※次は八月二六日木曜日です。
木山春生は手錠をかけられて
「あの!」
そんな木山に美琴が声をかけた。木山が振り向くと、美琴が気まずそうな顔をしていた。
「……どうするの、子供たちのこと」
美琴に問いかけられて木山は真守を見た。
真守は一つ頷くと、木山は視線を外して美琴を見て微笑む。
「もちろん諦めるつもりはない。もう一度やり直すさ。刑務所だろうと世界の果てだろうと。私の頭脳はここにあるのだから」
木山が自信たっぷりに言うと、美琴と初春は安堵して微笑む。
「ただし」
だが次に放たれた木山の一言で、怪訝そうな表情をした。
「今後も手段を選ぶつもりはない。気に入らなければその時はまた邪魔しに来たまえ」
「やれやれ、懲りない先生だわ」
美琴が呆れた表情をしながら笑っていると、そこにタクシーが一台近付いてきた。
降りてきたのは白井黒子だった。
「あ、黒子」
「お姉さ、ま────!!」
「うぐえっ!?」
何が起こったかというと、白井はタクシーから降りるとともに空間移動をして距離を詰めて美琴に真正面から抱き着いたのだ。
美琴はその衝撃で唸り声を発しながら、地面に背中から激突する。
「黒子は心配しましたのよ! 心を痛めておりましたのよ! ……ハッ! 御髪に乱れが! お肌に無数の擦り傷が! へっへっへ……どうやら電撃を放つ体力も残っていないご様子。ここは黒子が? 隅々まで見てさすって癒してあげますの!! ……あ、そうですわ。初春」
一人の世界にトリップしていた白井は何かを思い出したかのように振り返ると、困り顔をしていた初春を見た。
「何ですか?」
「先ほど病院から連絡がありましたの。幻想御手の使用者たちが、次々と意識を取り戻していると。あなたのおかげですわよ、初春」
白井が労いの言葉を初春に向けると、初春は達成感から微笑んだ。
白井は初春から視線を逸らして、自分が押し倒した美琴を見つめて目を輝かせる。
「──と、いうわけで、お姉様!! うふ、うふふふふっ!」
「何すんの、ちょ!?」
美琴に襲い掛かった白井を見て、垣根はげんなりとした顔をする。
「壊れてんなこの女」
「うん、本当に」
真守は遠い目をして頷いた。
(深城がこんな色狂いじゃなくて良かった。アイツ私に触れられないケド)
真守は生贄になっている美琴を哀れみの目で見つめていた。
「……しっかし、大分手前に停めたはずだが車は無事だろうな? 真守、帰るぞ」
垣根がこの現場まで来た車の心配をして歩き出すので、真守は頷き、自分に目を向けていた垣根へ向かって一歩踏み出した。
「ん?!」
「おっと」
真守が突然足を滑らせたかのようにバランスを崩す。
垣根はよろけた真守の腕をとっさに掴んで、真守が倒れないように引き留めた。
真守が顔をしかめてすすーっと視線を足元に向けると、右足のサンダルの底が外れていた。
「壊れた」
真守が白いウェッジソールサンダルの厚底部分であるウェッジと、パンプスの部分が外れてしまったサンダルを残念そうな目で見つめていた。
「そういえば
「うん。流石にまだ大丈夫かと思ってたが、連日の戦闘で逝ってしまった」
真守は底と足を固定する布部分が外れて残念な事になっているサンダルを、足を上げてぷらぷらと揺らしながら垣根の言葉に頷く。
その中には夏用サンダルも含まれていたのだが、その靴を見ている最中にデパートから避難しなくてはならなくなってしまい、結局買い損ねてしまったのだ。
まだ大丈夫だろ、夏休みに入って都合の良い時に行こう、と思っていた真守だったが、連日の酷使には耐えられない程にはサンダルが消耗していたらしい。
「スニーカーはあるんだが、暑苦しいんだよな」
「しょうがねえから買うのに付き合ってやるよ」
真守が面倒そうにサンダルを見つめていると、垣根がそう提案してきた。
真守は顔を上げて垣根の顔を見上げると、その申し出が嬉しくて控えめながらも笑った。
「うん。ありがとう垣根」
靴が壊れて落胆していた真守だったが、垣根の提案に顔を明るくすると、垣根もそれを見て柔らかく微笑んだ。
「とりあえず応急処置してやるから貸せ」
垣根の腕を借りて真守がサンダルを片方脱ぐと、垣根はそのサンダルを手に取って目を細めた。
外れた底をくっつけるくらいならば
くっつけた所で壊れているサンダルをわざわざ使い続ける理由はないので、応急処置とはそういう事だ。
垣根は、応急処置をして
真守はサンダルをじっくりと見つめながら感激する。
「垣根の能力すごい」
「そうだな、俺にそこらの常識は通じねえからな」
垣根が得意そうに告げると、真守は垣根の能力の可能性を感じて微笑む。
「新しい生命の創造ができるとか、神さまみたいだな」
「……その期待に応えたいところだが、俺が作る
垣根の説明に真守は目をきょとっとして丸くする。
「なんで勝手に自分の能力の幅を狭めているんだ?」
「あ?」
垣根は真守の問いかけに思わず機嫌を損ねる。
自分の能力については手足のようなもので自分が一番理解しているからだ。
垣根が視線を鋭くして真守を見つめると、真守は垣根が何故分かっていないのか疑問に思いながらも口を開いた。
「垣根の
真守の言い分に垣根は目を見開いた。
それは
分子や原子が造り上げられるという事は、そこから発展して細胞へと組み上げることもできる。
それは真守の言った新しい生命の創造の可能性に繋がる。
真守が示唆する自分の能力の可能性について考えて、垣根は固まった。
本人が気づかないことをこの少女は見抜くことができる。
だからこそ物事の行きつく先が分かるのだろう。
それは誰も彼もの未来を真守は見据えることができるという事。
真守は垣根にとって大いに利用価値がある。
この少女を利用すれば、アレイスターに牙を剥く事もできるのだろう。
牙を剥いて、学園都市の枠組みを壊して。そして自分の都合の良いように造り替える。
ヤツらが奪って自分のために利用するなら、奪われた側が牙を剝いて逆に利用し尽くしてもいいはずだ。
そんな目的と考えを、垣根帝督は自身の未来のカタチである朝槻真守によって崩された。
朝槻真守の
学園都市は憎い。枠組みを壊して自分の都合の良いように造り替えて利用したい。
この街には利用する価値
そんな思惑はまだ心の中に残ってる。
だが垣根帝督のやり方を朝槻真守は止めるだろう。
人の幸せを願うこの少女は、絶対に自分を止める。
自分が『希望の光』だと感じる真守と敵対する事が、垣根にはどうしてもできなかった。
それに自分の目的のために真守を利用なんてしたくない。
そんなことを考える事すら、嫌だった。
真守を傷つけたくない。
真守に柔らかく笑っていてほしい。
真守が自分に笑みを向けてくれる世界にいたい。
真守に──傍にいてほしい。
真守に『無限の創造性』を示唆されて、自分はどのようにそれを使っていくべきか。
堂々巡りの思考の中にいる垣根に、真守は背伸びをして顔をずずいっと近づけた。
垣根は真守の突然の行動に体を固くする。
ここ数日一緒にいて垣根が何か悩んでいる事に気づいていた真守は、そんな垣根に柔らかく微笑み、自分の気持ちを素直に吐露した。
「お前の能力の可能性は無限大だ。『無限の創造性』とはそういう事だ。垣根の能力は凄い能力だ。翼だってすごくきれい。だからなんだってできる。お前が自分には絶対にできないって諦めている事も、全部」
真守は垣根が自分にできない事があると思っていることを知っていた。
垣根帝督ができないと思っている事は
手からこぼれ落ちていく命を、自分は真守と違って守ることなんてできなかった。
だからこそ悪党でしかなくて。自分は完璧に表で生きる事なんてできなくて。
真守は垣根ができないと思っているその内容を知らずに、それが『無限の創造性』によって
垣根は真守のその表情と言葉から、そう受け取った。
真守は垣根に限った話ではなく、全ての人の可能性を信じている。
命を取らないのは、生きてさえいれば人間は何度だってやり直せると信じているから。
挫折しても乗り越えられて、人々が正しい方向へと進めると真守は信じている。
人間を信じているからこそ、自分が読み取ったその人間が最初から持っている可能性を、最も発揮できる使い方として示す。
真守の在り方の根底には、バカみたいに人を信じるところがある。
だがそれでも真守は決してお人好しなんかじゃない。
人の汚さも、人の悪意も。人の悪意なき探求心も。
その全てを理解して、その全てをその人を構成する要素として受け止めて、そしてその全てを受け入れるのだ。
そしてその人間を、そこに秘められている可能性を。真守は心の底から信じる。
そのバカみたいに人を信じる在り方が、真守をお人好しという枠組みから逸脱させていた。
真守も真守で人格が破綻していた。
だがその破綻の仕方が垣根にとってバカみたいに尊く、誇らしかった。
真守が信じる可能性を、真守を信じているからこそ自分も信じる事ができるから。
だからこそ垣根は、真守が信じてくれた
自分の方針は決まった。
この少女が新たな可能性とその先にある進むべき道へと導いてくれた。
それが本当に嬉しくて。
「お前は良いバカだな」
「い、良いバカ!? バカに良いも悪いもあるか!」
垣根が冗談交じりに笑って真守をからかうと、真守はそれに反応して頬を膨らませた。
「私は
「そういうことじゃねえよバーカ」
「ま、またバカって! 私は後先考えないで突っ走るバカじゃない!」
垣根が楽しくてクツクツと笑うと、真守はシャーッと子猫のように垣根を威嚇して牙を剝いた。
その姿が本当に愛らしくて。
垣根は真守の傍にいるだけで幸せだった。
「もう。……垣根。まだやる事あるから行くぞ」
なんだか一人で楽しくなっている垣根を真守はジト目で睨みつけて、ぶずっとむくれたまま垣根に直してもらったサンダルをきちんと履き直した。
そして垣根を置いてすたすたと一人で歩き出す。
「お前はやる気だな?」
垣根が後ろから問いかけると、真守は振り返って自信たっぷりに答えた。
「当たり前だろ、放っておけない」
真守が当然だと
「乗り掛かった舟だ、手伝ってやる」
途中で投げ出すのは性分じゃない。
それにこの少女が頑張るならば力になりたい。
自分の事を垣根がまた助けてくれると言ったので、真守は嬉しくてはにかむように笑った。
二人は互いの可能性を信じて、並んで歩いて帰路に就く。
──────…………。
『野暮用は大体終わった。後始末がまだ残ってるがな。そっちは大丈夫か?』
真守は無事だった車に乗って携帯電話でメールを打つと、それを送信した。
即座にメールが返ってきて、真守は目を落とす。
『襲撃はされてないし、インデックスも元気にやってる。今日はこれから銭湯に行くんだ。まだ後始末があるならこっちは大丈夫だから、ちゃんと最後までやってこい』
真守は上条からのメールを見て、微笑む。
『ありがとう。でも心配だから明日顔出すよ』
真守がメールをすると、上条から『了解』というメールが来た。
助手席のシートに深く座り直しながら、真守は夕焼けに染まる学園都市の街並みを見つめていた。
──────…………。
「先生」
真守は病院に着くなり、
「お帰り? 二人共怪我していないかい?」
真守は大丈夫とでも言いたげに両手を広げて体を見せる。それを受けて冥土帰しは柔らかく微笑んだ。
「先生にお願いがあるんだ」
「なにかな?」
「あのな。教え子を救うために道を誤った木山春生を助けてほしい。それで教え子を救う手伝いをしてほしい。先生は顔が利くだろ。能力体結晶が実験に使われたんだ。お願い聞いてくれるか?」
「……詳しく聞かせてくれるかい?」
真守はしっかりと頷いてから、事の経緯を話し始めた。
最後まで面倒を見る。
真守はそう誓ったので、その誓いを果たすべく動き出す。
真守ちゃん、垣根くんに『無限の創造性』を教えてくれました。
物語の大事なターニングポイントですので長くなりました。
お付き合いいただきありがとうございます。
なお、垣根くんの目的と心境は原作とスピンオフからの作者の自己解釈ですので、原作とは明確な差異があります。
作者の完全な押し付けかもしれませんが、垣根くんの話を読んでいてそうとしか思えなかった。
そう読み取ったので、垣根くんに幸せになって欲しいとこの物語を書きました。
幻想御手事件篇、幻想猛獣篇はこれにて終了です。
次章もお楽しみいただけたら幸いです。