次は七月一二日火曜日です。
一端覧祭当日、早朝。
一階のホールでインターホンを鳴らすと、昨日はいなかった真守が出た。
『上がってくれ』と家主に言われた三人は、ラウンジへと上がる。
ラウンジのテーブルでは、
「あ! 昨日ぶり! って、ミサカはミサカはあなたのお迎えに顔を上げてみ、うぉっな、なんでミサカの頭をがっちりホールドしているのって、ミサカはミサカは抗議してみたり!」
「絶対に顔上げると思った。お料理中によそ見はダメ」
林檎は
「お手伝いマスターは先読みがすごいかも!! って、ミサカはミサカはおののいてみたり!」
「お手伝いマスターってなンだよ……」
そしてパタパタとスリッパを鳴らして
「
「オマエのところほどじゃね、ェ……?」
だがその言葉を途中で止めると、
「…………その腰にくっついてンのは?」
真守の腰には一〇歳くらいの銀髪幼女が、コアラの子供が親に抱き着くようにしがみついていた。
その少女は
「フロイライン=クロイトゥーネっていう子だ」
「オマエはどっからそンなにガキをポンポン拾ってくるンだ」
林檎は
「にゃあ、浜面!!」
そんな真守たちを他所に浜面のもとへと、テテテーッと走ってフレメア=セイヴェルンが駆け寄る。
その手には、お皿に載った焼き立てのパンケーキを持っていた。
フレメアは深城と一緒にパンケーキを焼いており、林檎と
「みてみて、浜面! 源白がパンケーキ焼くの手伝ってくれた! にゃあ、良い焼き加減!」
「いやいや。それはお前が手伝っただけで、源城さん? が主体になって焼いたんだろ。……確かに、こんがり焼けてておいしそうだけど」
浜面は得意気にフレメアが見せてきた、均一に茶色く焼けた美味しそうなパンケーキを見つめて呟く。
真守はそんな浜面に柔らかい笑みを向けた。
「浜面も滝壺も食べていったらいい。もちろん
「え!? いやいや俺たちまでご
「いや。むしろお願いしたい」
真守はうきうき気分で
「あの通り、深城が調子乗っていっぱい作ってるから、食べるのを手伝ってほしいんだ」
確かにボウルに残っている生地の量を見ても、浜面や滝壺、そして
「……家庭的な女の子っていいよなあ」
そう呟いた浜面の言葉を聞いた滝壺は目を見開き、その後息を荒くしていたので、浜面はよく分からずに首を傾げていた。
──────…………。
「はいはいはいっ! ミサカは友達みんなで一端覧祭を回りたいって思います! って、ミサカはミサカは高らかに主張してみたり!」
「はーい
「え!? 本当!? って、ミサカはミサカはお行儀よく座りながら、おしとやかに朝食を再開してみる!」
((やっぱり手慣れてやがる……))
即座に自分から着席した
真守の心を開いた深城にとってみれば、素直でちゃんと言い聞かせてやれば話を聞いてくれる小さな少女の扱いなんて容易い。
深城は自分からはぐはぐと朝食を摂り始めた
そんな深城たちをよそに、真守はラウンジの三人掛けのソファに垣根とクロイトゥーネと並んで座っていた。
真守は生クリームに缶詰のフルーツを載っけたパンケーキを一欠けらフォークで持って、クロイトゥーネへと差し出す。
「はい、クロイトゥーネ。あーん」
「あーむ」
クロイトゥーネは真守に食べさせてもらって幸せそうに頬に触れる。
そしてもぐもぐと咀嚼して呑み込むと、ふにゃふにゃと笑った。
「とても、おいしいです。あまい」
クロイトゥーネは真守に食べさせてもらって幸せを感じて微笑む。
クロイトゥーネは先程真守に『情報』をひとさじずつ食べさせてもらった経験から、真守に食べさせてもらうのが何よりも気に入っているのだ。
「良かった。まだまだあるから食べていいぞ」
クロイトゥーネがニコニコとしている様子を見て真守が微笑むと、真守の横に座っていた垣根が独占欲と嫉妬からチッと舌打ちをした。
(第三位、心狭くね? 相手は幼女だぞ?)
垣根を見ながらそう心の中で呟いた浜面はというと、一人掛けのソファに座っている滝壺のそばに寄せたキューブスツールに座っている。
たっぷりラズベリーソースがかかったパンケーキを口にしていた垣根だが、浜面にドン引きされた目で見られているのに気が付いて、浜面を睨んだ。
「なんだよ」
「イエッなんでもありません!!」
浜面は怒れる
垣根は浜面を忌々しそうに見つめた後、チッと舌打ちをしてからローテーブルに置かれていた生クリームをパンケーキに追加で掛けて不機嫌に頬張る。
垣根にびくびくしていた浜面だが、そんな浜面にフレメアが後ろから抱き着く。
「にゃあ! 浜面早く食べて! そして一端覧祭へれっつごー!!」
フレメアが口の
「このガキっ……!!」
「滝壺さん!? なんで突然キレてるの!?」
浜面がフレメアの口の端についている生クリームをティッシュで
滝壺が嫉妬心を爆発しているところを見た垣根は、自分も幼女相手に嫉妬を爆発している幼稚さに気が付いて、苦い顔をしながらパンケーキを食べる。
人の振り見て我が振り直せ、である。
浜面に口を拭いてもらったフレメアは浜面の首筋にもぞもぞと顔を埋め、『にゃあ。ここが大体一番落ち着く』と言っており、それによって滝壺の怒りが怒髪天を衝いたのは、想像に
──────…………。
「テメエ、男の着替えを覗く趣味でもあんのか?」
垣根はシャワーを浴びて部屋で替えの制服のシャツを手にして着替えていたが、ベランダに降り立った人物に目を向けながら告げる。
「いやいや。俺は経験値稼ぎにしか興味がないぜ」
カラカラと勝手に窓を開けながら部屋に乗り込んできたのは、雷神トールだ。
「別に神人に声掛けに行っても良いんだけどよ、シャワー中の神人に突撃したらお前が怒るだろ?」
「当たり前だ、舐めてんのか」
野郎で真守の柔肌を見ていいのは自分だけだ。
垣根が制服に洋服ブラシを掛けながら睨むと、トールは肩をすくめた。
「フロイライン=クロイトゥーネの件だが、ありゃもうオティヌスの欲しい形をしてない。科学にも魔術にも染まっていない人材が必要だったんだが、ダメだな。色んなもんが歪んじまった」
「魔神のなりそこないも言ってたな。はん。ざまあみろ」
垣根は一つ嘲笑すると、雷神トールに鋭い視線を向けた。
「それでどうするんだ? 魔神はお前にとってこいをさせたんだろ」
垣根がズボンを穿いてベルトを締めながら告げると、トールは辺りを気にして見回してから告げる。
「俺はオティヌスに愛想が尽きたんだ。だから俺の顔をオッレルスに渡すことにした」
「あ? ……そりゃつまり、オッレルスに協力するってことか? そんなのすぐにバレるんじゃねえの?」
垣根が怪訝な顔をして問いかけると、雷神トールは周りに全く興味がない無慈悲な神さまを思ってため息を吐いた。
「オティヌスは俺に興味ないしな。オッレルスならうまくやるだろ」
そーかよ、と垣根は答える。
魔神オティヌス。
おそらくオティヌスは神槍を造り上げるまで、真守の前には絶対に出ないだろう。
そんな人間を探してもしょうがない。だから真守は魔神オティヌスのことを率先して迎撃しようとはしない。
それに真守は、オッレルスたちのように焦ることなんてしなくていい。
オティヌスが神槍グングニルを完成させた時、その時初めてオティヌスは真守と対等に渡り合えるようになるからだ。
その時、真守が負けるとは垣根には到底思えない。
何故なら真守は物事の流れが見えている。
それはつまり、未来を予想できるということだ。
そして真守の演算能力を持ってすれば、『
だからどうやったって、垣根には真守に魔神オティヌスが勝てるとは思えない。
それは真守のそばにいて、真守の万能性と人間性を直に見ている垣根だからこそ、分かる事だ。
垣根が真守の事を考えながら着替えをしていると、トールはそんな垣根に声を掛けた。
「なあ。気になってたんだがよ。お前は神人と同じステージに上がらなくていいのか?」
「それを聞いてお前に何の得があるんだ?」
垣根が真守の事を考えながら眉をひそめると、トールは学園都市の技術が珍しいのか磁性制御スピーカーが珍しいのか、興味深そうに見ながら告げる。
「俺は自分の『次の成長』をいつだって求めてる。明確な次のステージにいる人間がそばにいたら、自分もそこに到達したいって思うんじゃねえの、って」
朝槻真守は、どこからどう見ても『次のステージ』へと上がった。
雷神トールは成長することができるはずなのに、今の立場に甘んじている垣根が気になっているのだ。
垣根は雷神トールを見ずに、学校へと行く準備をしながら告げる。
「俺は『次のステージ』になんか興味はねえ。そもそも俺の成長方向は真守とは違う」
「? どういうことだ?」
トールは垣根の言葉の意味が分からなくて、首を傾げる。
「そうだな。ここまで来たら説明してやる。少し前、俺は
垣根はピッと襟元を正しながら、その資料を思い出す。
垣根帝督が言っているのは『
多くの
朝槻真守と
そして垣根帝督の場合は、横へと突き抜けた多様性に満ちた成長方向を見せていたのだ。
その多様性に満ちた成長方向によって、垣根帝督は
だからこそ垣根帝督は真守や
「今の成長方向でも俺は真守と一緒にいられる。むしろ俺にしかできねえことだってある。だから無理して真守と同じステージに行かなくても良いんだよ。その選択肢を取る意味がねえからな」
垣根は袖口を気にしながら、ほおーっと感心していたトールを見た。
「なんだよ」
「いやいや。ちゃんとした考えがあるんだな。うん。それもいいんじゃねえの。愛のカタチ的にさ」
「そりゃどうも」
垣根はトールの言葉に適当に答えて、薄い鞄を手にする。
「お前はこれからどうせ潜るんだろ。他の『グレムリン』のヤツらはこれからどうするんだ? 裏切るんだから、ヤツらの動向を教えてくれたっていいだろ」
垣根が雷神トールにこれからの『グレムリン』の動向を聞くと、トールはあっけらかんと喋った。
「俺の顔をしたオッレルスが先導することになるはずだぜ。手土産も持ってるし、どうにかできるって」
手土産とは、人造細胞技術についてだ。
あれで雷神トールに
垣根はオッレルスがそのために人造細胞技術を、ひいては自分の力を必要としていた事が気に入らなくて舌打ちする。
「これから俺は真守と学生生活ってヤツを楽しむんだ。妙な騒ぎは起こすんじゃねえぞ」
「起こさねえよ。起こしたとしても打ち消してくれるヤツとだな」
垣根はトールの言い分を聞いて顔をしかめる。
「上条当麻は
垣根は後方のアックアに痛めつけられたのに、最終決戦にやってきた上条のことを思い出してため息を
あの男も大概タフで、大概頑固だ。
真守だって上条当麻のことを完璧にコントロールする事は出来ないだろう。
(つーか、真守は上条当麻の意志を尊重してるからな。本当に危ねえ時以外は止めないだろ)
垣根が真守の事を考えて目を細めていると、雷神トールが手を上げた。
「じゃあそういうことでな、神人の
トールは笑いながらベランダに出て、垣根に手を振る。
「言われなくてもこっちだって楽しんでんだよ」
これから長い時を真守と共にするが、それでも学生でいられるのは一瞬だ。
そのため垣根が噛みつくように告げると、トールは笑った。
「さてさて。
トールは次の成長を求め、
完全な進化を遂げた人間である神人──朝槻真守にも興味があるが、あれと戦うにはまだまだ経験値が足りない。
これからも変わらずに戦いを楽しめると知ったトールは笑い、垣根の部屋のベランダから飛び降りた。