次は一〇月三一日月曜日です。
いつもと変わらない、
真守は垣根の腕の中でいつものようにゆっくりと目を覚ました。
視線を上げると、垣根は綺麗な顔ですぅすぅ眠っている。
(本当にキレイな寝顔だな)
真守は心の中で呟くと、そっと微笑んだ。
朝からだいすきな人の綺麗な寝顔を見られるなんて、幸せなことだ。
「垣根」
真守が甘く名前を呼んで優しく揺らすと、垣根は低い声で唸った。
「……はよ」
「うん。おはよう、垣根。私はちょっと用事があるからベッド出るけど、垣根はまだ眠ってていいからな」
垣根帝督は寝てる時に朝槻真守が勝手にいなくなると本気で探し回る。
そのため真守が先に声を掛けながら垣根の体を毛布の上から優しく撫でると、垣根は眉をひそめた。
「……用事って?」
「今日はな、大事な日なんだ」
真守は眠そうな垣根の前髪をさらさらと撫でながら微笑む。
「深城と初めて会った、大切な日なんだよ。垣根」
垣根は頭がぼーっとしていたが、真守のその言葉で完全に覚醒した。
一一月二九日。
六年前。
真守は情操教育の一環で特異能力解析研究所、通称『解析研』にて源白深城に引き合わされた。
深城によってもたらされた、幸せな日々。
そんな日々がしばらく続いた後、深城は能力体結晶の投与実験に耐えられず死亡し、真守が深城を無理やり死から引きずり上げた。
そして深城を傷つけられた怒りで真守は解析研を壊滅させて逃亡。
そんな真守を止めたのはやっぱり深城で。真守は入院生活をしながら『表』での生活を学び、高校生になってから初めて学校に通うようになった。
そして全ては動き出し、朝槻真守は垣根帝督と出会うこととなった。
「………………そうか」
垣根は柔らかく目を細めながら、真守の頬へと手を伸ばした。
「確かに大事な日だな」
垣根が優しく声を掛けてくれるので、真守はふにゃっと笑った。
それでも真守はどこか少し寂しそうだった。
垣根は深城のもとへ向かった真守の小さな背中を見つめて、なんとなくそう感じていた。
──────…………。
真守が深城を探して二階のラウンジに降りると、深城はいつものようにキッチンで朝食を作っていた。
「深城」
真守が深城に近づいて声を掛けると、深城は振り返って柔らかく微笑んだ。
「おはよぉ、真守ちゃん。今日はホットサンドイッチだよ。真守ちゃん好きでしょ?」
「深城のご飯はなんでも好きだぞ。──なあ、深城」
真守が呼ぶと、朝食の用意をしていた深城は真守に向き直った。
「これ、プレゼントだ」
真守は手に隠し持っていたプレゼントを深城に差し出す。
「今日は真守ちゃんとあたしが初めて会った日だからねえ。それに真守ちゃんの本当の誕生日が分かる前は、今日が真守ちゃんの誕生日だったから」
深城は感慨深そうに呟くと、ダイニングテーブルの椅子に隠していたプレゼントを真守に見せる。
「あたしからもプレゼントだよ、真守ちゃん」
「……うん」
真守は頷くと、自分への誕生日プレゼントを持っている深城のことをぎゅっと抱きしめた。
「真守ちゃん。一緒にいてくれてありがとぉね」
深城が真守の背中を撫でながら頬を寄せると、真守は深城の柔らかい甘い匂いを感じて目を細めた。
「深城。私のコト、見つけてくれてありがとう」
「ふふ。知ってると思うけど、あたしは真守ちゃんに一目ボレしちゃったんだぁ。だから絶対に一緒にいたいって思うんだよ」
深城はにこにこと微笑んで、真守に頬をすりすり
「真守ちゃんのこと、抱きしめられてうれしい」
深城は真守の存在を一身に感じながら、幸せで夢見心地なふわふわとした声を出す。
「ずぅっと、真守ちゃんのことを抱きしめてあげたかったの。色々あったけれど、この体を手に入れられて良かったよ」
深城は笑うと、真守の上品な花の香りを一身に感じる。
真守は深城にスンスンと匂いを嗅がれても一切抵抗しない。
というか真守は深城にもっとぎゅっとくっついた。
「深城」
「なぁに?」
「ごめんな」
真守が唐突に謝ってくるので、深城は真守の小さな頭を優しく撫でる。
「なんで謝るのぉ?」
「ずっと話をする機会を
真守は自分よりも大きな深城の体を感じながら、顔を歪める。
「
真守は深城の存在を一身に感じながら、何度も深城に頬をすり寄せる。
「本当の意味で、私のことを見つけてくれた深城はもういないんだって」
源白深城は五年前。能力体結晶の投与実験にて死亡した。
そんな深城を真守は無理やりこの世に引き戻した。
源白深城は死の縁をさまよったことにより、自身の体と能力の境界線上があやふやとなった。
だからこそ深城はAIM拡散力場を体と認識しており、アレイスター=クロウリーによって意図的に作り上げられたAIM拡散力場の核を獲得させられた。
そしてそれを基点にAIM拡散力場を圧縮させることで、体を得た。
昏睡して動かない体から抜け落ちて
何故意識は新しい体を獲得したのか。何故意識は元の体で覚醒できないのか。
今の源白深城は、一体全体どうなっているのだろうか。
「変わらない人間なんていないんだよ。真守ちゃん」
源白深城は告げる。
正確には、
能力が、自我を持つ。
能力がいつの間にか、その能力を持っていた人間と同じように考えて動き出す。
それは源白深城が死の淵に追いやられ、自身と全てが曖昧になった結果、偶発的に起こったある意味において奇蹟的なことだ。
存在の希釈が起こり、全てが曖昧となり。本来あるべきものがあるべき姿を持って動き出した。それがいま真守の目の前にいる源白深城なのだ。
死に追いやられて、真守によって死の淵より連れ戻されて。その結果、能力が自我を持ってしまいある意味抜け殻となってしまった──一二歳の源白深城。
源白深城が死に追いやられ、自身と他が曖昧になったことで目覚めた、記憶も全ての経験も保有している能力が自我を持った存在である一八歳の源白深城。
それはどちらも源白深城だ。
どちらも朝槻真守のことを一心に想っている、源白深城だ。
違いがあるとすれば。
朝槻真守が源白深城に死んでほしくないと、いつまでも一緒にいたいと願った存在であるかどうかだ。
つまり。昔の源白深城と今の源白深城を
「私は、お前の存在を勝手な願いで
深城は本当に辛そうで申し訳なさそうな真守の頭を優しく撫でる。
「真守ちゃん。『私』はね、いま夢を見ているんだよ」
深城はグスッと鼻を鳴らす真守に諭すように優しく告げる。
真守は息を呑むと、深城にすり寄りながらか細い声を出す。
「……………………ゆめ?」
「うん。夢だよ。あたしを通して、『私』は夢を見てるの。真守ちゃんと一緒にいる夢を。真守ちゃんが好きな男の子と一緒にいる夢を。真守ちゃんが幸せに生きている夢を」
本来。同じ存在が二人いる場合、どちらか一人になるまで争いあうのは必然である。
だが源白深城にはその定石が当てはまらない。
何故なら一二歳の昏睡状態である源白深城と、源白深城として完成された一八歳の源白深城は完璧に分かたれた存在ではないからだ。
真守に生かされている一二歳の源白深城がいるから、一八歳の源白深城はその存在を保つことができる。
そして一八歳の源白深城は一二歳の源白深城に、真守と一緒にいる幸せな『夢』を見せなければならない。
そうしなければ一二歳の源白深城は生きる気力がなくなり、この世に自分の存在を繋ぎ留めることができなくなってしまうから。
二人の深城は、互いが絶対に欠けてはならない存在なのだ。
「……それは私には分からない、分かってはいけないことだな」
真守が小さく呟くと、深城はくすっと笑った。
「真守ちゃんが分かったらいけないことなんてないんだよぉ。……だって真守ちゃんのおかげであたしは生きてるんだから。真守ちゃんがいるから、『私』は生きていられるんだから」
「………………うん」
真守がコクッと頷くのを見ると、深城は真守から離れる。
「プレゼント交換しよぉ。ね?」
深城は笑って、自分が用意したプレゼントと真守が用意してくれたプレゼントを交換する。
「でもあたし知ってる。真守ちゃんの用意したの、ネックレスでしょ」
「……深城はなんでも分かってる」
真守は顔をしかめて、深城が用意してくれたプレゼントを開ける。
深城も真守が用意してくれたプレゼントを開けた。
中には、同じ意匠のシンプルなネックレスが入っていた。
一つの宝石が煌めく、かわいらしいネックレス。
真守が用意したネックレスは二人分だ。
体を二つ持つ深城のために、真守はネックレスを一つずつ用意した。
真守が用意したネックレスの宝石は深城の瞳と似た黄金色の琥珀色。対して、深城が真守に用意したネックレスには真守の瞳と同じ色のエメラルドの緑の宝石が取り付けてあった。
「ふふ。おそろいだねえ」
「……むぅ。深城、すごすぎる」
真守はわざと自分に
「すごいでしょぉ。ずっと真守ちゃんのそばにいたからね。真守ちゃんがすることは全部分かるよ」
深城はくすくすと笑って、真守のことをぎゅっと抱きしめる。
「むぐぅ」
真守は深城の胸に顔をむぎゅっと沈み込まされて、思わず声を上げる。
「……深城のコト、唯一イジれるのが体型だったのに。こんなにふくよかになってしまったらイジれない。体ができたから前よりちょっと強引になったし……」
真守は凶悪すぎる胸部装甲を顔に押し付けられながら、ぶつぶつ呟く。
「ふふん、いいでしょぉ。真守ちゃんのことがだいすきなんだよぉ」
真守はよく分からない主張をしている深城がご機嫌な様子なので、ふふっと笑った。
深城は真守のことを離すと、自分が用意したネックレスを手に取り、ホックの部分を外す。
「はい、真守ちゃん。つけてあげる」
真守は深城にもらったエメラルドの宝石が付いたネックレスをつけてもらう。
「ありがとう。今度は私が深城につけてあげる」
真守はそう告げると、自分が用意した二つのネックレスのうち、一つを手に取って深城の首につけてあげる。
「ありがとぉ、真守ちゃん」
「うん。……もう一人の深城にもあげたいから、ちょっと行ってくる」
「分かったよぉ。あたしは朝ご飯の準備続けてるね。ゆっくりしてて」
「ありがとう、深城」
真守は礼を言って軽く手を振ると、ラウンジを抜けて上の階に上がろうとする。
「垣根」
階段を
「真守」
垣根が真守へと両手を伸ばして真守を呼ぶと、真守は深城へのプレゼントを持ったままきゅっと垣根に抱き着いた。
「頑張ったな」
真守は垣根に抱きしめられながら目を伏せる。
「黙っててごめんな」
真守がすりすりと申し訳なさそうに頬を摺り寄せてくるので、垣根は真守の背中を撫でながら告げる。
「問題ない。……言いづらいことだからな」
垣根は真守の小さな後頭部へと大きな手を這わせて、柔らかく頭を包み込むように抱きしめる。
「俺は前の源白を知らないから。お前しか知らないことだから」
垣根帝督はそう告げると、切なそうに呟く。
「……それに、お前たちの問題だ。俺が割って入るべきことじゃねえ」
真守は垣根の胸板に顔を埋めて、そっと目を閉じる。
「ありがと、垣根。でもこれから垣根もずっと一緒にいるんだから。垣根も部外者じゃないぞ」
「はん。当たり前だろ」
垣根は鼻で嗤いながらも、真守の小さな背中を優しく撫でる。
「一緒にいる。だからお前の傷を全部癒してやりたいんだ」
真守は垣根から体を離して、垣根へとキスをした。
触れるだけのキスをして真守が離れると、垣根は真守の額にキスを落とした。
「一人で行くか?」
真守は垣根に深城と二人きりにした方が良いか聞かれて、首を緩く横に振った。
「垣根も一緒に来てほしい」
真守が希望を口にすると、垣根は頷いた。
──────…………。
上質なベッドには、二人の少女が寄り添うようにして眠っていた。
一人はもちろん、一二歳くらいの年齢で肉体が停まっている源白深城。
生きている方がおかしいほどに不気味に眠っている少女には、幸せそうな顔で眠っている一〇歳くらいの真っ白な少女が寄り添っていた。
垣根がプロトタイプとして作成し、真守が自身に合わせて調整をした、真守の体に何かあった時の避難先として用意している体だ。
適当に放っておくのもアレなので、真守は深城の体と同じようにその肉体を保護し、深城に寄り添わせて眠らせていた。
真守はまるで
深城の前髪に触れて、真守は優しく微笑む。
そして眠っている深城の首に、用意したネックレスをつけてあげた。
垣根は真守の近くに立って、真守をずっと見守っていた。
初めて自分が源白深城の姿を目撃した時。
生きているのが不思議なくらいに死んでいるようで、とても不気味な少女だと垣根帝督は感じた。
ただそれと同時に。その不気味な少女と一緒に生活している朝槻真守が、源白深城のことをとても大切にしているとも感じていた。
だからこそ垣根帝督はあの時眠り続ける源白深城に手を出さなかった。
いいや、その表現は適切ではない。
垣根帝督はまだ見ぬ傷つきながらも懸命に生きている真守のことを想像してしまい、深城に手を出せなかったのだ。
あそこで深城に手を出していたら、もしかすると真守とこうして一緒に生活することはできなかったかもしれない。
そこまで考えた垣根は小さく笑って、真守の隣に腰を下ろして、真守の腰を優しく抱き寄せた。
自分と真守があそこで敵対しようが、真守ならば確実に自分に寄り添ってくれただろうと垣根は思う。
そして垣根自身が気付かなかった傷に気が付き、今と同じように癒し続けてくれたはずだ。
朝槻真守は本当に優しい女の子なのだ。
優しくて、そして垣根帝督にとって絶対に放っておけない、一人にしてはならない女の子。
だから深城を傷つけて、真守の逆鱗に触れなくて良かった。
真守が悲しむことにならなくて良かったと、垣根帝督は心の底からそう思っている。
真守は深城の布団の中に手を突っ込んだまま、自分の腰に優しく手を回してくれる垣根にしだれかかった。
「いつから気が付いてたんだ?」
垣根は体を預けてきた真守に優しく声を掛ける。
その問いかけの意味は、もちろん真守がいつから今の深城の正体が能力が自我を持った存在だと気が付いていたか、という意味だ。
「本当に理解したのは
垣根は真守の言い方に眉をひそめる。
「……前からなんとなくわかってたんだな?」
「うん」
真守は布団の中で小さな深城の、生気がなくともほんのり温かい手を感じながら頷く。
「深城を死から無理やり引き戻した時から、私は深城の何かを歪めてしまったと感じていた」
真守は深城を自らの願いでその
深城はそれを怒らなかった。
むしろ死の
だから真守に、深城は何も言わなかった。
「ばかなヤツだ」
真守は布団から手を引っこ抜いて綺麗に布団を直しながら呟く。
大好きな少女と歪んだ形でも一緒にいられることに、最高の幸せを感じている源白深城。
自分を救ってくれて。いつまでもそばにいるのだと誓うことすらせずとも、自然と共にいてくれる少女。
まっすぐすぎて愚かしいけれど、真守にとってとても愛しい存在。
そんな深城を自分はどうしても手放せなくて。後先考えずに永遠の道連れにしてしまった。
「…………本当に、ばかだ……」
真守はぽそぽそと呟く。
そんな真守の小さな背中を、垣根は黙って見つめていた。