とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

185 / 346
第二一話、投稿します。
次は六月二一日火曜日です。


新約:一端覧祭篇
第二一話:〈早朝平穏〉は安堵と共に


早朝、真守は目を覚ました。

いつもより少しだけ早く目が覚めたので、真守は自分にくっついて眠っている垣根をじぃーっと見つめていた。

 

綺麗な寝顔である。顔立ちが整っているから絵画のように美しい。

 

垣根が真守の事を(ゆる)く拘束しているのは、数日前に垣根が寝ている間に真守が緋鷹のところへ行ったせいだ。

 

(不安なのは分かるけど……寝てる間、トイレにも行けないくらいに四六時中ぎゅっと抱きしめないでほしいなあ……)

 

真守はじとーっと垣根の綺麗な寝顔を見ながら心の中で呟く。

 

真守が垣根を置いて緋鷹のもとへと行った後日。垣根は寝ている間、真守の事を抱き寄せて絶対に離さなかった。

真守が朝起きていなかったのが、本当にとんでもなく嫌だったらしい。

そして朝起きた時、真守が垣根におはようと言ったら、随分と安堵していた。

 

(ここまで必死になるほど垣根を追い詰めちゃったって思うと、垣根から一度離れたのが最善の策でも悪手だったかなあって考えちゃうよな。……でも狙われてた私にとっても、垣根にとっても必要な事だったし)

 

真守は垣根の茶髪をサラサラと撫でながら思う。

 

垣根にとってもというのは、どこまで垣根が全てを共にしてくれる覚悟があるか、という事だ。

 

結果的に垣根は決まっていたかのように自分を選んでくれたが、それでも真守は垣根にちゃんと自分の意志で道を選んでほしかった。

 

本当にだいすきなのだから、当たり前だ。

 

その結果、一緒にいられなくなったとしても、垣根の自由が一番だった。

 

真守が垣根の事をじぃっと見ていると、やがて起きる時間がやってきた。

 

「かーきね」

 

真守は垣根が携帯電話で掛けていたアラームを止めて、ゆさゆさと垣根の体を揺らして起こしてあげる。

起床を促すために垣根の頬に手を添えると、垣根はうっすらと目を開け、黒曜石のような綺麗な黒い瞳を覗かせた。

 

「おはよう、垣根」

 

「…………ん」

 

ぼーっとしている垣根に優しく真守が声を掛けると、垣根は一つ(うな)って真守の胸に顔を寄せた。

そして真守にぎゅーっと抱き着く。

 

「垣根、甘えん坊さんも良いケド、今日は起きないとだめだぞ。一端覧祭の準備があるんだから。垣根だって学校に顔を出すって言ってたじゃないか」

 

真守は自分の胸に顔を(うず)めてもう一度眠り始めた垣根の背中をトントンと叩くが、垣根は沈黙したままである。

 

「垣根、一緒に起きないと私の事探すだろ。起きて、なあ。垣根。おーきーてー」

 

真守が必死に垣根を起こすと、垣根は不機嫌そうな顔でぼーっと真守を見た。

 

「…………真守」

 

「うん? おはよう、垣根」

 

「………………お前、あったかい……」

 

垣根は真守の頭を自分の胸に引き寄せて抱きかかえると、そのまま再び眠り始める。

 

「あ。私のコト人間湯たんぽにして寝るな、垣根。おーきーてー!!」

 

真守は垣根の腕の中で暴れ、垣根の胸を抗議で何度もトントン柔らかく叩き始めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

ぐずぐずした垣根を懸命に起こして真守がいつもより遅くラウンジに向かうと、深城は既に朝食の準備を終えていた。

 

今日はフレンチトーストだ。昨日、深城と林檎が仕込みをしていたのを真守は知ってる。

 

「あ。おはよぉ、真守ちゃん、垣根さん。今日は遅かったねえ」

 

深城がにこやかに微笑むと、垣根はくわっと欠伸(あくび)をした。

 

「真守が起きなかったんだよ」

 

「さらっとウソを()くな、ウソを」

 

真守は垣根の横っ腹をつついて抗議する。

 

「垣根が甘えん坊さんで寝ぼすけさんだったんだろ、まったく」

 

真守がぷんぷん怒りながらダイニングテーブルに着くと、フレンチトーストを前に目を輝かせていた林檎がぽそっと楽しそうに呟いた。

 

「甘えん坊で、寝ぼすけさん」

 

「オイ林檎。お前いま笑ったか?」

 

寝ぼけていても即座に笑われたことには気が付く垣根。

垣根が林檎を睨む姿を見て、真守はまったく、とため息を吐く。

林檎はいただきますをして、フレンチトーストをぱくっと食べながら垣根を見た。

 

「ふふ」

 

「いい度胸だな、オイ」

 

垣根が小さく笑っている林檎を睨む中、いただきますの挨拶をした真守もフレンチトーストをぱくっと食べて目を輝かせる。

 

「おいしいっ深城、とっても甘くておいしいぞっ!」

 

真守が幸せを感じてとろけた表情を浮かべて絶賛すると、深城はにまにまと笑う。

 

「よかったあ。今日はお弁当も作ったから持って行ってねえ。ちなみに垣根さんの分も作ったから。良かったら持って行ってぇ」

 

「…………サンキュー」

 

深城が純真無垢に微笑むので、垣根はお礼を言って林檎のことを睨んだ後、自分もフォークをナイフを手に取る。

 

ホテルのメニューを参考にして作ったと言っていた深城のフレンチトーストは、良いものしか食べていない垣根にとっても確かにおいしかった。

 

「……うまい」

 

垣根が躊躇(ためら)いがちにも称賛すると、深城はにへらっと笑った。

 

「よかったぁ。そう言ってもらえると、作った甲斐があるよぉっ!」

 

垣根が上品な手つきでフレンチトーストを食べている様子を見て、深城は自分も朝食を食べ始める。

 

以前だったら考えられない程の穏やかな世界に自分がいることにほっと安堵しつつ、垣根は朝食を食べ進めた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

朝食を食べた真守は学校へ向かう支度をして、垣根と共にラウンジの玄関でスリッパから革靴に履き替える。

 

「はい。真守ちゃん」

 

「ありがと、深城」

 

真守は深城から薄い鞄を受け取って両手で持つと、姿見の前で髪の毛を整える。

 

垣根は靴ベラを使って革靴を履いており、使い終わった靴ベラを林檎は受け取り、代わりに鞄を渡す。

 

「じゃあ行ってくる」

 

真守は垣根も用意が終わったのを見ると、深城と林檎に声を掛けた。

 

「はぁい、行ってらっしゃい。今日はあたしも林檎ちゃんと出かけるから」

 

「? 聞いてないぞ?」

 

真守が目をきょとっと見開いて首を傾げると、深城は真守が首に巻いている、垣根に真守が買ってもらったもこもこの白いマフラーを整えながら笑う。

 

「真守ちゃんがロシアに行ってる時に決まった事だからねえ。林檎ちゃん、虫歯があったんだよ。治療はもう終わったんだけど、今日はクリーニングの日なの。良い機会だからちゃんとした歯磨きの仕方も教わってくるの。ねえ、林檎ちゃん?」

 

「うん。ちゃんと勉強してくるね」

 

やる気の林檎を見て、真守はふむと頷く。

 

「そういえば私、虫歯になったコトないな」

 

「圧倒的に食事する機会が少なかったお前がどうやったら虫歯になるんだよ。どう頑張っても歯磨き要らずじゃねえか」

 

垣根が呆れた様子で真守を見ると、真守はムッと口を尖らせた。

 

「まるで私が歯磨きをしていないような言い方はしないでくれ。ちゃんと小さい頃から朝起きると必ず歯磨きしてたぞ」

 

「なんでそこだけはちゃんとしてんだよ。尚更虫歯になるわけねえだろ。どうせ几帳面なお前のことだ。丁寧に歯磨きしてたんだろ」

 

垣根はムッとしている真守を見て吐き捨てるように告げる。

 

真守は不機嫌な顔をしていたが、そんな垣根から目を()らして、林檎に微笑みかける。

 

「林檎。歯医者さんは怖いところらしいけど、深城が選んでくれる歯医者さんはちゃんとしてるから大丈夫だぞ」

 

「うん。それにとってもなじみ深い匂いがするから大丈夫、こわくない」

 

林檎が頷くのを見て、垣根は林檎に視線を移して呆れる。

 

「それ確実に消毒液とかを筆頭にした薬品の匂いだろ。お前が研究所にいたからそう思えるだけで、その匂い嗅いだら大抵のガキは嫌がるぞ」

 

真守は垣根の『普通』を聞いて、少し遠い目をする。

 

「……特殊かもしれないが、私はあの清潔な匂い嗅ぐと、なんか故郷に帰ってきたような感じに思えるんだよな」

 

「そりゃ特殊だよ。よりにもよって研究所を故郷にするんじゃねえ」

 

垣根が顔をしかめてツッコミを入れると、その前で深城が手を上げた。

 

「真守ちゃんの考え、あたしは分かるよ! なんかほっとするよね、だから病院も別に嫌いじゃなかった」

 

「そうだな。なじみ深かったから、病院にもすぐ慣れる事ができた。……まあ、それがあんまり良い事ではないと分かってるけどな」

 

真守が気まずそうに笑う中、垣根は柔らかく目を細める。

 

(こいつら今は幸せな生活できてて、本当に良かったな……)

 

学園都市でも最底辺の環境に長年いた少女たち。

 

彼女たちを見て、垣根は思わずそう考えられずにはいられなかった。

 

そんな垣根の横で、林檎は真守のスカートの(すそ)を引っ張る。

 

「でもね、女の先生からは研究所と全然違う匂いがするの」

 

「どんな匂いだ?」

 

真守が首を傾げると、林檎は必死に言葉にする。

 

「甘くてお菓子みたいな良い匂いが体中からぷんぷんするの。いつも食べてるのかな? 歯医者さんはちゃんと自分でケアできるから虫歯にならないのかな?」

 

「ちげえよ。そりゃ香水だ」

 

さっきから研究所出身で不安になる事ばっかり林檎が言うので、垣根は顔をしかめて声を掛ける。

すると林檎は首を傾げた。

 

「? 垣根が付けてるヤツはお菓子みたいな匂いはしないよ?」

 

真守は林檎の頭をなでなで優しく撫でながら微笑む。

 

「香水には色んな種類があるんだ。私も一応付けてるんだぞ」

 

「! そうなの?」

 

林檎は目を瞬かせてから、ぼふっと真守に抱き着く。

そしてスンスンと鼻を鳴らして、林檎は真守に抱き着いたまま顔を上げた。

 

「いつもの朝槻の匂いがする。まったりした上品なお花? の匂いがするよ」

 

「私は花の匂いが好みだからな。そうだ、香水はちょっとまだ早いけど、林檎の気に入る匂いのハンドクリームでも買ってあげようか?」

 

「! 買ってくれるの?」

 

林檎は真守のセーラー服の裾をぎゅっと掴みながら、首を傾げる。

 

「うん。買ってあげる。だから歯医者さんで頑張って歯磨きの仕方を習ってくるんだぞ?」

 

真守が林檎の頭を撫でると、林檎は幸せそうに微笑んで真守から離れた。

 

「分かった、頑張ってくる」

 

「うん。じゃあ行ってきます」

 

真守は深城と林檎に再び挨拶をすると、垣根と一緒に学校へと向かうために外に出た。

 

 

「さむいな」

 

すっかり一一月中旬。木枯らしに真守が寒そうにしていると、垣根は真守の手を握り、そのまま自分のポケットに突っ込んだ。

 

真守はポケットの中で垣根がぎゅっと自分の手を握ってくれるので、幸せそうにえへへ、と呟いて垣根と共に学校へと向かう。

 

「林檎に一般常識ってヤツを教えねえとな」

 

垣根は真守の学校へと向かいながら呟く。

 

垣根の学校は真守の学校に近いが、真守の学校の方が自宅よりも遠くにある。だがすぐにナンパに引っかかる真守のことを考えて、垣根は真守の事を学校へと毎日送り届けているのだ。

 

流石に過剰だと真守も思うのだが、もう慣れてしまったし色々言っても垣根は聞かないので、真守は垣根の好きなようにさせている。

 

「これから小学校に形だけでも所属して『落第防止(スチューデントキーパー)』に来てもらうコトになるから、深城もいるしあんまり心配しなくてもいいと思うぞ」

 

「先生サマは学業しか教えてくれねえからな。まあ源白がいれば大丈夫そうだが……そういえば」

 

「どうした?」

 

真守が首を傾げると、垣根は真守のことを見ながら白い息を吐く。

 

「木原加群。ヤツだって『落第防止(スチューデントキーパー)』だっただろ。木原なのに変わってるよな、ホント」

 

「……木原でも真っ当に先生ができるのだから、木原だとしても人それぞれなんだよ。それは良い事だな」

 

真守は木原加群の事を思い出しながら、寂しそうに笑う。

 

木原加群は木原病理の手によって精神を曲げられ、通り魔に仕立て上げられた少年から自らの生徒を守るために、その少年を殺してしまった。

 

警備員(アンチスキル)に出頭しても正当防衛が認められたが、命の価値というものに真摯に向き合って研究職を引退した彼にとって、それは我慢ならないものだったらしい。

 

「でも『グレムリン』に加担してたなんてな」

 

垣根帝督はバゲージシティで何があったか知っている。

カブトムシを送り込んでそれなりに戦況を読んで、色々と手を回していたからだ。

そのため一部始終を知っている。普通ならば起こりえない法則が働いていたことも、何もかも。

 

そして。上条当麻が魔神オティヌスに痛めつけられて、それを魔神の成りそこないと右方のフィアンマが助けた事も、もちろん知っている。

 

「ヤツらからの接触があることだろうし、何かあったらカブトムシ(端末)で呼べ。分かったな?」

 

垣根が念を押して真守の手をぎゅっと握ると、真守はしっかりと頷いた。

 

「学校から出る時も、絶対に帝兵さんを抱きかかえて移動するからな」

 

「ナンパにも気を付けろ」

 

「ふふ。他に待機している帝兵さんが退治してくれるから大丈夫だぞ」

 

自分の事をどこまでも壊れ物のように大事に扱う垣根を見上げて真守が微笑んでいると、垣根は真守のことをじぃーっと見つめてぽそっと呟いた。

 

「いっそのこと、真守の学校に転入しちまった方が良い気がする」

 

「む。だから好きな女の子を追って転校とか良くないぞ。……垣根、私がいないと居ても立っても居られなくなるっていうのは、ちょっとよろしくないぞ」

 

垣根は何も言わない。

 

絶対に失いたくない存在から離れるのが嫌だ、というのは真っ当な感情のはずだ。

 

特に、大切なひとを本当に大切にできる前に失ってしまった自分にとっては。

 

『あの子』が実はとても貴重で大切な存在で、そんな存在を失ってしまったのだと垣根帝督は失った後に気が付いた。

 

そんな自分にとっては、真守を大切にするのはなおさら悪い事ではないはずだ。

 

「もう、しょうがないひとだな」

 

真守はふにゃっと微笑んで、垣根と繋いでいる手に力を込める。

 

「大丈夫だぞ、垣根。私はずぅっと一緒なんだから。私だって、手放すつもりはないぞ?」

 

「……ああ」

 

垣根がゆっくりと目を伏せるので、真守は心の中で冷静に呟く。

 

(人間の心の傷というのは、そう簡単に癒えるものではないか)

 

できる限り一緒にいてあげよう。

 

真守がそう思ってぎゅっと垣根の手を握ると、垣根は自分がしているチェックのマフラーを直しながら呟く。

 

「…………本当に、大事なんだ」

 

「分かってるから、垣根。大丈夫だから行こう」

 

真守は垣根の手を引いて学校へと向かう。

 

どうにか気落ちしてしまった垣根のテンションを元に戻した真守は、カブトムシと共に学校へと入って行った。

 

垣根はカブトムシで感覚共有をしたまま学校へと向かった。

 

あんな神さまみたいになんでも許してくれて、いつまでも自分と一緒にいてくれる少女は、真守以外に絶対いない。

 

そしてもし代わりがいたとしても、やっぱり最初に寄り添ってくれた朝槻真守がいい。

 

やっぱり転校を考えよう、と垣根は決意しながら、どうやったら真守に阻止されないかを考えて自分の学校の門をくぐった。

 




一端覧祭篇、始まりました。
トラウマ植え付けられ垣根くん。
ちょっと過剰じゃない? と思うかもしれませんが、流動源力の垣根くんは真守ちゃん全て! なのでこうなります。本当に真守ちゃんの事が大事です。
そもそも大切な存在を失って、そして今度こそ何があってもそばにいようとした存在が一度自分から離れて行ってしまったらトラウマにもなりますよ……。
暗部抗争篇、垣根くんよく乗り越えたよなあ……頑張った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。