とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一五六話、投稿します。
次は一月三〇日日曜日です。


第一五六話:〈頂点集合〉で救いを手に

一方通行(アクセラレータ)は人工天使、源白深城と共に『神の力(ガブリエル)』、ミーシャ=クロイツェフを見事打ち倒した。

 

自分は無事だったが、先程から自分と一緒に戦った人工天使である源白深城が見当たらない。

 

だが彼女はきっと大丈夫だ。

 

何故ならば、今ここに。

 

彼女の『神』である朝槻真守がいるのだから。

 

(あお)みがかった自分の身長よりも長いプラチナブロンド。その真上には六芒星を(もと)にした幾何学模様でできた転輪。

 

宇宙の煌めきを閉じ込めたような肢体。それを包み込む表面がパール加工されているのか虹色に光る結晶でできた豪奢な純白のドレス。

 

蝶の(はね)翅脈(しみゃく)のような蒼閃光(そうせんこう)で作られた後光からは、その翅脈(しみゃく)の線を形作っている、連結された小さな歯車が噛み合ったことで荘厳な音楽が奏でられていた。

 

そして六対一二枚の互い違いの純白と漆黒の翼。

 

あの白と黒の翼。

 

きっと人々はあの互い違いの翼を美しいが故に醜いものだと思うのだろう。

 

だが一方通行(アクセラレータ)は美しいも醜いも思わなかった。

 

祈りも悪意も、それら全てを抱いて愛することができる真守にぴったりで綺麗な翼だと、真守の真の姿を見た一方通行(アクセラレータ)は思った。

 

真守の(かたわ)らには、もちろん垣根帝督がいた。

 

おそらく垣根は真守のことを探して自分と打ち止め(ラストオーダー)の前をロシアの車で横断していったのだろう。

 

そして再び真守をその手中に収めたのだ。

 

そんな真守と垣根の後ろには、一つの車が守られるように停められていた。

 

その中では番外個体(ミサカワースト)が、かつて自分たち妹達(シスターズ)を助けた少女の変わり果てた姿に微妙な顔をしており、その後部座席では変わらずにぐったりとしている打ち止め(ラストオーダー)の姿も見られた。

 

真守は先程の大天使の爆発の余波で吹き飛ばされそうになった乗用車を垣根と共に守っていた。

 

その証拠に、真守と垣根が立っている後方だけが無事で、壁のような雪崩が真守と垣根を避けている。

 

大天使の爆発は深城と一方通行(アクセラレータ)が何とかできると察した真守は、一方通行の大事なものを守るために動いたのだ。

 

出会った時から朝槻真守は、誰かが頑張るのを応援するのが好きだった。

 

だから頑張っている一方通行(アクセラレータ)の支援をしたいと今も動いたのだろう。

 

「……オマエはいつだってそォだ」

 

一方通行(アクセラレータ)は悲鳴を上げている体を懸命に動かし、雪の地面に杖を突いて真守へと近づいた。

 

「いつだってオマエは俺の先を行って、そして助けてくれるンだ。俺に進むべき道を見せてくれるンだ」

 

一方通行(アクセラレータ)が穏やかに笑いながらそう告げる中、真守も柔らかく微笑んだ。

 

「お前が頑張っているから、私はお前を助けたいっていつも思うんだ」

 

そこで真守は一方通行(アクセラレータ)に向けて細めていた目で、違う方向を見た。

 

そのエメラルドグリーンの瞳は無機質で誰もが恐ろしく感じるのだろうが、一方通行(アクセラレータ)は彼女の人となりを知っているので全く怖くなかった。

 

むしろよく自分を見つめてくれて、よく目を細めて笑いかけてくれたと感謝するほどだった。

 

真守のことを神聖視している一方通行(アクセラレータ)は、真守が視線を向けた自分の後方に目を向けた。

 

「真守ちゃん……」

 

弱弱しく声を上げたのは、体が薄くなって姿が立体映像のようにブレている深城だった。

 

「深城」

 

真守が柔らかく両手を広げて深城の名前を呼ぶと、深城はぼろぼろと透明な涙を(こぼ)した。

 

「真守ちゃ……ん!!」

 

深城は空気に今にも解けてそうな体を懸命に動かして真守の胸へと飛び込み、ギューッと抱き着いた。

真守は胸に飛び込んできた深城の頭にそっと頬を寄せてキスをする。

深城の隣ではカブトムシがその(はね)で飛んでおり、真守はそんなカブトムシに手を伸ばした。

 

「帝兵さん。少し干渉するぞ」

 

真守はカブトムシに断りを入れてから干渉する。

 

真守はカブトムシに干渉し、学園都市に蔓延するAIM拡散力場をカブトムシのネットワークを介してこの場に引き出した。

 

そしてそれを操って真守は深城を包み込む。

 

真守がカブトムシから引き出したAIM拡散力場を基に深城の体を補うと、深城のブレて立体映像のように透明になっていた体が質感を取り戻していって、消えかけていた足がきちんと元通りになる。

 

「帝兵さん。深城はまだ不安定だから、しばらく離れないで頭の上に乗ってあげてくれ」

 

真守は深城を抱きしめたまま深城に力を供給し続けているカブトムシにそう指示すると、カブトムシは深城の頭にちょんっと乗った。

 

体が元通りになった深城はぐすぐすと鼻を鳴らして自分の体を作り上げてくれた真守をぐしゃぐしゃの顔で見つめる。

 

「怖かった~!!」

 

えっぐえっぐとしゃくりあげて深城が叫ぶので、真守は深城のことを優しく抱きしめる。

 

「あたっあたし……っ殴ったことも、ケンカしたこともなくてぇ……真守ちゃんに、守られてばっかりだったから……あたし……戦うのがこんなに痛くて怖いことだと知らなかったあ~!!」

 

「そうだな、深城。初めてなのによく頑張った。偉いぞ」

 

((初めて殴ったのが天使なのもある意味最強だな))

 

深城が泣いているのを真守が慰めているのを見ていた垣根と一方通行(アクセラレータ)は思わず心の中で寸分たがわず同じことを考える。

 

同じ思考をしていると感じた二人はバチッと目を合わせて、そして同時に何とも言えない気持ちになった。

 

だが二人共、不快感を覚えたわけではない。

 

先程全身全霊で力をぶつけ合ったのだ。

 

だからむしろ、清々しい気持ちで二人はそこに立っていた。

 

だがいつまでも大天使を打ち破った事に喜んでいる場合ではなかった。

 

打ち止め(ラストオーダー)を救う方法が見つかっていないのだ。

 

羊皮紙の使い方も分からないし、戦争は激化していく一方だ。

 

学園都市からの追手も来る。早く打ち止め(ラストオーダー)を救う手立てを見つけなければならない。

 

「えっぐ、えっぐ……うぅ……一方通行(アクセラレータ)さんは、打ち止め(ラストオーダー)ちゃんを助けにエイワスに言われてロシアに来たんだよねえ?」

 

深城は涙を真守に(ぬぐ)ってもらいながら焦る一方通行(アクセラレータ)の方を見る。

 

一方通行(アクセラレータ)が頷くと、深城は真剣な表情をして一方通行の方を向き直った。

 

「九月三〇日にね。インデックスちゃんが……あたしの友達が、打ち止め(ラストオーダー)ちゃんを助けてくれたの」

 

「!?」

 

一方通行(アクセラレータ)は突然深城から放たれた言葉に驚愕して、そんな一方通行に深城は続きを告げた。

 

「正確には打ち止め(ラストオーダー)ちゃんの頭の中に入ってたウィルスをとある歌で取り除いたの。AIM拡散力場をミサカネットワークで束ねるのが打ち止め(ラストオーダー)ちゃん。その打ち止め(ラストオーダー)ちゃんの精神を縛ることであたしを『天使』にしてたから、その『結び目』を解けばいいって」

 

「その歌はテメエに分かンのか!?」

 

一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を救う手立てがあるとして声を大きくすると、深城はコクッと頷く。

 

「でもアレはあたしの形式(フォーマット)で表せない歌なんだ。だからあたしは教えてあげられない。けれど打ち止め(ラストオーダー)ちゃんの頭の中にも入ってるよ。そっちの方が電子的に処理していあるから扱いやすいと思う。……でもね、一つやらなくちゃいけないことがあるの」

 

「なンだ!? 早く言え!」

 

「アレはあたしに対応している歌なの。エイワスには通用しないと思う。でもそれなら、エイワス用に歌のパラメータを書き換えればいいんだよ。……そのエイワスのパラメータだけど、それは一方通行(アクセラレータ)さんも知っているはずだよ。だってアレに会ってるんでしょう?」

 

一方通行(アクセラレータ)は自分が急かした深城の口から放たれた言葉に沈黙する。

 

確かにエイワスには会った。

 

だが一方通行(アクセラレータ)はエイワスから攻撃を受けただけでエイワスのパラメータなんか知らない。

 

そこまで考えた時、一方通行(アクセラレータ)の脳内に衝撃が電撃のように駆け巡った。

 

エイワスから受けた攻撃を一方通行(じぶん)は『反射』しようとした。

 

だが『反射』は効かずに、それどころか対抗策が一つも思い浮かばなかった。

 

自分は完璧に叩き潰された。

 

だがエイワスの攻撃に()()()()()()()()()()()()()()()

 

一方通行(アクセラレータ)は既にエイワスから受けた『正体不明の法則』を自身の体に入力していた。

 

だが『正体不明の法則』な故に一方通行(アクセラレータ)の中に存在する知識で対抗できなかったから、一方通行はエイワスの攻撃を真っ向から受けることになった。

 

既に一方通行(アクセラレータ)はエイワスから『正体不明の法則』の一部である『情報』を受け取っている。

 

その『情報』を正体不明と割り切ってはいけない。ブラックボックスにしてはいけない。

 

違和感を違和感として処理できるならば、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

実世界には存在しない、机上の計算を解き明かすためだけの数字を思い浮かべればいい。

 

一方通行(アクセラレータ)はそこで(ふところ)から羊皮紙を取り出した。

 

この羊皮紙の中身は虚数に似た架空の数字を織り交ぜた、たった一行の『特異な物理公式』を入力すれば浮かび上がるまでは解析ができていた。

 

その『特異な物理公式』は重要じゃない。

 

自分のルールで羊皮紙に書かれているパズルが解けることこそが重要だったのだ。

 

自分の頭の中で粒子加速装置(アクセラレイター)を再現して、限りなく本物に近い推論を()()()()()()()弾き出せると一方通行(アクセラレータ)が気付くためのヒントがこの羊皮紙だったのだ。

 

粒子加速装置(アクセラレイター)

 

宇宙の始まりを再現するために幾つかの物理的な現象を再現して確認し、ビッグバンが『あったであろう』と確定するために使われた装置。

 

朝槻真守は一方通行(アクセラレータ)と初めて会った時から既に、一方通行の能力の本質が粒子加速装置(アクセラレイター)であることを察していた。

 

だから真守は一方通行(アクセラレータ)の頭の中にある粒子加速装置(アクセラレイター)の外から干渉することで、その定義を打ち破ることができたのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)も、自分の能力の本質を知っていた。

 

自分の能力名を定めた時から、ずっと自分の能力の本質に気が付いていたのだ。

 

気付かなかっただけで、答えは最初から一方通行(アクセラレータ)の中にあった。

 

エイワスはロシアへ行けと言ったが、あの化け物はそこに打ち止め(ラストオーダー)を救う方法が丸ごと置いてあるとは確かに言っていなかった。

 

番外個体(ミサカワースト)。……話は聞いてたな?」

 

最終信号(ラストオーダー)が他の妹達(シスターズ)と共有させているバックアップから歌のデータを抽出して来いって? けけっ。それを私にさせる辺りに皮肉が効いてるわねえ。……いいわよ。やってあげる」

 

番外個体(ミサカワースト)一方通行(アクセラレータ)の考えを読み取って了承した瞬間。

 

 

夜天が大きく開いた。

 

 

人為的に配置された夜空の闇に放射線状の亀裂が走る。

 

その亀裂は縦横無尽に夜天を裂き、音もなく広がっていく。

 

そしてその向こうから黄金の光の粒が無数に舞い降りた。

 

絶えず降り注ぐその黄金の粒は次々とカーテンのように光の(おび)を生んだ。

 

あの黄金の正体は莫大な『天使の力(テレズマ)』。

 

 

右方のフィアンマは天使を呼び出したのではなく、天使のいる世界をこの世界に呼び出したのだ。

 

 

世界の天は変貌した。

 

後は地の底を組み替えるだけである。

 

そうすれば世界は右方のフィアンマの望む世界へと変わる。

 

真守はそこで、遥か天に浮かぶベツレヘムの星を見上げた。

 

『右方のフィアンマ』

 

そして、真守は右方のフィアンマにパスを繋げて声を届けた。

 

一方的な声だ。

 

それでも真守は右方のフィアンマが吐き出す息と吸い込む息で脳の稼働率を測り、彼が何を考えているか手に取るように理解することができる。

 

そのため意思疎通は可能だった。

 

『お前はこの世界を歪んでいるものとして見ているようだが、私はそうは思わない』

 

『四大属性が歪みを見せているこの世界が歪んでいないだと? ふざけたことを言うな』

 

真守の言葉に右方のフィアンマは頭の中で思考して応える。

 

彼は既に右手を完成させている。

世界を救う手立ては自分の手の内にある。

そんな満ち足りた思いで思考が満たされていた。

 

『ふざけてなんかない。本当に歪んでいないんだ』

 

真守は即座に否定してフィアンマへと真実を放った。

 

『世界は十字教の時代を終えて、新たなる世界へと踏み出そうとしているんだ。「変化」しないお前はそれを歪みと受け取るが、私は違う。私は流動源力(ギアホイール)という能力を持っている。だから分かる』

 

真守の能力、流動源力(ギアホイール)の本質とは、『世界の仕組みを動かし続け、そして絶えず世界を進み続けさせる』ことにある。

 

真守は『進化』しつつ、そこに()り続ける。

右方のフィアンマは『変化』せずに、ただそこに()り続ける。

そこに両者の考えの違いがあるのだ。

 

()り方に明確な違いがあるからな。だからお前と私は相いれない。それでも、一つ忠告しておく』

 

真守は古いルールで世界を救おうと躍起になっているフィアンマへと重大なことを伝えた。

 

『「ソレ」はお前の幻想など容易く食い殺すぞ』

 

「真守?」

 

真守が最後に忠告すると、垣根が真守に声を掛けてきた。

真守が垣根を見上げると、垣根は顔をしかめて真守を見つめていた。

 

「世界が戻ろうとしている。だから私にはやらなければならないことがある」

 

垣根は真守から放たれた言葉によって、嫌な予感がして途端に苦しくなる。

 

「またどこかに行くのか?」

 

「ううん。どこにも行かないぞ」

 

真守は不安になって苦しくなっている垣根に向けて、微笑を浮かべた。

 

「ここでできることだから。それに垣根のそばが私の居場所だ。絶対に、絶対に離れない。だって垣根の全部をもらったんだから。私の全部を垣根にあげたんだから」

 

真守はそこで言葉を切って、垣根にふにゃっとした笑みを向けた。

 

「これからずぅっと一緒だ」

 

垣根と永遠を共にすると口にした真守だったが、それでも少し距離を取らなければならないため、真守は音もなく地面から足を離した。

 

垣根は一瞬たりとも真守が自分から離れるのが許せなかった。

 

だがそれを理解している真守がそれでも離れなければならないと考えるならばしょうがないか、と拗ねた顔で真守を見上げていた。

 

真守はそんな垣根を見て小さく笑うと、深城とカブトムシに視線を移した。

 

深城は柔らかな慈愛の笑みを浮かべていた。

 

カブトムシは自らに名前を付けてくれた愛しい存在を、ただ一心にそのヘーゼルグリーンの瞳で見つめていた。

 

真守は一人と一匹に目を向けた後、打ち止め(ラストオーダー)を救おうとしている一方通行(アクセラレータ)番外個体(ミサカワースト)を見た。

 

一方通行(アクセラレータ)が新たな一歩を踏み出そうとしている姿に目を細めた後、真守はこの世で最も愛しい人を見つめる慈愛に満ちた視線を垣根に向けた。

 

そして垣根の両頬にゆっくりと手を添える。

 

垣根は不機嫌な顔をしていたが、それでも自分を納得させて真守が飛び立つのを待っていた。

 

垣根の存在を一身に感じた真守は垣根の両頬から手を離し、祈りと悪意を肯定する白と黒の翼で、ゆっくりと空へと飛び立っていく。

 

身を(ひるがえ)して態勢を立て直し、一○○メートルほど飛翔すると空中で停止した。

 

そして祈るように手を組み、無機質なエメラルドグリーンの瞳をそっと伏せた。

 

世界は今、十字教の形式(フォーマット)に再び戻されそうになっている。

 

変わり果てた天に合わせるように、地の底にある全ての歯車の再調整と、それを円滑に動かすための装置の設置が各地で行われ始めている。

 

「変わらなものなんてない。そして、世界は混沌で満ちている」

 

真守はこの世界を全身で感じて、慈愛に満ちた穏やかな声で言葉を紡ぐ。

 

「だから多くの可能性を秘めているんだ。そんな世界を『変化』のない世界にする道理はない」

 

朝槻真守の能力の本質は世界の()り方を変化させつつ、進み続けさせることだ。

 

だから真守は世界を一つ前の時代に戻そうと浄化を担う天を討ち滅ぼすことができる、唯一の対抗策だ。

 

真守には世界を一つ前に戻したくないという気持ちがある。

 

そして。

 

世界中には、真守と同じ気持ちで世界が変わってしまうことに抗う人々がいた。

 

それに加え、地上も一つ前の時代に戻ることを拒んでいた。

 

その結果、天から地上へと凄まじい力が降下して世界を蝕もうとしている。

 

真守はそこで、強大な力に立ち向かう人間と改変を拒む地上の手助けをした。

 

真守は絶対能力者(レベル6)として全ての人間に疑似的なパスを繋げることができ、そこから自分の力を分け与えることができる。

 

第三次世界大戦でいがみ合っている人間。

 

科学を崇拝する人間も魔術を崇拝する人間も。

 

 

全てに分け隔てなく、真守は全人類へとパスを繋げて人間の活力になる生命力を送り込んだ。

 

 

『お前たちの可能性を信じている』

 

その言葉を添えて、真守は大きく翼を広げた。

 

蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)る。

 

それと同時に、歯車が規則的に回り続けることで発される荘厳な音楽が辺りに響き渡る。

 

ロシアにいた人々は黄金のとばりを打ち破るとある奇蹟を目撃した。

 

 

黄金の天を貫く(あお)き救済の光と、それを祝福する荘厳な音楽を聞いた。

 

 

その最中、一方通行(アクセラレータ)は歌った。

 

自分の命よりも尊く輝く命を持つ、愛しい者のために。

 

その大切なものを守り抜けるようになるために。

 

体中の血管が爆発して血が流れようとも。

 

内臓が傷つき悲鳴を上げようとも。

 

ただひたすらに祈って、歌を紡いでいた。

 

大切な少女を救うために、歌い続けていた。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)は既に悪党ではなかった。

 

善人でも悪人でもなく、人間でも怪物でもなく。科学や魔術にも囚われない。

 

一方通行(アクセラレータ)は一方通行という人物で、それ以外に当てはまる言葉はその姿にはなかった。

 

そんな一方通行(アクセラレータ)の姿を、かつてこの世界で一番の憎悪を向けていた垣根帝督は見つめていた。

 

世界を一つ前の時代へと戻さないように戦っているこの世で最も大切な少女の代わりに。

 

ただただ柔らかく、穏やかな慈愛の目を向けて。

 

やっと分かったのかよ、と呆れながらも安堵した表情で、微笑を浮かべていた。

 


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