とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第五四話、投稿します。
次は一〇月一七日月曜日です。


第五四話:〈救世女神〉は救いの手を

真守たちが大覇星祭の事件について話をしていると、注文した商品が運ばれてきた。

ナゲットにハンバーガー。フライドポテトにオニオンリング。およそファーストフード店に相応しい品々。

 

「おいしそう」

 

真守は目を輝かせると、ハンバーガーをフォークとナイフで丁寧に切り分ける。

さきほど話した通り、垣根に半分食べてもらうためだ。

 

「いただきます」

 

真守はハンバーガーを切り分けてから小さく手を合わせると、ちんまりとした手でハンバーガーを持つ。

そしてちまっとした口でかぶりついて、むぐむぐ控えめに口を動かして呑み込む。

 

「おいしいっ」

 

真守が本当に幸せそうにちまちま食べる姿を見て、食蜂は思わず固まる。

真守の食事する姿がかわいいからだ。

 

朝槻真守は髪型も相まって、黒猫のように気まぐれでツンツンしてそうな見た目をしている。

 

そんなつんっとしたあどけない顔つきの少女がご機嫌で幸せそうに食事をしている姿なんて、かわいい以外の何物でもない。

同性の食蜂操祈にとっても、今の真守の姿はかわいくて破壊力抜群だった。

 

「……これだと、外食するたびに人目力を集めて大変そうだけどぉ」

 

食蜂はホットドッグの包み紙を開けながら、食事を全力で楽しんでいる真守を遠い目で見つめた。

そんな食蜂の前で、オニオンリングを摘まんでいた垣根はちらっと周りを見た。

平日の昼間なので人はまばらだが、それでも人がいないわけではない。

垣根は少ない人の視線を集める真守を気にしながら、ため息を吐く。

 

「人目を集めちまうから、普段外食する時は個室って決めてる」

 

「苦労が絶えないわねえ……」

 

食蜂は思わず垣根に同情してしまう。

こんなかわいらしい恋人がいたら男にとっては最高だが、色々と心配も生まれるだろう。

 

(暗部組織で働いていた男がここまで変わるなんて。朝槻さんが本当に大事なのねえ。……まあ、誰かのおかげで考えた方が変わるっていうのは、私がどうこう言えるわけじゃないけどぉ)

 

食蜂は自分のことを覚えていられない少年の事を思って、ホットドッグをはむっと食べる。

そんな食蜂の前で垣根は運ばれてきたナゲットを口にした後、真守に勧めた。

 

「真守、これ食え。おいしいから」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守は垣根におすすめされて、ナゲットにちょんっとソースをつけて口にする。

 

「ん。おいしい、ソースがとても良いなっ」

 

「中華風だから辛くねえし、お前も気に入ると思ったんだ」

 

食蜂は垣根に甲斐甲斐しく世話をされている真守を見て、思わず目を細める。

 

この少年少女たちは、とても幸せそうだ。

幸せなひと時を過ごすことが、できている。

それが悪いわけではない。

 

だがこうしてみていると、どうしても自分とツンツン頭の少年のことを考えてしまうのだ。

何か一歩違えば、自分もあの少年とこんな風に会話をすることが今もできたのだろうか、と。

 

真守は上条当麻に思いを馳せている食蜂に気づきながらも、特に言及せずに食事をする。

どうせこの後話題になるのだ。

そうして一通り食事を終えると、真守は口を開いた。

 

「話をしようか、食蜂操祈」

 

「……そうねぇ。あなたたちが来た理由は分かってるんだゾ」

 

食蜂は優雅に紅茶を飲みながら、目を細める。

 

「あの人と私のことでしょぉ」

 

あの人。

それは食蜂操祈にとって、上条当麻以外にありえない。

 

食蜂は昨日、蜜蟻愛愉という少女とひと悶着あった。

 

蜜蟻愛愉は食蜂操祈と同じで、精神系干渉能力者の頂点に君臨する素質を持っていた。

だが超能力者(レベル5)を育てるにはコストがかかる。

そのためたまたま食蜂操祈が選ばれて、蜜蟻愛愉は食蜂操祈が倒れた場合の保険にされた。

 

だが蜜蟻愛愉は食蜂操祈が自身の可能性を奪ったことに関して、食蜂操祈に復讐したのではなかった。

 

かつて上条当麻と食蜂操祈が出会ったことで、蜜蟻愛愉は上条当麻と疎遠になってしまった。

そして食蜂操祈が原因で、上条当麻は蜜蟻愛愉のピンチに間に合わなかった。

それなのに食蜂操祈は上条当麻と親密になっている。

 

切り捨てられた自分と違い、大切にその才能を育てられた少女。

そんな少女が自分にとって大切な少年と同じ時を過ごしているのだ。

自分が学園都市に切り捨てられた以上の憎しみが募るのは当然だった。

 

だから蜜蟻愛愉は食蜂操祈に復讐した。

そして結局。蜜蟻愛愉を救ったのは食蜂操祈と蜜蟻愛愉のもとにやってきた上条当麻だった。

そうして事態は上条当麻が蜜蟻愛愉に好き勝手殴ってもらうことで収束した。

 

真守と垣根はその一連の流れを、カブトムシから情報を得て知っている。

そしてそれを食蜂操祈も把握している。

だからこそ、朝槻真守は食蜂操祈のためになる言葉を口にした。

 

「呼び出し回路を新たに作ればいい」

 

「……………………え?」

 

食蜂操祈は真守の言っていることが分からなくて、ただただ声を上げる。

真守は呆然とする食蜂に、特に気負う事なく残っていたフライドポテトを摘まみながら、軽やかに告げる。

 

「脳は失った機能を補完することができる。脳梗塞で運動麻痺になった人がリハビリすればある程度動けるようになるのは、脳細胞がどうにかして以前と同じように動くために、新たな回路を構築するからだ。可塑(かそ)性と呼ばれるものだな」

 

脳の可塑(かそ)性。

それは脳の神経細胞が新たなネットワークを自力で構築することだ。

失ってしまった細胞が持ち合わせていた役割を、他の細胞で補う。

それが脳の神経細胞は自力で可能なのだ。

真守はポテトを食べながら、人間の造りに感心した様子で告げる。

 

「脳はとても柔軟な臓器だ。だからとある脳細胞の機能を、全く別の役割を持った他の脳細胞がエミュレートすることもできる」

 

真守は呆然としている食蜂を見つめて、柔らかな慈悲の笑みを浮かべる。

 

「去年の上条の負傷。それでお前を認識する回路が破損してるならば、無事な脳細胞を使ってお前を認識する回路を新たに作り直せばいい。あいつの脳細胞は色々あってたっぷり死んでいるが、それでもあいつが普通に過ごせているのは残った脳細胞が頑張っているからだ」

 

真守は突然の救いの手に頭が追い付いていない食蜂の手を取る。

薄いレースの、細やかな蜘蛛の巣の刺繍が施された手袋に包まれた手。

その手を柔らかく取って、絶対能力者(神さま)は微笑む。

 

「あいつは色々あって今年の七月以前の記憶を失くしている。だからお前を認識できたとしても、お前との全てを取り戻せるわけじゃない。……でも、今から始めればいいんだ」

 

真守は食蜂の手を取って、光を見た気がする食蜂に微笑む。

 

「お前は今から始めることすらもできなかったんだから。今から始めよう、食蜂。私にその手助けをさせてくれ」

 

「………………で、でも……」

 

食蜂は真守の小さな手にうろたえながら、動揺で星が光る目を揺らす。

 

食蜂操祈はずっと、世界の片隅で小さな奇跡が起こることを願っていた。

だが食蜂操祈はその願いが叶わないと知っていた。

知っていながらも、願わずにはいられなかったのだ。

 

その願いが、救いが。いま目の前にある。

 

自分が待ち望んでいた瞬間が訪れると理解できても、食蜂は思わず不安を口にしてしまう。

 

「……もし、あの人の脳を壊してしまったら……」

 

上条当麻が食蜂操祈を認識できなくなったのは、食蜂操祈がショック死しそうな上条当麻の脳に干渉したからだ。

激痛を和らげるために、食蜂操祈は上条当麻の脳に干渉した。

 

よく勘違いされがちだが、食蜂操祈の能力とは人間の脳の水分を調整して精神に働きかける。

電気的な干渉ではなく水分的な干渉であるため、食蜂操祈は上条当麻のことを完全に助ける事ができなかった。

 

その結果。上条当麻は食蜂操祈と会っても、食蜂を自分の記憶に残すことができなくなってしまった。

 

だから自分ではなくとも上条当麻の脳に誰かが干渉するというのを考えると、どうしても食蜂は不安になってしまう。

 

「そ、それに……あの人に、異能の力は……」

 

食蜂操祈は上条当麻の右手の力を知っている。

幻想殺し(イマジンブレイカー)

あの右腕を前にしては、異能の力で起こした奇蹟はもろく儚く崩れ去ってしまうのだ。

 

「お前の懸念は全て問題ないぞ」

 

真守は柔らかく微笑む。

食蜂の心配することを、真守は全て乗り越えられるのだ。

 

「私は絶対能力者(レベル6)だ。しかもまだ不完全な人間の時に、とある女の子の頭に干渉して脳の電気信号マップをまるっと最適化させたことがある。その子は今も元気に過ごしているし、逆にあそこであの処置をしなければすぐにでも死んでいただろう」

 

八月三一日。真守がまだ絶対能力者(レベル6)へと至っていなかった時のこと。

朝槻真守は杠林檎の脳の電気信号マップを操作して、彼女を救ったことがある。

それと同じように脳に干渉するのは、今や完成された人間である朝槻真守にとって難しいことではない。というか朝飯を食べる片手間にでもできることなのだ。

 

「学園都市は脳に干渉して能力開発を行う科学の街だ。だから上条の呼び出し経路を新たに増設する時に異能を使う必要はない。純粋な科学技術には上条の右手は作用しないからな、学園都市が元々保有している技術を使えばいい」

 

ちなみに真守は詳しく説明していないが、脳細胞の可塑(かそ)性を用いれば異能の力で回路を開いたとしても、おそらく一度開通した回路が幻想殺し(イマジンブレイカー)によって閉じてしまうことはない。

それでも真守は学園都市の技術を応用しようと考えている。不幸な上条が施術中にうっかり幻想殺し(イマジンブレイカー)で自分の頭に触れてしまえば、上条の脳細胞が傷ついてしまうからだ。

 

真守は未だに現実が認識できない食蜂操祈の前で、空いている手を自身の胸に置く。

 

「私は神ならぬ身にて、天上の意思を()る者である。できないことなどあまりない。それこそこの世ならざる物質を操る以外は、なんでもできる」

 

食蜂操祈は真守の微笑を見て、段々と現実に意識が追い付いてきた。

自分に奇蹟が起ころうとしているのだ。

それを理解して、食蜂操祈は思わず顔を歪めた。

くしゃっと歪めたまま、自分の手をエスコートするように握っている真守の手をぎゅっと握る。

 

「じゃあ行こうか、食蜂。大切な人に会いに」

 

食蜂はグッと奥歯を噛む。

そして時間を掛けて自分の中で現状を整理すると、真守の言葉に頷いた。

穏やかな表情をしている垣根と共に、真守は食蜂を連れて上条当麻の病室へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)から真守が借りた謎の機械を頭に取り付けられた上条当麻は戦々恐々としていたが、真守がきちんと話せば分かってくれた。

 

そして言うまでもなく。

 

上条当麻は朝槻真守のおかげで、食蜂操祈を認識できるようになった。

 

その確認が終わった後、食蜂操祈はやっぱり泣き出してしまった。

それを見て上条は慌てていたし、インデックスとオティヌスはふくれっ面になっていたけれど。

 

食蜂操祈は、救われた。朝槻真守によって、きちんと救われたのだ。

 

その様子を近くで見ていた垣根帝督は、一人思う。

この少女はやっぱり神さまで。そして神さまだとしても、優しい女の子なのだと。

 

「真守」

 

「わっ」

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の病院から出た途端、真守は垣根に突然抱き上げられて思わず声を上げる。

 

「か、垣根?」

 

真守が目を瞬かせていると、垣根は柔らかく微笑んだ。

 

「俺はお前のこと。一人の女の子として、愛してる」

 

真守は垣根に突然愛を告げられ、きょとっと目を見開いた。

 

神さまらしい奇蹟を起こして、一人の女の子を救っても。

朝槻真守だって一人の女の子なのだ。

そしてそんな少女のことを、自分は愛おしく一人の女の子として大切に思っている。

 

それを伝えたくなった垣根を見つめて真守はびっくりしていたが、垣根の意図が分かって幸せを感じ、ふにゃっと微笑んだ。

 

「私も垣根のこと、一人の男の子としてだいすきだぞ。一人の男の子として必要としてる」

 

真守はそう告げると、垣根に抱き上げられたまま、垣根を抱きしめる。

 

「神さまとしても、一人の女の子としても。私は垣根がだいすきなんだ」

 

垣根はすり寄ってくる温かくて小さな命に、目を細める。

 

「一緒に食蜂のところに行ってくれてありがとう、垣根」

 

「ああ。……大切な人間に覚えてもらえないのは辛いからな」

 

朝槻真守は自分が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)することは理解していた。

だが自分が進化(シフト)してしまったら、どうなってしまうかが分からなかった。

周りの人のことを大切に思えなくなったらどうしようと、真守は泣いていた。

そんな真守のことを放っておけなかった。だから垣根帝督は約束をした。

 

朝槻真守が朝槻真守ではなくなったとしても、絶対にそばにいる。

 

実際。真守は絶対能力者(レベル6)になっても真守だった。

だから垣根帝督は今も真守と心を通わせていられる。

だが一歩間違えば、垣根帝督は真守のすぐ近くにいるのに心を通わせられないことになっていた。

 

それは今の食蜂操祈と上条当麻と同じ。

だから垣根は、食蜂操祈の気持ちが痛いほどよく分かっていた。

 

「帰ろう、垣根」

 

「ああ」

 

垣根は頷くと、真守を降ろして手を繋ぎ、並んで歩き出す。

その様子を、世界の端で小さな奇蹟をずっと待ち望んでいた少女は見つめていた。

感極まった様子で、目元を赤くしたまま。

 

真守は振り返って、そんな少女に手を振った。

食蜂操祈は驚いたが、それでも真守に優しく手を振り返すことができた。

それができて良かったと、食蜂操祈は心の底からそう思っていた。

 

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