魔術についての基礎的な話は終わった。
それでもバードウェイの説明は続く。
「魔術師連中を理解するうえで一番重要なのは魔術じゃないんだ」
「……どォいう事だ?」
バードウェイの宣言に眉根を寄せて疑問の声を上げたのは
「アイデンティティの問題さ。魔術師がどういう目的で魔術を振るうか。それを知らないことには魔術師は語れない」
「組織構造の話か。どォせ俺たち学園都市の『対』って話だ。ろくでもねェ組織が管理してンだろ」
「そちらもおいおいな。──魔術師は国家宗教、魔術結社、部族構造という組織構造に組み込まれるが……そもそも、魔術師がそうした組織構造に
「……?」
「さっきも言った通り、魔術師とは才能のない連中だ」
「どォいう意味だ」
「魔術師には人生において必ず挫折がある。そうした絶望の経験から物理法則を超えようと思うんだ。魔術なんて異常なものにすがろうとする者には、それ相応の理由が絶対にあるということだ。魔術師はそうした目的をラテン語で己に刻んでいる。所謂魔法名って奴さ」
私の場合は『Regunm771』。そこに立っているマークな『Armaer091』。後ろの数字はダブり防止用だな、とバードウェイは自分の配下である黒服の男の魔法名を断りもなく披露して告げる。
魔法名とはその名に多大な意味が含まれており、その魔法名を宣言したということは譲れない戦いに望むという事だ。
それ以外は特に宣言する名前ではないのと、意味を理解されると人間性を理解されたことになって手のうちを読まれやすくなってしまう。
そのため本来ならば自身の魔法名をひけらかされるのは困ることなのだが、黒服の男はバードウェイにやりたいようにやらせていた。
「私たちにとって、組織構造なんていうのは目的に沿わなくなったら容赦なく切り捨てるものでしかない。一個の学園都市が全ての能力者を生産・管理し、大きな組織のプロジェクトとして運用されているお前たちとは、在り方が根本的に違うのさ」
「……それで、成立すンのか? 誰も彼もが自分の好き勝手にチカラァ使うだけ。管理する側の組織も巨大な意志を末端にまで伝えきれねェ。そんなモン、放っておいても崩壊が進ンじまうだけじゃねェのか?」
「もちろん魔術サイドの組織構造も、相応の飴と鞭は用意しているよ。個人レベルでは不可能で役割分担をする大きな儀式もあるし、裏切りに対する追撃部隊などを編成する場合も珍しくないの。……ただ、そんなのは魔法名には関係ないんだよ」
バードウェイは、一つ息を吐いてから淡々と告げる。
「だからシェリー=クロムウェルという魔術師は科学サイドと魔術サイドの戦争を起こすために単身でこの街に乗り込んできた。リドヴィア=ロレンツェッティは『
つまり、巨大な組織に属していようとやるヤツはやるということだ。
たとえ彼らの魔法名が世界のシステムを根本から破壊するものだとしても、本物の魔術師ならば一切ためらいを見せない。
だから、その被害が魔術サイドだけに留まることなんてありえない。
バードウェイがそう説明すると、
「……『ヤツら』も。オマエたちが『俺には見えてない場所』で戦っている『ヤツら』ってのも、そォいう魔法名の連中だってのか?」
バードウェイが挙げた名前の人間たちが誰かは分からないが、それでもその『生態』を知った
「だから『ヤツら』を説明する前に、根本的な魔術について語っておく必要があったのさ。何せ、お前たちとは
上条当麻はバードウェイの説明を聞きながら考える。
(……問題なのは、科学と魔術が激突した時、どっちのルールが優先されるかってところなんだよな。どっちが片方に傾いたら、その時点で『お互いが納得する結末』にはならなくなる。本当に解決したいなら、どっちにも属さない三つ目を作る必要がある)
(……魔術がどォの、知らねェ世界がどォのってのは興味がねェ。だが俺の知らねェ所で動いている連中の余波が、俺の知ってる領域にまで届くってンなら話は別だ。『ヤツら』ってのが何なのかまだ見えねェが、詳しい情報を手に入れる必要がありそォだな)
大体の事情は知っていた垣根帝督は、ちらっと真守を見ながら考える。
(真守と同じ神の領域に到達した人間。……そいつらなら真守のことを十分に脅かすことができる。バードウェイの目的が何にせよ、この学園都市を標的にしてる以上、情報は奪い取れるだけ奪い取る。コイツが真守を守るなんてことは絶対にねえからな。だから後はこっちで勝手にやらせてもらう)
上条、
そんな彼らのそばで、浜面はインデックスが置いた皿の中身をがつがつと食べる三毛猫の姿を見ていた。
(……おまんまって、よくよく考えたらスレスレの日本語だよなあ)
浜面がぼーっと考えていると、バードウェイは無表情になって不出来な生徒である浜面の頬へ小さな掌で思い切り打った。
「おぶっ!? おぶは!!」
「……お前、人が説明していたっていうのに、途中から寝てただろう?」
「寝てません寝てません!! ちゃんと聞いてます!」
浜面が声を大きくして否定すると、バードウェイはびしぃッと浜面を指さした。
「なら私が何と言ったか声に出してみろ!!」
「うえっ、ええと。……牛乳を飲むとおっぱいが大きく……」
「……それは私に対する挑戦と受け取って良いんだな?」
バードウェイが静かにキレていると、浜面はわたわたとフレメアを抱き上げたまま慌てる。
「なら、おっぱいを飲むと牛乳が……」
「もう日本語が原型を留めなくなっている!! ええいお前ちょっと顔を洗ってこい!!」
バードウェイに怒鳴られて、浜面は眠っているフレメアを置いてばたばたと洗面所へと直行した。
「まったく。……マーク、喉が渇いた。カクテルを作れ、シンデレラで頼む」
浜面が洗面所へと直行した後。
バードウェイは軽く指を鳴らして気取った様子で黒服の一人を呼ぶ。
「しんでれら?」
上条がその聞き慣れない言葉に首を傾げていると、バードウェイがない胸を張った。
「ノンアルコールカクテルの代表格さ」
「……オレンジジュースとパイナップルジュースとレモンジュースを混ぜた、ただのミックスジュースですよ」
ない胸を得意気に張るバードウェイを他所にマークがこっそり上条に告げるが、バードウェイにはばっちり聞こえていた。
そのためバードウェイはマークの脛を小さな足で蹴とばした。
「ノンアルコールカクテルだっっっ!!」
バードウェイに怒鳴られつつ、マークの次に足蹴にされた上条はぐえっと
そんな上条に声を掛けたのは、膝の上で肘をついたその様子を見ていた真守だった。
「上条」
「なっ……なんだ?」
上条がバードウェイに足蹴にされながら声を上げると、真守はちらっとバードウェイを見る。
「バードウェイはカッコつけたいお年頃なんだ。でもそういう場合、なんで自分はあの時イキッてたんだろうって後悔する時が来るから、その時にイジッてやればいい」
上条はポンッと手の平に拳を叩く。
「成程!」
「うおぉい神人! そんなときが私にやってくるわけないだろ!?」
上条が納得の声を上げていると、バードウェイはむぎゅっと上条の背中を蹴りながら真守の方へと顔を向ける。
真守はグッと親指を立てて宣言する。
「大丈夫だ、バードウェイ。そういうこと言うヤツほどその時は必ず訪れる」
「クソッ! 全てを見通せている神人がそう言うと本当にちょっと怖くなってきた! だ、大丈夫だ自分を信じろ、私! そんな日は絶対に来ない!!」
バードウェイは真守の宣告に声を荒らげて断固拒否するが、流れを読み取れる力を持つ真守がそうだと言ったらどう頑張ってもその未来を
それでもそんな日は絶対来ない! と宣言しているバードウェイを見ていた垣根はぽそっと呟く。
「アレは確実にその日が来るだろうな」
「あァ。確定事項だな」
その言葉に同意したのは垣根帝督と同等の思考能力を持つ
バードウェイは洗面所から帰ってきた浜面が定位置に付いたので、自分も元の位置に座って切り出す。
「さて。魔術師個人については先程語った通りだが、ここから先は魔術師の集団について説明しておこうか」
「それって学園都市みたいなものなのか?」
浜面が首を傾げると、バードウェイは腕を組んで告げる。
「ローマ正教なんかはともかく、一般的な魔術結社の場合『巨大な組織が特殊な力を分け与え、管理する』お前たち科学サイドのやり方とは違う。『元から特殊な力を持っている者たちが集まって巨大な組織を作る』といった方が正しい」
浜面の問いかけに答えたバードウェイに、先程のようにインデックスが補足説明する。
「神話やオカルトと密接に絡むから、宗教的組織として認識されていることも多いんだよ。あるいは、宗教的組織の一部門として秘密裏に魔術組織が構成されていたりね」
本格的な組織の話になった上条は首を傾げる。
「その辺、実は俺もよく分かってないんだけれど……。例えば十字教のローマ正教と、お前たちみたいな魔術結社っていうのはどう違うんだ?」
上条の問いかけにバードウェイは笑って答える。
「違わないさ、と言ったら激怒する連中が現れそうだが。……最大の違いはな、『それが大多数の人間に認められているか否か』なんだ。そもそも、巨大組織は自分たち以外の宗派を『魔なる者』として弾圧したりしている訳だし」
大衆が認めればそれが正義になり、大衆が悪だと断じれば悪となる。
人間の善悪なんて大衆の思想で大きく変わる。そんなものなのだ。
人殺しが罪とされている時代に魔女狩りで無垢な人間を殺してしまったとしても、『疑われたのが悪い、自分たちは正義を実行しただけだ』と主張して許されてしまうのが良い例である。
「そんなもん、なのか……」
ぶっちゃけたバードウェイの言葉に上条がそう呟くと、バードウェイはつらつらと説明する。
「神話やオカルトの中にある倫理観を土地へ染みつかせられれば『神聖なる者』として扱ってもらえるし、染みつかなければ『排除するべき異物』として処理される。公式と裏技を区切るものなんて、そんな程度だよ」
バードウェイが言い切るので上条が顔をしかめていると、バードウェイは先程の話題に戻る。
「さっきも言った通り、集団であっても全より個の思惑が優先されることが多々ある。たとえどれだけ大きな目的を持っていても、役割分担の必要を感じずに一人でやった方が効果的だと考えれば、魔術師は組織に入らないということだな」
浜面はバードウェイの説明を必死に頭の中で整理しながら問いかける。
「でも『ヤツら』は集団になっている。ってことは役割を分けなければ実現できないような『目的』を
「ああ、そうだ。そしてヤツらは直々にメンバーを募っている。情報が漏れても手に入れるべき『メリット』があると『ヤツら』は想定しているんだ。秘密主義の強い魔術関係は、こうした小さなところから切り崩して情報を集める。そういう雰囲気もここで掴んでおくことだ」
バードウェイがそこで言葉を切って一息ついた瞬間、『ソレ』は襲来した。
「まーもりちゃあああああん!!」
一同が顔を上げて窓の外を見ると、そこには林檎と手を繋いで宙に浮いている深城の姿があった。
バードウェイや配下のマークは突然の人工天使襲来に噴き出す。
そんな中、
彼女も『暗闇の五月計画』の被験者なのだろうか。
林檎と同じ病院に入院していた
そんな怪訝な表情をしている
「深城。林檎がお前を連れて来てくれたのか?」
「うん! あたしも林檎ちゃんも真守ちゃんと垣根さんに会いたかったから!!」
深城が笑顔で告げると、深城と手を繋いでいる林檎がベランダに降り立ちながら頷いた。
「うん。朝槻と垣根に会いたかった」
林檎が頷く中、垣根は真守の隣にやってきてため息を吐く。
「会いたかったっつっても話が終わったら帰るに決まってんだろ。大人しく家で待っとけよ」
林檎は垣根にも会えてご満悦に顔を
正確には、そこにいたフレメア=セイヴェルンとレイヴィニア=バードウェイに目を向けていた。
「ちっちゃい子がいっぱい」
「お前も幼女の部類だ。後指さすのヤメロ。真守にいつも言われてるだろ」
垣根がビシッと指を差した林檎を注意すると、すごすごと林檎は指を降ろした。
真守と垣根が深城と林檎を追い返した後、バードウェイは虚を突かれていたとしてもなんとかペースを掴み直して切り出す。
「魔術結社や集団についての説明は大体終わったが、『ヤツら』について話す前に、もう一つ大きな事柄を説明しなければならない」
「……まだあるのかよ」
浜面がうんざりして呟くと、バードウェイはここからが本番だと指を振る。
「そもそも『ヤツら』について話すためには、『ヤツら』が生じた経緯について語っておかなければならないだろう。その土壌というのが面倒くさいのだ」
「土壌だと?」
苦言を呈した浜面にそうバードウェイが説明すると、それにぴくッと
「とはいえ、別に神話だの伝説だのを長々と講釈するつもりはない。……まあ、あれも伝承クラスの有事だったとは言えるかもしれないが、少なくともお前たちにとってはオカルティックな伝説よりかは馴染みはあるだろうな」
「説明を回りくどくしてどォする。要点を言え」
「第三次世界大戦」
真守は変わらない表情をしており、そんな真守を横目に見ていた垣根はバードウェイに視線を移した。
ほぼ全員が反応を示したように、第三次世界大戦には全員、『戦争帰り組』として深く関わっているのだ。
「あの戦争は単に科学技術を抱えた国家と国家がぶつかっていたわけじゃない。それよりももっと大きな枠組みでの争いが、一番深いところでは存在した」
「魔術と、科学」
バードウェイの切り出しに答えた上条の言葉に、
「『ヤツら』ってのは、その『戦争を起こしたもォ片側』が関わってるってのか?」
「そういうわけだ。あの第三時世界大戦を経て、『ヤツら』は浮上した。ならば、まずは第三次世界大戦というのがどういう戦争だったのか、深い深い深い部分まで説明する必要があるだろう?」
バードウェイはにっこりと微笑む。
第三次世界大戦。
表向きには学園都市とロシアの戦争だった。だがそれは本当に表向きなだけだ。
魔術の世界に足を突っ込んだ彼らに、バードウェイはあの戦いの元凶と真実について話し始めた。