とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第六七話、投稿します。
次は一二月五日月曜日です。


第六七話:〈完全真者〉は宿題を課す

フレンダ=セイヴェルンの友人であり、彼女を探すためにダイヤノイドに現れた藍花悦。

だがもう既に、藍花悦を偽っていた少年はここにはいない。

いまここにいるのはフレンダ=セイヴェルンの死を利用され、彼女を守るためにヒーローとして立ち上がった少年──加納神華だけだ。

 

彼は一人でもサンジェルマンと戦おうとしている。

それを見て。

二人のヒーローから、同時に言葉がこぼれた。

 

「「仕方ねえな」」

 

ヒーローとして立ち上がった、加納神華。

かつて藍花悦と自身を偽っていた、今は胸を張って自分は加納神華だと名乗れる少年。

ここで彼を死なせてしまうのはもったいない。

 

そう思った上条当麻とは浜面仕上は、前に出た。

そして躊躇(ちゅうちょ)する事なく、サンジェルマンの群れへと飛び掛かった。

 

サンジェルマンが上条当麻の性質を穢す茶番劇が破綻した今、サンジェルマンにとって加納神華とは不必要な存在だ。

だから処分する。

それを上条当麻と浜面仕上が阻止しようとした時、『シャンボール』とは別の脅威である凄まじい緑の閃光が走った。

 

麦野沈利の『原子崩し(メルトダウナー)』。

だが麦野の攻撃は確実に加納神華を狙ったものだった。

そのため真守は眉をひそめつつ、その攻撃を()じ曲げて『シャンボール』へと軌道を修正した。

 

「あ。何やってんのよ」

 

麦野は自身の原子崩し(メルトダウナー)の方向を曲げられたので、ドロドロに溶けた天井を足場にして陣取っている真守を睨む。

 

以前ならば自分の原子崩し(メルトダウナー)を逸らされたら麦野は怒っていた。

だが滝壺理后に干渉されて照準を合わせてもらったことがあったため、怒りに燃えることはなかった。

それでも気に入らないものは気に入らない。

 

憤りを見せている麦野を見て垣根はため息を吐き、麦野を睥睨する。

 

「何やってんのはこっちのセリフだ。今の状況見てなかったのかよテメエ」

 

「だってあいつの決意とか心変わりとか私には関わりのない話だし。敵の側についているみたいだから手心を加える理由の方に心当たりがないんだし」

 

麦野がけろっと告げると、運搬着(パワーリフター)の鋼の剛腕を振りかざした浜面が叫ぶ。

 

「関係あるに決まってんだろぉおおが!! あまり大きな声で言えたことじゃねえが、全ての元凶はテメエがやったことでしょうがよぉおおおおお!!」

 

浜面の全力のシャウトを聞いて麦野はため息を吐いた。

麦野沈利はずっと裏稼業に身を投じていた。

そのため敵か味方か分からないイエローは、手心を加えて無力化するのが身についているのだ。

裏稼業から抜けたとしても、そう簡単に捨てられない考えはある。

その事実をよく分かっている垣根が顔をしかめていると、そんな垣根の前で麦野はサンジェルマンを見た。

 

「で? アンタはずぶずぶの真っ赤っ赤ってことで構わねんだよな、クソ野郎さん?」

 

麦野は原子崩し(メルトダウナー)を緑の光球として待機させたまま、フレンダによく似た雰囲気を持っている金髪のサンジェルマンを睨む。

そんな中、上条当麻に原子崩し(メルトダウナー)から守るために押し倒されていた加納神華は立ち上がった。

そして自身の敵であるサンジェルマンを睨みつける。

 

「あんたが踏みにじったおれの友達の尊厳を! ここでひとつ残らず返してもらう!!」

 

サンジェルマンはふむ、と呟くと加納神華を見つめた。

 

「多少の個が集った程度で、強固な結晶構造である私を打倒できるとでも?」

 

サンジェルマンは群れを割り、その布陣を変化させながら問いかける。

中心に立つのはフレンダ=セイヴェルンにわざと雰囲気を似せている、バニースーツとジャケットを合わせた、手品師じみた燕尾服を着込んでいるサンジェルマンだ。

サンジェルマンは地面から()じれた槍、『シャンボール』を生み出し、その手に持つ。

 

「私は魔術師でも『魔神』でもない存在、第三の分類。絶滅を望むのであれば、魔術師や魔神といったカテゴリ全体を葬るだけの火力がいる。多少の個が集った程度で、強固な結晶構造である私を打倒できるとでも?」

 

「御託は良い」

 

舞台上に立っているのかように仰々しいサンジェルマンを、加納神華は睨みつける。

 

「来るなら来い。それとも、手袋でも投げられなくちゃケンカの一つでもできないのか?」

 

サンジェルマンは笑みを浮かべたまま目を細める。

その瞬間、三六〇度全方向から五〇〇〇以上の『シャンボール』が放たれた。

それでも、この場には圧倒的な力を持つ朝槻真守がいる。

 

だが真守が動く前に、この場にいる主人公(ヒーロー)たちが動いた。

 

上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)が。

浜面仕上の運搬着(パワーリフター)が。麦野沈利の原子崩し(メルトダウナー)が、絹旗最愛の窒素装甲(オフェンスア-マー)が。

炭素で作られたシャンボールを打ち砕く(たび)に、巨大な宝石の塊が砕けるような甲高い音が響く。

 

真守はその様子を見つめたまま、目を細めた。

 

(んー。私は手を出さなくてもいいかな)

 

「インデックス」

 

真守は膨大な音の洪水の中でも、動じずに毅然(きぜん)とした態度で立っているインデックスを見る。

インデックスは真守に語り掛けられて、頷く。

 

「サンジェルマンの魔術を暴けばいいんだね?」

 

「お願い。物理的な攻撃は私たちが防げるけど、サンジェルマンから人々を安全に解放できるのはインデックスだけだから」

 

「分かったんだよ、任せて!」

 

インデックスが力強く返事すると、オティヌスは真守の肩からインデックスの肩へとぴょいっと移動した。

 

「私も手伝ってやる」

 

「うん!」

 

インデックスは、オティヌスにちょっかいを掛けたそうにはしているが、きちんと空気を読んでいる三毛猫を抱き上げたまま頷く。

そんな真守たちの前で、上条当麻が不敵に笑う。

 

「どうしたサンジェルマン。いい加減アンタの手の内は見飽きたぞ。強力だけどワンパターンしかない猛威なら、そろそろ見納めにさせてもらっても構わないか?」

 

「いいや。しち面倒くせえよ」

 

上条当麻の挑発に反応したのは麦野沈利だった。

麦野はフレンダに似た金髪を持つサンジェルマンへと手を向ける。

 

「ようは、死なない程度に削りとりゃいい話だろ。なあに、学園都市の技術は優秀だ。そいつは私のボディが証明してる。手足の二、三本吹っ飛んだって何事もなく人生くらい送れるさ!!」

 

麦野は緑の閃光をまとった原子崩し(メルトダウナー)をいくつも放つ。

サンジェルマンは迫る原子崩しを前にして小さく笑い、手にした槍をくるりと回した。

すると。サンジェルマンはシャンボールの先端で原子崩しを受け止めた。

 

「なっ!?」

 

「それほど不思議なことかね。既に一度見た攻撃にすぎん」

 

サンジェルマンは上条当麻の言葉を借りてにやっと笑う。

 

「諸君らが槍と呼んでいたものは『シャンボール』、そしてその『根』にすぎん。そもそもこの名は研究テーマを追求するのに必要なものを取りそろえた実験室の名前だ」

 

サンジェルマンは原子崩し(メルトダウナー)を受け止め、赤熱する槍をくるんっと回して、優雅に槍の先端で光の軌跡を空中に描き出す。

 

「『根』は土中になければ自己の維持すら困難とするが、水と栄養を奪う尖兵だ。そして複数を絡めればその強度を増すことができる。『根』に対して、『枝』や『幹』は頑丈だ。文字通り耐久性は桁が変わるのだよ」

 

浜面は突然、悠々自適と説明し始めたサンジェルマンを見て、怪訝な表情をする。

 

「『根』……? それに『枝』、『幹』だって? テメエ、何を言って……」

 

「ダイヤを操るとは、炭素を操るとは、有機物を操るとは……いわば生命の暗喩(あんゆ)に過ぎん」

 

サンジェルマンは謳うように呟くと、原子崩し(メルトダウナー)を受け止めて赤く輝く槍の先をくるくる動かし、空中に光文字で∞の字を描き出す。

 

「植物の特徴を知っているか? 特徴的なのは動物の細胞にはない細胞壁だ。そんな植物細胞を一度分解して皮膚、骨格、血管、筋肉などの各々の機能を細分化し、それらを再び結合し、最適化を促したらどんな系統樹が生まれると思うかね?」

 

サンジェルマンの説明を聞いていた絹旗最愛は背筋にゾクッと駆け上がるものがあり、警戒心を(あら)わにした。

そんな絹旗の前で、サンジェルマンの真横にある炭素でできた柱が不自然に盛り上げっていく。

麦野はすぐに原子崩し(メルトダウナー)を撃ったが、その盛り上がった柱が麦野の攻撃を受け止めた。

 

そして炭素から生み出されて咆哮を放ったのは、巨大な虫だった。

 

二メートル弱の高さを持ち、全長は四メートル以上のサソリのような太い尾を持つ虫。

その足は樹木の根を組み合わせて作られたようなものであり、顎の代わりにはピンクがかった白い花弁を持っている。

 

両手に(たずさ)えられているのは食虫植物の捕食のうという、まるでハナカマキリにも似た動物と、植物を掛け合わされて生み出された混合生物。

 

しかも尾の先端には毒針の代わりに燕尾服をまとうサンジェルマンの一人が生えていた。

 

「教えてやろう。有機と炭素と、生命の三位を統べる秘宝、その真髄を」

 

ハナカマキリを模した炭素生物は次々に生まれ落ち、上条や加納神華に殺到する。

 

だがその炭素生物を弾き飛ばしたのは、上条当麻の頭に乗っていたカブトムシだった。

 

カブトムシの体は未元物質(ダークマター)の急速生成によって膨れ上がり、ハナカマキリにも似た炭素生物と同じ大きさとなる。

 

『不愉快です』

 

カブトムシはいつものヘーゼルグリーンの瞳を赤く染め上げて、そして空気を震わせて告げる。

 

『炭素ごときで造られた劣等品が大きな顔をするとは。まったくお笑い種です』

 

カブトムシが憤慨した瞬間、ふっと誰かが噴き出した声が響いた。

くつくつと笑い。

その後大きな声を上げて笑ったのは、真守と一緒に立っていた垣根帝督だった。

 

「く、くっくっく……ッははははッ!! 有機と炭素と、生命の三位を統べる? それっぽっちを統べてデカい顔してるんじゃねえよ、三下ァ」

 

真守は大笑いしている垣根を見て微妙な顔をしていたが、しょうがないなあと思って小さく笑う。

垣根帝督はひとしきり笑うと、三対六枚の翼を広げて宙へと躍り出た。

 

「格の違いってヤツを見せてやるよ」

 

意外とサンジェルマンと敵対することに気が乗っている垣根はにやりと笑うと、未元物質(ダークマター)の翼を大きく広げた。

垣根帝督が操る『無限の創造性』を秘めた、未元物質(ダークマター)が散布される。

 

すると。サンジェルマンの統べていた世界が狂いだした。

 

ハナカマキリを模した炭素生物はその動きを止めて。そしてサンジェルマンが携えていたシャンボールにも変化が起きた。

ピシ、ピシピシと連続して結晶が軋みを上げる。

するとガラスのような甲高い音を立てて、サンジェルマンの操っていた炭素製の全てのものが粉々に砕け散った。

 

「……な、!?」

 

サンジェルマンが驚く中、ハナカマキリの炭素生物もシャンボールも全てが脆く儚く崩れていく。

そしてぱらぱらと散った欠片が、サンジェルマンにまだ操られていない炭素の床に落ちると、突然氷の結晶が地面から生えた。

 

「あ? ……ああ、魔術に干渉したから演算外の事象が起きやがったのか。まあいいだろ」

 

垣根は笑うと、サンジェルマンを睥睨しながら笑う。

 

「有機物とか無機物とか……ったく。そんな常識に縛られねえ俺の未元物質(ダークマター)に、お前が敵うはずがねえだろ。ハリボテ野郎」

 

自身の世界を統べるはずの魔術を封じられたサンジェルマンは硬直する。

だが不敵に笑うと、再び動き出した。

 

「まだだ。まだ私は終わらないぞ」

 

サンジェルマンは笑って指をパチンッと鳴らした。

その途端、ダイヤノイド最下層に設置されている薄型モニターが一斉に点灯した。

 

「あ?」

 

垣根が怪訝な声を上げると、サンジェルマンは笑って告げる。

 

「忘れたのか。私はダイヤノイドを封鎖し、その内部に大量の人員を閉じ込めてあると」

 

「それが?」

 

「サンジェルマンは同期して感染し、拡張する。結晶化のための刺激を与えてやれば、私はどこまでも肥大する。高濃度の食塩水に電気を通すように。おあつらえ向きに、ダイヤノイドの中層にはテレビオービットの放送局が丸ごと詰まっていたはずだよなあ!?」

 

サンジェルマンが垣根に笑いかける中、薄型モニターから滅茶苦茶なノイズが音として(ほとばし)る。

そして画面に景色や古文書の一ページ、意味不明なグラフ、リアルな頭蓋骨の三面図などがめちゃくちゃに映る。

それはサンジェルマンが人々に施した種を芽生えさせ、サンジェルマンという結晶の一部にするための儀式だった。

だが垣根は呆れた様子でため息を吐いた。そんな垣根の代わりに、上条当麻が問いかける。

 

「それもお得意の学芸会か?」

 

サンジェルマンはその問いかけにぴたっと止まる。

 

「ネットで動画を流した程度でサンジェルマンが同期・並列化・結晶化、でもって無尽蔵に肥大化していくなら、お前は今ごろ第三の分類じゃなくて、人類って名前の結晶になってるだろ」

 

上条当麻はそう断言して、そしてサンジェルマンを見た。

 

「一見大仰に考えているようで実は何も考えてない。それがサンジェルマンだ。そんな野郎が立てた計画や筋道や善悪なんて、そりゃ支離滅裂に決まってる。アンタは一つのことを一つのままに維持する事も出来ないんだ」

 

上条当麻は目の前の人物を見つめる。

 

「お前は本当にサンジェルマンなのか? それともそう名乗っておいた方が楽になれる別の誰かなのか!?」

 

「何のことだか分からないよ」

 

サンジェルマンはにっこりと笑ってはいるが、その小さな額には汗が浮かび上がっていた。

 

「だって私は言うまでもなく本物でサンジェルマンと呼ばれる時間の跳躍者で一五○〇年の時を経て仕えるべき王を捜していて醜い貴族たちとまともに付き合っていたらいくら金があっても足りないから必要な時に必要な分だけ口八丁を使っただけむしろあんな無駄で大仰な印象を続けている彼らの方が非効率で──」

 

壊れたようにそれらしいことを並べ立てるサンジェルマンの前で。

垣根帝督はため息を吐いた。

 

「おぜん立てしてやったんだから、過去の未練くらい自分で断ち切れよ。ヒーロー」

 

垣根帝督が声を掛けると、加納神華が前に出た。

 

そして。フレンダ=セイヴェルンに似た雰囲気を持つサンジェルマンに向かって走り出した。

 

思いきり拳を握り、振りかぶり。

加納神華は自分の全てを清算するために、その拳を振るった。

その様子を見ていたインデックスは柔らかい微笑を浮かべながら口を開く。

 

「人々をサンジェルマンから解き放つためには、大規模術式の途中で具合が悪くなった人を緊急解除するための『気付け』の技術。それがそのまま使えそうなんだよ」

 

インデックスの肩に乗っていたオティヌスも頷く。

 

「ま、所詮は演技性だからな。根はさほど深くない。……ヤツが自身をダイヤとみなしているとすると、九九.九%の奥に潜む〇.一パーセントの不純物が引っかかるが……それ自体も、大きく揺さぶりをかけることで見えてくるかもしれないな」

 

インデックスとオティヌスは解決策を見つけて、そしてインデックスはサンジェルマンを無力化するために歌を紡いだ。

サンジェルマンの結晶化のために演技性トランスを利用した人格改変術。

それを解き、元の人格を呼び戻すための即興の詠唱だ。

真守は天井近くの溶けた足場から飛び降りて、サンジェルマンの一人に近づく。

 

「お前にはもう何もないんだな、サンジェルマン」

 

真守は憐みの表情を浮かべて目を細める。

 

「確かにサンジェルマンという伝説はある。でもそこにはサンジェルマンの伝説を()()()()()()()()()()()()がどういう風に存在していたか残っていない。だからお前は自分の中身を次の瞬間に自分ででっちあげる。そういう情報を自分で生み出さなければ、存在することすらできないから」

 

真守は歌が紡がれる中、サンジェルマンが口にしていた丸薬をサンジェルマンの懐から取り出す。

この黒い丸薬がサンジェルマンの核だと、真守はカブトムシで確認していた。

サンジェルマンになるためには、この丸薬が必要なのだ。

だから真守たちはテレビモニターに無茶苦茶に意味のない画像が並べ立てられても、特に焦らなかったのだ。

 

「お前は本当は誰で。どこに人として存在していた魔術師なのか。自分がどうしても捨てられなかった魔法名(ねがい)が何なのか。次に目覚めた時、それを考えると良い。サンジェルマン」

 

真守の声が無情にも響く。

完成された人間からサンジェルマンという誰かに課せられた宿題。

その宿題を聞かされたのを最後に、サンジェルマンは活動を止めた。

 




次回、サンジェルマン襲来篇最終回です。

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