次は六月二四日金曜日です。
一端覧祭とは、学園都市全体で一斉に数日間開催される文化祭だ。
だが外部向けの大覇星祭と違い、一般公開のない内部向けの催しとなっている。
そのため体験入学やオープンキャンパスなどが主で、学校の今後の志望率に直結する大事な行事だ。
教師陣は志望率に直結する関係上、生徒が気合いを入れて取り組めるように多少の融通を利かす。
真守が通っている高校は何の変哲もない普通の学校だが、今年は大忙しだ。
何故なら
そのため今年は優秀な生徒がこぞって集まってくると予想され、真守は象徴としてあっちへ顔を出したりこっちで顔を出したり引っ張りだこになる。
……はずだったのだが、真守のクラスメイトの委員長的存在、吹寄制理が気を利かせてスケジュールを管理してくれていた。
そのため真守は決められた時間に手伝いに行き、吹寄によって厳選された催し物だけに出ればいいので、一端覧祭準備中も意外と楽に過ごしていた。
そんな真守は一端覧祭中に出る学校説明会の打ち合わせが終わり、自分の教室へと戻ろうとしていた。
そろそろ買い出しが終わった吹寄が帰ってくるはずだし、時間が空いたから何をすればいいか聞こうという魂胆である。
するとボコボコに殴られ、ダクトテープによって両手を後ろに回され、拘束された上条当麻が吹寄と共に教室の前に立っていた。
「上条、おかえり」
「
真守は上条当麻がバゲージシティで、魔神オティヌスに手ひどくやられたのを知っている。
垣根と共にカブトムシで見守っていたからだ。
(やっぱり腕は勝手に復元する。その性質が錬金術師と戦った時とあまり変わってないのは、良いのやら悪いのやら)
真守は上条の右腕をちらっと見た後、上条の顔を見た。
「上条、色々とあったと思うが、吹寄にこれ以上ボコボコにされたくなかったら連絡を入れた方がいいぞ」
「ふぁい」
真守が忠告すると上条は素直に頷くが、上条のことを拘束している吹寄は絶対に連絡しないだろう、と確信しながら上条を睨んでいた。
「あ、上条ちゃん!」
吹寄が囚人のように拘束されている上条を連れて行こうとすると、廊下の向こうからやってきた真守たちの担任である月詠小萌先生が声を上げた。
「え!? どっどうして上条ちゃんはそんなボッコボコになってるんですか!? スズメバチの巣にでも顔を突っ込んだのですかー!?」
小萌先生は上条を怒るために近づいてきたのだが、上条の顔が見事に膨れ上がっていることに驚愕する。
「ふぁぶふう……」
「い、今はそれよりも言わなければならないことがあってですね……! これ以上は、先生も上条ちゃんの無断欠席を課題や補習なんかじゃ庇いきれねえぞって感じなんですよ!」
「ふぁーい」
「そもそも、高校生は義務教育じゃねえんだぞって言うのを分かっているんですか? これからどうやってリカバリーするのか考えるのも勿論なんですけど、そもそも上条ちゃんっていったいどんな問題を抱えているのですか?」
「ほいほい」
「って、上条ちゃん! ちょっと!」
上条が小萌先生のお小言を受け流していると、吹寄は『おらー。逃亡者を回収して来たわよ』と告げて上条を教室内に押し込む。
「朝槻は打ち合わせが早めに終わったのよね。それなら教室で少し休んでて。いま人足りてるし」
「うん、分かった」
真守が頷いて吹寄の後を追おうとすると、小萌先生が真守を止めた。
「朝槻ちゃん! 上条ちゃんは一体どんな問題を抱えているんでしょうかっ。朝槻ちゃんなら知っていますよね!?」
上条当麻と朝槻真守は七月中旬に、とあるシスターを連れて小萌先生のアパートへと押しかけている。
あの時からの問題をずっと上条が抱えているのであれば、出席事情にも関わってくるのでこれ以上見過ごせない。
小萌先生が聞き出す所存でいると、真守はちらっと斜め上を見たあと、教室へと入りながら告げる。
「オンリーワンの問題だ」
「オンリーワン? そ、それは上条ちゃんの問題は上条ちゃんのモノですからオンリーワンですけど……そういう事を聞いているのではなく……!! あっちょっと! 朝槻ちゃーん!」
真守が去って行くのを見て小萌先生は必死に止めるが、真守は無慈悲に教室の扉を閉める。
やっぱり面倒事に小萌先生を巻き込みたくないのは、
「朝槻! お前は勿論お隣の鋭利学園高校のミスコンに飛び入り参加するんだにゃー!?」
教室の扉を閉めた途端、サングラスをしたにゃーにゃー鳴くスパイ系隠れ陰陽師、土御門元春が声を掛けてきたので、真守は嫌な顔をする。
「なんだ、いきなり」
土御門と青髪ピアスが一端覧祭について熱弁していたのは知っていたが、
真守が忌々しそうにツンツンと塩対応を取っていると、青髪ピアスが力説する。
「義務教育やなくなったことで、一端覧祭における自由度は段違いにあがったのは分かるやろ?! つまりコーコーセーにしか許されないセクシーさを、ミスコンや文化祭に求めてもええっちゅう話や!」
「だから私にミスコンに出ろっていうのか? 舐めてるのか、お前ら」
真守が目を細めてムッと口を尖らせて青髪ピアスを睨むと、土御門は真守の塩対応にゾクゾクと感じながら声を上げる。
「くぅ~やっぱり学園都市の顔は安売りはしないってことかにゃ!?」
土御門の言葉を聞いて、青髪ピアスは何かを思いついたのかハッと息を呑んだ。
なんか嫌な予感がする真守は『そうや!』と叫んだ青髪ピアスを睨みつける。
「安売りはしないってことは、金を積めばええんや!! そしたら朝槻が水着でたこ焼きを焼いてくれて、一緒にチェキまでツーショしてくれぶべげぼらっ!!」
真守は静かにブチ切れてAIM拡散力場を操作し、物理的に手を下さずに青髪ピアスを吹き飛ばす。
「ふざけるのも大概にしろ」
真守が久しぶりに汚泥で産卵する羽虫を見つめるような瞳で青髪ピアスを睨んでいると、遊んでいた二人を見て吹寄がブチ切れた。
「あんたたちっ!! 朝槻で遊んでないで仕事しなさいッ!!」
「……っふふ」
真守は通常運転で吹寄に頭突きされる土御門や、ケリを叩きこまれる青髪ピアスを見て小さく微笑む。
この日常を守るためには、外からの脅威をどうにかしなければならない。
そう考えた真守が窓に近づいて外を見ると、そこには金髪碧眼の青年が立っていた。
ぎりぎり一般人の視界でも捉えられるところに、である。
おそらく
あの青年は、バゲージシティで右方のフィアンマと一緒にいた、魔神の成りそこないであるオッレルスだと言う。
真守が気が付いたのにオッレルスも気が付いたのか、ゆっくりと手を上げた。
まるで知己に挨拶でもするように、大層フレンドリーな様子で。
(仲良くする気はないんだけどな)
真守は他の神というものと慣れ合おうとは思わない。
だがそれでも、どんな願いで神さまとして必要とされたのかは興味があった。
今は準備の仕事がないため、吹寄に休んで良いと言われた。
真守がどこかへ行っても、おそらく吹寄は自分の手が必要なら携帯電話で連絡を取ってくれるだろう。
「吹寄。ちょっと早いけど、ご飯食べてくる」
真守が昼の買い出しを上条に命じている吹寄へと近づくと、吹寄は上条の不幸体質対策用に、防水の封筒にGPSをオンにした自分の携帯電話とお金を入れながら顔を上げる。
「見ての通り、これから買い出しだけど?」
「一緒に住んでる子がご飯作ってくれたんだ。何かあれば連絡寄越してくれればいいから、行ってくる」
真守が深城の作ってくれた弁当の包みを
「分かったわ。さ、上条も行きなさい! クラス全員分は大量になるからカート持ってって!!」
ガシャガシャとショッピング用のカートを持ってきた吹寄に押され、教室から出た上条は、真守と一緒に校内を歩く。
「……学園都市に帰ってきてるのに、一端覧祭の準備で寮に帰れないなんて。インデックスが知ったらめちゃくちゃキレるだろうなあ」
上条がインデックスに全身を噛みつかれる痛みを考えて震えていると、真守は上条の隣を歩きながらカブトムシを呼んだ。
「あ。そのカブトムシ、たしか帝兵さんだっけ?」
上条が気落ちしたまま告げると、カブトムシは肩に留まりながら声を発する。
『バゲージシティまで
「あれ。知ってるの?」
上条が首を傾げる中、真守はカブトムシの背中を撫でながら告げる。
「何があったかも知ってる。私は一応学園都市の神さまだから、バゲージシティに行かなかった。それは理解してくれるか?」
学園都市から離反するのを虎視眈々と狙っていた外部の人間を、擁護するつもりはない。
真守がそう宣言すると、上条は頷いた。
真守は自分が周りにいる人々の幸せを守れれば良い、と考えている事を知っている。
どこかで線を引くことをきっちり考えている少女だと、上条は知っている。
だから真守に対して力があるから全世界の人間を助けろなんて言わない。
だって朝槻真守は神さまである前に一人の少女で、そして自分にとっての命の恩人で、大切な友達だからだ。
それに自分の右手が届く範囲の人を全員助けたいというわがままを、大切なひとに押し付けるわけにはいかない。上条はそう考えている。
「バードウェイに利用されたのは俺のせいなんだ。大丈夫。それに全部を守れなかったけれど、できる事はしてきたから」
真守が気にする事ではないと告げる中、上条は突然カートを押すのをぴたっと止めた。
危険極まりない存在が、その危険を振りかざさないで完全に周囲に溶け込み、立っているからだ。
つまり。それは先程真守に手を振った、魔神のなりそこないオッレルスだった。
「やあ」
街路樹に寄り掛かっていたオッレルスは、軽い様子で声を掛けて、真守と上条に近づいてくる。
「いつになったら気づくものかと、右方のフィアンマと話していたところだったよ。おかげでちょっとした賭けをしてね。ディナーは私が彼に奢ることになりそうだ」
オッレルスは軽い様子で雑談をして、真守の前へと立つ。
そして、自分よりも身長が低い真守を見下ろした。
「うん。中々どうして面白い存在だね」
人間が真っ当な進化を遂げて神と同等の位置まで至った完全な人間、神人へと一足先に辿り着いた朝槻真守。
対して、この世界の法則ではない方法で神へと至ろうとして、至れなかった存在。
「挨拶が遅れてすまないね。科学の神さま」
「別に構わない。お前たちが入ってきているのは知ってる」
オッレルスは真守の肩に乗っているカブトムシをちらっと見てから頷く。
「なるほど。良い
「は、伴侶っ」
真守はオッレルスの言葉に目を見開いて固まる。
オッレルスの言う『
だが『伴侶』とは結婚した後に使われるのが常識的な言葉だと、真守は認識している。
「……お、お前は私と垣根が結婚してるって思ってるのか……? ……ま、まだしてないぞ……できない年齢だし……」
神さまと言えど一五歳の少女らしい恥じらいを持っている真守が目を泳がせると、オッレルスは真守が思ったよりも人間っぽいことに驚く。
そして真守が恥ずかしそうに胸元に持ってきた右手の薬指に、指輪が光っていることに気が付いたオッレルスは、小さく笑って顔を上げた。
「さて、神人との挨拶も終わったし、そろそろ本題を話そうか……ってアレ!?」
オッレルスは真守の隣にいた上条へと声を掛けたつもりだったが、そこに上条当麻はいなかった。
「食べ物の恨みは怖いから、上条は買い出しに向かったぞ」
静かに去って行った上条を勿論知っていた真守が声を掛けると、オッレルスは目を白黒する。
「え!? ここって神と神のなりそこないが初めて邂逅した結構なシリアス場面だったろう!? えー普通一枚噛みたいと思わないの、今の子って相当ドライ!?」
「なんだろう。コイツ、結構フレンドリーだな」
真守は意外とノリが良さそうなオッレルスを見て感想を口にしていると、カブトムシは意外そうにヘーゼルグリーンの瞳を瞬かせた。
「えー。まあいいや、とりあえずどこか落ち着ける場所で先に話でもしているかい、神人?」
オッレルスはエスコートするために真守へと手を差し伸べる。
それをはたき落としたのは、もちろんカブトムシの角から発射された空気の圧縮弾だ。
カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を赤く染め上げて、そして警告する。
『俺のだ。触るな。触った時点でハチの巣だ』
「手厳しい」
結構な力で手を
垣根は飛んで空気の圧縮弾を撃ったカブトムシを真守の方へと戻す。すると真守は両手でカブトムシを掴み、胸の前で抱きかかえた。
『真守。そこで待ってろ』
「垣根、一端覧祭の準備中だぞ」
真守がカブトムシを見つめてムッと口を尖らせると、カブトムシは赤く染め上げている瞳をカメラレンズのように収縮させた。
『んなモンよりお前の方が
カブトムシを呆れた目で見る真守を見て、オッレルスはにこやかに告げる。
「随分過保護みたいだね」
「おかげさまでな」
それから数分も経たない内に、垣根は宣言通り真守のもとにやってきた。
もちろん上空から、
「わあ。見事な羽だね」
魔術の世界にとって、翼の生えた人型は天使に該当する。
そのため垣根がけん制の目的で真守の隣に降り立つと、オッレルスは笑った。
「テメエ、よくも胸糞悪ぃモンこの街に入れやがったな」
垣根が守るように真守の腰を抱き寄せながら告げると、オッレルスは軽い調子で告げる。
「フィアンマのことかな? ああ、そう言えばキミにとって仇敵だよね。同類だもん」
垣根がその言葉に明確な敵意を向けていると、真守が垣根の制服の裾を引っ張った。
「垣根、大丈夫。学園都市内だったら神さま権限で何とかできる」
学園都市は朝槻真守にとって信仰の地として設定されている。
すると、右方のフィアンマは自らの世界を救う力によって自滅する。
垣根は真守の意図を知って頷くと、真守の手を握ってその場から歩き出した。
「飯食わせろ。こちとら大切な同居人が丹精込めて作ってくれた弁当があるんだ」
垣根は真守のことを連れて、そしてオッレルスと共にその場を後にする。
真守は携帯電話を取り出しており、上条に買い出しが終わったら指定の場所に来るようにメールを送る。
そしてメールを送り終えると、携帯電話をしまってきちんと歩き出した。