Extra:とある人造の独占離反
とある日。垣根は自宅のラウンジにて雑誌を読んでいた。
隣には林檎が座っており、最近ハマッているゲームをしている。
真守はと言うと、深城と一緒に出掛けている。
あの二人にはあの二人の絆があるので、時々垣根は真守と深城を二人にしているのだ。
林檎と垣根という組み合わせで午後を一緒に過ごしていると、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
そしてバターン! と勢いよくラウンジの扉が開かれた。
「かっ垣根さん!! 大変なことになっちゃった!!」
「あ? どうした、真守とショッピング楽しんでたんじゃねえのかよ」
垣根が怪訝な声を上げると、深城は手に持っていた何かを
それは垣根帝督が
「帝兵さんが真守ちゃんを連れ去ったの!!」
「は?」
「あれはどっからどう見ても帝兵さん!! 垣根さんによく似た帝兵さん!!」
「何だよ、一体。分かるように話してくれ」
垣根が激しく主張してくる深城を落ち着かせようとすると、深城の持っているカブトムシが声を発した。
『どうやら癌細胞のようなものが生まれたらしいのです』
「癌細胞?」
癌細胞とは正常な細胞分裂が行えずに遺伝子が傷ついた細胞のことで、細胞分裂をする際に一定数必ず生み出されてしまうものだ。
カブトムシも増殖する際にそういう個体が生まれることはあるが、従順なのとネットワークがしっかりしているので、垣根の命令を聞かないで騒動を起こすなんてことはこれまでなかった。
『その個体は検分する限り、
「テメエ、ケンカ売ってんのか?」
垣根がいきなり自分の自意識が高くて
『怒っている場合ではないのですよ、
「連れ去ったっつっても学園都市に張り巡らされた俺のネットワークから逃げられるわけねえだろ。つーか真守のこと見守ってたお前たちは何して……って、あ?」
垣根はネットワークにアクセスしてその異常な個体を止めようと命令を掛けた。
だが反応がないのだ。まるでネットワークが機能していないようだった。
垣根は怪訝な顔でカブトムシを見る。
『
カブトムシは淡々と告げる。
『私たちも真守のことがとても大事です。ですから
垣根は呆然とするしかない。
思わず深城はぶふっと噴き出した。
垣根が自分の手足に最愛の恋人の事で反逆されたのが面白いのだ。
深城はカブトムシを持ったままなので笑いをこらえようとして、ふるふると肩を震わせる。
『ちなみに
「端末ゥ!!!!」
垣根はブチ切れてカブトムシを抱え込もうとするが、カブトムシは深城の手から離れひょいっと
まんまと最後の頼みの綱に逃げられた垣根を見て深城が爆笑する中、林檎は垣根の服をちょいちょいっと引っ張る。
「垣根、頑張って」
林檎が声をかける中、垣根はブチ切れてラウンジを吹き飛ばし、真守の自宅を
──────…………。
「えっと。あの、すごくひとが見てるんだけど……」
真守は公園の中にあるカフェのオープンテラスの椅子に座りながら困惑していた。
何故なら全身真っ白の垣根帝督の膝の上に乗せられて、後ろから抱きしめられて一つの席に二人で座るかたちになっているからだ。
『なんだよ、別にいいだろ。いつも
「……別に好き勝手させてないけれど……」
『俺から見たらそうなんだよ』
真守は自分のことを後ろから抱きしめるカブトムシ(異常増殖個体)に困惑する。
「あの、ホワイトさん」
『ホワイトさん?』
カブトムシが怪訝な声を上げると、口の中の真っ黒具合が良く見えた。
「真っ白だから、ホワイトさん。嫌?」
真守が小首をコテッと傾げると、カブトムシ(ホワイトさん)はニヤッと笑って、真守の頭に頬をすり寄せた。
『いいじゃねえか。お前が俺にしてくれること全部嬉しい』
ホワイトさんは真守のことをぎゅっと抱きしめて、すりすりと真守に頬をすり寄せる。
いつもの帝兵さんに比べたら過剰なスキンシップだ。
(どうしよう……本当に。まさか帝兵さんたちがそんなに垣根に不満を持っているとは思わなかったなあ)
真守はホワイトさんの
ホワイトさんに誘拐されたのは本当に突然だった。
深城と二人で楽しくショッピングしていた真守も、何が起こったかすぐに理解できなかった。
だって色が真っ白な以外全てが垣根と同じで、そして何かが違うからだ。
そしてしかも最初に携帯電話をホワイトさんに奪われてしまい、その携帯電話を他のカブトムシの個体が持ち去ってしまったので、垣根はおろか、深城との連絡の取りようさえなかった。
しかも他のカブトムシの個体、というところが重要で、どうやら多くの個体がホワイトさんに賛同して垣根に反抗しているらしい。
普通ならば、止めるべきだろう。だがホワイトさんはいわば帝兵さんたちが
自分のことを
『ほら、真守。あーん』
真守は戸惑いながらも、ホワイトさんがパンケーキの一かけらを差し出してきたので口を開ける。
ホワイトさんは真守のことを近くでずっと見てきた。そのため真守の小さい口に合う食物の大きさを熟知しており、真守は大変食べやすい大きさのパンケーキをもぐもぐ食べる。
『おいしいか?』
「うん。おいしいけど……あの、ホワイトさん」
『なんだ?』
真守はホワイトさんの胸の中で動いてホワイトさんを見上げた。
黒い
「いつも、悲しい思いしていたのか?」
真守が問いかけると、ホワイトさんは目を
「だって、私のことを独占したいって思ってたんだろ? 垣根が私のこと独占するの、いつも辛い気持ちで見ていたのかなあって」
真守がホワイトさんの頬へと手を伸ばすと、ホワイトさんは目を見開いた。
温かい。ホワイトさんは真守よりも少し低い垣根の体温を忠実に再現しているのだ。
それは自分のためであると、真守は即座に理解できた。
「私、帝兵さんのこともとっても大事だぞ。ホワイトさんの気持ちも、とっても大事に思ってる。分かってくれるか?」
真守が問いかけると、ホワイトさんは押し黙った。
真守が垣根よりも少し長い真っ白な髪の毛へと手を伸ばしてさらさらと触っていると、ホワイトさんは口を開く。
『じゃあちょっと付き合ってくれよ。大丈夫だ、
「……ホワイトさんも大概垣根に似て、素直じゃないなあ」
真守はホワイトさんにパンケーキを食べさせてもらいながら、どうせ垣根に返す気があるのにそれが認められないホワイトさんを見て呆れた顔をした。
──────…………。
「ホワイトさん。どこに行くんだ?」
真守はホワイトさんに抱き上げられながら問いかける。
街中を抱き上げられて歩くなんて恥ずかしいことこの上ない。
だがこのホワイトさん、垣根よりも独占欲が強いからどうも強情で、真守が恥ずかしいと言っても膝に乗せてくるし、お姫様抱っこで移動したいと言うから大変なのだ。
『いいところ』
「……えっちはしないぞ、絶対に。後も怖いし」
『俺にその欲望はねえな。俺は所詮人間じゃねえから』
そういえばホワイトさんは自分のことを抱きしめてきたり頬をすりすりすり寄せてくるけれど、キスとかはしてこない。
人間じゃないから性欲はないと豪語したホワイトさんを見て、真守はホワイトさんに寄り掛かりながら告げる。
「私はホワイトさんや帝兵さんが人じゃなくても好きだぞ」
真守がホワイトさんの頬にぴとっと手を寄せると、ホワイトさんは歩きながら真守を見た。
『知ってる』
ホワイトさんは嬉しそうに真っ黒な眼窩に浮かぶ赤い瞳を細めさせて、真守に笑いかける。
そして
やってきたのは、真守と垣根が思いを伝え合った第七学区の高い鉄塔だった。
「ここに来たかったのか?」
『
ホワイトさんは真守のことを鉄塔の太い鉄骨に座らせると、後ろに座って抱き寄せた。
「なあ。ホワイトさん。こんなことして、垣根がホワイトさんのこと抹消しようとするのは分かってるよな?」
『ああ』
「じゃあなんで私のことさらったんだ?」
『
少し拗ねているホワイトさんを見て、真守はホワイトさんがわざわざ再現した垣根のような肉体の感触を感じて呟く。
「じゃあ約束する、ホワイトさん」
『あ?』
真守はホワイトさんが後ろから回してくる手をギュッと握って告げる。
「深城と二人きりで遊ぶように、これから帝兵さんとも二人きりになれる時間を作る。垣根は了承しないかもしれないけれど……けど、なんとかして時間を作るから」
真守が約束を口にすると、ホワイトさんは真守の小さい頭に顎を乗せながら微笑む。
『ありがとう、真守。だいすきだ』
真守はホワイトさんに抱き寄せられて目を細める。
『俺にとって、真守は光だから。俺の生みの親で、俺が生まれるための可能性を示してくれたひとだから。だから少しの間でも二人きりで一緒にいられるならすげえ嬉しい』
ホワイトさんはそう言って光り輝くと、一匹のカブトムシへと戻った。
ホワイトさんは真守の膝の上にちょこんと座る。真守はそんなホワイトさんのことを抱きしめた。
『いい方法があんだよ。
ホワイトさんは
『だから真守。真守が時間を作ってくれた時にまた来るから。よろしくな』
「気が済んだのか?」
『お前が約束してくれたから。
カブトムシは嬉しそうに目を
『
「うん。ホワイトさん、またな」
真守がホワイトさんを抱きしめるのを止めて宙へと
そして学園都市の街並みへと消えていく。
ホワイトさんという個体に会えなくても、真守はいつだって帝兵さんに囲まれている。
帝兵さんに見守られて、幸せに生きている。
だから真守は見えなくなったホワイトさんのことをじぃっと見ていた。
帝兵さんのことだけを考えて、鉄塔の上に座って垣根の迎えを待っていた。
──────…………。
「ったく、一体何だったんだ」
垣根はイライラとしながら自分の部屋に呼んだ真守を後ろから抱きしめながら呟く。
カブトムシという強大なネットワークを一時期失っていた垣根は、誉望を呼びつけて衛星カメラから真守を探していた。
すると突然カブトムシのネットワークが復旧して真守のいる鉄塔に迎えに行ったら、真守を連れ去ったホワイトさんとやらは既にいなかった。
自分に抹消されることを恐れて逃げたようだが、事態が収拾して真守がこの手に帰ってきたとしても、元凶が葬り去られていないのでなんとも垣根帝督は釈然としない。
いきなり真守のことでカブトムシが自分から離反したと思ったら、真守のことを想ってカブトムシは自分の制御下に戻ってきた。
今回の騒動はそんな感じの一文で尽きる事態だった。
「真守、おまえ本当に何もされてねえだろうな! キスとか、そういう目的で体触られたとか!!」
「さ、触られてないっ帝兵さんたちに性欲はないからっだから、胸触るのヤメテっ!」
真守は服の裾から手を入れて上方をまさぐる垣根を必死で止める。
「嘘ついたらヤツらと二人きりで会わせるなんてこと絶対にしねえ」
「嘘じゃないっ
真守は自分のことを強く抱きしめる垣根に、大覇星祭で垣根が接触した
「チッ。あいつら、カッコつけて俺のもとに帰って来やがって……」
垣根は真守の提案を聞いて本当に食蜂に確認させようと思いながら、真守のことを抱き寄せて真守の小さな頭に顎を乗せながら呟く。
「カッコつけて?」
真守が問いかけると、垣根は顔をしかめっ面にして自分のもとへとやってきたカブトムシの一体から聞かされた言葉を思い出す。
『
カブトムシは垣根の肩に止まりながら告げる。
『
「ッチ。本当にカッコつけやがって……」
ちなみに垣根のもとに来た個体はホワイトさんという個体ではなかった。
本当に異常増殖個体は消えてしまった。どこへ行ったか分からない。
「なんだよ、垣根。結局ホワイトさんは垣根に何を言ったんだ?」
真守がトントンと垣根の膝を叩くと、垣根は不愉快そうに真守に口づけをした。
「む」
真守は顔をしかめて垣根のキスに応える。
切なくて真守が顔をしかめていると、垣根はそれをじぃっと見つめていた。
カブトムシは自分のAIM拡散力場の一部を植え付けて作り上げた人造生命体群だ。
そのため人間ではない。人工知能に近いように造り上げて、個性を大事にする真守のためを想って、個体に限りなく個性を持たせずに
カブトムシを造り上げられる無限の創造性を見出したのは真守だ。
そして真守が研究していたAIM拡散力場の技術を流用して垣根はネットワークを構築したので、カブトムシにとって真守は本当に生みの親のようなものだ。
自分の一部を植え付けた、真守のことを生みの親だと思っているカブトムシ。
そりゃ独占欲が湧くよな、と垣根は想像できてしまう。
そこが憎いところだと考えていると、真守がトントンと何度も胸を叩いてきた。
「ぷはっ」
真守は垣根に口を離されると荒い息をする。
「は、はぁ……っちゅ、ちゅーの最中に考え事しないでっ」
真守が抗議すると、垣根は真守の艶やかな黒髪に手を伸ばす。
「なんだよ。そんなにキスに集中してほしいのか? 飯食ったらたっぷりかわいがってやるからそうカッカすんなよ」
「やぁあああっそういう宣言しないで! 恥ずかしいっ!!」
真守が顔を赤くして叫ぶと、垣根は真守の髪の毛を指に絡ませて遊ばせながら不愉快そうにしながらも告げる。
「しょうがねえから端末と二人きりの時間作ってやる。……ただし! ちょっとの時間だけだからな!!」
「…………独占欲の強い垣根がちょっとでも許したのが大きな進歩かな」
真守がぽそっと呟くと、垣根は真守のことを睨みつけた。
「なんか言ったかコラ」
「いひゃいよ、ふぁひね。
真守が頬をつままれてむーむー抗議すると、垣根は真守の頬をつねるのをやめて抱き寄せる。
「俺のだからな」
「分かってるって。まったく、自分の分身にも私を取られるのが嫌って思うなんて、相当だぞ」
真守はぎゅーっと垣根に抱き着きながら、呆れた顔をする。
「自分の分身だから嫌なんだよ。分かれよ」
垣根はイライラしながらも真守をもっと抱きしめた。
こうして真守を理由にカブトムシが離反した騒動は、真守を理由に収束した。
だが垣根帝督は気に食わない。何故ならホワイトさんと真守が名付けたカブトムシが消えてしまったからだ。
絶対に捕まえて抹消してやる、と垣根は意気込んでいた。
その様子をホワイトさんが見ていたのは、言うまでもない。
エイプリルフールネタでした。
何故なら垣根ホワイトは流動源力では絶対に登場しないと明言したキャラだからです。
実はこの小説を書いていたらとあるIFでまさかの偶像時空に禁書目録たんが行ってホワイト垣根がアイドルになるというちょっとトンデモないイベントが発表されたのですが、生放送中、終始宇宙猫が頭を駆け回っていて事態が呑み込めませんでした。
ホワイト垣根、欲しい。
ちなみに流動源力に合わせてホワイトさんは変更されていますので、原作のホワイトさんとはまた別です。ややこしい。
次章はラジオゾンデ要塞篇です。ここら辺から章題をどうやって付けたらいいか分からないんですけど、そのまんまラジオゾンデ要塞篇でいいですかね……?