇九三〇事件でアレイスターの支配が及ばない場所があるとしてクーデターを起こした暗部組織もいたが、実はそうじゃない。
アレイスターは自分がいつでも手を出せるから好き勝手にやらせているだけで、いちいちそんなのに構っていられないだけで、いつだって制御しようと思えば制御できるのだ。
七月初旬。
『
垣根帝督がこの学園都市で能力開発を受けて、
垣根帝督はアレイスターの手による丁寧に重ねられた偶然によってもたらされた必然によって、朝槻真守と出会うことが決められていた。
ずっとアレイスター=クロウリーは垣根帝督のことを制御していた。
アレイスターが用意したレールの上を、垣根帝督は走らされていた。
垣根帝督は自分で選んだ道を進み続けていたはずなのに。
垣根帝督が自分で選んだものなんて、本当はどこにもなかった。
いつか
「…………は」
垣根は笑い声を一つ漏らした。
自分の前で自分の端末であるカブトムシが『捕食』され続けているにも関わらず。
ネットワークから次々とカブトムシの識別反応が消えていっているにも関わらず。
思わず乾いた笑い声が、垣根帝督の口から
巧妙に仕組まれたレール。
最初から決められていた人為的な手が入った運命。
何もかもが偽物で、何もかもが自分のモノじゃない。
自分のモノなんて一つもない。
ただ大切な『あの子』を失った悲劇でさえ、仕組まれたものかもしれない。
それでも。
垣根帝督が朝槻真守に抱いた気持ちだけは、誰にも手出しができないものだった。
真守に対する愛は。
自分が真守に感じている愛しさは。
彼女を大切にして、そばにいて、一人にしたくないと思った気持ちは。
誰かに仕組まれたレールの上で生まれ落ちた気持ちだとしても、その気持ちに嘘偽りはない。
その気持ちだけは誰にも強制することができない、垣根帝督の純粋な想いだった。
真守は人の心は自由で、人はやろうと思えば何でもできて、人の可能性は無限大に満ちていると心の底から信じている。
そんな朝槻真守の
人の可能性を信じている真守の
人のことを公平に想える真守だからこそ持てる、世界への希望だ。
いいや。本物か偽物か。そんなことは今どうでもいい。
今一番大事なのは。
垣根帝督が全てを知ってもまだ、朝槻真守を愛していることだった。
垣根はそこで崩れ落ちた聖堂の中に真守を見つけた。
拘束ベルトで
おそらくフィアンマに弄られて目に見える枷が幾つか破壊されてしまったのだろう。
だから顔にクロスされるように巻き付けられていた二重の拘束ベルトも外されており、虚ろで意識がない無機質で透き通ったエメラルドグリーンの瞳が露出していた。
頭の翼と六芒星の幾何学模様の転輪は無事だが、五対一〇枚の翼はもぎ取られたままだ。
それに加え、真守の後光は中心がフィアンマの攻撃によって
真守の後光はいつも歯車の音によって荘厳な曲を生み出してはいたが、そのせいで不協和音を築き上げ、とても苦しそうに音を響かせていた。
垣根がそんな満身創痍の真守を見て顔を悲痛で歪ませた瞬間、破壊音が連続して響き渡り、空間が軋んだ。
その破壊音とは、ベツレヘムの星の大地から響き渡っていた。
真守が操るべき『何か』が暴れ回り、破壊の限りを尽くしたため、真守を中心にベツレヘムの星に亀裂が入っているのだ。
「!!」
垣根が驚愕の表情と共に真守へ手を伸ばすと、その瞬間、ベツレヘムの星に限界が来た。
ベツレヘムの星が二つに引き裂かれるように亀裂が入り、真守がその亀裂から地上へと背中から落下していく。
その虚ろな瞳からも分かる通り、真守には明らかに意識がない。
だからこそ、真守は背中から地上へと落下し、重力に引かれるまま落ちていく。
六対一二枚の翼を持つ『
そんな天使と同じ役割を担わされた真守は、天から地へと
朝槻真守はそうやって、垣根帝督から遠ざかっていく。
「真守…………」
垣根帝督は震える声を出した。
「真守──────ッ!!!!」
垣根はそこでありったけの演算を込め、『何か』に捕食されて欠けた
ベツレヘムの星には再生機能がある。
真っ二つになるように亀裂が走ったベツレヘムの星は亀裂がどんどんと塞がれていき、真守が放置されていた聖堂も元通りになっていく。
静寂を取り戻したベツレヘムの星にある聖堂。
そこにはもう、誰もいなかった。
役割を対となるように与えられた二人は。
永遠を共にすると誓いあった男女は。
その場から地上へと、共に
──────…………。
「……アレは落ちたか」
右方のフィアンマはベツレヘムの星に入った異常を感じ取って一人呟く。
その手にはインデックスの遠隔制御霊装を嵌めこんだ杖が収まっていた。
「アレの仕組みは大体解析した。よくもまあアレイスターもあんなものを利用しようと考えたものだ。放っておけばよいものを」
フィアンマはそこでフッと嘲笑すると『
「さあ、早く俺様に『羊皮紙』を持ってこい。それで全てが丸く収まる」
それに呼応するかのように『
アレを手にすれば、やっと全てを始めることができる。
プロジェクト=ベツレヘムを完遂することができる。
フィアンマはそう考え、世界を救済する力がもう少しで手に入ることに一人嗤った。