次は一一月七日月曜日です。
第六〇話:〈安穏平時〉はイタズラに始まる
一二月一日。クリスマスシーズン到来という月初め。
いつものように朝槻真守は早朝、目を覚ました。
「…………ん」
起きて早々、真守は背中の腰の辺りに重い感触があって眉をひそめた。
背後を取られているので視認できないが、どうやら一緒に寝ている垣根は自分の背中に額をくっつけて、後ろから抱きしめようとしたが途中で力尽きた状態で眠っているらしい。
「垣根、朝だぞ」
真守は自分にもたれかかっている垣根を起こすために、自分の体を
朝は、大体真守が垣根のことを起こすと決まっている。
それは
真守が自分の体を揺らしていると、垣根は低い声を上げた。
覚醒しただろうと真守が思ったら、垣根は少し動くと真守のことを完全に抱きしめた。
「おい、垣根。起きろ。そして離して」
真守は頑張って垣根の腕の中から出ようともがくが、垣根がぎゅうぎゅう抱き着いてくるので離れられない。
真守は内心ため息を吐く。
ここ最近、自分に対しての垣根の束縛が日に日に強くなっている。
それはしょうがないことだ。何故なら垣根帝督は一度、大切な存在を大切にできる前にその手から取りこぼしてしまっている。
そして今度こそ大切にしたい少女である朝槻真守は
しかも寝ている時に絶対に真守を垣根が離さなくなったのは、真守がハワイから学園都市に帰ってきた時こっそり布団から出たのが悪い。
真守は垣根を心配させてばかりだと申し訳なくなって、自分の胴体に回してきている垣根の手にちょこんっと触れる。
「大丈夫だぞ、垣根」
ずぅっと一緒だから。
真守はそう心の中で呟きながら垣根の体温を感じて微笑むと、後ろ手に垣根の体に触れた。
「………………なにが」
垣根はぼそぼそ呟くと、体を動かす。
真守が察するに、どうやら起きる気力が湧いてきたようだった。
「よかった。垣根、早く起きよう」
起きようと思っていた垣根帝督だが、真守に優しくぽんぽんと手を叩かれて気が変わった。
よかったと言われたら反抗したくなる。
早く起きようと言われたら起きたくなくなる。天邪鬼の発動である。
「ん!?」
垣根が起きると安心していた真守は思わず声を上げて、ビクッと震える。
垣根が自分の薄い腹に回していた手を動かし、するっともこもこのルームウェアの中に手を入れてきたからだ。
「や、ちょ……垣根! 服の中に手ぇ入れるなっ!!」
真守が声を上げると、垣根は真守のことを
「……………………あったけえ。人間湯たんぽ…………」
「私は寒いんだ! ゾクゾクするっ! 垣根、私より体温低いんだからヤメテ離せ!」
真守は垣根の体が冷たさすぎて逃げようとする。
だが次の瞬間、垣根の手が真守のルームウェアの中でぐぐっと上に向かった。
「ぎゃーっ! どこ触ってるんだお前っ!!」
がっつりナイトブラ越しに胸を触られた真守は今までで一番大きな声を上げた。
「……もっと色気ある声出せよ…………ねむ」
「ヤメテ朝から! ちょ、垣根! お前触りながらもう一回眠りに入ろうとするな!!」
どうするもう
(どうしよう……このままだと私を学校に送り届けた垣根が遅刻することに……)
真守がちょっと焦っていると、バターンと自室の扉が開け放たれた。
そこにいたのは、朝から元気いっぱいの杠林檎だった。
「朝槻、垣根! 今日はテレビオービットで公開収録放送があって、『てんうさ』が出る日だよ!! 深城が頑張って観覧チケット取ってくれたの! あとクリスマスのプレゼントもテレビ局の下で見ていいって言ってくれたの!!」
「テレビオービット? ……ああ、第一五学区にあるテレビ局か。そういえば深城が前にチケット取ったって言ってたな」
真守が記憶を頼りに呟いていると、林檎が強く頷く。
「そうっ朝槻も垣根も一緒に行こう!」
「……それは具体的に何時からなんだ? 今日普通に学校あるんだぞ?」
真守は自分の服の下で胸を触り続けている垣根の手を服の上からぺちぺち叩きながら、興奮した様子の林檎に目を向ける。
「大丈夫。一七時半からだから!」
「それなら大丈夫か……。垣根、というわけで今日学校終わったら遊んでやるから、離して」
垣根は真守の触っていた胸を基点に抱き寄せながら、真守の頭に顎を乗せる。
「学校サボって一日遊ぼうぜ」
「ダメだ。学生のうちしか学校にいけないし、学生の
真守がぶっぶーとバッテンを大きく作ると、垣根はムッと口を尖らせた。
そして、攻勢に出た。
真守の上の方に向かっていた手を、するりと下に向かわせる。
「朝からどこ触ろうとしてるんだバカ! へんたいっえっち! 林檎の前で盛るなっ」
垣根が下半身に手を滑らせてきたため、真守が垣根の腕の中から出ようと暴れると、垣根は地を這うような低い声を出す。
「別に一日くらい学校サボったっていいだろ」
「だめに決まってるだろっそれで遊びに行くなんて許されない!」
真守は自分のパンツに手を引っ掛けた垣根の右腕の皮膚をぎりぎりと摘まみ上げる。
「優等生め」
垣根が睨みつけると、林檎は自分を蚊帳の外にしてイチャイチャしている二人を見つめて、ムッと口を尖らせる。
「んぁ!?」
垣根から逃れようとしていた真守は思わず声を上げる。
何故なら林檎が乱れてしまった自分のルームウェアに下から手を突っ込んだからだ。
「林檎!? ど、どこに手ぇ突っ込んで……!」
真守が動揺していると、林檎は垣根が触ってる方とは逆の胸を強引に掴む。
「ふぁ!?」
「ふかふか。垣根、いつもこんなふかふかで気持ちいいの触ってるの?」
林檎は真守の胸をふにふに触りながら、真守の背後にいる垣根へと声を掛ける。
「これは俺のだ。ガキが触るんじゃねえ」
垣根は突然の出来事に固まっている真守の服の中でごそごそと手を動かして、林檎の手をどけようとする。
「? でも深城がおっぱいは
「今は俺のだ。だから触るな」
林檎は垣根の命令を聞かずに真守の胸から手を離さない。
「垣根って強欲だね」
林檎がぽそっと告げると、垣根は怒気を込めて林檎を睨んだ。
「自分の女好きなようにして何が強欲だよ、いいからとっとと手を離せ」
自分の服の下で猛攻を続ける二人に、真守は当然ブチ切れる。
「…………っ二人共……離すんだよっ…………っ!!」
真守は怒りのままにAIM拡散力場を使って二人を引っぺがし、そのまま説教を始めた。
──────…………。
「まったく。人の肌に簡単に触るとか、外だと痴女、痴漢扱いだぞ。まったく!」
真守はラウンジのダイニングテーブルで朝食のクラブハウスサンドイッチをちまちま食べながら、目の前に座っているセクハラ大魔王たちを睨みつける。
そのセクハラ大魔王たちこと垣根帝督と杠林檎はつーんとした同じ表情をしており、真守に怒られたとしてもまったく響いていない様子だった。
どんどん自尊心高めの自己中心的な考えをする垣根に林檎が似てきた、と真守は危機感を覚えて垣根を睨む。
「垣根っ垣根がちゃんとしてないと林檎が真似するだろうが! 情操教育のためにちゃんとしゃっきりしろっ」
垣根は真守に当然のことを怒られて、ムッとしながら林檎を見た。
「林檎。真守の胸は揉むんじゃねえ。源白の胸を揉め」
「深城の胸は顔をうずめるのがいいの。朝槻のは掴むのにちょうどいい」
もぎゅもぎゅとサンドイッチを食べていた林檎がそう呟くので、真守は驚愕する。
「深城のは既にテイスト済み!? いつからお前はおっぱいソムリエになったんだっ」
「まあまあ真守ちゃん。林檎ちゃんだって好き勝手セクハラしたらだめだって分かってるから」
猫のように威嚇する真守を見て深城が宥めると、深城と真守の間に座っていた人間の生きる意志を体現した少年、セイはごっくんと大きく呑み込んでから真守の制服の裾を引っ張った。
「いいじゃないか、朝槻真守。杠林檎がお前たちに心を許している証だろ?」
「そういう問題じゃないっ」
真守は林檎を擁護する二人にぷんぷんと怒りを向ける。
「お前たち最近勝手が過ぎるぞ!」
「俺たちのこと散々振り回して心配させてるお前に言われたくねえよ。ちょっとは俺たちに振り回されりゃあいい。つーわけで今日は学校ズル休みで第一五学区に行くぞ」
散々自分を心配させるじゃじゃ馬娘こと朝槻真守を垣根が睨むと、真守は垣根や深城たちに随分と心配かけてきたことを多々思い出す。
色々理由はあったが、二人のもとを離れて心底心配させたのは確かだ。
「う、うぐ…………でもだめだぞ。学校休むのは絶対にだめだから!」
真守が叫ぶと、深城は苦笑しながら頷く。
「そうだねえ。垣根さん、真守ちゃんはまだ学生生活始めて一年も経ってないんだから。放課後デートするだけで我慢して。ね?」
深城が優しく諭すと、垣根はチッと舌打ちをする。
「源白がそういうなら許してやる。でもな、真守。放課後はとことん俺に付き合ってもらうからな、分かったか?」
真守は傍若無人な垣根を諫めた深城に感謝しながらため息を吐く。
「学校行かせてくれるだけありがたいと思おう……」
とりあえずみんなが納得した状態で真守が朝食を再開すると、そんな真守に深城が笑いかける。
「じゃああたしたちはテレビ局に行って、真守ちゃんと垣根さんは二人きりでデートだねえ」
「お前はやっぱり気が利く女だな、源白」
垣根はご機嫌に深城を見て笑い、真守はため息を吐く。
「もう好きにしてくれ。私は学校に行ければそれでいい」
真守が投げやりになって告げると、白い少年がホットミルクを飲み終えてけぷっと息を吐きながら呟く。
「朝から大変だな、朝槻真守」
真守はホットミルクに手を伸ばしながら、少年の言葉に肩をすくめる。
「でも想われてるのは幸せなことだから。それに神さまを振り回せる人間というのは貴重なものだ」
真守がしょうがないと告げると、垣根はにやーッと笑った。
「よく分かってるじゃねえか、真守」
「調子に乗るな」
真守が睨んでいると、その時大きなカブトムシを抱えてラウンジへと入ってきた少女がいた。
もちろん、フロイライン=クロイトゥーネだ。
「クロイトゥーネちゃん、おはよう。どこで寝てたの?」
深城が問いかけると、クロイトゥーネはてちてちと歩きながら深城の質問に答えた。
「真守ちゃんのクラスメイトの不思議な右手を持った少年のベランダで寝てました。なんだか朝から被食者と捕食者が追いかけっこしてて騒がしかったです」
「それってオティヌスちゃんが三毛猫のスフィンクスくんに追いかけられてたってこと? うーん。それもある意味罰みたいなものだから良いと思うけど、毎日だと大変だよねえ」
深城はクロイトゥーネ用に作ってあったクラブハウスサンドイッチを持って来ながら苦笑する。
オティヌスは上条当麻と苦楽を共にするのが罰なのだ。
そのため多少の苦しみも刑罰として働くのだが、毎日三毛猫と命の危険を感じながら追いかけっこしているのは大変なことだ。
「しょうがないです。被食者と捕食者の関係はそう簡単には覆りませんから」
クロイトゥーネは椅子に座っていただきますをしてから、はぐはぐとクラブハウスサンドイッチを食べ始めながら告げる。
真守はその様子を見て、ふむと頷く。
「しょうがないと言っても行き過ぎるとまた問題だからな。何か考えた方が良いかな」
真守が思案していると、垣根はため息を吐きながら告げる。
「お前が施すのは良くねえだろ。上条が恩情で何とかするべきだな」
それもそうなんだよな、と真守が考えていると、深城がにこっと笑ってクロイトゥーネに声を掛けた。
「クロイトゥーネちゃん。今日みんなでテレビの収録を見に行くんだけど、一緒に行く?」
「! 行きたい、です。一緒に行く」
興味津々のクロイトゥーネを見て、真守と垣根は柔らかく笑う。
第三次世界大戦があろうと世界が終わろうと、変わらない幸福な朝。
そんな朝を過ごした真守たちは、放課後に遊ぶことを約束して学生としての一日を始めた。
サンジェルマン襲来篇、開幕です。ついに流動源力でも一二月に入りました。