長い話になるので、夕食の調達をすることになった。
「上条。具体的なここの住所が分からないから教えて」
「え。なんか頼むの? お、奢ってくれるますか、朝槻さん!!」
真守が携帯電話をカコカコとイジりながら上条に声を掛けると、上条は目を輝かせて真守を見た。
「うん。別にいいぞ。上条だけじゃなくて、全員分」
真守が太っ腹宣言をすると、インデックスが飛んできて真守の肩に張り付いた。
「まもりまもり! たくさん頼むんだよ」
「食べられる分だけだぞ」
『わーい!』とはしゃぐインデックスを見ていた垣根は『シスターって禁制してんじゃねえの……?』と至極真っ当な疑問を浮かべていた。
それでも真守の言い方がとても慣れた様子だったので、特殊な立場にいるインデックスは禁制しなくてもいいのか、と垣根は勝手に思っていた。
実際インデックスもシスターさんなのでもちろん禁制しなければならないのだが、大体のシスターさんは禁制できておらず、食に貪欲である。
そんな垣根を
「
「適当なモンでいい」
「それが一番困るから後で見て。な?」
「……ッチ」
真守に世話を焼かれるのにいい加減慣れてきた
そのため舌打ちをすると、そんな
「あ、でもデリバリーでも飲み物はいるよな? 俺。ちょっと買ってくるよ!」
テンションが上がっている上条の隣で、何故か浜面は悲壮感を漂わせながら立ち上がった。
「俺も荷物持ちとしていくぜ。……いつもドリンクバー係だし」
ご機嫌な上条の後ろを浜面が付いていく中、垣根はビッと親指をバスルームに向けた。
「全員ってことはあそこにいるヤツにもやるのかよ?」
「うん。流石に仲間外れはかわいそうだろ?」
真守が垣根の質問に質問で返すと、垣根はため息を吐いた。
──────…………。
上条はランチボックスに入ったサンドイッチを手にして、自分の寝床であるバスルームへと来ていた。
そこには今、『新入生』の黒夜海鳥がいる。野に解き放つとまた悪さをするからだ。
だから真守たちは黒夜のパンクな格好についている紐を使って、一応の拘束をしてバスルームに放り込んでいた。
「……ご丁寧に、食事のお世話までしてくれるワケだ」
腕を縛られている黒夜が忌々しそうに告げると、上条はサンドイッチを黒夜に食べさせようとしながら声を掛ける。
「気にしてるのは全員だ。でも、ほら。ついさっき殴り合ったばかりで顔合わせにくいと思ってな。だから俺が」
「その割にしては私のことコテンパンにした女の影がちらつくんだが」
黒夜がちらっと見たのは、彼女から見えていないハズの廊下。
そこには黒夜が勘づいている通りに真守が立っており、一応の監視をしていた。
「私はサイボーグだ」
黒夜は自分に向かってサンドイッチを差し出してきた上条を睨みつけて告げる。
「内臓関係はそれほどイジッてないが、それでも体内の信号を操って細胞単位の仮死を誘発させることもできる。代謝をイジれるんだから、一週間ぐらいなら水もいらないのさ」
「代謝に干渉しているってことは、やっぱり食べるに越したことないだろ」
上条が淡々と告げるので、黒夜は大袈裟に舌打ちをする。
「良いか、甘ちゃん。私は『新入生』だ、この街の新しい『闇』だ。
「そうか……でも、それなら俺とは争う理由はないんじゃないか?」
黒夜は上条の言葉に固まる。
確かにそうだ。この少年は朝槻真守の友人で、
だから自分がこの少年と敵対する理由はないんじゃないのか。
それでも黒夜はその思考が舐められていることに基づいたものだと気が付いた。
「いやいやいや! そォなるワケねェだろォが!! 闇としてちっとは恐れろよ!! 今ここで八つ裂きにしてやろうか!?」
「どうやって?」
上条が拘束されて身動きが取れない黒夜を見て首を傾げると、黒夜はニヤッと笑った。
「私の住んでる『闇』じゃ、サイボーグセラピーって用語がある。サイボーグを求める人間には何かしらの欠点、劣等感の排除を必ず意識するんだ。羞恥心があるから注文書へ正直に記入なんてしなくていいが、回り道した内容の記述だとしてもそれだけで浮かび上がってくるモンがある」
「?」
上条が突然説明口調になった黒夜の言葉を聞いて再び首を傾げていると、黒夜は続ける。
「私の場合は二本しかない『腕』だ。私の力は手のひらからしか発射できないから、もっと発射点が多ければそれだけ有用だと判断された。腕が二本しかなかったばっかりに、私は私という烙印を押された」
黒夜は拘束された体を揺さぶりながら、それを隠すように告げる。
「だからサイボーグでも私は全身を加工してない。二本の腕を中心に上半身なんかが中心となる。だから下半身に加工の必要性を感じなかったから綺麗なものさ。──まだ分からねェか」
そこまで黒夜が説明すると、ゴキリ、と妙な音が響いた。
「腕ェ縛られて邪魔だっつーンならさァ、そンなモン取り外しちまえば良いってだけだろォがよォ!!」
黒夜は叫ぶと、鈍い音を響かせてゴキン! と、左腕を肩から外した。
彼女の腕はサイボーグ技術の結晶だ。
だからこそ腕を引っこ抜くことなんてお手の物である。
そして自分の右腕に宙ぶらりんにくっついている左腕を振り回しながら、黒夜は右腕を上条の顔面に向けた。
「ちょーっと『悪党』ってのをナメてたンじゃねェかァ!!」
黒夜は自らの右手から
「はいはいそこで
だが次の瞬間、上条が右手に宿った
「な、なにィ!?」
甲高い音が響き、自身のアイデンティティである能力を打ち消された黒夜は驚愕する。
「……縛るだけじゃダメなのか。うーん……でも、抵抗できないことを示さないとお前の身が危なくなるかもしれないからなあ」
上条が固まっている黒夜の前で頭を悩ませていると、ひょこっと真守が顔を出した。
「上条。アドバイスが必要か?」
「お? なんだ朝槻! 何かあるのか?」
上条が救いの女神に顔をほころばせていると、真守はしっかりと頷いた。
「ああ。──腕を引っこ抜けばすべてが終わるぞ」
「そうか! 朝槻、ナイスアイディア!」
上条は真守の助言にグッと親指を立ててから、黒夜に向き直った。
「って、今のサラッと流してンじゃねェ!! なンだそれ!? 今一体何しやがったンだ!? 待て待て待て話聞け痛ってェェ!?」
「バカ、何本もロックがあるのにそンな簡単にパキパキ外すンじゃねェよ!! だいたい一二歳のガキをバスルームに監禁して両腕を取り外すとか、『闇』の私が言うのも何だが相当猟奇な絵面になってるって分かってンのか!?」
黒夜が自らの状態が異常だと訴える中、真守は呆れた様子で告げる。
「猟奇的というのは尊厳を踏みにじって踏みにじったままそのままにしておくことだぞ。例えばお前の体の電気信号をイジッて軽くトリップさせた後に犬に襲わせて録画するとか。最低限でもそこからが猟奇的というものだ」
「いやァあああああ!? 何考えただけでも恐ろしい事サラッと言ってンだ、オマエ!? もしかしてアレか? そンな善人ですみたいな雰囲気醸し出して『闇』にどっぷり浸かってたクチかァ!?」
黒夜が叫ぶ前で、上条はガチガチと黒夜の腕を引っ張ったりつけたりしながら首を傾げる。
「ていうか、左腕もくっつかないぞ?」
「だから古いテレビじゃねェンだ!! そンなアナログな方法で直りゃしねェンだよ! つーか、隣の女がヤバいこと言ってンのに何でテメエは動じねェンだ!?」
黒夜が真守のことを危険視して叫ぶと、上条は本気で意味が分からない、という顔をして首を傾げる。
「? 朝槻がそんなことするわけないだろ」
「なンだその信頼関係!? どォいうことだ、一体!? っつか、グリグリすンな!! コネクタの金具が変に接触すると痛覚神経にノイズが走るンだってば!!」
上条が心底理解できないと首を傾げると、黒夜はツッコミつつも上条にやめるように命令する。そして真守は上条にトコトコ近づいてグッと親指を立てる。
「私が直そうか? 手を使わずに直せる自信があるぞ」
「待て、オマエは近づくンじゃねェ!! この状況で一番の危険人物はオマエだァァァ!!」
先程真守が手も使わずに自身の腕を痛みなく外したことを思い出して叫ぶと、黒夜は上条から右腕をひったくって自分で取りつけ始める。
「サイボーグって便利そうだなあ」
上条はまったく生々しく見えない様子で腕を取りつけている黒夜を、興味深そうに見ながら呟く。
「精密機器の寿命って知ってるか? パソコンを思い浮かべろよ。二四時間フル稼働状態なら、三年もてば良い方さ。そのたびに手術受けるよォな体になりてェか?」
黒夜が自嘲気味に笑う中、上条は感心した様子で呟く。
「でもサイボーグってことは、魚の
そこで上条は黒夜にホイ、とサンドイッチを差し出する。
黒夜はそのサンドイッチを見つめながら顔をしかめる。
「……実際には細胞の浸透圧の問題とか細々とした条件をクリアするために、徹底的に体ンなか弄る必要がありそォだけどな」
そんな黒夜の前で、上条当麻はなんてことないように呟く。
「頭に猫の耳を付ければ広域から聴覚情報を取得できたりするんだよなあ」
黒夜は上条の何の意図もない言葉を聞いてピタッと止まった。
「や、やめろよ! 何想像してンだよ!!」
「?」
上条が突然叫んだ黒夜を見つめて首を傾げると、黒夜はゾゾゾッと全身が怖気立つ様子で飛び上がって叫ぶ。
「私は『闇』だぞ!! 『卒業生』を狩るために行動を開始した『新入生』だよ!! バカじゃねェの、そンな伏線なンかねェよ!! いつもフードを被っていたのはネコミミを隠すためだったンですなンてファンシーな展開あるわけねェだろ!!」
黒夜が叫ぶ中、真守はニヤッと笑う。
「上条。ちなみにチョウチンアンコウの発光器官をつけるという手もあるぞ」
「オマエはオマエで何勝手に妄想広げてンだよ!!」
……ユニットバスからバタバタ聞こえてくる騒ぎを聞いて、
『闇』だの『悪党』だのと言った人種は、そのクールな雰囲気を台無しにされたら全てが終了する生き物である。
普通ならばそういう雰囲気を台無しにする人間は即座に自分のいつものやり口(暴力)によって排除するのだが、あの
しかも
だから暗部に所属している時に極力真守に会おうとしなかった
失敗すればああなる。
しかもあの
『悪』や『闇』から乖離しても美学や空気、雰囲気などを壊されたらたまらない
そんな元悪党、
そのため垣根は顔を青ざめさせている
「真守、上条。黒夜で遊ぶのもいいけど早く飯食おうぜ」
「うん」
真守は頷いて、トテトテと垣根に近づく。
「え? 俺別に遊んでないけど……?」
上条が大ボケをかます中、真守は垣根に近づいてご機嫌そうににまにま笑う。
黒夜をイジッて大層ご機嫌になった真守を見て垣根はため息を吐きながら笑い、夕食を一緒に摂り始めた。