とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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閑話休題の第一弾、投稿します。


とある閑話の幻想物語-ファンタジー-
Extra:01:とある暗部の潜入捜査〈IF〉


第八学区のとある建物の最上階。

そこには統括理事会直轄暗部組織、『スクール』のアジトがあった。

 

『スクール』の構成員は四人。

 

汎用性に長けた念動使い(サイコキネシスト)の誉望万化。

精神干渉系能力者の心理定規(メジャーハート)

狩猟民族のスキルを身に着け、とある超能力者(レベル5)に能力開発を手助けされている弓箭猟虎。

 

そして。

 

『スクール』のリーダー。超能力者(レベル5)第三位、未元物質(ダークマター)。垣根帝督。

 

「あ? 潜入捜査だと?」

 

垣根はアジトの一室で一人用のソファに座り、目の前に置かれていた『SOUND ONLY』と表示されているPCを見つめていた。

 

〈そうだ。とある店に潜入してほしくてな。そこは最近統括理事会に対して不穏な動きを見せている。『スクール』にはその対処をしてもらいたい〉

 

「潜入捜査以外にもいくらでも方法はあるじゃねえか」

 

〈それがその組織は情報をネットワーク上に残していないんだ。スタンドアローンのサーバーにいれてある〉

 

「……つまり拒否権はねえってことか?」

 

〈分かればいい。では頼むよ〉

 

ピッと通信が切れると、潜入捜査先の情報が送られてくる。

垣根は面倒くさそうにその情報を確認し、そしてピキッとこめかみに青筋を浮かべた。

そしてギュッとスラックスの太ももの布を握り締める。

 

「なんで……」

 

垣根は空間をヂヂヂヂィッと震わせる。

垣根帝督は持ち前の干渉力が凄まじい。

そのため感情の起伏が激しくなると、その干渉力が暴走する傾向がある。

 

「なんで潜入先が執事喫茶なんだよォッ!!!!」

 

垣根の怒りと共に室内が爆発し、今年何回目か分からないアジト半壊が起こった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

誉望万化はエレベーターの中で、隣に立っていた同じ暗部組織に所属している弓箭猟虎を見た。

 

「なんで俺がお前の装備の補填を手伝わなくちゃいけないんだよ」

 

弓箭は誉望のボヤキを聞いて、にやーっと笑った。

 

「後方支援の誉望さんが私の装備の準備の手伝いをするのは当然じゃないですか」

 

「……俺は別に後方支援が主じゃない。垣根さんが戦力として十分だから、俺がフォローに回ってるだけだ!」

 

「誉望さんのくせに生意気ですね。垣根さんのパシリなのに」

 

「ぐっ……こ、この女……ッ! 俺はお前の教育係で、先輩なんだぞ……ッ」

 

誉望は弓箭へと怒りを(つの)らせながらも、エレベーターから降りて垣根たちがいるはずの部屋の扉を開ける。

 

「チーッス。弓箭のせいで遅れましたぇええええええ!? 何スかコレ!? 敵襲スか!?」

 

誉望は窓ガラスが全て吹っ飛び、家具もボロボロになって床に転がり、壁紙も剥がれてヒビが入っている室内を見て驚愕する。

 

「違う違う。いつも通りに彼が暴れたの」

 

誉望の驚きに答えたのは心理定規(メジャーハート)で、心理定規(メジャーハート)はぼろぼろになって背もたれが破壊されたソファに座ってネイルの様子を見ていた。

心理定規(メジャーハート)が言う、暴れた張本人である垣根の姿はない。

暴れてもむしゃくしゃしたままで飛び出したのだろうか、と誉望は思う。

 

「危うく私まで巻き込まれるところだったわ」

 

ため息を吐く心理定規(メジャーハート)を見て、弓箭は部屋の惨状を見ながら声を掛ける。

 

「また朝槻さんのことで上層部に無茶ぶりでもされたんですか?」

 

「いいえ。それとは別件よ」

 

誉望は頭に土星型のゴーグルをつけながら、心理定規(メジャーハート)の口から飛び出した言葉に顔をしかめる。

 

「別件?」

 

「仕事が来たの。内容は潜入捜査。内部にしかない情報を引き抜いて来いって」

 

「はあ。その潜入捜査先は?」

 

垣根が怒っているということは相当な潜入先なのだろう。

誉望が緊張感を持って訊ねると、心理定規(メジャーハート)はため息を吐きながら告げる。

 

「執事喫茶」

 

「シツジキッサ? ってなんですか? 主人を助ける執事と喫茶店がどう関わっているんです……?」

 

お嬢様でそんな俗世の事情に(うと)い弓箭は首を傾げる。

 

「コンセプトカフェのことよ。メイド喫茶の執事バージョン」

 

メイド喫茶は弓箭もなんとなく聞いたことがある。

メイドさんがお給仕をしてくれる喫茶店だ。

そんなメイド喫茶と同じことを執事がする。

世の中には酔狂なものがありますね、と感想を告げる弓箭の隣で、黙って聞いていた誉望は戦慄(せんりつ)した。

 

「…………ウチがそこに潜入するんスか? 本当に?」

 

誉望が恐る恐る訊ねると、心理定規(メジャーハート)は頷いた。

 

「ええ。潜入するのはあなたでもいいけれど、顔立ちが整ってるって時点で彼の方が適性あるでしょ? それが分かっていてブチ切れて暴れたのよ」

 

「……そりゃ執事なんて見目麗しいのは垣根さんが最適ですもんね」

 

誉望は歩くだけで女が寄ってくる垣根の容姿をちらっと思い出しながら呟く。

 

「潜入捜査だけでも面倒なのに執事になれ、だなんて。彼がそれにハイ、そうですかって二つ返事するわけないでしょ?」

 

誉望と心理定規(メジャーハート)の会話を聞いていた弓箭は苦笑する。

 

「どちらかというと従える方ですからね」

 

誉望は苦笑している弓箭を、顔をしかめつつ見る。

 

「どっちかなんて言わなくても決まってるだろ。俺様気質で傍若無人なんだから。垣根さんは執事なんて絶対にしないだろ」

 

誉望が断言すると、心理定規(メジャーハート)は大きく溜息を吐いた。

 

「でも仕事は仕事だし、割り切ってもらわないと困るのよ。彼もそれは分かっているんだけど、誰かの世話をするなんてまっぴらごめんだから、ムシャクシャして暴れたのよ」

 

心理定規(メジャーハート)はため息を吐いて携帯電話を取り出した。

 

「しょうがないわ。奥の手を使いましょう」

 

「どこに連絡するんですか?」

 

「決まってるじゃない」

 

誉望がきょとんとした顔で問いかけると、心理定規(メジャーハート)は携帯電話をふりながら笑った。

 

「彼が唯一、シチュエーション的に服従しても構わないと思っている子に連絡するのよ」

 

 

 

──────…………。

 

 

 

現在、学園都市には超能力者(レベル5)が八人いる。

九月一日付けで超能力者(レベル5)に認定され、第一位に昇りつめた流動源力(ギアホイール)、朝槻真守。

 

彼女は緊張した面持ちで繁華街を歩いていた。

 

真守が歩くたびに繁華街を歩いている学生たちは真守に目を奪われる。

 

誰もが見惚れてしまうのは、超能力者(レベル5)第一位が気合いを入れて化粧や身なりを整えているからだ。

 

真守は艶やかな長い黒髪を猫耳ヘアに綺麗にいつも結い上げているが、今日は猫耳ヘアの下に白いリボンをつけており、可憐さが増していた。

整った顔立ちにはいつもより化粧がしっかりとされているが、華美過ぎる事はない。

 

そして服装もいつもと違っていた。

 

白いブラウスに黒いリボン。灰色のカーディガンに、真守が持っている中で一番丈が長いひざ丈の黒いスカート。

足には白いレースが付けられた黒いニーハイソックスに、少しだけ厚底のパンプスを履いていた。

 

いつもよりお嬢様を意識した格好。

そんな格好で、真守は緊張した様子で顔を上げた。

そこは垣根が潜入調査をしている執事喫茶が入っているビルだった。

 

心理定規(メジャーハート)から連絡を受けた時は驚いたが、恋人が頑張っているのであれば行かなくてはならない。

 

(執事服の垣根に会って私、正気でいられるかな……)

 

真守はドキドキとしながらも、執事喫茶のあるフロアを目指してエレベーターへと乗る。

 

真守は執事喫茶に一人で来ていた。

とりあえず真守が一人で先に行って、午後に林檎と深城が別口で来ることになっているからだ。

その理由は単純だ。

真守が執事な垣根のことを独り占めしたいからである。

 

(か、垣根……口悪いのかな。それとも敬語なのかな。……どっちだろう。執事だから敬語なのかな)

 

真守はドキドキとしながらもエレベーターから降りる。

 

エレベーターから降りた瞬間から煌びやかな空間がそこには広がっていた。

アンティーク調の家具。木目を意識した壁紙や柱。

 

コンセプトカフェなんて真守は初めて来た。

 

そもそも一〇歳まで研究所に所属しており、それから五年間かけて表の生活に慣れるために頑張っていた真守は、コンセプトカフェなんて来たことがない。

 

というか普通の喫茶店もあまり入らないのに、コンセプトカフェなんて来店する日が来るなんて真守は考えたこともなかった。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

真守は突然声を掛けられてビクッと肩を震わせる。

見ると、執事服を着て片眼鏡(モノクル)をした長身の男がにこやかに笑いかけていた。

 

「あ、あの……ねっとで予約したんだが……」

 

「はい。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

「朝槻真守だ」

 

真守が緊張した様子で自分の名前を告げると、執事服の男は柔らかく微笑んだ。

 

「少々お待ちください」

 

そして懐からタブレットを取り出すと、それを操作して真守の名前で予約客と照会を行う。

 

「お目当ての執事は垣根帝督でよろしいですか?」

 

「は、はい……っ!」

 

(ほ、本当に垣根。潜入調査してるんだ……っ! ここで働いているんだっ!)

 

真守がどきどきと胸を高鳴らせていると、その瞬間が訪れた。

 

真っ白な手袋にシャツ。それと革靴。

ループタイにジャケット、そして燕尾服。

 

どこからどう見ても執事服を着た垣根が現れて、真守は固まった。

 

垣根は気まずそうな顔をしながらも真守を見ていた。

 

「…………はぅっ」

 

真守は固まっていたが、突然ふらっとよろける。

執事なのに色気たっぷりで主人よりも目立ちそうな垣根のカッコよさにやられてしまったのだ。

 

「っと、あぶねえ」

 

真守が垣根のカッコよさにやられて腰が砕けてしまうと、垣根はとっさに動いて真守のことを抱き留めた。

 

「大丈夫か、お嬢様」

 

真守は執事服姿の垣根に抱き留められて垣根を見上げたまま硬直する。

 

「…………あー…………お嬢様? 大丈夫でしょうか?」

 

垣根が固まったまま動かない真守に声を掛けると、真守は心臓を押さえてよろよろとしながらも自分で立つ。

 

「だ、いじょうぶ…………心臓止まったから能力でちゃんと動かしてる……っ」

 

「いやそれ大丈夫じゃねえな」

 

垣根は胸が詰まって息がしづらそうな真守を見て思わずため息を吐く。

真守はそんな垣根の前で居住まいを正し、垣根をじぃっと見上げた。

真守がまっすぐと見上げてきたことで、垣根は真守の格好がいつもと違い、お淑やかさを(まと)っていることに気が付いた。

自分のために相応の姿で着飾って来てくれたのだろう。

垣根が嬉しくなっていると、真守は頬を少し赤くしたまま垣根に声を掛けた。

 

「か、垣根」

 

「なんでしょうか、お嬢様」

 

垣根は真守に手を差し出して柔らかく笑った。

 

「……っ」

 

真守は白い手袋に(おお)われた大好きな垣根の大きな手に自分の手をちょこんと乗せる。

そして真守は垣根に見惚れたとろーんとした顔でふにゃっと微笑んだ。

 

「とってもかっこいい」

 

(お前の方がかわいい)

 

垣根はいつもより気合いを入れてお嬢様の格好をしている真守を見て、即座に心の中で呟く。

いつもなら抱きしめてたくさん愛でるところだが、今は潜入捜査中だ。

いつもと同じではならない。

そう考え、垣根はにこやかに真守に笑いかけた。

 

「僭越ながらもわたくしがエスコートさせていただきます。よろしいですか?」

 

「は、はいっ」

 

頬を赤くしたまま真守はこくこくと頷く。

そして真守は垣根に手を引かれて歩いて行った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

真守と垣根は一緒に個室へと入り、垣根は真守のことをリードすると、椅子を引いて真守を着席させる。

 

「垣根、ありがとう。でも個室だし……」

 

真守は垣根の格好がかっこよくてドキドキしながらも、垣根に個室だから少し休憩したらいいと言おうとする。

だが垣根はしーっと人差し指を口に当てた。

 

「メニューをお持ちしますからお待ちください」

 

どうやら垣根はあくまで執事として動くらしい。

垣根は真守に対してならばシチュエーション的に執事をやってもいいと思っていた。

というか、恋人同士でマンネリ化を防ぐためには、こういう事が普通に行われている。

まあ主に夜の事情で行われることが多いが、それでも垣根はノリノリだった。

 

(垣根が執事……っ垣根が、執事……っ!)

 

真守はメニューを取りに行った垣根をじーっと見ながら心の中で歓喜する。

 

(男の子がめいど服とかばにー服を女の子に着させたい理由が分かる……確かに、そういうシチュエーションのお洋服着てもらえるととってもうれしい……っ)

 

真守は心の中で黄色い歓声を上げて垣根に見惚れており、垣根はそんな真守にメニュー表を差し出した。

 

「……お嬢様」

 

垣根が呼んでも真守は垣根に夢中なままだった。

 

「ったく、しょうがねえな。まーもり」

 

垣根は真守の頬にそっと手で触れる。

 

「はうっ!?」

 

ほっぺに突然触れられた真守はぴゃっと飛び上がる。

 

「あ。ご、ごめん。……かっこよくて、見惚れてしまって……」

 

真守は顔を赤らめてふにゃふにゃと目を()らす。

垣根は真守の新鮮な反応を見てにやっと意地悪く笑う。

そして真守にそっと顔を近づけた。

 

「安心しろ。お前が気にいったなら家で何度だって着てやる」

 

真守は垣根の甘い囁きにいっぱいっぱいになってしまう。

 

「メニューをご覧ください、お嬢様?」

 

垣根にそう言われながらメニュー表を手渡された真守は、顔を赤くしながらもメニューを選び始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

はっきり言って幸せな時間だった。

 

いつも口の悪い垣根が敬語を使っているのには少し違和感があったが、優しくしてくれるし、全部やってくれるし真守はとても幸せだった。

 

まあ確かに垣根は普段から率先して自分に対しては色々とやってくれるのだが、執事として、という前置きが付くと全く違うと真守は感じた。

 

(んふふ。執事姿の垣根と写真撮っちゃった……っ。うれしい)

 

真守は垣根と撮った写真を入れたポシェットを大事に抱えながら微笑む。

 

(あ、だめだめ。あんまり浮かれちゃ。垣根は『スクール』の仕事として頑張ってるんだからな)

 

真守はそこで一つ気が付いたことがあって、目を薄く開いた。

 

(……仕事、か)

 

そして真守はしゅん、と気落ちする。

 

(垣根、他の女の子にも執事やってるんだよな……?)

 

真守は胸が苦しくなるのを感じた。

垣根が仕事している姿はとてもかっこよかった。

でもあんな風に他の女の子にも笑いかけていると思うと、悲しくなってくる。

中には垣根に惚れてしまう人もいるかもしれない。むしろ十中八九惚れてしまうだろう。

 

(むぅ。……かきね)

 

真守はきゅっと小さな手を握って顔をしかめる。

 

(垣根。今日、家に帰ってきてくれるかな……)

 

真守はとぼとぼと一人で歩く。

午後には深城と林檎が垣根のところに行く。

それは別に良いのだ。

良いけれど、やっぱり誰にも垣根のカッコイイ姿を見て欲しくなかったし、自分のためだけの執事でいて欲しいと真守は思っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深夜。

真守はベッドの上で体育座りをして垣根を待っていた。

今日は垣根が執事喫茶に潜入調査をしている関係で一緒に眠れないかもしれない。

 

そう思うと真守は胸がずきずきと痛くなり、きゅっと自分を掻き抱く。

 

いつもなら垣根が面倒なやきもちを焼くが、自分が酷いやきもちを焼くとは真守は思いもしなかった。

 

しぃんと静まり返った部屋の中で落ち込んでいた真守だったが、階段が軋む音が聞こえて目を見開いた。

ベッドから降りて真守は扉の前で待つ。

かちゃ、とドアノブが動いて扉が開いた瞬間、真守は垣根に抱き着いた。

 

「あ? どうした、まだ寝てなかったのか?」

 

垣根は突然抱き着いてきた真守に驚きながらも、真守の背中に手を回す。

真守は垣根に抱きしめられて幸せそうに目を細めるも、それでも顔はしかめっ面のままだ。

 

「…………仕事は?」

 

やけに積極的だな、と垣根が思っていると、真守がぽそっと呟く。

垣根はそれを聞いてあからさまにため息を吐く。

 

「今日で終わりだよ。クソ仕事だったぜ、まったく。なんで俺が誰かの世話しなくちゃなんねえんだよ。……それでも、お前と林檎や源白が予約入れてくれたからな。いくらか楽だった。ありがとな、真守」

 

真守はそれを聞いて、垣根の胸に顔をうずめるのをやめて垣根を見上げた。

 

「………………他の女の子の前でもやっぱり執事したのか」

 

垣根は真守の様子がおかしい理由に気が付いた。

 

「真守。お前もしかして()いてんのか?」

 

真守は垣根に嫉妬していると気が付かれて、再び顔を垣根の胸にうずめる。

 

「ふーん?」

 

垣根はそんな真守を見て、にやっと意地悪く笑った。

 

「お前が()くなんて珍しいな。顔見せろ」

 

垣根は真守が()いている表情が見たくて、くいっと顔を上に上げる。

 

「……ん」

 

真守はとても切なそうな顔をしていた。

眉を八の字にして、悲しそうに大きなエメラルドグリーンの瞳を細めていた。

 

あまり嫉妬しない真守が妬いている姿がかわいい。

 

そう思って垣根が悦に浸っていると、真守は嫉妬しているのが恥ずかしくて目を()らす。

 

そんな真守が愛しくて、垣根は真守の唇にキスをした。

 

「ん」

 

真守は小さく(うな)りながらも、垣根のキスに応える。

 

「かわいい」

 

垣根が口を離して自分を愛おしそうに見つめてくるので、真守は頬を赤くしたままムッと口を尖らせた。

 

「……かわいくない」

 

「なんでだよ。俺がかわいいっつってんだからかわいいんだよ」

 

垣根は真守のことをぎゅーっと抱き寄せる。

脂肪が少なくて体が薄いながらも、ちゃんとした女の子の柔らかい体。

そして上品で甘い匂い。

垣根が真守の頭に頬を摺り寄せて堪能(たんのう)していると、真守は躊躇(ためら)いながらもぎゅーっと垣根に抱き着く。

 

「ごめん、垣根」

 

「謝る必要はねえよ。クソ仕事回してきた上層部が悪いしな。それにお前が嫉妬してくれたから嬉しい。最悪だったが少しは役に立ったな」

 

「……そうなの?」

 

「お前全然嫉妬しないし。正直に言って嬉しい」

 

垣根は真守の額にキスをする。

そして真守のことを抱き上げた。

 

「わっ」

 

垣根は抱き上げた真守を見上げて、色気たっぷりに笑う。

 

「たくさんかわいがってやるから、それで機嫌直せ」

 

真守は胸が詰まってしまって口元に服の袖を持って来ながら眉を八の字に曲げる。

 

「垣根……っ」

 

真守は恥ずかしくても嬉しくて、垣根にきゅーっと抱き着いた。

 

そこからの時間はとても幸せで、甘々で、ふわふわしていて。

 

 

真守はそれを堪能(たんのう)して幸せな気持ちになりながら、目を覚ました。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「ふぁ!?」

 

真守は悲鳴を上げながらガバッと飛び起きる。

なんだかすごい嫉妬して垣根に(なぐさ)められて、永遠と甘やかされる夢を見ていた気がする。

 

「よ、欲求不満…………!?」

 

真守はとんでもない夢を見てしまったと頭を抱える。

 

「真守?」

 

頭を抱えていた真守に声を掛けてきたのは、丁度部屋に入ってきた垣根だった。

 

「か、垣根」

 

「? なんだよ、どうしたんだ? 変な夢でも見たのか?」

 

垣根は手にマグカップを二つ持っており、真守に片方を寄越す。

 

「まだ本調子じゃねえんだから。ほら。これ飲んでゆっくり落ち着け」

 

真守は垣根が差し出してくれたホットミルクを受け取る。

そしてコクッと一口飲んだ。

とても甘い。

深城はこんな甘さになるまで砂糖を入れないから、作ってくれたのが垣根だと真守は察した。

 

真守はほっと一息ついてから室内を見つめる。

 

九月三〇日に絶対能力者(レベル6)進化(シフト)してから一度も帰ってきていなかった自宅の自分の部屋。

 

学園都市から追われていたり、ローマ正教とのいさかいがあったりして帰ってこられなかったが、第三次世界大戦が終結して一応の脅威が取り除かれ、真守は自宅に帰ってくる事ができたのだ。

 

「で? どんな夢見てたんだ? 言ってみろ」

 

垣根はベッドの(ふち)に座りながらコーヒーを一口飲む。

 

「…………言いたくない」

 

垣根は真守の返答を聞いて、コーヒーのカップから口を離して真守を睨んだ。

 

「真守」

 

真守は垣根の追及に目を背ける。

ロシアの地で垣根は絶対能力者(レベル6)としての真守を理解することができた。

しかも真守が夢を介してエイワスとかいう超常的な存在に接触されていた事も、真守から教えてもらった。

夢ならば、もしかしたらエイワスに関することかもしれない。

 

「言え」

 

垣根が圧を掛けると、真守は泣きそうになる。

 

「………………垣根が、暗部の仕事で……執事喫茶で働くことになって」

 

「あ?」

 

「垣根が暗部の仕事で執事喫茶で働くことになって、お、女の子たちにいい顔するから私が嫉妬する夢見たのっ!! そしたら垣根が(なぐさ)めてくれて、それでたくさん甘やかされる夢!! そ、そんなの見たって言えるわけないだろぉ……っ!!」

 

真守はうわぁあああんと泣き(わめ)く。

呆然としていた垣根だったが、真守が変な夢を見ていたと理解して噴き出し、くつくつと笑い出す。

そんな垣根を見て、真守は恥ずかしくて涙目になった。

垣根はひとしきり笑った後、真守の頭にぽんっと手を置いた。

 

「そーかそーか。お前はまだまだ甘やかされ足りなかったんだな。欲求不満ってことか。なあ?」

 

「別に欲求不満じゃないっ!! 垣根のばかっ垣根のばかっ!!」

 

真守がわあわあと(わめ)くと、垣根は真守の頭を優しく撫でる。

 

「…………かきね?」

 

真守が(いた)わるように頭を撫でてくれるので顔を上げると、垣根は柔らかな表情をしていた。

 

「お前が元気になって良かった」

 

垣根はロシアの地で無理をして眠ったまま学園都市に帰ってきた真守のことが心配だった。

そんな真守がえっちな夢を見てしまう程に元気になって良かった。

そう思って垣根が優しく撫でていると真守はムーッと口を尖らせる。

 

「垣根! 垣根のばか! 私が欲求不満になるほどに元気になって良かったとか思ってるだろ!?」

 

真守が叫ぶと、垣根はきょとんとした顔をした。

 

「何言ってんだよ。事実じゃねえか」

 

「事実じゃないっ!!」

 

真守は垣根の誤解をどうやったら解けるのか頭を痛くする。

気分が悪くなってきた真守は垣根にマグカップを押し付けて横になった。

 

そして布団をかぶっていじける真守が可愛くて愛しくて。

 

垣根は横になった真守の頭を優しく撫でて、いつまでも微笑んでいた。

 




夢落ち。
時系列的には一五八話のすぐ後です。
真守ちゃんの夢に執事垣根くんを登場させました。
執事服の垣根くんもいいですけれど、サンタも良いですよね。
ところで超能力者のサンタ服にはなんでトナカイのツノついているんでしょうね。
削板はトナカイ要らねえ! ってことで頭についてますけど、逆に何で一方通行はトナカイのツノついてなかったのか……謎だ……。


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