※次の更新は一週間休みを挟みまして、一一月七日月曜日です。
垣根は林檎を連れて、第七学区を歩いていた。
真守と深城は、ここにはいない。
今日くらいは二人きりにしようと思い、垣根は林檎を連れ出したのだ。
一緒に住んでいる白い少年はというと、彼は人間関係に水を差すつもりはないと言い、家にはいるが気にするなと一人で部屋に引っ込んだ。
手にたくさんのDVDとお菓子とペットボトルとジュースを持っていたから、これを機会に気になる映画を一気見するらしい。
「垣根、焼き芋食べたい」
垣根と並んで歩いていた林檎は、垣根のコートの裾を引っ張って声を上げる。
垣根が林檎の視線の先を見ると、そこには確かに昔から変わらない移動販売ワゴンの石焼き芋屋がいた。
垣根はため息を吐くと、ケータイを取り出した。
「ちゃんとした専門店で買ってやるから、そっちにしろ」
路上で売っているものなんて、どんな学園都市製のものを使っているか分かったものじゃない。
そのため垣根が焼き芋を所望する林檎のために安全な焼き芋屋を調べ始めると、林檎はふふっと小さく笑った。
「垣根が優しくてうれしい」
「へいへい。そりゃよかったな」
真守のそばにいるからなのか、林檎もこういうことを普段から言う。
真守の影響力は多大だな、と垣根は思いながら、林檎を連れてサツマイモ専門店があるセブンスミストへと向かった。
目的の店は喫茶店とまではいかないが、店内に食べるスペースがある。持ち帰りが主だが中でも食べて行けるのだ。
サツマイモ専門店ということもあって、店では焼き芋と並んでスイートポテトやサツマイモを使ったパウンドケーキなど、様々なスイーツも売られていた。
後で真守たちに買っていこうと思った垣根だが、とりあえずまずは林檎の所望する焼き芋だ。
そのため垣根は『店員おすすめ』と書かれた品種の焼き芋を買い、店の中の長椅子に林檎と並んで座った。
「おいしい。すごくおいしいよ、垣根」
林檎は美味しそうにはふはふと、見るからに熱そうな焼き芋を幸せそうに食べる。
垣根はそんな林檎を隣から見つめて、そっと目を伏せる。
杠林檎と垣根帝督は似た者同士だ。
学園都市の星の数ほどある悲劇。
それによって大事な人を失くしている。
大切な人に置いて行かれた者同士である林檎といると、どうしても自分に振りかかった悲劇について考えてしまう。
大切な人を失くした時、自分には何もできなかった。
それは林檎も同じで、そして真守だけが違った。
だが真守も無事では済まなかった。どうにもできない傷が残った。
時々、垣根帝督は考える。
どうにか頑張っていたら、自分も真守のように何らかの形で大切な人を守れていたのだろうか、と。
垣根帝督はそう疑問に思うと、魔神オティヌスが上条当麻の心を折るために創り上げた『誰もが幸せになった世界』のことを思い出す。
あの世界では、垣根帝督の大切な人が生きていた。
深城も普通のままで、林檎も流郷知果と暮らしていて。幸せになっていた。
あの時、垣根帝督はあの幸せだけが満ちた世界を否定した。
あんなまやかしの幸せはごめんだ。
しかもあの世界は上条当麻の心を折るために創られた歪なものだ。
だから、垣根帝督はあの世界に未練はない。
でも。もしかしたらあのような幸せな世界があったのだろうかと考えてしまう。
そしてどうにかすれば、自分はあの未来を掴めたのだろうかと考えてしまう。
「垣根。あーん」
垣根が考えても仕方のないことを考えていると、林檎は食べかけの焼き芋を垣根に差し出した。
林檎は食べることが大好きである。
だがこうして誰かが寂しそうな顔をしていると、その者に食べているものを分けてくれる。
自分の幸せを分けるように。他者のことを想って大好きな食べ物を分けてくれるのだ。
「ん」
垣根は林檎から焼き芋を受け取って一口食べて、林檎に返す。
「これ美味いな」
さすが学園都市外にて有機栽培で育てられた一級品である。
一個二〇〇〇円と超高級焼き芋だが、学園都市の頂点に立つ垣根にとっては気にすることなく買える値段である。
「垣根」
「なんだ?」
垣根が応えると、林檎は垣根から返してもらった焼き芋を見つめながら呟く。
「知果がいないのは寂しい」
垣根は林檎の言葉に目を細める。
流郷知果。暴走した杠林檎がとどめを刺してしまった、林檎にとって本当に大切だった少女。
「でも知果がいなくても、垣根や朝槻や深城が一緒にいてくれるから、寂しくない」
「……そうだな」
垣根はそっと目を伏せたまま頷く。
「俺もお前と一緒で寂しくない」
過去はどうしようもならない。もし魔神オティヌスが造り上げた誰もが幸せな世界で生きられたとしても、どこか虚しく感じてしまうのは簡単に想像できる。
だからやっぱりあの世界を否定して良かったのだ。
自分は失いながらも、永遠に自分の手の内に存在してくれる少女と共に生きていく。
「知果は覚えていてほしいって言ったの。忘れないでほしいって」
林檎は小さな手で焼き芋を持ったまま、そっと呟く。
そして垣根の事をじっと見上げた。
「だから生きて、知果のこと覚えておくの。知果のことを殺した私だけは、知果のことを覚えてられる。だから垣根と朝槻と深城と一緒に生きて。ずぅっと覚えておくの」
林檎は怪訝な表情をしている垣根に、儚い笑みを見せる。
「もし私が死んじゃうなら、垣根が私を殺してね」
柔らかく、本当に消えてしまいそうな儚い笑み。それを見た垣根は顔を歪めた。
そんな垣根に、林檎は一生に一度のお願いをする。
「それで私と知果がいたこと、覚えておいてね」
殺したから覚えていることができる。
林檎にとって、それはある意味呪いのようで大切なことなのだ。
それが垣根帝督は気に入らない。
垣根は林檎を思いきり睨むと、ぺしっと林檎の額を指で弾いた。
「痛い」
「バカ言ってんじゃねえよ」
林檎が頭に走った
「そんなことしなくても俺たちがお前たちのこと忘れるわけねえだろ。そんな薄情モンに見えんのかよ」
垣根が心外だと口にすると、林檎は焼き芋を片手で持って空いた手で額を撫でながら、くしゃっと笑った。
「痛いね、垣根」
「そうだな。生きてるんだから痛いに決まってんだろ」
垣根は不機嫌な顔のまま、嬉しそうに焼き芋を再び食べ始める林檎を見つめる。
この少女も自分と同じで、悲劇に触れてしまって少しおかしくなってしまっているのだ。
それでも朝槻真守のそばにいれば、自分たちは大丈夫なはずだ。
あの愛おしい少女ならば、自分たちのことをいつまでも慈しみを込めて見守ってくれるのだから。そしてそばにいて寄り添ってくれるのだから。
垣根は林檎が焼き芋を食べ終えると、真守たちに買っていく土産のためのスイーツを選ぶ。
「良く見えない」
背の低い林檎がショーウィンドウの上の方へと並んでいるスイーツを見るために頑張って背を伸ばしているので、垣根は林檎へと手を伸ばす。
そしてひょいっと林檎を抱き上げて、垣根は林檎にショーウィンドウが良く見えるようにした。
その時気が付いたことがあって、垣根は薄く目を開く。
「お前、肉がついたな」
服を着込んでいるにしても、垣根は林檎の体重が少し重くなっていると感じた。
しかも抱き上げた感触が以前と少し違う。しかも全体的にきちんと柔らかい感触がする。
「? でぶになったってこと?」
「違ぇよガリガリ。良い意味で言ってるんだ。前は骨と皮だけだっただろ」
垣根が自分の腕の中にいる林檎をじとっと睨むと、林檎は自分の胸に手を当てて顔をしかめる。
「骨と皮だけじゃ、食べるところないね。しいて言えば皮くらい?」
「お前食品じゃねえだろ。何カニバリズムさせようとしてんだ。つーか俺たちはお前を食べるために太らしてるんじゃねえ」
垣根がため息を吐くと、林檎は幸せそうに目を細めた。
そして垣根は林檎と仲良くサツマイモスイーツの中から最初に美味しそうだと感じたスイートポテトを選ぶと、セブンスミスト内を軽く回ってから二人で自宅へと帰還した。
──────…………。
垣根は帰宅して二階のラウンジに上がり、思わず遠い目をする。
「……お前は確かに貴族の
垣根が思わず遠い目をする真守は、大きなビーズクッションに背中を預けてちょこんっと腰掛けていた。
そして真守の周りにはジュースやらお菓子やら、ネイルケア用品などを代表としたスキンケア用品がエステサロンのように展開されている。
真守が一歩も動かなくても、ネイルケアやボディケアをされながら娯楽用品が即座に手に取れるようになっている状態になのだ。
しかも真守はいつものモノクロファッションではなく、ピンクのブラウスに黒いシックなワンピースを着ている。
いわゆる、少し癖のある少女が着るゆるふわ地雷系と呼ばれる服装だ。
垣根が林檎と外に出る前、真守は垣根に深城のわがままを全部聞こうと思っている、と宣言していた。
それなのにどうして真守は微妙な顔をしたまま深城に全力でお世話されているのだろう、と垣根は純粋に疑問に思う。
「……深城のわがままは、私のお世話を全力ですることなんだって」
真守はいつもの猫耳ヘアだが、丁寧に巻かれた黒髪の先をイジりながら、顔をしかめる。
その手の爪にはピンクをベースとした黒とレースの細かいネイルが施されている。
真守はすべすべになった手足を視界に入れながら、遠い目をする。
「着てた服全部ひん剥かれて、風呂にも入れられたんだぞ……」
垣根は体に甘いローズの香りをまとわせている真守を見ながら、何があったかを全て理解した。
「あ! 垣根さんと林檎ちゃん、おかえりなさい~!!」
垣根がある意味大変な目に遭っていた真守を見つめていると、奥から大層ご機嫌な声をした深城がやってきた。
その顔はツヤッツヤしてて活力にあふれている。
どうやら真守を心行くまで自分の思いどおりに飾り立てられたことが、本当に幸せらしい。
「かわいいでしょぉ、真守ちゃんっ!! かわいい~かわいい~あたしの趣味ばっちりぃ!!」
ビーズクッションに座った真守は深城に抱き着かれて頬ずりされて、遠い目をする。
「ふふふ~今日だけはあたしの真守ちゃんなんだよぉ!! 真守ちゃん、真守ちゃん、真守ちゃん~!!」
垣根はご機嫌な深城に完膚なきまでに愛でられ、死んだ魚のような目をしている真守を見て、思わず呟く。
「……愛が重いってのも、考えものなんだな」
「知果もあそこまでじゃなかった」
垣根と林檎がじーっと真守と深城を見る中、深城は得意気に笑う。
「ちなみに真守ちゃんの下着もあたし好みなんだよ~ふふ、ピンクのレースなのぉえっちでしょぉ! ほぉら!!」
「ぶっ!?」
垣根は深城が真守のスカートをバッとたくしあげて下着を見せてくるので、思わず吹き出す。
確かにいつもの真守の趣味ではない、淡いピンクでふりふりのレースがついた下着。
下着を深城によって突然垣根に見せられた真守は、ただただ遠い目をしたまま控えめながらも、スカートを元に戻すように深城の手を動かす。
「深城、流石にぱんつをひとに見せるのはヤメテ……」
「えぇ? だってかわいいんだもぉん!! ほらほら、ガーター風のニーハイソックスとレースのパンツのコントラストがさあ! 下と合わせたブラも真守ちゃんのかわいいふくよかな胸をさらにかわいくしててぇ!!」
真守は自分の胸を凝視しながら、なおもパンツを見せてこようとする深城の手をぎりぎりと押さえる。
「深城、興奮してるって自覚しろそしてお願いだから正気に戻って……ッ!」
「真守ちゃんだぁいすきーっ!!」
深城は酒でも飲んだのかというほどに上機嫌に真守を抱きしめる。
垣根はやりたい放題して真守に愛を振りまき続ける深城を見て、再び遠い目をする。
「……やっぱ源白が最強だな。絶対に勝てねえ」
「垣根、朝槻大好きな深城に勝とうとするところから間違ってるよ」
「ちがいねえな」
垣根はされるがままになっている真守を見つめて、目を細める。
迷惑そうな顔をしているが、深城が楽しそうなので真守も楽しそうだった。
でも少しでもいいから、確かな疲労を覚えている真守から深城を引き離してやろう。
垣根はそう思って、手に持っていた土産を深城に差し出した。
「源白、土産を全員に買ってきた」
「ほんとぉ! ありがとう、垣根さん!」
深城は垣根の目論見通り真守から離れて、垣根からお土産をもらう。
「スイートポテト買ってきた。林檎から一口貰ったが、けっこう美味い芋だった。気に入ると思う」
「ありがとぉ! じゃあお夕飯食べた後、お夜食にして食べよぉね。今日は真守ちゃんがデリバリー頼もうって言ってくれてるから、セイくんも呼んで頼むもの決めようか!」
深城は笑顔を見せると、林檎に映画を見ている白い少年に声を掛けてもらうように告げる。
林檎が白い少年のもとに向かう中、深城は冷蔵庫にスイートポテトを片付けに行った。
「……ずいぶんといつもと違う服装だな、真守」
垣根はビーズクッションに座っている真守の近くに腰を下ろして、丁寧に巻かれた真守の黒髪を手に取る。
「深城の趣味だからな……あの子はゆるくてふわふわが好きだから」
真守は顔をしかめながら自分のふくよかな胸に手を当てていたが、柔らかくふにゃっと微笑む。
「でも深城が楽しそうで良かった」
「……そうだな」
垣根はいつもより数段階もお手入れされてさらさらになった真守の髪の毛を触りながら頷く。
あの源白深城は真守の願いによって
だが源白深城だってあの時真守と一緒に願ったのだ。
死の
真守が深城と一緒にいるのを望んだように。源白深城だって真守と一緒にいられることを願っていたのだ。
二人の願い。それによってある意味歪んでいるとしても、本人たちが幸せならそれでいいと垣根は思う。
何故なら歪んでいても、幸せになれない人なんてたくさんいるのだから。
「大丈夫だぞ」
垣根がなんとなく寂しく思っていると感じた真守は柔らかく微笑む。
そして垣根にそっとすり寄った。
垣根は女の子らしい甘い匂いがしている真守のことを、優しく抱きしめる。
「垣根もずぅっと一緒なんだから」
「……当たり前だ」
垣根は目を伏せて、真守の柔らかな甘い体温を感じる。
これからずっと一緒だと当たり前に言えることが、酷く幸せなことだと知っている。
大切な少女が手の内にずっといてくれることが、この学園都市ではある意味奇蹟なのだと垣根帝督は知っているのだ。
「ありがとう、垣根。深城と二人きりにしてくれて」
真守は垣根の背中を撫でながらお礼を告げる。垣根は真守が背中を撫でてくれる感触に目を細めながら、真守にすり寄る。
「お前たちにはお前たちの絆があるから。そこに割り込もうなんて思わねえよ。……お前が、俺とアイツの間に踏み込まないようにな」
真守は垣根の言葉にこくんっと頷くと、垣根の頬にキスをした。
「だいすき、垣根」
「知ってる。──俺も、愛してる」
垣根は真守の頭を撫でて、そっとキスをする。
深城はその様子を静かにキッチンから見ていて、微笑んだ。
真守が大好きな男の子と幸せにしているのが、本当に幸せで嬉しいことなのだ。
「真守ちゃん」
深城は垣根にすり寄っている真守へと近づいて、その手を取る。
「あたしは幸せだよ、真守ちゃん」
真守はその言葉に目を見開くと、ふにゃっと笑った。
「よかった。色々あったけど、私も深城といつまでも一緒にいられることが幸せだぞ」
深城が真守の言葉に頷き、微笑んでいると。林檎が白い少年を連れてやってきた。
そして全員で今日の夕食を選び、穏やかなひと時を本日も過ごしていた。
A Very Merry Unbirethday篇終了です。
最後の二話が今回のオリジナル篇で一番書きたかった話でした。
能力が自我を持って動き出した存在。これについてはいずれ活動報告にて流動源力の裏話としてまとめるつもりですので、お待ちいただければ幸いです。