次は八月五日金曜日です。
真守は林檎が持ってきてくれたバスタオルを被りながら、ぺたぺたと体を触る。
「むぅ。からだを未分化でとめてるから、色々とかんかくがヘンだな。まあそのうち慣れるだろ、うん」
真守は自分を納得させようとしているが、やっぱり気に入らないのかぶつぶつ呟く。
「でも感覚がおかしいとのうりょくに影響が……かきね。ちょっとわたし用にかいぞうしてもいいか? これ、しさくひんだし。こんなことがあった以上、わたしもひなん先をよういしていた方がいいからな」
「…………別に、いいけどよ……何がどういう絡繰りになってるか教えてくれ。お前の元の体はどうしたんだよ」
垣根は自分の仮の体を確認している真守から目を離して、自分の腕の中で機能を停止したようにくたっとなっている真守の本体を見つめる。
ちなみに真守にタオルを持ってきてくれた林檎は、帝兵さんと別室で待機している。
垣根も理解できない事態が林檎に分かるわけないからだ。
真守は
「たましいとは生命えねるぎーのかたまりだ。そしてわたしはえねるぎーを操れるのうりょくしゃだったが、そこかられべるしっくすにしふとした。だから自分のたましいをじゆうに扱えるんだ」
「つまりお前は、自分の魂をその体に移したって事か?」
「うん、そういうことだ。そのからだは今からっぽだが、だれかが他の生命エネルギーを注入すればうごく……ということにはならない。ソレはわたし用にちょうせいされた体だから、ほかの人間の魂がかっちりとハマることはないぞ」
『まあその前に誰かが生命エネルギーを注入するなんてできないからな!』と真守はちょっと得意気に告げる。
魂というのは、高密度な生命エネルギーの塊だ。
だが魂に安易に触れる事はできない。
魔力を生命エネルギーから精製している魔術師にだって、それは無理な話だ。
だが真守は元々エネルギーを自在に操ることができる能力者だった。
そこから完成された人間、
というか真守を神として必要としている者たちは、真守によって魂を形作ってもらい、この世界へ降ろしてもらいたいのだ。
元々真守は神さまとして魂を操る術を持っている。
だったらそれを自分に使うことなんて、造作もない。
「わたしはかんせいされてる存在だからな。できないことはだいたいない」
真守はうんうんと何度も頷き、得意気に語る。
「いまのわたしの本体はAIMかくさんりきば経由で、たえず情報をおくりこまれている状態なんだ。だから処理のうりょくがそっちに割かれてしまっている。でもたましいは問題ない。だから丁度このからだが空だったからつかわせてもらったんだ。なんともつごうのよい事態だったな」
真守は慎重に自分の体をぺたぺたと触って、垣根に造ってもらった体を調整し続けながら告げる。
「右方のふぃあんまの精神こうげきから逃れたときよりもかんたんだったぞ。あれはまっさらな世界へとわたしの魂をたいひさせていたからな」
ロシアで右方のフィアンマに捕まった時。
真守は色々と試しでフィアンマに精神汚染的な魔術を使われたのだが、真守が魂を待避させたことで、それらが効かなかったのだ。
真守は簡単だと語るが、魂の概念を理解していない垣根にとってみれば、自己の存在を確立しながら他の肉体に意識や魂を移せるというのはびっくりな話だ。
「ちなみにこのからだには本体がきのう停止するまえにまるっと脳のでんき信号まっぷを書きこんだから、わたしの記憶はちゃんとあるぞ。えっへん」
そして避難先の空っぽの体を垣根帝督が偶然用意していたからこそ、真守は今こうやって垣根と喋ることができるのだ。
そうじゃなかったら真守は事態が収束するまで機能停止したままで、垣根帝督は終始焦っている状態だった。
垣根がほっと安堵して真守の小さい体をバスタオルごと抱き上げると、真守は「お」と声を上げる。
そして眉を八の字にして、切なそうな顔をした。
「……かきね、いやになったか?」
「あ? なんでだ?」
垣根が自分の腕の中で、少しずつ真守の造形に近づいている様子を興味深そうに見つめていると、真守が不安そうな顔をした。
「わたしがきかく外じみてて、いやになったかと聞いてるんだ。……わたしの万能せいが目にみえてしまっているから」
真守は自分が
垣根は真守のことを見つめて、柔らかく目を細める。
「お前がどんなになったってそばにいるって、俺は言った」
垣根は、不安そうにヘーゼルグリーンの瞳を揺らしている真守の事を抱き寄せながら呟く。
「それにお前が不安になるのは俺の事をきちんと考えてるからだろ。それだけ想ってくれれば十分だ」
真守は垣根の言葉にほっと安堵して、ふにゃっと笑う。
「かきねはむよくだけど、わたしに関してはどんよくだからな」
「ああ、そうだ。決まってんだろ」
真守は即答した垣根を見て、小さく頷く。
「さて。はなしはこれくらいにして動かないとな。かといってていへいさんのねっとわーくが死んでいるいま、何がげんいんなのか手当たりしだいに探っていくしかないけど」
真守が今後の方針を口にした瞬間、垣根が横たわらせていた真守の本体のポケットから、着信の音が響いた。
垣根が真守の服のポケットから取り出すと、そこには『上条当麻』と表示されていた。
「上条当麻。いま学舎の園から出たのか?」
〈垣根か!? 何が起こってるかさっぱりなんだけど、学舎の園を脱出してケータイの電源を入れたら、非通知のメールで土御門が第三学区にいるって来たんだ! これってどういうことだ!?〉
「非通知のメールだと?」
垣根は上条の焦りに満ちた言葉を聞きながら、顔をしかめる。
(タイミングが良すぎるな。……今回の件に関係しているヤツの策略に違いねえ)
「第三学区のどこだ?」
垣根が問いかけると、上条はメールに書かれていたビルの名前を口にする。
垣根はそれを聞いて、自身の携帯電話で地図を開いた。
「ただの高層ビルってことになってるが……この感じだと重役が隠れてそうだな。土御門は『
垣根が注意すると、上条は慎重な声で告げる。
〈……罠でもとりあえず行ってみる。俺には右手があるし、これまでもそれでなんとかやってきた。そういえば朝槻はどうしたんだ? 朝槻の電話に掛けたんだけど……〉
上条当麻は止めても聞かないところがある。
垣根はチッと舌打ちをしながらも、上条当麻なら大丈夫だろうと考えて告げる。
「こっちも攻撃を受けた」
〈なんだって!?〉
突然声が大きくなった上条の声量に、垣根は顔をしかめながら告げる。
「安心しろ、真守は無事だ。気にするな。──いいか。下手な選択肢は取るんじゃねえぞ。いま俺の
〈分かった。ありがとう、垣根〉
垣根は上条との連絡を終えて、真守を見た。
真守は上条と連絡を取っていた垣根を、警戒心を強めて見上げていた。
今の真守はAIM拡散力場経由で攻撃を仕掛けられている状態だ。
別個体で行動できるといってもその能力は大幅に制限されているし、運動性能だってよくない。
「お前は俺が守るから」
垣根は真っ白な髪の毛で
「それに誉望が情報を持ってきてくれる。弓箭も
真守は垣根に元気づけられていると知って頷くと、キッと視線を鋭くする。
「わかった、かきね。でもわたしもこんな体だけど力になれる。ちょっとだけかもしれないけど、それでもそのちからが役立つこともあるからな」
真守が強く主張する中、垣根は真守の体にバスタオルをちゃんと巻いてやる。
「まずはお前の服をどうにかしなくちゃな」
垣根はそう呟くと、真守を連れて部屋から出て行動を開始した。
──────…………。
『
学園都市の先端技術研究開発の阻害要因になりえるヒーローという不確定因子。
そんなヒーローは突発的・偶発的に出現し、圧倒的不利をたった一手でひっくり返す特異性を持っている。
そのため通常戦力・手段の積み重ねで殺害する事は極めて難しい。
そんなヒーローは必ず弱者を守ろうとして立ち上がることが多く、統計学的に未成熟な女性を守ろうと動く。
このヒーローが守るべき存在を『庇護対象』と命名する。
この庇護対象となるべき人材を
そうすれば共倒れすることはおろか、別のヒーローへの干渉でさえ引き起こすことができる。
それが『
人工的に造り出す必要がある庇護対象。
それに選ばれたのは、フレメア=セイヴェルンだ。
〇九三○事件が起きた事で、学園都市を倒さんと動き出した
そして『新入生』を用いた本実験にて、フレメア=セイヴェルンを庇護対象として造り上げる目途が立った。
彼女を「捕獲」し、激突させたいヒーローとヒーローの前に置けば、そのヒーローたちはフレメア=セイヴェルンを守ろうと争いあい、自滅する。
その際、庇護対象には高い知能があっては困る。
庇護対象の考えによって、彼らが共闘してしまう可能性があるからだ。
だからフレメア=セイヴェルンの脳を破壊し、『助けて』とだけ言える鳩程度の知性にする必要がある。
プロジェクトが完遂すれば、キー入力一つであらゆるヒーローを共倒れさせることができる。
一切の負担なく、彼らを任意に消滅させることができて、ヒーローのいない世界を造り上げることができる。
フレメア=セイヴェルンを収穫する事で、『
計画の主導者は、学園都市統括理事会の一人、薬味久子。
だがこのプロジェクトを行う上で、最大の障害となりうる存在がいる。
彼女は
そして誰も彼もが少なからず持っているヒーローの素質を奮い立たせ、ヒーローに育て上げるという厄介な性質も有している。
そして忌々しい事に、そのヒーローたちを統率させる性質すらも持ち合わせているのだ。
例として、上条当麻。
このプロジェクトを完遂するまでに、彼女が一番の脅威である。
だが朝槻真守には、学園都市が造り上げた『急所』が数多く存在する。
その一つに学園都市の学生の意識によって力を制御する、というものがある。
その制御の仕方は源白深城という、
源白深城はこの世界に存在するための
だからこそAIM拡散力場そのものである源白深城と朝槻真守は繋がっている状態であり、それ故に朝槻真守はAIM拡散力場から力を無尽蔵に引き出す事ができるのだ。
AIM拡散力場とは、学生たち能力者の『
そのため学生たちの『
だが学生たちの中には『朝槻真守は
そのため現状、朝槻真守の力の一部を制限している状態なのだが、今回においてはそれはどうでもいい。
朝槻真守がAIM拡散力場に接続されている、という事実が重要なのだ。
そのためAIM拡散力場の方向性をAIMジャマーで操作すれば、朝槻真守をあらゆる方法で機能停止に追い込む事ができる。
これで
それと並行して、垣根帝督がAIM拡散力場によってネットワークを形成した人造生命体群にも同様の方法でハッキングをする。
そしてフレメア=セイヴェルンに垣根帝督が貸し与えているカブトムシの制御を奪い、フレメア=セイヴェルンの恐怖を助長させる形で彼女にヒーローへと助けを求めさせる。
カブトムシ単体は人工知能程度の思考ルーチンしか持たないため、制御権を奪った後操作するのは容易である。
これに基づいて組み上げた策で、本作戦は実行される。
成功確率は極めて高く、この学園都市のヒーローをボタン一つで制圧することが可能となる。
──────…………。
「あら。随分とかわいくなったのね」
誉望に声を掛けられ、真守の自宅にやってきた
ぷくぷくとしたほっぺに、真守らしいあどけない顔つき。
そして幼女ながらも少し盛られている胸に、垣根が
そしてその近くには、同じように垣根が造り上げた真っ白な防寒具が置いてあった。
「最初見た時、彼に幼女趣味があるのかと思っちゃった」
「か、かわいいっ朝槻さん、すごくかわいいですっ!!」
「さ、触ってもいいですか……?」
「だいじょうぶだぞ。感覚もちゃんとあるからな」
真守がグッと小さなおてての親指を立てると、弓箭は目を輝かせたまま真守のぷくぷくとした頬にふにっと触れる。
「ちっちゃい朝槻さん……っかわいいっ抱きしめてもいいですかっ?」
「やさしくがいいな」
真守が要望を口にすると、弓箭は真守を抱き上げる。
そして真守のことを腕の中に閉じ込めて、優しくぎゅーっと抱きしめた。
「か、かわいいっ本当にかわいいですっ連れて帰りたい……っ」
「そんなことしたら彼が激怒するわよ」
注意する
真守がかわいすぎるのだ。ちまっとしているし、何より幼女特有のあどけなさがある。
「誉望さん、見てくださいっ朝槻さん、とってもかわいいですよ!」
テンションが上がった弓箭が抱っこしている真守を誉望に見せると、誉望は思わず手元の『
「確かに今の朝槻さんなら、この庇護対象にも当てはまりそうだな……」
「当然ですよっだってこんなにかわいいんですもんっ!」
弓箭は感極まった様子で、真守の頬に自分の頬をすり寄せる。
すると少しして、上条と連絡が終わった垣根が通話を切ってぱたんっとケータイを閉じた。
「上条がフレメア=セイヴェルンの位置を特定した。どうやら浜面仕上が持たせていた防犯ブザーが役立ってるらしい」
垣根が言うには、上条は第三学区で土御門と対峙した後、『
上条はフレメア=セイヴェルンを助けるために、とりあえず彼女がおそらく所属しているであろう学校と寮がある第一三学区に向かった。
その途中で、上条は黒幕の薬味久子の使いである恋査と敵対している浜面仕上と黒夜海鳥に遭遇。
恋査はサイボーグであり、どういう原理か分からないが
能力勝負でなら上条当麻に確実に勝ち目がある。
だが恋査もバカではなかった。
機械製の肉体を駆使した肉弾戦。それによって生身の上条は押され、封殺された。
だが黒夜の横やりが入った時、何故か恋査は内部から瓦解した。
何が起きたかよく分からないが、上条は負傷した浜面からフレメア=セイヴェルンの持っている防犯ブザーのGPSを特定できる携帯電話を借りて、彼女のいるであろう『
「とりあえず俺たちもフレメア=セイヴェルンの保護に向かう。フレメアが『収穫』されたらチェックメイトだからな」
垣根が『スクール』に指示を出すと、『スクール』の面々は頷いた。
「かきね。わたしも行く」
真守は弓箭に降ろしてもらって、垣根の前にちょこちょこ歩いてきて決意の表情を見せる。
「このからだでAIMかくさんりきばを操るのはすこしたいへんだけど、源流えねるぎーはちゃんとつかえるし、そこから電気とかじゅうりょくとかも生み出せる。ぜったいに足手まといにならない」
「ったく。お前は連れて行かないっつっても勝手に行くからな。離れるんじゃねえぞ」
垣根は誉望に防寒具を取ってもらって真守に着させると、ひょいっと抱き上げた。
「むぅ。じぶんで歩ける。能力つかえばかきねたちにちゃんとついていけるぞ」
「そんなことしなくていい。お前のことは俺に任せろ」
垣根は随分と小さくなった真守のことをしっかり抱き上げると、『スクール』の面々に告げる。
「行くぞ。散々コケにしてくれたヤツらをぶっ倒す」
垣根の号令で『スクール』は動き出す。
そして、真正存在である
第一三学区『
事態を収拾するために。立ち上がる。
今回の話で無事、累計が二〇〇話を超えることができました。
ここまでお読みくださった方々、ありがとうございます。
お気に入りや評価・感想なども、とても励みになっております。
これからも変わらずに更新を続けていきますので、今後とも『とある科学の流動源力』をよろしくお願いいたします。