次は一一月一四日です。
第七学区にある、特筆する事は何もない普通の高校。
だがそれは過去の話だ。何故なら
「じゃあな、垣根。今日も送ってくれてありがとう」
真守は学校の前で振り返って、垣根を見上げる。
垣根帝督は毎朝必ず真守のことを学校に送り届けている。
垣根が学校に遅れないかとひやひやする真守だが、垣根はそんな事どこ吹く風である。
「ちゃんと学校に行くんだぞ。分かったな?」
「気が向いたら行く」
「行かないとデートしない」
真守がムッと顔をしかめて垣根を見上げると、垣根はチッと舌打ちした。
真守はそんな垣根を見て心配になり、眉を八の字に曲げる。
「垣根は学校生活、やっぱり楽しくない?」
「ああ、そうだな」
垣根が即答すると、真守は悲しくなってしゅんっと小さくなる。
そんな真守を見て即答した事が申し訳なくなった垣根は目を
「…………お前がいないから楽しむ気はない」
「そっか」
真守は寂しそうにふわっと笑うと、ちょっと背伸びをして垣根の頬へ手を伸ばした。
「楽しんでほしいな。垣根には良くしてくれるともだ──知り合いがいるんだから」
真守は垣根がどうしても友達だと認めない、以前会ったことがある垣根の同級生のことを考えて微笑む。
垣根の同級生は本当に優しい人たちなのだ。
そして学園都市の『闇』を何も知らない人たちだから、垣根帝督はあまり関わりたくないのだ。
「垣根の学校にはせっかく素敵な人がいるんだから。私は垣根にその人たちを大事にしてほしいな」
真守は垣根の頬を撫でて、ふにゃっと微笑む。
「今は受け入れられなくてもこれから楽しめるようになると思うぞ、垣根。だってお前はもう学園都市から解放されたんだから」
楽しめるようになるのだろうか、と垣根帝督は思う。
だが真守がそうなるのだと言うのだ。
そして自分がロシアの地で
「…………学校行ってくる」
ちょっと気が向いたので垣根がそう告げると、真守はそれが嬉しくて表情を輝かせた。
「うんっ。そしたらデートしような。垣根」
真守は垣根の頬から手を離すと、小さく手をふりふり振る。
垣根は真守が校舎に消えていくまで見守って。そして自分も学校へと向かった。
──────…………。
真守が教室に入ると、即座に気が付くことがあってきょとっと目を見開いた。
クラスメイトである上条当麻が、なんだか意気消沈している。
「上条。どうした、負のオーラをまとわせて」
真守が近付くと、上条は気力がない様子で顔を上げた。
「ふ。ふふ……朝槻さん、おはよう……そして俺はもうだめかもしれない」
「? どうした。お前は散々オティヌスに尊厳を踏みにじられても、ゴキブリ並みの生命力と精神力でしぶとく這いつくばって生きてただろ。一体何があった?」
真守がさらりと毒を吐く事も気にならない程に
「俺、この戦いが終わったら女の子と一緒に学園都市最大の繁華街・第一五学区のさらにてっぺんにあるオシャレデートスポット・ダイヤノイドに出かけるんだ。それがもう今からおそろしくておそろしくて」
「ダイヤノイド?」
真守は目を見開く。
ダイヤノイドとは全体的に和テイストで整えられている学園都市有数のセレブ御用達スポットであり、全てがダイヤで作られているという触れ込みだ。
実際には全面ダイヤは脆すぎるという理由で人工ダイヤやカーボンナノチューブ、カーボンファイバーにカーボンフレームなど炭素で統一してあるというだけなのだが、全部ダイヤと言えば庶民が一度は行ってみたいと思う場所である。
朝会話した通り、真守たちもそのダイヤノイドに行く用事が丁度あるのだ。
なんかまた厄介事起きなければいいけど、と真守は考える。
だが確実に何か起きそうな気がする。絶対に。一〇〇%。
真守はそう予感しながら、上条の前の席に腰を下ろした。
「オティヌスが本物の赤レンガをかまどで焼いて塗り固めた本格仕様のドールハウスが欲しいって言ってさ……。三毛猫に追いかけられるのが嫌だとか言って……だから行かなくちゃいけないんだよぅ……」
「そういえば今日も追いかけっこしてたってクロイトゥーネが言ってたな。特殊な刑罰の一種だとしても、毎日命を脅かされるのはやっぱり大変だからな……」
真守が三毛猫に追いかけられている様子を想像していると、上条は名案を思いつく。
「! そうだっダイヤノイドが俺にとって場違いでも、場違いじゃない朝槻さんについてきてもらえば……っ!!」
名案を思い付いたと思った上条は顔を上げて真守を見る。
だが真守を見た瞬間、上条当麻は固まった。
あどけない顔つき。黒髪ロングの猫っ毛と猫耳ヘアが良く似合う、黒猫系美少女。
エメラルドグリーンの瞳が無機質で蠱惑的な印象であり、アイドル体型と言わんばかりの理想の体型。
「だ、ダメだ……ッ」
上条当麻はダイヤノイドにいても、
こんな完璧少女の隣にいたら道化もいいところである。しかも真守を誘うということは垣根帝督も一緒についてくるということだ。
美男美女が多いハワイでも突出していた能力も外見も超上級であるカップルがそばにいたら、確実に道化である。
「ピエロにはなりたくない……ッ!」
「お前は楽しそうだな、本当に」
真守は上条の思考回路が相変わらずぶっ飛んでることに笑う。
「私もダイヤノイドに行く用事があるけど、お前とは一緒にいられないぞ。深城たちがテレビオービットに用があるから、その間垣根と二人きりでデートする約束したんだ」
「……テレビオービットってダイヤノイドに入ってる放送局だよな。そこに用があるのか?」
上条が首を傾げると、真守はコクッと頷いた。
「一緒に住んでる女の子の好きなマスコットキャラクターが公開収録放送に出るんだ」
「好きなますこっと……それってゲコなんとかとかピョンなんとかみたいなカエル軍団の一匹?」
「違う。『天使なうさぎ様』っていうマスコットキャラクターだ。それにお前が言ってるのはゲコ太とピョン子だろ。……ああ、確かピョン吉なんてのもいたっけ」
真守があまり役に立たない情報を思い出していると、上条はぐでーっと机にもたれかかる。
「カエルの名前なんてそんなのどうでもいいよ……俺は放課後が憂鬱で朝から気が重い……」
「美琴に聞かれたら電撃ビリビリされそうな言葉だな」
真守はくすっと笑って、ぐでんぐでんになった上条を見下ろす。
すると上条当麻のいつもの面子である土御門元春と青髪ピアスがやってきたので、真守は
そしていつものように真守は授業を受けた。
ちなみに歴史の授業で投扇興とかいう遊びの話を教師から聞いて、
その際に上条当麻が世界をオティヌスによって造り替えられていた時に溜まった鬱憤を土御門元春と青髪ピアスにちょっと晴らしていたが、実害がなさそうなので真守は放っておいた。
──────…………。
放課後。
真守は予定通り深城たちと垣根と合流して、第一五学区へと向かった。
ダイヤノイドは第一五学区の駅ビルも兼ねている。
そのため地下鉄で到着すると、そのままダイヤノイド内に入ることができるのだ。
深城たちは公開収録放送に備えて、既にテレビオービットへと向かっている。
真守は当初の予定通り、垣根と二人きりでダイヤノイドの下階層でデートをしていた。
ダイヤノイドの下階層にある店はダイヤノイドが独自に選別したもので、約三五〇店舗もの高級志向の店が所狭しと並んでいる。
そんな店の中でも、最上級に当たる女性服店。
「お客様、よくお似合いです!」
店員に一〇〇%お世辞ではない賛辞を贈られても、真守はむすっと顔をしかめたままだ。
真守が試着しているのは白のブラウスと胸元に結ばれた黒いリボン、そしてひざ丈の黒いフレア状の何重にも布が重なるハイウェストスカート。
そしてスカートの下には薄い黒のストッキング。足を彩る黒いリボンが付いたエナメルのパンプスは、一〇㎝はあるピンヒールだ。
いつものモノクロファッションだが、真守は丈の長いワンピースもストッキングもピンヒールのパンプスも履かない。
完全に男の趣味丸出しのきわどさがない、完璧防備の動きを制限される格好。
だから真守は納得いかない表情になっていたのだ。
百歩譲って猫耳ヘアに白いリボンや、小ぶりのダイヤモンドのイヤリングが耳元で光っているのは許せる。
だが服装だけは気に入らない。
スカートが長かったりピンヒールだったりして、本当に動きにくいのだ。
真守が不満そうにしていると、店員がおずおずと話しかけてきた。
「お客様。このまま当店でのお洋服を着用して外に出てくだされば、色々とサービスさせていただきますが……」
真守は
そんな真守が店の服を着てこのダイヤノイドを歩くとなれば、宣伝効果が大きいのだ。
店員はきらきらと目を輝かせて、むくれている真守──ではなく、真守に服を着させた張本人である垣根を見た。
「じゃああっちの服も見せてくれ」
「ありがとうございます!」
垣根が店員の提案に頷く姿を見せると、店員は
「真守、機嫌直せよ。かわいい格好してんのに台無しだろ?」
最高潮に機嫌がいい垣根はむすーっと顔をしかめている真守を見る。
「そりゃ制服引っぺがされて着せ替え人形にさせられたら怒るに決まってるだろ」
真守はジト目で垣根を見上げて、機嫌悪そうにする。
「まったく、いつの間におじいさまとメル友になったんだよ。おじいさまに垣根が余計なこと言わなかったらこんなことにならなかったのに……」
世界が終焉して再構築された後。真守と垣根は国連本部でマクレーン家の当主である真守の祖父、ランドル=マクレーンと初対面した。
どうやら真守のあずかり知らぬところで垣根と真守の祖父は連絡先を交換しており、垣根が真守の情報を祖父に伝えているらしいのだ。
垣根はランドンに真守が丈の短いショートパンツやらスカートを生足で穿く、と半ば愚痴のように教えた。
すると真守の祖父は『これでキミが安心できる服を買ってくれ』なんて言って小切手をぽーんと渡してきたのだ。
「真守。じーさんに写真送る時はちゃんと嬉しそうな顔しろよ」
「それはちゃんと分かってるっ。私が怒っているのは垣根に対してでな……!」
真守が抗議すると、垣根はそれをスルーして店員が持ってきた薄いピンクの高級コートを見る。
真守はぷんぷん怒っており、そんな真守を見て店員は『恋人が過保護になりすぎて怒っているのねー』と微笑ましいものを見るかの眼差しを向けていた。
──────…………。
結局真守は垣根が最後に見ていた薄いピンクのコートを着させられて、全身コーデされた状態で店から出た。
ちなみに真守の制服は高級服飾店が責任を持って自宅に送り届けてくれると言う。至れり尽くせりである。
「垣根はこんなに長いスカートが好みなのか」
真守は薄いピンクのコートの下に着ているスカートの裾を気にしながら、垣根と恋人繋ぎをしてダイヤノイドの商業エリアを歩く。
「ああ、すげえ好みだな。いつもみたいに上品だし、お前が無茶できない格好だし、スカートの丈が長くてパンモロしないし、生足むき出しじゃねえし」
真守は正直な想いを口にする垣根と繋いでいる手にちょっと力を込める。
さらっと『朝槻真守はいつも上品』と、お世辞ではない本心を口にする辺りが本当にスマートだ。
真守はちょっと嬉しくなりながら、服を全身コーデされる前に入った下着ショップを思い出す。
「下着もたくさん買ったし、そんなにいつもの私の下着が嫌い?」
「いつもの下着もエロくていいけど、自分の女が自分の選んだ下着付けてる方が燃えるだろ?」
「燃えるとか言うな、垣根のばか。えっち」
真守がぶんぶんと垣根と繋いでいる手を振って怒りを表現していると、垣根は意地悪く笑って怒ってる表情すらかわいい真守を見下ろした。
「エロいとかその方向に考えるお前の思考がエロいんじゃねえの? 俺はただ単に好きな女が自分の下着付けてるって思うと、純粋に嬉しいって話してるだけだ」
「じゃあそう言えばいいだろ、言い方を考えろっ……! というか絶対そっち方向で言っただろ。この屁理屈男……っ」
真守がじとっと垣根を睨み上げていると、垣根は上機嫌に笑う。
「別にどうでもいいだろ。それより怒ってばっかじゃなくてかわいい顔しろ。下着も今のコーデもお前が好きなモノクロに合わせてるんだから。ちゃんと考えてやったんだぜ?」
真守は顔をしかめて、大層ご機嫌な様子の垣根を見上げる。
「えらくご機嫌だな、垣根」
「そりゃ機嫌も良くなるだろ。好きな女が好みの格好してるんだからな」
垣根は愉快そうに真守と繋いでいる手を自分の口元に寄せて微笑む。
「かきねのばか」
垣根の様子が絵になるほどにかっこよくてきゅんとしてしまった真守は、照れ隠しに垣根のことを罵倒した。
真守の罵倒が照れ隠しであると気が付いている垣根はくつくつと笑い、そんな垣根の様子に真守はますます機嫌を悪くして垣根を見上げる。
「垣根。垣根はいつも私とデートに行くと私のモノばっかり買うけど、自分の欲しいものを見なくていいのか?」
「別にいい」
「即答するな。私が垣根に買いたいから、この後見に行くぞ」
「何か見繕ってくれるのか?」
垣根は薄く目を見開いて、真守を見る。
真守は嬉しそうにしている垣根を見上げて、くすっと笑った。
「垣根が一応私の好みを考えてくれたから。私も垣根が気に入るのを選んであげる」
「お前が俺のことを考えて選んでくれたらなんでもうれしい」
垣根は心底幸せそうに目を細める。
真守はその様子を見て、ちょっと不安になる。
流石に朝槻真守を中心に垣根の世界は回りすぎではないか、と。
「……垣根、私がいなくなったら生きていけないだろ」
「当たり前だろ。俺の事が大事なら俺の前からいなくなるんじゃねえぞ」
真守はあっけらかんという垣根を見上げてため息を吐く。
一〇㎝のピンヒールを履いているため、いつもより垣根と距離が違い。
そんな垣根をじっと見上げる真守。
「垣根、よくここまで誰にも依存しないで生きてこられたな。逆にどうして私以外に入れ込まなかったか気になるところだ」
「バーカ。お前に会わなかったら普通に生きてたに決まってんだろ。つーか、お前はどうなんだよ」
「? どうって?」
垣根の質問に真守がきょとっと目を見開いて小首をかしげると、そんな様子の真守をじぃっと垣根は見つめる。
「俺がいなくなっても生きていけるのかよ、お前」
真守は垣根に問いかけられて目を瞬かせる。
垣根がいなくなったら。
それを想像した真守は即座に真顔になった。
「たとえ世界が滅んでも絶対に垣根を離さない」
「お前の方が極まってるじゃねえか。自分のこと棚に上げてあれこれ言うんじゃねえよ」
垣根がじとっと睨んでくるので、真守は真顔から復帰して小さく笑う。
そして真守は自分と恋人繋ぎしている垣根の左腕に、ぴとっと寄り添った。
「ふふ。私も垣根もどっちもどっちだな」
「お揃いでいいじゃねえか。どっちも相手を大事にしたい気持ちは本当だ」
「そうだな」
真守はくすくす笑っていたが、見知った人をとらえて真守は声を上げた。
「ん?」
真守の視線の先。そこには学園都市
傍らには滝壺理后と絹旗最愛がいる。浜面仕上はいないようだ。
「あら。久しぶりね」
確かに久しぶりだ。
フレメア=セイヴェルンが『
「久しぶりだな、麦野」
真守が挨拶すると、垣根はチッと舌打ちをした。
真守とデートしていたのに会いたくもない人間にあったからだ。
真守はそれに薄くため息を吐く。
そんな真守と垣根を見ていた麦野は目を瞬かせると、楽しそうにニヤッと小さく笑った。