ハワイ篇、突入。
※次話投稿は五月二八日土曜日です。
第一三話:〈空港降立〉でひと悶着
(一一月一〇日、オアフ島、新ホノルル国際空港第三ターミナル荷物受け取り口の防犯カメラの映像より)
朝槻真守は飛行機に預けられた手荷物が流れていくレーンの近くに立って、垣根の荷物が来るのを待っていた。
常夏のハワイということもあって、真守も夏の装いである。
黒のハイネックタンクトップに白と黒で構成されたお気に入りのブランドのデザインパーカー。
そしてハイウェストの白いホットパンツに白い編み上げのレースアップサンダルを合わせていた。
髪型はいつも通りの猫耳ヘアで、異国の地であろうと高貴な黒猫の印象は変わっていない。
そんな真守へと、後ろから近づく影があった。
『お嬢さん。どんな荷物をお探しかね?』
脅威的な敵対心がないと分かっていた真守は、気付いていない風を装ってゆっくりと振り返る。
そこには大学生くらいの背の高い白人男性がいて、真守ににこやかな笑みを向けていた。
『その華奢で美しい腕で荷物を取るにはいささか無理がある。どのようなものであるのか教えて下されば私が取って差し上げよう。そして、良ければホテルまで送ってあげよう』
真守が頷こうが頷かなくても『非力な真守を連れて行って食っちまおう』と、舌なめずりしていることがバレバレである下心満載の白人男性。
真守はそんな白人男性を仏頂面で見上げていたが、ちらっと眼を動かした。
その瞬間、白人男性は後ろから確かな圧を感じて振り返った。
そこには身長一九〇㎝の自分よりも数センチ低い、アジア人にしては背が高い少年が鋭い目つきで空間を震わすほどの威圧感を発していた。
もちろん、垣根帝督である。
垣根も常夏のハワイということで、半そでシャツの前をいつものように全開で、青いインナーを見せびらかすように着ている。
下はスキニーパンツで、小脇にはジャケット。
そしてその手には男にしては可愛らしい趣味の黒猫のバンドが付けられた、デザイン性の高いモノクロのスーツケースを手にしていた。
『お前の後ろに立っている、ちょっと器が小さそうな人が私の恋人なんだ。そういうことだから他を当たってくれ』
真守は流ちょうな英語で喋りながら、白人男性の横をするっとすり抜けて垣根へと近づく。
そしてぎゅっと垣根の腕に抱き着くと、あからさまに垣根へとふくよかな胸を押し付けながら白人男性を見上げてニコッと微笑んだ。
その姿は可憐なものだ。だが白人男性は垣根の威圧に負けて動く事ができない。
『あ、垣根。垣根の荷物が流れてってるぞ。早くいこう』
真守は白人男性に殺意を向け続けている垣根をぐいぐい引っ張り、自分がいま探していた流れていく垣根の荷物のもとへと行く。
垣根は最後にチッと舌打ちをして白人男性から目を
『なんで流れてったお前の荷物を俺が取りに行くだけでナンパされるんだよ。……真守。お前、
『垣根限定で発してるぞ。それと垣根の器の小ささが私はだいすき。ハイ、これ垣根の荷物』
真守は垣根から離れずに垣根のスーツケースを取ると、垣根に向けて差し出す。
『嘘つけ、だったらなんで
垣根は舌打ちをしながらも、真守から自分のスーツケースを受け取る。
『垣根』
『あ?』
大変不機嫌な垣根が真守の声に反応して真守を見ると、真守は背伸びをして垣根の頬にキスをした。
『!』
垣根が驚いて目を見開くと、真守はふにゃっと恥ずかしそうに微笑む。
『誰も見てない時だったからな。これで機嫌直してくれ』
『………………ッチ。早くバードウェイに連絡しろ』
垣根は真守に良いように
真守は仏頂面でジャケットを肩に掛けて、自分のスーツケースと真守のスーツケースを持ってゴロゴロと転がす垣根の隣を歩きながら、携帯電話を取り出してカコカコ
真守たちは『グレムリン』が事を起こすであろうアメリカ合衆国、しいて言えばハワイに来ていた。
もちろん二人ではない。
だがそんな大所帯で学園都市から一度に出れば足がつく。しかも
そのため真守たちは乗る飛行機の便を分けてハワイに来ていた。そしてバードウェイと
彼らと合流するために真守が携帯電話で連絡を取る中、垣根は苛立ちにチッと舌打ちをした。
真守の事を道行く人間がチラチラ見ているからだ。
垣根も決して見られていないわけではないのだが、それでも自分への視線よりも真守の事を見る視線が鬱陶しい。
それは飛行機のファーストクラスという高級閉鎖空間であってもそうだった。
『決めた。帰りは八乙女に連絡してプライベートジェット機飛ばしてもらう』
『突然どうしたんだ。そこまで私に視線が向くのが嫌なのか?』
真守が携帯電話をカコカコ
『ああ、心底気に入らねえ。バカなヤツらがお前をモノにできるとか一ミリでも考えるだけでムカつく』
『相変わらず器の小さい男だ』
真守は一つため息を吐くが、そのため息が心底楽しそうだった。
垣根が真守のことを見ると、真守は大変楽しそうな様子でくすくす笑っていた。
『ふふ。でも垣根が私のことを独占したいって思ってくれるのはとても嬉しいな』
『…………どうした。えらくご機嫌じゃねえか。ハワイに来られてそんなに嬉しいか?』
垣根が問いかけると、真守はバードウェイへとメールを送信し終えて微笑む。
『うん。だって私は学園都市を出たことなかったから』
垣根は真守の事実を告げる言葉を聞いて、我がごとのように辛そうに目を細める。
真守の実家はイギリスにあるが、それは真守が
そのため外に出る事なんてありえなかったのだ。
第三次世界大戦の時にロシアに行ったのだって、真守は初めて学園都市から離れる事態だった。
そのため人生二度目の海外に大切な男の子と一緒に行けるということは、真守にとってちょっとしたわくわくする事である。
『このままちょっと世界回ってから帰るか?』
垣根が嬉しそうにしている真守が愛おしくて優しく提案すると、真守は柔らかく微笑む。
『名案だけど、それは置いてきた深城がかわいそうだな』
真守は大切な女の子である深城を学園都市に置いてきている。
戦力的に申し分ないし、
だが真守にとって、深城は全ての脅威から守るべき存在である。
できれば戦いになるところに連れて行きたくない。
真守の考えを理解している深城は特にだだをこねる事なく、学園都市で林檎と共にお留守番をしている。だからのけ者にしたくないのだ。
『大丈夫だぞ、垣根。これからたくさん機会があると思う。時間はたくさんあるんだから』
真守はふにゃっと笑って垣根を見上げる。
永遠を共にする二人には、たくさんの時間がある。
別に急ぐことなど無いのだ。真守の言う通り、時間はいくらでもある。
『そうだな』
垣根が笑っていると、ポーンという電子音がアナウンス用のスピーカーから鳴り響いた。
真守は流ちょうな英語のアナウンスを適当に聞き流していたが、垣根と同時に異変に気が付いて目を鋭く細めた。
『垣根、今のアナウンス』
『ああ。床のワックス処理で靴を汚さないように、なんてアナウンスを別の階にまで放送する必要はねえ。こりゃ対テロ警報だな』
『銃声が聞こえないところから、不自然に置かれたスーツケースでも見つけたのだろうな。……むぅ。AIM拡散力場が薄いから全然分からない』
真守はAIM拡散力場によって情報を集めることができる。
だがここは学園都市外だ。
『ったく、早速問題発生かよ、でもまあ俺たち能力者にはあんまり問題にならねえがな』
垣根が悪態を吐きながらも余裕たっぷりで告げると、真守の携帯電話からメールの着信音が響いた。
『む。バードウェイが先制攻撃を仕掛けたらしいぞ。空港内に爆弾仕掛けたんだと』
真守がバードウェイから来た連絡を読み上げると、垣根は怪訝そうな顔をした。
バードウェイから来たメールには、最初の一文に『グレムリンを探し出すために先制攻撃として爆弾を仕掛けた』と書かれていた。
垣根はそのメールを見ながら、感心したような声を出す。
『わざと混乱を作り上げてグレムリンをおびき出そうとしてるのか? ふーん。バードウェイのヤツは使える手ならなんでも使うんだな』
『そうみたいだ。グレムリンは思想型だから自分のテリトリーを侵されると嫌がるだろう、とも書いてある』
真守がカコカコと携帯電話を
『とりあえず行くか』
『うん、そうだな』
真守は垣根は荷物をロッカーに預けると、事件の現場となっている中央ロビーへと急いだ。
(一一月一〇日、オアフ島、新ホノルル国際空港、案内用ロボットの持つタブレット端末のカメラ映像より)
真守は中央ロビーの天井近く──複数の鉄骨が組まれた鉄骨の一つにちょこんと座っており、その隣には垣根が立っていた。
中央ロビーにはバードウェイが仕掛けたスーツケースの中に入った爆弾を取り囲むように、空港の職員が立っている。
警察の爆弾処理班がいない辺り、どうやら警察はまだ到着していないらしい。
真守が目を細めて中央ロビーに置かれたスーツケースの周りを見つめる中、真守と垣根がいる鉄骨の一つ下に、バードウェイと同じ便でハワイに来ていた
『
『状況はどォなってやがる』
『バードウェイの部下に交じって、「グレムリン」と思われる魔術師が一人来てる』
中央ロビーには、どうしたってスーツケースを取り囲む職員しかいない。
『どォいうことだ?』
『空間が科学じゃない二種類の別の法則で
真守が告げた瞬間、ゾクッと悪寒のような感覚が
すると、何もない所から西欧系で礼服を身にまとった男たちが現れた。
真守の言う通り、バードウェイの部下だ。
そんな彼らの中に、異質な人影が交じっていた。
金髪に白い肌の女だ。
整っている顔立ちはまるで絵本の中から飛び出してきたような、自然に生み出されたものではないと一目で分かるようなものだった。体型も同じような感じに整えられている。
真守のアイドル体型も自然に生み出されたものではないが、真守はその不自然さを限りなく無くしている。
だが、女はその調整をしていない。
むしろ魔術を行使するための下地として、自然ではなくあえて理想を追求するような形にしているのだろう。
そんな女はダイバースーツにも似た体型矯正用下着──コルセットを腰に
『バードウェイのヤツが「体を消す術式」を片っ端から解除したのか』
垣根は突然現れたバードウェイの配下たちと、『グレムリン』の女を睥睨しながら冷静にそう分析した。
メルヘンチックではない現代的に整えられたドレスを身にまとった女は、自分の手足に軽く目を向ける。
そして自分の体が第三者から見えていると知ると、自分を取り囲んでいるバードウェイの部下や上条、そして上条と共にやってきた御坂美琴を見る。
そして
『カボチャの馬車のお婆さん』
魔術師はフランス語を使って、無垢なる声で歌うように告げる。
『ガラスの靴の試練をくださいな。わがままで不誠実な母や姉を
バードウェイの部下たちはグレムリンの魔術師が魔術を行使する前に捕まえようと、一斉に飛び掛かる。
だが、グレムリンの魔術師の方が魔術を発動するのが早かった。
直後。ガラスにヒビが入った時のようなビシィィィ! という音が不愉快に響き渡る。
するとグレムリンの魔術師に殺到していたバードウェイの部下たちが、一斉にワックスが
バードウェイの部下たちは自身の革靴に守られた足の先端を押さえて、うめき声を上げる。
中には耐えられなくなって絶叫を響かせる者もいた。
『カボチャの馬車のお婆さん。憐れなサンドリヨンに力を貸して頂戴な。さらなるガラスの靴の試練をお一つ。傲慢でうそつきな挑戦者たちが全員
魔術が行使し続けるためなのか、グレムリンの魔術師はフランス語でぶつぶつと呟き続ける。
そのため魔術師のフランス語の呟きを正確に理解した真守はふむ、と一つ頷く。
『童話をモチーフとした魔術といったところか。日本だと灰かぶり姫だけど、フランス語だしここは「サンドリヨン」と呼称した方がいいかな』
真守が冷静に呟く中、垣根はサンドリヨンの様子を注意深く見つめる。
『確かガラスの靴の話には義理の姉がガラスの靴を
垣根の言う通り、灰かぶり姫の逸話の中では義姉が実際に足の指を切ってガラスの靴を履こうとした逸話がある。
その時はガラスの靴が赤く染まった事で足を切ったとバレてしまったはずだが、バードウェイの部下たちの足先からは血が出ていない。
そのため垣根が折られたのだろうと推測していると、真守は目をきょとっと開いて瞬かせた。
『……義理の姉たちが足を切った話は
真守が感心したように呟くと、垣根はふいっと目を
『林檎に読んでくれってせがまれたんだよ』
『…………オマエも子守させられてンだなァ……』
遠い目をしている垣根のそばで、
やっぱり誰しも人生で一度は幼女に振り回されるのだな、と
『垣根の推測で私もあっていると思う。不可思議な法則が働いている範囲があるから、おそらくあの魔術は距離的なもので決まるらしい。自分で距離を指定できるのか分からないけれど、一度体当たりすれば対抗策も立てられる』
ただ三人は能力が異なっているので、真守の場合は数値として、
それでも三人は一度その魔術を身に受けてしまえば、その魔術を解析できるのだ。
ただまあ
『警告』
グレムリンの魔術師、『サンドリヨン』は
『これは私の足のサイズである、二二.五㎝以外を認めない術式。それより小さければ骨と骨の間を強引に伸ばして整え、それより大きければ指を切断して整える』
学園都市最高峰の頭脳を持っている真守たちの予想通り、サンドリヨンの術式はガラスの靴に関するものだった。
推測が当たった真守たちの前で、サンドリヨンは続けて警告する。
『もっとも、これは警告。今は指の関節を外す程度で済ませている。本番はこれから。さてどうする? 我々グレムリンから手を引くか、もう少し確実な担保をここでもらっておくか』
担保とは、おそらくグレムリンに刃向かう者たち全員の足の指だと思われる。
学園都市の常識が魔術には通用しないからだ。
『大丈夫だぞ、
真守は自身の理解の及ばない魔術に対して、危機感を覚えている
真守はいつものように微笑んで、
『お前は一人で戦ってるんじゃない。だから一人で背負わなくていいんだぞ』
そうだった。
自分だけでなんとかしなければならないわけではない。
自分のそばには魔術に長けているバードウェイがいるし、何より
それにどんな異能も打ち消す
遠いところまで来た。でも一人ではない。ここまで来るのに多くの出会いがあったのだ。