次は八月一七日水曜日です。
ヒーローとして立ち上がったフレメア。
真守はそんなフレメアの肩に触れて、
そしてフレメアとパスを繋ぎ、真守はフレメアと一緒にキッと虚空を睨んだ。
そこには、薬味久子がいた。
AIM拡散力場に濃淡コンピュータを当てはめ、自身もAIM思考体となり果てて、自らを『深化』させた統括理事会の一員。
『
だが薬味久子の本当の目的は、AIM思考体へと深化させることだったのだ。
彼女は医療の専門家だった。
長寿・延命・不老不死。
それらを医療の最終到達地点として人々は連想するだろうが、薬味にとってそれはだらだらと生きる意味のないものだった。
薬味久子はまだ見ぬ高みへと昇りつめたかった。
何を見たら満足するかは分からない。
だがきっと想像を絶するものを見れば、その時に満足するのだろうと、薬味はなんとなく思っていた。
それが自分の破滅を引き起こす事だとしても。
一瞬。一瞬でも高みへと至れれば、それで満足なのだ。
だからフレメア=セイヴェルンが邪魔だった。
自分のことを繋ぎ留める最後の
恋査は
だからフレメア=セイヴェルンを殺害できる。
その時を待ちわびていた薬味久子は、フレメア=セイヴェルンと本来の姿をした朝槻真守が自分と同じ場所に立っていると悟った。
空間に亀裂が走り、闇が光によって振り払われる。
(『
朝槻真守は人々を先導し、ヒーローの素質を最大限に発揮させることができる。
薬味久子の敗北は。
真守のことを完全に無力化できなかったことに理由があった。
そして本物のヒーローたちを甘く見ていたことに、原因があったのだ。
「お前は人間を舐めすぎだ」
朝槻真守は自身を深化した薬味久子へと、鋭い声を叩きつける。
「お前はこの街の子供たちの力強い『
真守は自身の所属する高校の冬服のセーラー服に身を包み、目線が近くなった薬味久子のことを睨みながら、告げる。
「『
何故自分と同じ場所に、力を封じられた朝槻真守とフレメア=セイヴェルンが立っているのだろうか。
薬味久子は真守の鋭い声を聞きながらも、深化した存在として高速で情報を整理する。
濃淡コンピュータは流体の動き全体を使って高速演算を実行する方式だ。
いま、薬味久子はAIM拡散力場を濃淡コンピュータにしている。
それならばAIM拡散力場を操れる人間には操れることになってしまう。
そしてAIM拡散力場とは
だからこの学園都市で能力開発を行われた学生が気づきさえすれば、今の薬味久子に干渉することができるのだ。
その中でも薬味久子の最後の
そしてフレメア=セイヴェルンを媒体とすれば、力を封じられている朝槻真守だって干渉できるのだ。
フレメア=セイヴェルンを『
そう思った時、薬味久子の意識にノイズのような痛みが走った。
顔がないのに顔をしかめる薬味久子の頭に、ぼんやりとしたものが浮かび上がる。
『先生……』
どこかの真っ白な病室。
そのベッドに横たわっている子供。
薬味久子はその子供が誰なのか分からない。
顔が包帯やチューブで
本当にまったく知らない、一度だって会ったことのない誰かなのだ。
そんな誰かは、うっすら笑っている。
純粋無垢に、今の薬味久子が持ちえない全てを持って、彼は笑っている。
『人間ってさ。本当に、先生が言っているみたいに強く気高いものなのかな……?』
薬味久子は自分の顔に、思い切り手の平を打ち付けた。
こんな光景を自分は知らない。
だからフレメア=セイヴェルンと朝槻真守の仕業だと、薬味久子はすぐに気が付いた。
どこかの誰かの記憶をランダムに流し込んできているのだ。
データそれ自体に意味はない。
それでも上書きを繰り返さされば、薬味久子という深化存在は修復不可能なレベルにまで塗り潰される。
「そんなことが目的じゃない」
真守は何も分かっていない薬味久子に告げる。
「言っただろう、お前は人を理解していないと。自分勝手な欲望ばかりを叶えようとしてるから、周りが見えていないんだ。本当に大事なものは他にある。世界の真理なんてヤツよりも、大事なものは他にある」
真守は純然たる事実を口にして、当たり前すぎて誰もが忘れてしまっている小さくて偉大な『奇蹟』について口にする。
「人が人を想うこと。それが一瞬の奇蹟であり、それこそが煌めきなんだ」
他人のことを想うこと。
誰かを愛すること。
当たり前のことだ。
だが本来ならば。自分ではない他人を想うことは奇蹟に近いことなのだ。
何故なら相手は明確に違う生き物で。
生きてきた環境も違えば、経験してきた全てだって違う。
ただ人であるということが共通しているだけで、その心も身体的特徴も全く別のものだ。
それは遺伝子からしてまったく同じ人間がいないから当然のことだ。
それなのに人は相手を想うことができる。
犬猫など、全く違う種である動物にだって感情移入をして、人間は愛することができる。
他者の事を慈しむ。
それこそ、人間として完成された朝槻真守が一番尊いものだと思っていることだ。
だから真守はその想いによって、世界をよりよく便利にするために作られたものを愛する。
それに価値を見出す。
思念波で想いを告げた方が遥かに楽なのに、携帯電話を使って想いを伝えるのはそのためだ。
「深城は誰にも言われなくても分かっていたぞ」
真守は当たり前のことを当たり前だと
「あの子は私のことを愛してくれた。何も強要されてないのに、誰にも教えてもらってないのに、私を愛してくれた。あの子は人を愛することが、想うことが一番尊いと分かっていた」
源白深城と会った時。朝槻真守は真っ白だった。
人に興味がなかった。
それは心を閉ざしていたのではないく、人に心を配るという意味が分からなかったのだ。
そんな怪物じみた朝槻真守に、源白深城は笑いかけてくれた。
喜びも悲しみもその意味を理解していなかった朝槻真守に、人との付き合いすら理解できなかった朝槻真守に──神さまのように真っ白な存在に、全てを教えてくれた。
「深城は愛してる」
真守はAIM拡散力場を、人間のさまざまな想いを自身の体と認識していても、
「深城は信じてる。私を、この学園都市のみんなを。全員の行く末を見守っている。みんなの幸せを願ってる。優しい人たちの中で、私がいつまでも幸せに暮らせることを祈ってる!!」
真守は薬味久子を断じる。
「お前はあの子とは違う。深城が当然として分かっていることを全く理解していないお前に、深城と同じことができるはずがない!」
薬味久子は本能的に恐怖した。
圧し潰される。
この清らかで純粋無垢で煌めきを放っている人の想いを、自分は受け止めきれない。
こんな眩しすぎるものは見ていられない。
だから薬味久子は、こんなものを体と認識して愛している源白深城が化け物に思えた。
「お前と深城は違う。だからたったそれだけの祈りや願いで圧し潰されるんだ!!」
真守は自分が手を肩に置いていたフレメアの名前を呼ぶ。
「フレメア!」
「にゃあ!」
フレメアは真守に名前を呼ばれて返事すると、薬味久子を睨みつけた。
「大体、こんな簡単なことを理解していないあなたに、私たちの幸せを邪魔なんてさせない!!」
フレメアは自分の大事なものを守るために、薬味久子に立ち向かう。
そして真守は声を上げた。
「深城の中から出ていけ。そして自分を見つめ直せ、人間!!」
真守はフレメアの協力を得て、薬味久子の存在をAIM拡散力場から弾き飛ばした。
濃淡コンピュータである薬味久子は再びどこかへと宿るだろうが、AIM拡散力場という強力なものから弾かれた行く先はたかが知れている。
そして真守とフレメアは、現実へと帰還した。
「ふれめあ。ありがとう、わたし一人じゃむりだった」
真守が現実に戻ってきて舌足らずな声で告げると、フレメアは頷いた。
「にゃあ、私もありがとう。ヒーローになれたのは、あなたのおかげだから!」
そんなフレメアと真守の前で、垣根帝督は圧倒的な物量で恋査を圧倒した。
真守の力の
ましてや世界を組み替えることができるようにチューニングされている真守以外で、その力を本当の意味で使いこなす事など不可能なのだ。
「ここで負けるわけにはいかねえんだよ……っヒーローとしてオレたちのことを助けるのに間に合わなかったアンタたちなんかにィ!!」
恋査
圧倒的な『闇』の前で折れそうになった時、薬味久子が恋査として生きる道を教えてくれたのだ。
だから恋査となった人間は何を
垣根は、圧倒的な『無限の創造性』を前にして叫ぶ恋査を睨みつけた。
「さっき真守が言っただろうが」
垣根帝督は朝槻真守がフレメアに告げたことを、そっくりそのまま告げる。
「ヒーローは待ってるモンじゃねえ。資格があろうとなかろうと、自分が
垣根は恋査の体に純白の翼を叩きつけて、真っ二つにした。
しかもその
「もうこのクソサイボーグの体は使えねえが、これでも一応死なねえように気を使ったぜ」
垣根はそう告げながら
「……コイツも色々あったと思う」
上条はバチバチと電気を散らしながら、沈黙している恋査に近づいた。
「でも朝槻や垣根が言ったように。一番助けたかった誰かを助けられる方法を考えて考えて。……そして足掻いて、俺たちが間に合うまで抗えばよかったんだ」
上条の言葉を恋査は機能停止していく思考の中で聞いていた。
だが何も応えることができないまま――恋査は沈黙した。
──────…………。
垣根と真守は第一三学区にある、薬味久子の根城である大学付属病院に来ていた。
「体内構造を能力者と同一にすることで能力の噴出点として体を機能させ、その人間の能力を使用できる、か。良くできてるじゃねえか、恋査ってのは」
垣根は薬味が所有していた恋査という、維持費が高すぎて学園都市に一体しか用意できない、サイボーグについての資料を声に出して読む。
「のうりょくは人にやどる。魂にやどる。じがに宿る。ほんらいならば、他人ののうりょくを借りうけることなんてできない」
真守はテーブルへと、頑張って背伸びをしながら告げる。
そのテーブルの上には、透明な円筒形の透明な容器が並べられていた。
中にはぶよぶよとした赤黒い小さな塊が入っている。
それは、人間の視床下部だ。
「ふつうは無理なのに、れんさはたにんの能力をかりうけられる。のうの視床下部いがいをせつじょし、すべてを機械におきかえることによって、それができるようになっている」
命の最小単位。そこまで人を削ることによって、人は他人と同等の存在になれる。
恋査は生物学的にはほぼ人間だ。
だが体の
真守の目の前に置かれている視床下部だけにされた人間が入った容器には、番号が振られている。
それは#030から#40と書かれており、真守は手に#28と#29と書かれた容器を持っていた。
それは浜面と黒夜を襲った人物のものと、垣根帝督と音速戦闘を繰り広げた人物のものだ。
真守は垣根と一緒に、後始末としてひそかに回収していた。
そして頑張って背伸びをして、真守は丁寧に#28と#29をテーブルの上の列に加える。
「その視床下部ですら恋査にとっては消耗品だ。だからストックされてやがるんだな」
視床下部だけになれば、当然として思考もできなくなる。
そんな彼らを視界の端にとらえたまま、垣根は資料を読み進めていく。
「れんさはみんな、こうならなくちゃいけないように追いこまれたひとたちなんだな」
真守は薬味久子関連でハッキングを仕掛けて、片っ端から恋査の中の人間たちを探していた。
だがそこにはあまり情報はなかった。
情報を消去しなければならない程に、恋査の中身になっていた人々は追い詰められていた。
「……真っ当じゃねえ。でもこいつらにとっては、薬味久子は救済だったんだな」
垣根は未だネットワークが断裂しているとしても、高性能な人工知能として機能しているために情報収集ができるカブトムシたちへ、手動で命令を出しながら真守を見た。
「で、どうするんだ? いまの技術じゃこいつらをもう一度思考できる人間にはできねえはずだぜ」
垣根が問いかけると真守はトテトテと歩いて、ぎゅっと垣根のズボンの
「かきね、おねがいだ。かきねの『むげんの創造せい』であのひとたちをたすけてほしい」
垣根帝督ならば、彼らに恋査というサイボーグではなく、新しい体を与えることができる。
その体を用意することは簡単だ。何故なら視床下部という命の最小単位があるためだ。
生命の神秘を創造するという、まったく新しい未知の生物を造り上げるよりも。
真守の望む命が宿っていない空っぽの体を造ることよりも。
ただの体を用意する事は、
「しょうがねえな。お前の頼みなら聞いてやる」
垣根は小さく笑うと、ちんまい真守を抱き上げる。
「どん底に落ちたヤツでも俺が救ってやるよ。お前のためなら、らしくねえことをやってもいい」
「ふふ、とてもこころ強いな」
真守は垣根にぎゅーっと抱き着く。
そんな真守のいつもより小さい背中を垣根は撫でながら、目を柔らかく細めた。
「恋査については後始末が終わったな。後はお前が弾き出した薬味久子をどうするかって話だが」
「うむ。やくみひさこをついせきするならば、まずはもとの体にもどらないとな。ていへいさんたちとよぼうたちが合流してからけっこう経ってるから、AIMじゃまーの方はなんとかしてくれたはずだし」
朝槻真守はAIMジャマーと呼ばれる、能力者のAIM拡散力場をかく乱する装置を応用することで、その動きを止められていた。
つまりAIMジャマーをなんとかして対策を構築すれば、元に戻ることは可能なのだ。そしてきちんと対処すれば、これ以降AIMジャマーの脅威にさらされることもなくなる
「いま帝兵に指示を出してハッキングに対抗できるようにネットワークを
垣根の言葉に、真守は小さくてかわいらしいまゆをひそめた。
「やくみひさこをはじき飛ばしたし、AIMじゃまーもなんとかしてる。たぶん、みしろはもうおきるとおもうんだけど……家にかえるの、きがのらないなあ」
「? なんか不都合でもあんのか?」
垣根が少し嫌そうにしている真守の言葉に首を傾げていると、真守はそっと目を逸らす。
「かきね、みしろはひかえめに言ってもわたしをあいしてる。わたしのことがぜんしん大好きなみしろがいまのわたしをみたら、どうなるとおもう……?」
「あ」
垣根は思わず声を上げる。
真守は現在、幼女の姿をしている。
ぷくぷくとした頬に、あどけない表情をしている。
それは大変かわいらしいのだ。
そして真守大好き人間である源白深城が、どこからどう見てもかわいい幼女真守を見たらどうなるか。
それは想像に、