とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第四七話、投稿します。
次は九月一五日木曜日です。
※諸事情により、次回更新は九月一九日月曜日です。


第四七話:〈超常存在〉は手を差し伸べる

魔神オティヌスの限界は、すぐにやってきた。

 

何故ならどんな異能も打ち消す右手を持つ少年に、『無限の創造性』を持つ少年、そして人間の正当な進化を経た 神人(しんじん)が相手なのだ。

 

分が悪いにもほどがある。

 

不利になる(たび)に魔神オティヌスが世界を造り変えて真守が対応するという回数が一〇〇三一回を超えた時、魔神オティヌスの頭の奥が軋みを上げた。

 

その軋みは亀裂となり、頭痛となって魔神オティヌスの体の中を掛け巡った。

 

「……ぐっ……!!」

 

魔神オティヌスは歯を噛みしめて、その痛みに耐える。

 

分かっていた。こんなのに勝ち目はない。

それでも、魔神オティヌスは穏やかな場所で生きたかった。

形も何も見えない場所へ、それでも温かい場所へと帰りたかった。

 

訳も分からないのに、何故か帰りたいと思っていた。

 

だが。それは、一体どこにある?

帰る場所など、どこにあるのだ?

ないなら、造るしかない。

 

だから元の世界を捨てて、魔神オティヌスは次の世界を求めた。

そして結局元の世界とそっくりそのままの世界を創って、つい最近まで平穏な暮らしをしていた。

 

だが。それでも納得できなかった。

なんだか違和感がぬぐえないのだ。

穏やかな暮らしをしているのに、完璧な世界を作ったのに。

 

なんとも言えない寂寥(せきりょう)感と不安感が、体を駆け巡る。

心がざわつき、じっとしてなんかいられない。

平穏な生活をしているのはずなのに。自分の求めた完璧な世界を造り上げたのに。

 

心はちっとも、平穏ではないのだ。

 

漠然とした不安が、影のように自分を追う。

だからオティヌスは、魔神の力を取り戻そうとした。

その過程で様々なことがあった。オッレルスが自身を心の底から憎むまでにも至った。

 

それでも止まるわけにはいかなかった。

 

何故なら、欲しかったから。

穏やかな日常が、欲しかった。

どうしても渇いてしまうこの感覚から逃げたかった。

 

渇望(かつぼう)。この感情を、ただただ満たしたかった。

 

だが。結果はこれだ。

自らが生み出した世界で生まれた存在が、自分の前に立ちはだかった。

 

多分、ツケが回ってきたんだろうとオティヌスは思った。

世界を自分の思うままに操って、造り上げて。こねくり回した、身勝手なツケが。

結局、自分が漠然と思っていた帰りたい場所など。どこにもないのだ。

それなのに、目の前の少年少女には。帰る場所がある。

 

「………………帰らせなど、しない……」

 

魔神オティヌスは劣等感に苛まれたまま呟き、そして目の前の神さまを睨んだ。

自分とは違い、自分の居場所を手に入れた神さまを。

憎き、神さまを。

 

「絶対に帰らせはしない!! 私が手に入れられなかった場所に、帰らせることなんてさせない!!」

 

魔神オティヌスは悲痛にも似た叫び声を震わせて、槍を構えた。

 

オティヌスの根源である北欧神話のオーディンには、さまざま逸話がある。

 

最初期は、槌の雷神を中心とした信仰が栄えていた。

だがそれでもある時、槍の軍神へと移行した。

魔術の神はトネリコの木へ自ら首を吊り、その身を生贄に捧げることで力を得た。

そして、オーディンとは。立派なひげを蓄えた筋骨隆々の隻眼の老人だったと。

 

およそ目の前の少女とは似ても似つかぬ逸話たち。

だがその逸話は、どれもが事実なのだ。

 

何故なら。

彼女は、何度も何度も世界を造りなおして。多くの逸話を残してきたのだから。

朝槻真守を神と仰ぎ見た存在が、世界が何度も塗り替えられたことで生まれたように。

魔神オティヌスも、世界を何度も塗り替えたのに残った逸話が降り積もっていったのだ。

 

そんなオティヌスの代表的な得物は『槍』である。

 

グングニルと呼称される神槍(しんそう)

その鋭い穂先は黄金色、柄は世界樹と同じくトネリコで作られている。

そして黒小人(ドヴェルグ)の手で作られたベースに主神自らがルーンを刻んだことによって、すさまじい破壊力を持つ。

 

その槍を、オティヌスは躊躇うことなく放った。

手から得物を離すなど愚の骨頂かもしれないが、北欧神話には往々(おうおう)にして投擲した得物は敵を必ず貫いて手元に戻るという逸話がある。

 

だからオティヌスは構わずに槍を投擲した。

その瞬間、世界が粉々に吹き飛んだ。

空間が引きちぎられて、槍が飛ぶ度に『世界』が粉々に砕け散る。

 

そして世界が急速に復元される中、上条当麻は薄く笑ったまま前に出た。

 

「うォおおおおおお────!!!!」

 

上条は拳を固く握りしめて振りかざすと、全体重を駆けて前へ突き出した。

槍は上条の右拳に激突して、真上へ跳ね上げられる。

オティヌスは手をかざして『槍』を手元に引き寄せようとした。

だが上条当麻の右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)が作用して、槍は空中でバラバラに分解して空気に解けていく。

 

「……っ」

 

上条は中指と薬指があらぬ方向へと曲がった右拳の違和感を覚えながらも、笑っていた。

 

上条当麻は素人だ。魔術師のプロが敵ならば絶対に勝てない程の、素人である。

だが魔神オティヌスには勝てる。何故なら真守や垣根帝督と一緒に数えるのも面倒なほどにオティヌスと対峙してきたのだ。

 

オティヌスのことならば、なんでも分かる。

彼女が何を求めているのか、おそらく彼女以上に理解できている。

 

魔神オティヌスは自らの得物を失って、ギリッと歯噛みした。

ブツッと、オティヌスの口の端が切れて血が流れる。

それが合図だったのかのように、オティヌスは自身を基点として巨大な翼のような、華のような。得体のしれない紋様を大きく広げた。

 

それは『弩』という、オティヌスの切り札だった。

 

正式名称は分からない。製法さえも分からない。

だがそれでもいくつか分かっていることがある。

破壊力だけは別格。

そして一度に一〇本もの矢を扇のように番えることができる飛び道具であり。

その弩が放たれれば、あらゆる軍勢を殲滅させるのだと言う。

 

その『弩』の正体とは。『世界』を弦として一〇本の矢を放つというものだった。

 

「面白い」

 

そう言葉を(こぼ)したのは、朝槻真守だった。

 

六芒星を基にした、蒼閃光(そうせんこう)で造られた輝く幾何学模様の転輪。

自分の身長よりも長い、蒼みがかったプラチナブロンド。

六対一二枚の、互い違いの純白と漆黒の翼。

宇宙の輝きを閉じこめたような肢体。それを覆うのは白い豪奢なドレス。

 

神人(しんじん)としての姿を保った朝槻真守は、魔神オティヌスが広げた紋様を見て片手を横へとすいっと薙いだ。

 

億を軽く超える無数の蒼閃光(そうせんこう)で造り上げられた歯車で構成された、蝶の(はね)翅脈(しみゃく)のような後光が、オティヌスの紋様に対抗するように空間を這う。

 

「私がやる」

 

真守は数えきれないほどの純白の軍勢を(たずさ)える垣根帝督と、全ての異能を打ち消す右手を持った上条当麻に告げる。

 

そんな中。

 

魔神オティヌスは唇の端を噛んで、血の味を滲ませながら歯ぎしりする。

世界の軋む音が響く。

そして。世界自体を弩として。

 

魔神オティヌスは一〇発の矢を打ち出した。

 

言葉で言い表すことの出来ない破壊の象徴が降り注ぐ。

だが。朝槻真守はそれを見て、笑っていた。

 

「破壊と創造の権化。私の創世(ちから)を見せてやる」

 

真守が笑った瞬間、世界が焼き切れた。

 

朝槻真守は、創世の化身である。

源流エネルギーとは本来そのようなものなのだ。

存在の消失という破壊の象徴を持ちながらも、この世に存在するあらゆるエネルギーを生成することができるのだから。

 

破壊し尽くして新たな定義で世界を一新する──神。

 

魔神オティヌスの『弩』を、朝槻真守はその一切を焼失させた。

だが魔神オティヌスの『弩』という存在そのものは焼失させなかった。

代表的な技の存在そのものを焼失させると、それはそれで困るからだ。

 

自分の象徴する力を朝槻真守に焼き尽くされた。

 

そして魔神オティヌスは理解した。

存在の消失。

この目の前に立っている少女は、全てを無に帰すこともできるのだ。

 

無に帰す、という言い方すらも適当ではない。

だって始めから無かったことになるのだから。

無に帰るという事実すらなくなるのだから。

 

魔神オティヌスは自身の最大の力を踏破されて、崩れ落ちた。

無慈悲な神さま。公平な神さま。

そして人を導くために試練を与える神さま。

 

魔神オティヌスは自分の前に降り立った、全てを裁く権利を持つ神さまを見ずに俯く。

 

この存在には絶対に勝てない。

いいや、本当は分かっていたのだ。

正統な存在へと進化した人間でありながらも、神さまとして完成している存在に。

所詮、人間のまま未完成な状態で神さまとなった存在は勝てない。

 

「……………………何を、していたんだろうな」

 

永遠の迷宮に閉じ込められた少女は、呟く。

本当に自分は何をしていたのだろう。

世界を何度も造りなおして。人々を振り回して。

自分の欲を押し通し続けて。それでも自分の欲しいものを手に入れることはできなかった。

 

「………………………………本当に……ちくしょう…………」

 

少女は絶望に打ちひしがれて、呟く。

 

「…………………………私の負けだ。だから帰ればいい」

 

魔神オティヌスは打ちひしがれた様子で言葉を紡ぐ。

 

「私にはない場所へと、帰ればいい」

 

そう呟く魔神オティヌスを見下ろして、真守は問いかける。

 

「負けを認めるのか?」

 

真守が問いかけると、オティヌスは笑った。

 

「……それ以外に何がある。どうせこの体はダメだ。分かるんだ。妖精化で失敗一〇〇%を持って魔神として完成した私だが、そのせいで壊れつつある。だから、もう終わりだ」

 

オティヌスの体は限界を迎えていた。

完全な不利の状態でずっと戦っていれば、心が限界を迎える。

しかも即興の応用技に安全性を確保できるはずがない。

だからオティヌスは壊れつつあった。

 

「そうか」

 

真守はそう一言呟くと、俯いてぺたんと座る少女へと、手を差し伸べた。

 

「じゃあ一緒に行こうか、オティヌス」

 

その言葉に。

魔神オティヌスは、頭が真っ白になった。

 

「……………………………………は?」

 

オティヌスが顔を上げて真守を見ると、真守は柔らかく微笑んだ。

 

「一緒に帰ろう、オティヌス。それで罪を(つぐな)って、みんなにごめんなさいをして。それでまた一からみんなで始めよう」

 

救済の女神の微笑み。

それを見たまま、オティヌスは固まった。

 

「………………な、にを……言っている……?」

 

本当に意味が分からない。

理解不能の出来事が起こっていることに、オティヌスは困惑する。

真守はオティヌスの様子を見て、一人呟く。

 

「ふむ。まずは妖精化をどうにかしなくちゃな。確かに体が壊れつつある。……と言ってもオッレルスは結構なオティヌス嫌いだから、オッレルスに言うこと聞かせるまでにオティヌスが死ぬだろう」

 

真守が今後の方針を考えていると、上条が真守に近づいた。

 

「俺の右手で打ち消す……って言っても、今のオティヌスにどこまで右手が通用するか分からないからなあ」

 

「おそらく上条の右手は魔神オティヌスの組成に対しては効かないと思う。でも妖精化を破壊したところで、オティヌスに良いとは限らない」

 

「なんで?」

 

原因を取り除いたら問題が取り除けるのではないのか。

そう疑問を持つ上条に、真守は分かりやすく説明する。

 

「包丁で刺された傷から包丁を抜くと致命的になるだろ。あれは包丁が栓となって血が噴き出さないから、出血多量にならずに死なないんだ。だから栓を壊したことで起こるよくない事態もある。……って、どうした? 上条。すっごい顔色悪くなったけど」

 

真守は顔を青くして口に手を当てた上条を本気で心配する。

 

「あ。もしかして小萌先生に包丁で刺されたこと思い出したのか?」

 

「うう……ッあれは本当に最悪だった……」

 

「ヤバい、結構なトラウマになってる。大丈夫だからな、上条。よしよーし」

 

上条を宥めながら、真守は無機質なエメラルドグリーンの瞳を動かしてぽかんとしているオティヌスを見た。

 

「ほら、オティヌス。呆けてないでお前も何か案を出せ。魔術の神さまなんだから有益な解決策を出せるだろう」

 

真守の横についた垣根は、思考が停止しているオティヌスを見たまま小さく笑う。

 

「さっきまで殺しあいしてたのに、この変わりように付いてこられるわけないだろ」

 

垣根が真守の何でも許してしまう生態に呆れながら笑っていると、上条が垣根に声を掛けた。

 

「でも朝槻がそこまで言うってことは時間がないって事だろ? 突然かもしれないけど、現状を受け入れてもらわなくちゃな」

 

上条はそう言葉を零し、オティヌスへと近づく。

そして頬をぽりぽりと掻いて、自分の顔を見て硬直しているオティヌスへと笑いかけた。

 

「お前も俺と同じだったんだな」

 

その言葉の意味が分からずにオティヌスが硬直していると、上条が理由を話す。

 

「だってお前は帰る場所が欲しかったんだろ。……俺も、どうしようもなく元の世界へと帰りたかった。元の世界へと帰る方法があるんだから、絶対にお前に負けたくなかった。……でもまあ、結局俺はお前に折られそうになっちまったんだけど」

 

上条は苦笑しながら告げる。

 

「お前の気持ちは痛いほどわかるよ、オティヌス。孤独が苦しいっていうことは痛いほどわかった。……俺も、あのとき途方に暮れた。記憶を失っちまって。それでも、絶対に泣いてほしくない相手がいて」

 

上条当麻はインデックスを救おうとして結局完璧には救えず、透明な自分になった時に思いを馳せる。

 

「そんな俺の助けになってくれるって、朝槻が言ってくれたんだ。俺が記憶を失っても俺は俺だって言ってくれた。すごく嬉しかった。だから大丈夫。朝槻が力になってくれるんだ。それに、俺も努力する」

 

上条はそう言って柔らかく微笑んで、オティヌスへと手を差し伸べた。

いつかの朝槻真守のように。

今まで散々自分を苦しめていた相手のことを理解した上条当麻は、告げる。

 

「だから一緒に行こう、オティヌス。世界ってのは、案外優しいんだ。救ってくれる優しいひとがいるんだ。だから──行こう。一緒に、日の当たる場所へ」

 

オティヌスはその言葉を聞いて隻眼の瞳を見開き。

ゆっくりと、上条当麻へと手を伸ばした。

だがその手を取るのを躊躇(ためら)った。自分が幸せになっていいのか、そう思って。

 

どうしようもなく悪党の自分が、幸せになっていいのかと。

罪悪感に呑まれて。魔神オティヌスは躊躇った。

 

躊躇(ちゅうちょ)する気持ちは分かる。でも気にすることはねえよ」

 

そう言ったのは、垣根帝督だった。

他人を利用し続けて、自分の欲を押し通そうとしていた垣根帝督は、告げる。

 

「公平な救いの女神サマってヤツが手を差し伸べてんだ。悪党だって陽の光の下で幸せになっていいんだよ」

 

その言葉が決定的となって、オティヌスは上条当麻の手を取った。

そして。

世界の命運を懸けた戦いは、誰にも知られずにひっそりと終わり。

迷宮に囚われていた少女は、救済の光に照らされた。

 

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