次は六月六日月曜日です。
(一一月一〇日、オアフ島、電動カートの車載カメラの映像より)
大統領、ロベルト=カッツェはここ数日、アメリカで起こっている騒動の黒幕を追っているらしく、真守たちと情報交換を求めてきた。
だがその情報交換をしようにも、大混乱のショッピングモールからひとまず離れなければ始まらない。
それに
真守と
だが垣根の機嫌がすこぶる悪いのである。
原因はもちろんロベルト=カッツェだ。
ビジュアルの事に触れられたくない垣根は当然として怒ったが、ロベルトはそれでも垣根の事を『メルヘンボーイ』と呼ぶ。
それによって何が起こったかと言うと、ブチ切れた垣根によるアイアンクローだった。
垣根帝督は『あちら側』から物質を引き出す関係上、
そのため垣根の天使化した肉体が繰り出す腕力によって、屈強な男ことロベルト=カッツェはものの見事に地面から浮いた。
ロベルトはジタバタして頭の痛みに耐えながら、『俺は大統領なんだぞ!!』と叫ぶ。
だがそれに垣根が『その常識は俺に通用しねえ!!』ブチ切れ散らかしたので、ロベルトはもうメルヘンボーイと言わないと強制的に誓わされた。なんかもう色々といつも通りに流石である。
『レディ、本題に入ろう。超能力によってあの兵隊をサイコメトリーした結果を教えてくれ』
ロベルトはアイアンクローで痛む頭を押さえながら、電動カートを運転する。
真守は自分にもたれかかって浅い息をしている
『その前にどうして大統領がそこら辺をうろついているんだ? お付きの人間はどうした』
『今ホワイトハウスや議会にはオカルトがはびこってるんだ。軍、警察、情報機関にもその触手は広がりつつある。ジャパニーズが見てきた現象が、公的機関全体を貪ってんのさ。他国への武力介入すら決定できるほどのヤツらだぜ? そんな人間を引きつれて事態を収拾するなんてできねえよ』
『具体的な規模は?』
真守が問いかけると、ロベルトは忌々しそうに告げる。
『知るかよ。数百人かもしれねえし、数千人かもしれねえし。その段階の把握すらできちゃいねえんだ。この国がまともじゃねえのは分かるだろ。昨日までの安全圏が今日も安全だとは限らねえ』
『ふむ。政府機関が麻痺してるから軍関係も麻痺してるのか。納得だ。だから傭兵崩れの戦闘狂どもがうろつく事態になる』
『レディ。それは一体どういうことだ?』
ロベルトが問いかけると、真守は淡々と告げる。
『さっきの女魔術師は「グレムリン」というオカルトを扱う組織の末端も良いところで、あの場に介入する命令以外めぼしい情報は持ってなかった。でも「グレムリン」と手を組んでる別組織の存在が明るみに出た』
真守は自分にぐったりともたれかかっている
『あの女魔術師と一緒にいた兵士は民間軍事会社、トライデントの人間だ。大統領ならご存じだろ?』
『退役軍人か中途採用の元米兵で大半が構成された超大手PMCか!? この混乱を巻き起こしている連中はそんな大手を雇えるほどに金を持ってやがんのか!?』
アメリカの身から出た錆によって迷惑をこうむられていると知ると、垣根はチッと舌打ちしながらも説明する。
『この混乱を引き起こしている人心掌握ができるサローニャって魔術師だけでも面倒なのに、超大手PMCだと? 本当に「グレムリン」は大きな混乱が引き起こせれば引き起こせるだけ良いって考えてやがるな』
『……なるほど。ジャパニーズの猟犬がウサギをこっちに追い込んでくれたおかげで、合衆国の敵が照準の向こうでチラチラ尻尾を見せ始めているってわけか』
ロベルトがとりあえず状況が好転してきていると察して呟くと、真守の治療を大人しく受けていた
『何がこれから事件が起きるかもしれねェだ、バードウェイのクソが。どォせ止めンなら盤面がチェックメイトになる前に動けってンだ』
真守は
『結果が出た。「起爆剤」っていうのは小規模誘発式活火山制御装置の識別名称だな。アメリカの軍関係部署で研究されていた装置か。ふむふむ。この内容だと大統領も耳にしたことがあるんじゃないのか?』
『は!? ちょっと待て、レディなんて言った!?』
ロベルトはまさかの機密情報を一五歳の少女にさも当然のように告げられて、思わず電動カートを急停止する。
垣根は慌てているロベルトを見て、鼻で嗤う。
『そんなに驚く事かよ。学園都市の科学技術はお前たちよりも数段上だ。簡単に調べがつくに決まってんだろ』
『いやいやいや!? そんな簡単に調べがついたらマズいんだって!! しかもそれ、マスカット社のタブレットPCだろ!? もしかしてそれで軍事関係のサーバーにハッキングしたのか!?』
『スペックが悪すぎて時間かかったけれど、簡単にできた』
真守がけろっと告げると、ロベルトはマジか、とがっくりうなだれる。
『地下のマグマに刺激を与えて人為的な噴火を引き起こし、火山の噴火被害をコントロールするオモチャか。なるほどなァ。使いようによっちゃァ大噴火を
『はん。だったらハワイ諸島で一番デカいキラウェア火山が適切だな。「起爆剤」を奪ってそこまで持っていけば、平地に密集している人口をまるっと落とすことができる』
『……学園都市の子供ってここまで頭の回転が速いのか? あの中では化け物を生み出しているって事か?』
『安心しろ、大統領。私たちは学園都市の頂点、
『バードウェイに連絡するか。あっちもあっちできちんと魔術師の素性を特定できてりゃいいがな』
垣根はため息をつきながら携帯電話を取り出して、バードウェイへと連絡を掛ける。
『そっちはどうなっている?』
バードウェイが問いかけてくるので、垣根は襲ってきたCDの表面のような服装をした人間がPMCトライデントであること。そして起爆剤というのは小規模誘発式活火山制御装置のことで、それを盗み出して『グレムリン』はハワイ諸島を混乱の
『なるほど。こちらも人の心を操るサローニャという魔術師の特定ができた。サローニャ=A=イリヴィカ。出身はエカテリンブルクで年齢一五歳。ロシア成教崩れで、ヨーロッパの一員であることを誇りに思い、アジアの一角と呼ばれるのを最大限に嫌う典型的なロシア人だ』
バードウェイは紙に書かれた資料を読んでいるのか、そこで言葉を切って続きを口にする。
『第三次世界大戦ではウラジオストクで学園都市勢の上陸を阻止するために配備。だが、学園都市の侵攻が超音速爆撃機によるものだったので、主な活躍はできなかった。終戦のどさくさに紛れて失踪。その後の行方は把握できない。グレムリンに合流したのは十中八九ロシアのためだろう』
『魔術の解析はどうなっていやがる?』
垣根が問いかけると、バードウェイがサローニャ=A=イリヴィカの魔術について説明し始める。
『ロシアの森の妖精、レーシーに関する術式だ。レーシーとは森の全ての動物の支配権を持つ者で、人間を森の動物に対応させる事で操作している。具体的な条件は「木」を使うことだ』
『ロシア産の木か?』
垣根が問いかけると、バードウェイは察しの良い垣根の言葉に頷く。
『正確には針葉樹だな。木片でも葉っぱでも、それこそ紙でもコルクボードでもいい。一部分でもターゲットに触らせれば、その時点で「森の一員」とみなされてサローニャの制御下に置かれる』
『はん。それはつまり食わせて肌身離さずに持たせればいいってことだ』
垣根が言ってのけると、バードウェイは半笑いで告げる。
『まあなんにせよ、サローニャの人間操作魔術はそこそこ特殊なものだ。基本的に魔術は扱い方を知っていれば誰でも使えるものだが、一部には例外がある。コイツはそのパターンだ』
バードウェイが推測を口にしていると
何故そう推測できるか分からないからだ。
『誰も彼もが魔術を使えるなら、サローニャが操った一般人に魔術を教えて操らせればいい。でもそうなっていない現状を見るに、サローニャの魔術は特殊な魔術に分類される、という話だよな?』
『ああ、そうだ。特殊な魔術じゃなかったら操れる人間がネズミ算式に増やせることになるからな。神人の言葉通りサローニャ限定、そしてサローニャ自身も扱える範囲に限りがあると考えていい』
『分かった。当面の目標は「起爆剤」を確保することだな。調べたところ、「起爆剤」は海兵隊パールハーバー第三基地にあるらしい。こっちはもう向かってるから第三基地で合流しよう』
真守がタブレットPCに目を向けながら告げると、電動カートを操っていたロベルト=カッツェが目を剥いた。
『おいレディ!? そこまで調べてるのかよ、というか俺が向かってる先もちゃっかり理解してんのか!?』
『ちなみに大通りに出るより一〇〇メートル先を右に行って小道に入った方が時短になる』
『畜生、そこら辺のナビよりも優秀じゃねえか!!』
ロベルト=カッツェは毒吐きながらも真守の言う通りに小道へと入る。
まだ通話を続けていたバードウェイはしみじみと告げる。
『……お前を前にしていると、努力というものが無駄になると感じるな』
『別にそんな事ないぞ? 努力をして損はない。裏切られる事がないからな』
バードウェイが真守の万能さに思わず言葉を零すと、真守はくすくすと笑った。
(一一月一〇日、オアフ島、海兵隊パールハーバー第三基地近辺、信号機併設の交通監視カメラの映像より)
数キロに渡ってひたすらに金網のフェンスが
浜面、
美琴は
ロベルトはそんな美琴を
『十中八九「起爆剤」はあのフェンスの中なんだが、ご存じのとおり、テクノロジーならともかく、単純な火力だけなら世界最強を誇る海兵隊の本拠地だ。根性論でフェンスをとびこえようとうすりゃまず間違いなく蜂の巣だ』
『アンタは大統領なんだろ。命令一つで何とかできないのか?』
上条が真っ当な疑問を放つと、ロベルトは大げさに肩を竦めた。
『大統領命令は映画で観るほど便利なものじゃねえよ。実際に末端との間に官系組織が挟まっているし、その官系機関が「第三者に操られている」から命令も上手く伝わらねえかもな』
『当然「人間を操る」サローニャ=A=イリヴィカは「起爆剤」入手のために行動しているだろう。つまり基地内部の人間が正常に機能している保証もない』
バードウェイが告げる中、真守はちょこんと手を上げた。
『要は無力化すればいいんだろ。気絶させるだけならここからでもできる』
真守のけろっとした言葉に、ロベルトはぎょっとする。
それはそうだ。この少女が規格外なのは分かっているが、それでも建物を素通りして屈強な海兵全員を気絶させる事ができると簡単に言い放ったからである。
『本当に何でもできるな、神人。ちなみに魔術が作用してようがお構いなしなのか?』
『うん。多分別に関係ない。人間の脳を揺さぶるエネルギーを発すればいいだけだから。流石にピンポイントで攻撃するなら中の情報が必要だけど、無差別的になら基地全体にそのエネルギーを放てばいいから問題ない』
真守が淡々と告げると、バードウェイは考える。
『……よしんばサローニャ自身に効かなかったとしても、ヤツの手足はもぎ取れるわけだ。よし、やってくれ』
『ん』
真守は小さく
すると、ゾワッとその場にいた全員の背筋に悪寒が走った。
そして真守は目をきちんと開いて、淡々と告げる。
『終わった。ちなみに魔術で妨害された気配がないから、多分サローニャも昏倒してると思う』
真守が感覚的になりながらも告げると、ロベルトはため息を吐いた。
『
『まあ神人は格別だがな。行くぞ、いまは「起爆剤」が最優先だ』
バードウェイは淡々と告げながら歩き出す。
真守と垣根が続き、真守はトコトコと歩くバードウェイに声をかけた。
『どこから入る?』
『全員昏倒させたんだろ? 正面から堂々と入ろう。ちなみに神人。監視カメラも色々操作しておけよ』
『美琴、頼んだ』
『ちょっそこ丸投げ!?』
美琴が途端に面倒くさくなった真守に苦言を
『タグリング買いに遊びに来てんじゃねえんだから、それくらいやれ』
『ぶふっ!?』
美琴が思い切り噴き出す中、状況が見えない上条が首を傾げる。
『たぐりんぐって?』
『な、何でもないわよ!! なんでも!! というかあんた、一体どこから見てたのよ!!』
美琴が噛みつくが、垣根がどこ吹く風で顔を背ける。
いくら『無限の創造性』を持っていようと、飛行機から降り立って数時間でハワイ諸島全域をカブトムシで全て監視することは不可能だ。
だが何かあった時のために、同行している人間の周りには学園都市から連れてきたカブトムシ数匹を展開してある。
それで垣根は美琴の動向は知っており、御坂美琴が上条当麻と自分のためにキューピッドアローの新作、恋人同士のペアリングを買おうとしているとばっちり知っているのだ。
『付き合ってもないのにペアリング渡すとか、重い女だなお前』
垣根がニヤニヤ笑っていると、美琴が声を荒らげる。
『朝槻さんに婚約指輪レベルのたっかい指輪贈ってるあんたに言われたくないわっ!!』
『俺は予約してるんだよ。男として責任取るなら当たり前だろ?』
余裕たっぷりの垣根と怒りに
『? 御坂は誰かと付き合いたいのか?』
『上条、その質問はアウト。あと垣根、美琴をからかわない』
真守は上条当麻の首根っこを掴んで歩き出す。
そんな真守を垣根が追い、美琴は垣根を威嚇したまま歩き出す。
真守は美琴をからかって遊んでいる垣根を睨み上げたが、垣根がロベルトに損なわれた機嫌を直したようなので深くは追求しなかった。