次は一〇月三日月曜日です。
学園都市。第七学区のとあるマンモス病院。
その受付の近くのソファに座っている真守は、小さく微笑んでいた。
「手乗りオティちゃん。かわいいな」
真守が声を掛けているのは、自分の小さい手にちょこんっと乗っている魔神オティヌスだ。
オティヌスは妖精化を打ち込まれて、体組織の九割九分が崩壊していた。
だが神さまとして完成した者は、そう簡単には消滅しない。
死を超越した存在だからだ。
そのため残った部分をかき集めて、
「オティちゃん言うな。軽々しいぞ、神人」
真守の手に乗ったオティヌスは、真守にほっぺを人差し指でうりうりイジられて、ぷんすか怒る。
「ちゃんと実体があるようだし、これだったら上条に触れられても大丈夫だな」
肉体の再構築なんて普通はできることではない。
だが魔神オティヌスは神さまで。朝槻真守も神さまなのだ。
できないことはない。だからこそ、小さな奇蹟が起こっているのだ。
「だから指でうりうり私をイジるな、神人!」
オティヌスはイジッてくる真守に反抗して睨みを利かせるが、その姿はわずか一五センチほどの人形なので全く怖くない。
魔神オティヌスを中心として生まれた世界全体を巻き込んだ騒動。
各国と各組織はいまもその混乱を収めるために行動しているが、真守たちは学園都市へと帰還していた。
魔神オティヌスは真守と一緒にいるように、学園都市で生活することになった。
もちろん、ただの生活ではない。
上条当麻のそばにいて、彼に降りかかる困難を共に乗り越えること。
そして世界の美しさ・尊さを知り、自分が好きなように世界を弄った事を後悔して、人々の幸せを永遠に守ること。
世界の敵になるのではなく、世界の味方になれ。
そうした罰を受けさせることを、各要人たちは受け入れた。
だがそもそも各要人たちは真守の判断を受け入れるしかないのだ。
何故なら真守が再構成させたオティヌスは一五センチの人形程度のサイズであり、これでは独房に突っ込むこともできないし、専用の独房を作ろうにも大変である。
しかも何より、今のオティヌスに魔神としての力がない。
だったら面倒事に巻き込まれる上条のそばで、世界を救うためのアドバイザーをやればいいという真守の結論に各要人は賛成した。
しかも上条と共にオティヌスが学園都市で生活していれば、監督役の永遠の命を持っている真守がいつでも様子を見守ることができる。
だからこそ、こういった形の罰となった。
「真守。受付終わったぞ」
「ありがとう、垣根」
真守は受付を終えて自分のもとに来た垣根を見上げて、立ち上がる。
上条は魔神オティヌスが無事であることを知らない。
何故なら上条は自分の腕の中でオティヌスが解けていくのを感じていた。
その直後に顔を上げて真守を見た瞬間、安堵によって気が緩んで気絶してしまったのだ。
でもきっと、真守ならばオティヌスを助けられたと上条は信じているだろう。
真守はオティヌスを肩に乗せて、上条のいる病室へと向かう。
『──朝槻や垣根が来てくれたから、大丈夫だよ』
真守が病室の扉を開けようとしたら、中から上条当麻の声が聞こえてきた。
おそらくインデックスと話をしているのだろう。インデックスは上条当麻の面会謝絶が解かれるまで、ずっと病室の前で待っていた。
『きっと、大丈夫。元のようにはいかないかもしれないけれど──でも、あいつらならオティヌスを俺と一緒に救ってくれたはずだ』
上条当麻の穏やかな声。真守と垣根を心の底から信用していると、信頼を寄せる声。
真守はくすっと笑うと、扉を開けた。
上条当麻の様子はこれまでと段違いなほどにボロボロだった。
カラフルな点滴や輸血のチューブに塗れており、しかも全身をくまなく包帯が覆っている。
しかも上条の周りには所狭しと医療機器が配置されており、インデックスがそばに立っていられる方が不自然なくらいだ。
「上条」
「朝槻!」
上条は真守がやってきて嬉しそうな声を上げる。
真守に絶大な信頼を寄せている上条に垣根がちょっと嫉妬を覚える中、真守は肩に乗っていたオティヌスを手に乗せて、上条に近づいた。
「手乗りオティちゃんになってる!?」
「なんでお前も神人と同じことを言うんだっまったく!」
オティヌスはベッドの上に
オティヌスの様子がちょっと寂しそうなのは、大切な『理解者』がボロボロになって、ケミカルなヤバいあからさまな化学薬品を体に入れなければならなくなっているからだろう。
真守はオティヌスのことを上条に近づける。
するとオティヌスは上条当麻の胸にかかっている布団にとんっと降り立った。
「ど、どうして……小さくなったんだ??」
驚いている上条を見て、オティヌスはじとっと上条を睨む。
「どうしても何も、こうなったのはお前にも原因があるんだぞ」
オティヌスはそう告げて、小さな手の人差し指を立てる。
「一つ、私はまだ『目』を入れておらず、本質的には人間ではなく魔神のままだった。二つ、お前に
オティヌスは指を折るのをやめて、真守を見た。
「九割九分魔神オティヌスは死滅していたが、残った部分を神人が再構成したのだ。体躯は変容、かつての力も失い、私という意思だけがここに残ることとなった」
上条は真守を見て呆気にとられる。
確かに
だが永遠の命とはそういうものなのだ。永遠に存在し続けるとは、完成されたということはそういうことなのだ。
「……お前、これ……その、右手で触っても大丈夫なのか?」
「なっ!? お前、特に忠告しなければ全身をべたべた触るつもりだったのか……!?」
「そういう意味じゃないのよ!? うわぁああインデックスの歯が高速でガチガチ言ってる!? ほ、ホラ! 源白とか垣根の体とか、そういう異能でできたものが右手で触った瞬間に消滅とか嫌でしょ!?」
ちなみに深城は核である生身の肉体を持っているため、再構成に時間はかかるが
そして垣根は
それを上条当麻は知らないのだが、別にいちいち説明するようなものではない。
何も知らない上条が二人のことを頭に思い浮かべて慌てていると、オティヌスはつまらなそうに告げる。
「元々お前は神人に触れても、ニュートラルな私に触れても問題なかっただろ。神人が言うにはダウンサイジングしてもそこら辺は問題ないそうだ」
上条はオティヌスの説明を聞いてから、真守を見上げた。
「お帰り、上条。よく頑張ったな」
真守が柔らかく声を掛けると、上条は小さく照れくさそうに笑った。
「朝槻も垣根も一緒に頑張ってくれてありがとな。とても助かった」
上条が礼を告げると、垣根はニヤッと笑った。
「おう、感謝しやがれ。こっちは色々迷惑したんだ」
「垣根。いじわる言わない。それにだいたい見物してたんだから、あんまり迷惑掛けられてないだろ」
相変わらず意地悪な垣根を見て真守がため息を吐くと、垣根は真守がお見舞いとして持ってきたカゴに入った花のブーケを窓辺に置く。
「あ? なんだ?」
垣根は視界の端で何かがきらーんっと光ったのを感じて顔を上げた。
見ると、インデックスの胸元から顔を出した三毛猫、スフィンクスが目を輝かせていた。
そしてインデックスの胸元から飛び出して、三毛猫はキラーンッとオティヌスに爪を向けた。
途端にオティヌスは命の危険を感じて叫ぶ。
「おいっ、ば、バカ野郎!! 隻眼の神が猫に食われるだと!? そんな神話に心当たりはないぞ!?」
そんな事を喋っている間に、猫にぱくっと
「し、神人……っ助けろ、神人んんん!!」
猫に獲物として咥えられながら必死で抵抗するオティヌスを見て、真守はくすくすと笑う。
「良い罰だな、オティヌス」
真守が笑う中、垣根もにやーッと意地悪く笑う。
「これからは被食者として頑張っていけよ? そうなったらちょっとは命の危険を感じて、メリハリのある人生送れるだろ」
「おのれぇえええええ!!」
絶叫が響き渡ると、叫ぶオティヌスが気に食わないのか三毛猫はむぐっと口に力を入れ、オティヌスを強制的に黙らせる。
よく飼い猫が獲物を捕まえて飼い主の下に持ってくるということがあるが、三毛猫はトテトテと歩いて飼い主のインデックスのもとに行くと、これみよがしにインデックスに獲物を見せる。
垣根は口から魂が出てそうなオティヌスの姿を見てぽそっと呟く。
「俺たちのところじゃなくて貧乏の上条のそばにいるっていう罰にしたのは、裕福な生活できねえようにってことだったが、あの猫がいたらまた違う意味でも罰せられるな」
「あとで大統領とか
真守は小さく呟きながら、取り出した携帯電話でお魚咥えたどら猫的なことになっている三毛猫とオティヌスを写真に撮る。
垣根は写真を撮っている真守を見て顔をしかめる。
「そういうお前はいつ各国要人のメールアドレスを聞き出したんだ?」
「む。垣根も知りたい? 知ってた方がいろいろとお得だぞ」
真守が携帯電話を仕舞って声を掛けると、垣根は真守の頭に手を置いた。
「お前が知ってんだから別に良い」
真守はうりうりと少し乱暴に撫でられて顔をしかめる。
それでも垣根に撫でられて真守は嬉しかった。
真守がふふっと小さく笑うと、垣根は真守を見て柔らかく目を細めた。
──────…………。
真守と垣根は手を繋いで自宅へと帰る。
「世界が終わって色々あったけど、みんなが納得できる結果になって良かった」
「世界が終わってる時点で結構ヤバいのにその元凶を助けちまうとか、流石だよな。お前」
垣根が半笑いしながら告げると、真守はふにゃっと笑って垣根を見上げた。
「永遠の孤独は寂しいものだ。昔の私は自分が変わってしまう事に加えて、それがどんなに寂しいことかと怯えていた」
朝槻真守は自らの能力の性質上、これから自分に起こることがなんとなく分かっていた。
だから怖かった。変わってしまって、深城や周りの人たちを大事にできる心がなくなってしまうのか分からなかったから、怖かった。
垣根が寂しそうな顔をするので、真守はぎゅっと垣根と繋いでる手に力を込めて微笑む。
「私も色々あったぞ。でもいまこうして学園都市で幸せに暮らせてるから、とても幸せだ。垣根」
朝槻真守は神さまになるべく生まれた。
父親は真守の神さまらしい素質に恐怖して、真守を捨てた。
そして学園都市で、非人道的な研究所に入れられて。
そこで深城に会って、大切なことを教えてもらった。
人を殺して罪を犯した。それでも懸命に戦ってきた。
「垣根に会えて、とてもよかった」
神さまになることが決められていても、大切な人たちに会えた。
だからそれは、とても幸福なことで。
そこが、魔神オティヌスと朝槻真守が別たれた部分だった。
「お前が幸せで、俺もうれしい」
垣根は幸福に目を細める真守を見て、柔らかく微笑む。
「俺のいまの欲しいものは、お前の幸せだから」
「へへっ。うれしい。私も垣根が幸せだと、とても嬉しいんだぞ」
真守はきゅーっと垣根に抱き着きながら柔らかく微笑む。
愛しい命。この世を生きていくうえで、かけがえのないもの。
それが柔らかく、幸せそうに微笑んでいるのが、垣根帝督はとても嬉しかった。
「真守。俺とお前は世界が終わっても一緒だったな」
垣根が笑うと、垣根の腕にすりすりと頬をすり寄せていた真守は頷く。
「そうだぞ。ずぅっと一緒なんだから。世界が終わろうが滅びようが、垣根と私はずぅっと一緒だ」
真守は垣根の温かい体温を感じて、微笑む。
「何があっても、どんなことがあっても。私はみんなと幸せに暮らしていくんだ。それは決定事項だ。誰にも壊させない」
真守は自分に優しい眼差しを向ける垣根を見上げて問いかける。
「神さまなんだから少しくらい欲張ってもいいだろ。なあ、垣根?」
「ああ」
垣根は真守の言葉に即座に答えた。
「つーかお前は神サマにしては謙虚すぎる。もっと強欲になるべきだな」
「えー。だって垣根や深城やみんながいれば他に何も要らない。永遠を一緒に生きてくれるひとがいるだけで幸せだぞ?」
真守が口を尖らせると、垣根は真守が愛しくて手を引いた。
そして歩き出しながら、真守を見る。
「それもお前のいいところだな」
垣根がフッと柔らかく微笑む中、真守も幸せを感じて笑った。
神さまとして、世界の終焉と復元に立ち会った。
そして一人の少女を苦しみから救うために戦った。
そうして手に入れた平穏を。
朝槻真守と垣根帝督は大事にして。日々を生きていく。
ずぅっと。永遠に。共に。
世界終焉篇、終了です。新約の一山を超えました。
次はオリジナル篇を挟む予定ですので、お楽しみいただけたら幸いです。