とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第二一話投稿します。
次は八月二七日金曜日です。



禁書目録篇:下
第二一話:〈喧嘩上等〉から始まる交流


「……で、なんだって? 完全記憶能力で覚えた一〇万三〇〇〇冊の知識が脳の八五%を占めていて記憶を圧迫している? だから一年ごとに記憶を消さなきゃいけない──だと?」

 

真守はつまらなさそうに告げながら、足元を睥睨(へいげい)する。

 

真守は現在、人の上に座っていた。

人というのは二人であり、それはステイル=マグヌスと彼の仲間の神裂火織だ。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件が収束した後、真守は垣根と冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と共に置き去り(チャイルドエラー)の子供たちを救う手はずを整えていた。

 

その翌日。掲示板の騒ぎが収まったのを確認してから真守が夕方に上条とメールで約束した通りに小萌先生の家に顔を出すと、昏睡状態の上条とそれを悲しそうに見つめているインデックスがいた。

 

真守が上条に連絡した時、上条は『夜に銭湯に行ってくる』とメールしてきていたが、その銭湯に行く最中に襲われたらしい。

 

襲撃してきた魔術師がインデックスを『回収』していないので近くにいると踏んだ真守は、監視カメラにハッキングを仕掛けて彼らを探した。

 

上条を襲ったのにインデックスを『回収』しなかった理由を聞きたかったのもあるが、単純に()()である。

 

真守が二人を見つけて接触すると、二人は妙な事を(わめ)いてきた。

話をするためにはコテンパンにした方が手っ取り早いと思った真守は戦闘を開始。

 

結果、二人の魔術師は真守に完敗した。

 

そして現状、二人は地面に這いつくばって鏡餅のように重ねられて、真守に上から乗られているのだ。

ちなみに神裂火織がステイルの下である。

戦った男女の内、女性を男性よりも(おもんぱか)る気持ちなんて真守には欠片もなかった。

 

「ありえません……聖人の私についてこれる人間がいるなんて、ありえない……」

 

『聖人』というのは生まれた時から神の子に似た身体的特徴や魔術的記号を持つ人間の事だ。

神の力の一端をその身に宿しており、人間を超えた力を使う事ができる彼らは、世界に二〇人といない貴重な人材らしい。

 

「だから何度も言っているだろうが。私は自分で生成したエネルギーで身体能力にブーストをかける事ができる。お前は人間の限界を超えた力を持つが、体が脆くて全力を出せない。私は人間の限界を超えた力を、身体機能を補助するエネルギーを同時に生成する事によって十全に扱える。どちらが勝てるかなんて目に見えているだろう」

 

「だから……っなんでそんな高速戦闘を可能にしながら、衝撃波やら光線やら電撃やら撃てるんだよ……っ! おかしいだろぉが!!」

 

神裂が悔し混じりに語気を強めるが、負け犬の遠吠えなんて怖くない。

 

「私の演算能力は並列処理に長けていてな。それくらい朝飯前だ。ちなみにお前らの事を源流エネルギーだけで圧しても良かったんだが、それだと私の力が示せないから数種類のエネルギーをわざわざ使って、私の強大な力を演出してやったのだ。ありがたく思え」

 

真守がケロッと答えると、ステイルが唸るように呟く。

 

「こんな人間がゴロゴロいるなんて……学園都市の能力開発はやっぱり凶悪過ぎる……!」

 

超能力者(レベル5)は私を含めて八人しかいないから大丈夫だぞ」

 

真守は軽い口調で呟きながら、二人の上で足を組んで自分の膝に肘を乗せる。

 

「……で、だ。お前たちがイギリス清教に騙されている話をしようか?」

 

「……騙され、……?」

 

神裂が真守の言葉の意味が分からないと顔をしかめると、真守は懇切丁寧に説明をし始める。

 

「まず、脳というのは様々な機能がある。言葉を話すための言語野、運動をするための運動野、そして記憶野……そういう風に部分部分で違う機能を持っているんだ。ここまでは分かるか?」

 

「……ええ」

 

「では質問だ。その八五%というのは記憶野の中での八五%か? それとも脳全体の八五%か?」

 

「……いや、あの。それは……、」

 

真守はしどろもどろになった神裂の様子を見て、大きく溜息を吐いた。

 

「答えに詰まる時点でアウトだ。お前たちは脳の構造を全く理解していない。イギリス清教の言葉を鵜呑みにしているだけだ。そして更にお前たちに現実を教えてやろう。完全記憶能力は生まれ持った体質で、お前の聖人という(たぐい)と同じモノだ。聖人は力を引き出せば体が悲鳴を上げるそうだが、完全記憶能力は違う。何から何まで覚えるだけで、その記憶が脳を圧迫する事なんてありえない」

 

「……な、んだって?」

 

ステイルが真守の説明に唸り声を上げる。真守は人差し指をピッと立てて説明を続ける。

 

「人間の記憶というのはエピソード記憶や意味記憶など、数種類にも分けられるんだ。ここまでは分かるか?」

 

「えっと……すみません、そこからよく分かりません」

 

「じゃあ例を挙げてやろう。代表的なのはエピソード記憶。ご飯何食べた? とか、誰と話した? みたいな個人が日常的に経験した記憶だ。で、意味記憶。これが知識、つまりインデックスが一〇万三〇〇〇冊を覚えている部分だ。これらはまったく別の意味を持った記憶という事だ。ここまで説明したら理解できるだろう?」

 

「……それは、科学的根拠があるんだな?」

 

ステイルが一応真守に確認を取ると、真守はそれを不快に思わずに頷く。

魔術師に突然科学を説いても、理解しがたいと分かっている。

真守はステイルと神裂が自分の話を聞こうと押し黙るので、言葉を続ける。

 

「では、記憶の種類が全く違うという事が分かる良い例として、記憶喪失を挙げよう。お前たち、こうやっていつも戦闘するだろう? だったら戦闘で記憶が飛んだこともあるんじゃないのか? お前たちじゃなくてもいい。周りで記憶喪失になった人間はいるか?」

 

「……いる。自分が誰か分からなくなった人間なんて山ほどいるよ」

 

ステイルが彼らの事を思い出して悔しそうな顔をしているので、真守は頷いた。

 

「そうか。じゃあそいつらは赤ん坊に戻ってしまったか?」

 

「どういう意味だい?」

 

ステイルが真守の言っている意味が分からずに首を傾げる。

 

「記憶が一種類ならば記憶喪失になるとすべて忘れてしまう。それは生まれた時に戻ってしまう事になるんだが、記憶喪失者は赤ん坊になっているか? 自分の名前やらを忘れてしまっただけで、食事も摂れるしトイレにだって行ける。全部忘れてしまうなら食事を摂る必要性も、用を足す意味すらも忘れてしまうハズなのに」

 

「……つまり、そこからでも分かる通り記憶が一つではないと?」

 

「そうだ。だからまったく種類の違う記憶を消したって意味がない。日常生活の記憶が知識の記憶を圧迫するなんてありえない。それと、意味記憶に詰め込める知識はざっと一四〇年分だからな。インデックスはまだ一四、五歳。まだまだ全然、余裕があるという事だ」

 

真守が一通りの説明をすると、ステイルは呻くように呟いた。

 

「じゃあ、なんであの子は記憶を僕たちは消さなくちゃならないんだ?」

 

真守はその問いに簡潔に答えた。

 

「決まっている。逃げないようにするためだ」

 

「逃げないように?」

 

呆然とするステイルに、真守は上層部の思惑を推察しながら告げる。

 

「逃げ出さないための()()という事だ。一年ごとに記憶を消去するという事は、一年に一回手元に引き戻して管理できるという事だ。それに記憶を消せばインデックスは味方であった人間を忘れるから、誰かに助けてもらいたいと思って知り合いの下へと逃げ出す心配もなくなる。だから一年で記憶が圧迫されるように魔術をかけられているんだ。魔術ってのはある意味万能なんだろう? だったら人の記憶を縛る事なんて簡単だろうが、違うか?」

 

「で、では……あの子を管理する、たったそんな目的のためだけに、私たちはあの子の記憶を消さなければならなかったのですか!? そんな事のためにあの子は一年に一回苦しみを味わわなければならなかったなんて!!」

 

神裂はステイルに下敷きにされながらも拳を地面に振り下ろす。ドン、という音と地面が地割れする感覚がステイル越しに響いたので、真守はその憤りを受けて目を細めた。

 

「お前たちは騙されていたという事だな」

 

「あの女狐……事情を聞いたら僕たちがあの子を守るって知っていたから黙ってたんだ!!」

 

あの女狐というのがどの女狐か真守は分からないが、彼らのトップに違いないのだろう。

真守はその女だけではなく、イギリス清教の方針について推察する。

 

「イギリス清教というのは、政治を絡めた組織なのだろう。要は人を駒のように動かす連中だ。自分の利益になるように駒には必要以上の情報は与えないし、必要なら嘘も教える。学園都市も、イギリス清教も根っこは同じだ。私は上層部の汚さを良く知っている」

 

真守は学園都市上層部に超能力者(レベル5)に認定されていない。

超能力者(レベル5)として統括理事会に承認されそうになったのを受けて、真守が暴れ回って抵抗してその承認を取り消させたからだ。

 

だから彼らにとっては真守は八人目の消えた超能力者(レベル5)であり、事実上の制御不能状態である。

制御不能状態ならそのまま放置しておけばいいのに、彼らは真守に利用価値があると知っているからちょっかいを出してくる。

 

利用するために超能力者(レベル5)に承認しようとするが、それを本人に拒絶されて抗われても上層部はあの手この手で利用しようとする。

 

上層部のなんでも利用できるなら利用するという方針を知っている真守だからこそ、違う組織であってもトップが腐っている事を真守は容易に想像できた。

 

「あの子の記憶を消さなくていいのであれば、記憶を消したくありません……っ!」

 

神裂が歯噛みしていると、その上でステイルが声を荒らげた。

 

「だが僕たちには術がない! イギリス清教、必要悪の教会に所属している以上、上層部には逆らえない……っ!!」

 

真守はその二人の嘆きを聞いて楽しそうに微笑んで提案した。

 

「ほう。それならば私たちがインデックスを助けてやろう。お前たちはそれを止められなかったという(てい)にして、密かに私たちに協力すればいい」

 

「……はい?」

 

神裂が真守を見上げるが、真守は報復が楽しいとでも言うようににやにや笑っていた。

 

「反旗を(ひるがえ)したという事実を隠蔽(いんぺい)しろ、と言っているのだ。それにお前たちは上層部を脅せる立場なんだぞ。『なんで隠していた、公表してやる!』とな。しかるべきところに申し出れば、上層部の数人の首をちょん切れるだろうなあ」

 

「そ、それは……そうですが」

 

いきなりアグレッシブな事を言い出した真守を見上げて、神裂は若干引き気味になりながらも頷く。

 

「お前たちは騙されていた憤りを発散できて、インデックスは救われる。それなら全て丸く収まる。それでいいじゃないか、簡単だ」

 

「ですが、具体的にどうやって……」

 

真守はそこで悪巧みを明かす事ができると笑みを深くして、ステイルと神裂の上から退いた。

 

そして振り返ると、ステイルと神裂に救いの手を差し伸べた。

 

「忘れたか? こっちにはどんな異能も打ち消せる右手を持った男がいるんだぞ?」

 

ステイルと神裂は目を見開く。

 

上条当麻。

彼の右手にはあらゆる異能を打ち消す能力、幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿っている。

その右手を使えばインデックスを助けられる。記憶を消さなくて良くなるのだ。

 

真守はステイルの手を引っ張って立ち上がらせて、神裂にも手を差し伸べる。

 

「では()()()()大切なあの子を助けに行こう。それが私たちにはできる。できるならばやらないに越した事はない」

 

神裂は震える手で真守の手を取った。

真守はその手をしっかりと握り締めて、神裂を立ち上がらせた。

 

眩しい笑顔で、頼もしい表情だった。

自分のするべき事をきちんと見据えた、決意の光を瞳に宿していた。

 

その救済の手は、小さいながらも温かった。

 

「お前たちがインデックスの事を想っているように。インデックスもお前たちの事を想っていた。お前たちも嫌われたままなのは嫌だろう? だから全てを話してインデックスを救おう。インデックスはお前たちを忘れたくなかっただろうし、私や上条の事も忘れたくないはずだから。……だってな」

 

真守は二人を優しく見つめながら寂しそうに微笑んだ。

 

「変わる事を恐れているあの子は、大切な記憶を失って変わってしまう事が何よりも怖いハズだ。私はインデックスに怖い思いをさせたくない」

 

それは懇願(こんがん)の様だと、二人は思った。

頼むからインデックスを助ける事を手伝ってほしい。インデックスに悲しい想いをしてほしくない。だから手伝ってほしい。

お前たちの力が必要だと、憤るお前たちこそが救うべきだと。

 

強大な力を持つこの少女が、助けたい一心で自分たちに願い出ている。

 

ステイルと神裂はその願いを受け入れた。

 

そしてインデックスを救うために行動を開始した。

 

 

 

 

──────…………。

 

 

 

インデックスは真守の優しく諭すような状況説明を静かに聞いていた。

 

「そっか。私はあなたたちの事を忘れさせられちゃったんだね」

 

真守の説明を受けて、インデックスは悲しそうに呟く。

真守がインデックスを慮って握っていた手に、自然と力が入る。

 

インデックスは自分を追って襲撃を仕掛けてきた二人を見つめて悲しそうに微笑む。

 

「忘れたく、なかったよ」

 

インデックスの一言にステイルと神裂は顔を悲痛に歪ませる。

 

「とうまの事も、まもりの事も。こもえの事も、忘れたくないよ……っ」

 

インデックスが忘れる事に恐怖を覚えて目を潤ませる。

真守はインデックスの手をぎゅっと握った。

 

「大丈夫だ、インデックス。私たちには上条がいるからな。魔術なんて打ち消せて、それで全て丸く収まる」

 

「ほんとう?」

 

「上条を信じろ」

 

「……うんっ。でも……とうまは……」

 

インデックスが悲しそうに布団に眠っている上条を見つめた。

 

上条当麻は重症だった。

昨夜、神裂火織と戦って重傷を負って昏睡状態なのだ。

上条を傷つけてしまった事に神裂が罪悪感を覚えていると、真守は神裂を見た。

 

「上条だって分かってくれる。大丈夫」

 

真守がそっと勇気づけてくれるので、神裂は控えめに頷いた。

 

「こいつは後二日もすれば意識が戻るだろう。エネルギーの流れからそう読み取れる。タイムリミットは七月二八日の午前零時だろう。それまでには起きるから問題ない」

 

真守は上条を柔らかな目で見つめながら頷く。

そして、気まずそうにしている神裂とステイルに視線を移した。

 

「さて。お前たちはそれまで()()()だ」

 

「「え?」」

 

ステイルと神裂が真守の『お勉強』という言葉を聞いて固まった。

 

「イギリス清教をぎゃふんと言わせるために、脳の構造について理解してもらうぞ。じっくりきっちり教えてやるからな!」

 

真守が瞳を輝かせて自分たちに迫ってくるのを見て、『スパルタ教育!?』と恐れおののいた二人だったが、真守の懇切丁寧な説明を聞いて二人は脳の構造について深く理解する事ができた。

 

頭が良くて面倒見が良くてすさまじく強いとか万能人間か? と思った二人だが、話していると年頃の娘らしく拗ねたり冗談を口にするので、ぎりぎり人間味は感じられた。

 

それでも規格外なのは変わらない、と二人は心の中で思っていた。

 

 




統括理事会で承認されるという事は既に精査されているという事で、真守ちゃんはそれに気づいて承認されて利用されるのが嫌で暴れ回って承認を取り消させました。

それによって真守ちゃんが超能力者として承認されるはずだったと噂になり、研究者の間で八人目の消えた超能力者として定着しました。


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