とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

17 / 346
第一七話投稿します。
次は八月二二日日曜日です。


第一七話:〈後悔追憶〉と共鳴して

若い木山春生の声がする。

 

『四〇七KIHARA』と書かれた部屋に入って老人の研究者と話をしている。

 

『私が教師に? 何かの冗談ですか?』

 

『いやいや。キミは教員免許を持っていたよね』

 

『ええ』

 

木山は躊躇(ためら)いがちにも老人の言葉に頷く。

 

『なら教鞭をとっても何もおかしくはないじゃないか』

 

『しかしあれはついでに取っただけで……』

 

木山春生が渋るので、老人は立ち上がって窓辺へと向かって歩き、外を見つめながら話をする。

 

『研究から離れろ、と言っているわけではないよ。それどころか、統括理事会肝いりの実験を任せたいと思っているんだ』

 

『本当ですか!?』

 

老人の言葉に研究者として期待されていると感じた木山は、明らかに声を明るくして老人へと迫る。

 

『あの子供たち』

 

老人が窓の外で遊んでいる子供たちを見つめるので、木山も見下ろした。

 

『彼らは置き去り(チャイルドエラー)と言ってね。何らかの事情で学園都市に捨てられた身寄りのない子供たちだ』

 

『はあ……?』

 

『そして。今回の実験の被験者であり、キミが担当する生徒である』

 

『え?』

 

彼らの教師になれ、という老人の言葉に、木山は思わず老人を見た。老人は木山の事を見ずに、置き去り(チャイルドエラー)の子供たちを見下ろしながら滑らかに話す。

 

『実験を成功させるには被験者の詳細な成長データを取り、最新の注意を払って調整を行う必要がある。だったら担任として受け持った方が手間が省けるでしょう』

 

『それは、そうかもしれませんが』

 

────……。

 

木山は『先進教育局、小児用能力教材開発所、同開発所付属小学部』という看板を見て、小さく溜息を吐きながらも教室へと向かう。

 

黒板に自分の名前を書いた後、机に座っている子供たちの方へ振り返った。

 

『あー。今日からキミたちの担任となった木山春生だ。よろしく』

 

『『『よろしくお願いしまーす』』』

 

(厄介な事になった)

 

子供たちが大きな声で楽しそうに笑うのを見ながら木山は独り言ちる。

 

────……。

 

木山が教室へと入るために引き戸を開けると、頭の上にトラップとして設置されていたバケツから大量の水が降り注いだ。

 

『やーい、引っかかった!』

 

『『引っかかった引っかかったー!!』』

 

『こらーっ!』

 

悪いことをした男子生徒二人にカチューシャの女子生徒が当然として、咎めるような声を上げる。

 

『先生大丈夫?』

 

『ああ、晴れてることだし。干しておけばすぐに乾く』

 

二つ結びの女子生徒が訊ねると、木山はワイシャツを脱ぎ出して下着一枚になる。

 

『わあー! こんなところで着替えないでぇ!!』

 

『男子、あっち向いてろ!!』

 

『ダメだよ、先生! 女の人なんだから!』

 

女子生徒が木山の事を心配する声を上げる中、一応木山を見ないように振り返った男子生徒二人は、気まずそうにしながらも強気な事を言う。

 

『べ、別に先生のぺちゃぱい見てもしょうがねえよな!』

 

『う……ウン』

 

『ぺ……ぺちゃ』

 

木山が子供からの辛らつな評価に顔を固まらせた。

 

(子供は嫌いだ。デリカシーがない)

 

────……。

 

教室の廊下を歩いていると、男子生徒が嬉しそうに話しかけてきた。

 

『先生ってモテねーだろ! 彼氏いんの?』

 

『な、何を……!』

 

『なんなら、俺が付き合ってやろうか?』

 

(失礼だし)

 

────……。

 

『そして、このように──』

 

木山が授業を進めるために黒板から教科書へ目を落とし、喋りながら教科書のページをめくる。

そこにはムカデの玩具が置いてあった。

 

『うわああ!!』

 

驚いて黒板に張り付く木山を見て、男子生徒二人はいたずらが成功して楽しそうに大声で笑う。

 

(いたずらするし)

 

────……。

 

『うっ、ううっうっ……』

 

木山は目の前で女子生徒が泣いていて、おろおろとしながらも声をかける。

 

『どうしたんだ? 何か困ったことがあるのなら、先生に……?』

 

『うわああああああん!!』

 

いきなり大声を出して泣き出した女子生徒を見て、どうすればいいか分からなくて狼狽(ろうばい)してしまう。

 

(論理的じゃないし)

 

────……。

 

『あー! スキキライしちゃダメなんだよ!』

 

木山が給食のシチューのニンジンを避けていると、それを見ていた女子生徒の一人が注意した。

 

『え? ……ああ』

 

(馴れ馴れしいし。すぐに懐いてくる)

 

 

 

(子供は嫌いだ)

 

 

 

────……。

 

雨の中、木山が傘を差して歩いていると、目の前に傘を手放して地面に座り込んでいる、カチューシャをした女子生徒がいた。

 

『どうした、枝先』

 

『あ、木山先生! ……えへへ。滑って転んじゃった』

 

枝先と呼ばれた少女が恥ずかしいところを見られた、と笑う。

泥だらけの様子の枝先を見て、木山は一つ提案をした。

 

『私のマンションはすぐそこだが、風呂を貸そうか?』

 

『いいの!?』

 

目をキラキラと輝かせて枝先は風呂に期待を寄せていた。

 

────……。

 

木山が枝先の服を洗濯機に入れていると、風呂場を覗いてお湯が溜めてある湯船を見つめて枝先が声を上げた。

 

『わあ、お風呂だ!』

 

『風呂がそんなに嬉しいか?』

 

『うん! ウチの施設、週二回のシャワーだけだもん! ねえ、本当に入っていいの?』

 

『……ああ』

 

『やった! みんなに自慢しちゃおうっと!』

 

枝先は心の底から嬉しそうにお風呂場へと入って行く。

木山は枝先が最後に脱いだ服を洗濯機に放り込んでスイッチを押し、洗濯を始める。

そして目を閉じて壁へと寄り掛かった。

 

『せんせー?』

 

『ん?』

 

洗濯機の振動音を聞いていた木山は、枝先の声が聞こえて片目を開けた。

 

『私でも、頑張ったら大能力者(レベル4)とか超能力者(レベル5)になれるかなあ?』

 

『……今の段階では何とも言えないな。高位能力者に憧れがあるのか?』

 

『うーん、もちろんそれもあるけれどー。……私たちは学園都市に育ててもらっているから! この街の役に立てるようになりたいなーって』

 

枝先の言葉に木山はそっと溜息を吐いた。

 

────……。

 

珈琲メーカーで淹れた珈琲を持って木山がキッチンからリビングへとやってくると、枝先が自分のワイシャツを着たままソファへと横たわっていた。

木山は枝先が寝てもスペースが空いているソファへと座った。

 

(研究の時間が無くなってしまった。本当に良い迷惑だ)

 

 

 

(子供は、嫌い…………だ)

 

 

 

そこから記憶が流れるように溢れていく。

 

────……。

 

(騒がしいし、デリカシーがない)

 

頭から黒板消しの粉を被って立ち尽くす木山を笑う生徒の姿。

 

────……。

 

『ねえねえ、俺の彼女になりなよ!』

 

『はいはい』

 

(失礼だし、悪戯するし)

 

廊下でいつぞやの男子生徒と話している記憶。

 

────……。

 

『わ、私……?』

 

『うん!』

 

(論理的じゃないし)

 

お世辞にも綺麗だとは言えない絵を見せて喜ぶ女子生徒。

 

────……。

 

『『『先生! お誕生日おめでとう!』』』

 

木山のために飾り立てられた教室に、枝先が大きな花束を木山に向けている。

 

木山は穏やかな気持ちになるのが自分でも分かった。

 

────……。

 

『スキキライは』

 

『……しちゃ、ダメだったな』

 

木山が枝先に注意されてビーフシチューのニンジンを頑張って口にすると、その場で一緒に食べていた女子生徒たちは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

(子供は……)

 

 

 

────……。

 

 

『チクッとするよ』

 

木山は機材のベッドの上に座っている男子生徒の腕に針なし注射器で薬剤を打ち込む。

 

『数値に異常はないか』『ええ、こちらは問題ありません』『こちらも大丈夫です』『よし、分かった』

 

木山以外の研究員たちが実験の準備を次々と進めていく。

木山に『教員になれ』といった老人が、二階のデータを取るための部屋からその様子を見下ろしていた。

 

カチューシャを取ってデータを採取するための機材を頭に乗せられた枝先に木山は近づく。

 

『怖くないか?』

 

『全然! だって木山先生の実験なんでしょう? 先生のこと信じてるもん!』

 

(これで先生ごっこもおしまいか)

 

枝先が微笑むので木山も微笑むが、少しだけ寂しかった。

 

────……。

 

アラートが実験室に鳴り響き、赤いランプが何度も点滅する。

 

『ドーパミン値、低下中!』

 

『抗コリン剤投与しても効果ありません!』

 

『広範囲熱傷による低容量性ショックが……』

 

『乳酸リンゲル液輸液急げ!』

 

『無理です! これ以上は……!』

 

『早く病院に連絡を!』

 

『──ああ、いいからいいから』

 

慌てふためく研究員を(なだ)めたのは、モニターに表示されたデータを注視していた老人だった。

 

『しかし、このままでは……!』

 

『浮き足立ってないでデータをちゃんと集めなさい。この実験については所内にかん口令を敷く。実験はつつがなく終了した。キミたちは何も見なかった。いいね?』

 

『は、はい……』

 

それは、事実を隠蔽(いんぺい)するための命令だった。

この実験の責任者である彼の言葉を、研究員は拒否できなかった。

 

────……。

 

呆然と実験室を見つめていた木山は突然、老人に肩を叩かれてヒッと唸る。

 

『木山くん、よくやってくれた。彼らには気の毒だが、科学の発展に犠牲は付き物だよ。今回の事故は気にしなくていい。キミには今後も期待しているからね』

 

老人は木山を労うとそのまま去っていく。

 

────……。

 

木山は誰もいなくなった実験室を一人ふらふらと歩いていた。

 

そして枝先がいた機材のベッドへと近づく。

 

そこには血に濡れたカチューシャが置いてあった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

衝撃的で思わず美琴は木山を離してしまった。

真守と垣根は、木山が手からゆっくり離れていくのを感じていた。

どさっと、低い音を立てながら木山は瓦礫の上に倒れ込んだ。

 

「い……今のは」

 

「見た……な……?」

 

木山は地面に左手を突いて、右手で頭を押さえながら三人を見た。

 

「なんで……? なんで、あんな実験(こと)!!」

 

木山は右手で頭を押さえながらふらふらと立ち上がり、真守たちから距離を取った。

 

「あれは表向き、AIM拡散力場を制御するための実験とされていた。……が、実際は暴走能力の法則解析用誘爆実験だった。能力者のAIM拡散力場を刺激して暴走の条件を探るものだったんだ!」

 

「え?」

 

美琴が呆然とした声を上げるが、真守は顔を俯かせて呟く。

 

「ちがう」

 

「真守?」

 

学園都市が子供の命を使い捨てにしている実験を見て、目を伏せていた垣根は真守の異変に気が付いた。

垣根が声を上げたので、木山と美琴はよろよろと下がった真守を見た。

 

圧倒的な力を振るっていた真守は、自分の体を搔き抱いて震え出していた。

 

「……能力体結晶の投与実験……────」

 

真守は、実験の様子と木山の見ていたモニターに表示されたデータを正しく読み取って呟いた。

木山が聞き慣れない言葉に眉を(ひそ)めるが、垣根は真守の呟きを正しく理解した。

 

能力体結晶。

それは意図的に拒絶反応を起こして能力を暴走させる科学的な物質だ。

あの置き去り(チャイルドエラー)の子供たちはそれの投与実験をされたのだ。

 

真守が何故、今の木山の記憶の断片でそこまで理解できたのか垣根は疑問に思う。

真守は垣根の疑問の視線に気づかないでただ震えていた。

 

 

嫌な記憶が蘇る。

冷たくなっていく身体に、延々と吐き出される血液。

人の命が自分の掌から零れ落ちていく感覚。

死に瀕して焦点が合わずに揺れ動く瞳が、()()()見上げた。

 

 

『死にたくない、一人にしないで。…………まもり、ちゃ……』

 

 

「あ、……ああ、ああァああああああ──!!!!」

 

真守が頭を掻き抱いて突然叫び出したのを、木山と美琴は何も言えずに見つめているしかできなかった。

 

「真守!」

 

垣根が真守に近づこうとすると、真守を中心にゴッ! と、風が吹き溢れる。

精神的に不安定になり、高すぎる真守の事象干渉能力が辺りに影響を及ぼしているのだ。

 

だがその風は人を傷つけるものではなかった。

だから垣根は躊躇(ためら)いなく真守に近づいて、その両肩に両手を置いて抱き留めた。

 

「真守、しっかりしろ!」

 

真守は頭を押さえたまま、そっと顔を上げて垣根を見つめた。

その瞳は恐怖で震え、ここではないどこかを見つめて恐怖していた。

 

「体晶……能力……暴、走………………み、()()…………────」

 

真守の途切れ途切れの呟きを聞いて、垣根は目を見開いた。

 

源白(みなしろ)深城(みしろ)は能力体結晶を投与された事により、能力を暴走させられて死に瀕したのだ。

置き去り(チャイルドエラー)たちに行われた実験と、源白深城の過去に起きた出来事が重なって真守は取り乱したのだ。

 

「まさか……キミは……────」

 

震える真守を心配して肩を抱く垣根と真守を、木山は見つめながら呆然と呟く。

 

「そうだ……私は、知ってる。研究者のお前が噂で聞いたなら当然だろう? 私だって研究所に所属していた」

 

真守はキッと睨みつけるように木山を見た。

その瞳には深い絶望と共に固い意志が見えた、そう木山は感じた。

 

「お前が騙されてやらされた実験と同じようなのを、私は幾つも知ってる!」

 

真守の叫びに木山はふらっと後ずさった。

 

美琴は真守の言葉を正しく理解してその恐怖の真実を呟く。

 

「…………人体、実験…………?」

 

木山春生は真守の身の周りで起きた実験や、自分の教え子たちの事を想って、感情を爆発させた。

 

「……そうだ。人体実験だったんだ。あの子たちは一度も目覚めることなく、今もなお眠り続けている……私たちはっ……あの子たちを使い捨てのモルモットにしたんだ!!」

 

「でも……そんなことがあったんなら、警備員(アンチスキル)に通報して──「二三回」……は?」

 

美琴は真っ当な意見を言おうとすると、木山は遮ってある回数を呟く。

 

木山は辛酸を嘗めさせられた過去を思い出して口にする。

 

「あの子たちの回復手段を探すため、そして事故の原因を究明するシミュレーションを行うために『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用を申請した回数だ……っ。『樹形図の設計者』の演算能力を持ってすればあの子たちを助けられるはずだった……! もう一度太陽の下を走らせてやることもできただろう。だが却下された……っ──二三回とも、すべて!」

 

「え!?」

 

「統括理事会がグルなんだっ! 警備員(アンチスキル)が動くわけがない……っ!!」

 

木山が教え子たちの救済を拒み続けられた事に顔を歪ませる。

 

救いたかった。

たとえ、どんなことをしても。

どれだけの犠牲を強いても。

 

「ッ……だからって、こんなやり方!」

 

手段を選ばないと誓った木山を、陽の光の下で何も知らずに育った美琴は、糾弾するしかできなかった。

 

「────……キミに、何が分かる!!」

 

美琴の糾弾に激昂して、木山は頭を押さえながら、激情を口から迸らせる。

 

「あの子たちを救うためなら私はなんだってする! この町の全てを敵に回しても、止めるわけにはいかないんだ!!」

 

木山春生が天を仰いでその決意を再び言葉にした瞬間、異変が起こった。

 

「──────ヴ!!」

 

木山は自身の体に脈動を感じて目を見開き、静止する。

そして、頭を押さえたまま唸り声を上げて、苦しみ出す。

 

「ちょっと……!」

 

美琴が木山の異変に声を上げる中、垣根は怪訝な表情をする。

真守は木山の異変に、自分が精神的に不安定になっている場合ではないと気づいて表情を硬くした。

 

何かが起きようとしている。

物事の流れが能力の特性によって分かる真守には、これからマズい事が起こると感じた。

 

「……………………ネットワークの、暴走……!?」

 

木山が呟きながらも、ゆっくりうつ伏せに倒れる。

木山が地面に叩きつけられた音は虚無にまみれていて。

その音は重いはずなのに、酷く軽い音に感じた。

 

その倒れた木山の背中から、エメラルド色の煙がうっすらと出始める。

 

それが突然、天へと向かって伸びた。

 

天へと伸びたエメラルド色の煙が球体状になると、中から青い輝きが見える。

 

そう感じた瞬間、それを核として、半透明の体が生み出され始める。

 

大きな胎児のような怪物が、そこにいた。

 

胎児の体からはエメラルドの帯が何本も伸びており、頭には天使の輪のようなものが浮かび上がる。

 

「…………胎児?」

 

美琴が呟いた瞬間、胎児が赤く染まった白目に、金色の瞳が見える目を開いた。

 

 

胎児はつんざくような悲鳴を上げた。

 

 

 

まるで、自分の誕生を嫌悪するかのように、壮絶な叫び声だった。

 




滝壺ちゃんに比べて、深城はそこまで耐久性はありませんでした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。