※次は一二月一九日月曜日です。
※諸事情にて、当分は週一、月曜日更新とします。
※なお不定期で週二更新する予定です。
第六九話:〈深夜早朝〉に決意を込めて
サンジェルマンという第三の分類を自称する特殊な魔術師の襲来。
その撃退をした深夜二七時。
というより、次の日の三時と言った方が良さそうな微妙な時間帯。
一二月らしく凍えそうなほどに寒い気温の中、一〇歳くらいの少女が歩いていた。
真っ白な髪を猫耳ヘアにした、ヘーゼルグリーンの瞳を持つ少女だ。
垣根帝督に造ってもらった、
それを動かしている真守は温かそうなもこもこの真っ白なコートを着て、小さな手に真っ白なカブトムシを抱えて歩いていた。
真守は白い息を吐きながらぷくぷくとした頬を赤く染めて歩き、とある公園へとやってきた。
そして辺りを見回してから、綺麗に整えられた芝生の感触を確かめるかのように地面を蹴る。
完全に痕跡は消されている。
だが真守は知っている。
ここに魔神がいた。
魔神。
魔神とはなにも、オティヌス一人ではない。魔術を極めて神へと至った存在は複数いる。
それは当然だ。何故ならこの世界には数多くの位相が重なり合っている。
その位相の数だけ様々な法則があり、その法則に
魔神たちは上条当麻に興味があって、学園都市にやってきた。
そして学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーは彼らが行動するために用意した肉体に、自分の好きな数値を入力し、その行動に制限を掛けた。
少しばかり体当たりになって自分を犠牲にする羽目になったらしいが、魔術を捨てて科学サイドと呼ばれる分類を造り上げた人間ならば、そのような犠牲は些細なことだろう。
真守はサンジェルマンを撃破して後始末をしている間、魔神の存在を感じ取っていた。
そして学園都市中に垣根が配置した人造生命体であるカブトムシで彼らの様子を観察していた。
今は姿を消していて捕捉できないが、それでも魔神たちが学園都市にいる事は確かだ。
「アレイスター」
真守はカブトムシを抱き上げたまま、ちょこんっと公園のベンチに座る。
「アレイスター=クロウリー。稀代の魔術師にして、魔術を捨てて科学を崇めた魔術界最大の裏切り者。──この街の王」
真守はカブトムシを抱きしめたまま、ぷらぷらと足を揺らして
おそらくアレイスター=クロウリーは今も自分のことを見ているだろう。
だがアレイスター=クロウリーは朝槻真守に興味はない。
いまアレイスターが戦うべき敵は魔神たちだからだ。自分が憎むべき魔術を使う連中だ。
それにアレイスターは
だから朝槻真守はアレイスターにとってそれほど脅威ではない。
「さて。どうしようかな」
真守はカブトムシの頭を撫でながら、独り言ちる。
『どうしよう、とは?』
カブトムシは真守とお揃いのヘーゼルグリーンの瞳を動かして問いかけた。
「学園都市を、変える」
真守はカブトムシの問いかけにそうはっきり宣言した。
「相手は稀代の魔術師であり、科学の王だからな。並大抵の策は通用しない。だからどうやって切り込もうかなって考えてる」
『……挑むのですか、この街の王に』
真守はカブトムシの言葉に頷く。
この街の王。アレイスター=クロウリー。
自分や大切な女の子と、だいすきな男の子を苦しめた張本人。
そんな『人間』と戦う。そして学園都市の
そうするべきだと真守は考えているのだ。
『いまが、動き出す時なのですか?』
真守は人造生命体の言葉に頷く。
「私が
真守はカブトムシの砲台になっている角を撫でながら寂しそうに微笑む。
「私は怖かった。大切な人のことを大事にできなくなるのが怖かった」
朝槻真守はいつだってその恐怖を抱えていた。
深城が永遠に一緒にいてくれると言っても、彼女の事を大事にできなくなるのは嫌だ。
そう思って重いものを抱えて、いつか
「帝兵さんも知ってるけど、垣根はどんなことがあってもそばにいてくれるって約束してくれた。私がどんなになっても一人にしないって。私はそれが本当に嬉しかった。変わってしまうことへの恐怖は消えなかった。だけどすごく安心できた」
真守は今でも鮮明に、垣根帝督が言ってくれた言葉を思い出せる。
『お前がどんなになってもそばにいてやる』
『お前が嫌がっても一緒にいてやる。それでお前に殺されることになっても、俺は最後までずっとお前のそばにいる』
それ以外にも、垣根帝督は何度だって自分に言い聞かせてくれた。
それが本当にうれしくて、真守は柔らかく目を細める。
「私のことを想う垣根のために。私は垣根にできることをしてあげたいんだ」
カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を収縮させる。
そして
『……真守がそばにいてくれること。
カブトムシは六本ある足の一本で真守の腕をちょこんっと撫でる。
垣根帝督は朝槻真守がそばにいればそれでいい。
そう思っているのは真守も分かっている。
でも。
「私は垣根にもっと幸せになってもらいたい。現状に満足してほしくない」
真守はカブトムシが自分の腕に掛けてきた前足と握手をしながら笑う。
「垣根は確かに私と一緒にいられて、とても幸せだ。でも時折寂しそうにしてる。私には分かる」
真守は垣根帝督の影が落ちた顔を思い出しながら顔をしかめる。
「それは私が人の身以上の力を発揮するときだ。その時垣根は、私が
第三次世界大戦が収束した後。
朝槻真守は垣根帝督の前で
遠い場所に浮かぶラジオゾンデ要塞で、何が起こっているか察していた。
一端覧祭の前日には、力を使って魔神のなりそこないのオッレルスを脅した。
『
世界が終焉する前、真守は自分を必要としたまっさらな世界にいる存在を降ろした。
そして何より。世界が終焉しても、真守と垣根は無事に生きていた。
しかもついさっきはサンジェルマンという思想が何を目的としているのか、サンジェルマンに干渉して探っていた。
真守が
その
だが垣根はその度に、真守が人の心を失わなくてよかったと安堵するのだ。
だって人の心を失っていたら、いまのように朝槻真守が笑いかけてくれることもなかったはずだから。
そうやって垣根帝督はいまの真守との日常が良いものだと考える。
本当に良いものは別にあるかもしれないのに、垣根帝督は今よりも良くない最悪の可能性と比べて、今の方が良いと納得する。
そんなことを垣根が考えなくていいようにしたい。
垣根帝督が真の意味で幸せになる未来が朝槻真守は欲しい。
だからまずは、この街の王と向き合う。それが必要なのだ。
「垣根は学園都市から解放された。でもこの学園都市が嘘で塗り固められていると感じてる。だからそう感じなくていいようにしたい」
垣根帝督は学校生活を楽しむ気はないと言っていた。
朝槻真守がいない、居心地が少し悪い世界を楽しむことなんてできないと言っていた。
楽しめるようになってほしい。そうなるためには、居心地が悪いと感じる世界を変えなければならない。だから──学園都市に挑む必要がある。
「帝兵さん。実はな、私には何でもできる力があるんだ」
真守は夜空へと、ちっちゃなもみじのような手を伸ばす。
そんな真守の膝の上で、カブトムシも一緒に夜空を見た。
『あなたが万能の力を持っていることはもちろん知っていますよ、真守。でもそのようなことを言っているのではないですね?』
「うん」
真守は小さく頷くと、少し前のことを思い出す。
「九月三〇日。私の運命の日」
あの日。
朝槻真守はこの学園都市に後押しされて、完璧な存在へと至った。
「私は完璧な存在へと至ったことにより、全てを自分の思いどおりにできるようになった。……でも私は何をするべきか決めかねていた」
朝槻真守の手の内には全てがあった。
学園都市も十字教を信じる者たちも。
その全てを掌握し、朝槻真守は全てを意のままに操ることできるようになった。
「全てを自分の思い通りにして、一体何の意味がある。全てを手中に収めたとしても、満たされるわけじゃない。そうだろう」
全てを掌握し、意のままに操る。
それで世界を引っ掻きまわし、自分のやりたいようにする。
だが誰かの幸せを考えないことは絶対にしてはならない。
誰も他人の幸せを邪魔していいはずがないのだ。
誰かを犠牲にして自分だけが甘い蜜を吸うのは許されないことだ。
しかも前提として。世界を掌握することに意味はないのだ。
全てを制した朝槻真守が手を出さなくても、全ては流れゆく場所へと流れて行く。
そうして世界はあるべき姿をしたまま回っていく。
朝槻真守が手を出さなくても、元々この世界はあるべき形としてずっと続いていく。
だから真守が手を出す必要はない。神に等しい力を持っていようとも、それを振るう意味はない。そして世界を良いようにしても、満たされることなど決してない。
「何もしなくていいと思った」
神に等しい万能の力。それを使って世界を制したとしても何も意味はない。
それに朝槻真守には欲がない。世界を引っ掻きまわして叶えたい望みなんてない。
本当に公平な存在とは。世界のことを本当の意味で見つめることができる万能な存在とは、自分が手を下して世界に干渉することに意味はないと考える。
それは歴史でも証明されている。
歴史に名を残す偉人はみんな諦めの悪い人が足掻きに足掻いて名を残すのだ。
本当に頭が良い人間は失敗した時や世界を引っ掻きまわした時の代償を考えて、全てを掌握して管理しようなどとは思わない。そんなことをしなくても、世界は変わらずに回っていくからだ。
「何もしなくていい。ただ私はあるべきままの世界を見つめていればいい。そう思った時、私は自分の意志で手放した、大事な指輪の存在を思い出した」
ついさっき、最愛の男の子から受け取った指輪。
将来を約束して垣根がくれた大切な指輪を、真守は
あの指輪を。取り戻さなければならない。
絶対に垣根帝督を、ないがしろにしたくない。
そしていつまでも一緒にいると約束してくれた少女を悲しませたくない。
完成された存在となった朝槻真守は、強くそう感じた。
「指輪の存在を思い出したとき、私は垣根や深城のために生きようと思った。……だって、私のことを愛してくれたひとたちなんだから。だからみんなのために生きたいって思えた」
朝槻真守は完成された存在だ。だからなんでもできる。
世界を救うことだって、壊す事だって。
でもそれを行っても満たされることはない。
だから何もしないという選択肢を取るならば、自分は大切な人たちのために生きていきたい。
何があっても自分のそばにいてくれた人たちのために──生きたい。
朝槻真守は自分の万能を、自分の会いするひとたちのために使うことにした。
それはつまり。十字教の『神の子』が自分の愛する人々に『奇蹟』を授けるように。
朝槻真守は愛する人たちに自らの万能性を使うことにした。
そのためには自分の愛する学園都市が無くなったら困る。
でも全てを手のひらの上で転がしていいわけではない。
それは人の尊厳を穢す行為だ。『
「私は
彼らに、変わってしまった朝槻真守と一緒にいることを自分の意志で選んでほしかった。
そして願う事ならば、全てを自分で選んで自由となった彼らと一緒に生きたいと真守は思った。
だから真守は試す意味も込めて、学園都市に混乱をもたらさないためにも垣根と深城の前から姿を消した。
二人がいなくなった自分のことを探してくれるということは、二人が自分を選ぶということだからだ。
そして垣根帝督と自分の間にある運命で垣根が苦しまないようにするために、垣根帝督が自分で未来を選べるように。真守はエイワスの言葉を信じて、ロシアの地にも向かった。
「垣根や深城のためなら何でもしたいんだ。だから学園都市を変える。そう決めた」
真守はカブトムシを抱き上げると、自分の目線へと持ってくる。
「帝兵さんは応援してくれるよな」
『当たり前ですよ』
カブトムシは間髪入れずに答える。
そして真守へと六本の足をを伸ばす。
真守は笑って、カブトムシのことを抱きしめた。
『わたしたちはあなたのおかげで、そしてあなたの力になるためにこの世に生まれ落ちました。
「ふふ。心強い」
真守はくすっと笑うと、立ち上がる。
そして公園の入り口を見た。
そこにはむすっとした表情の垣根帝督が立っていた。
コートを着込んではいるが、垣根はその下にパジャマを着ている。
垣根帝督は容姿が整っている。そのため寝巻だろうがちっとも格好悪くない。
だが普段の垣根帝督を知っているならば、服装に気を利かせられないほどに焦っていたと分かるだろう。
垣根はぶすっとしたまま真守に近づくと、小さな真守をひょいっと抱き上げた。
「やっぱり隣にいなかったんだな、お前」
この時間、垣根と真守はもちろん一緒のベッドに入って眠っている。
だが真守は眠っている垣根を置いて魂だけを非常用の体に移して、カブトムシと共に魔神とアレイスターが対峙していた公園へとやってきていた。
真守は拗ねている垣根の頬に触れて、柔らかく微笑む。
「寝てる垣根を起こしたくなかったからこっそり来たんだ。……でも起きてしまったんだな」
「お前と
垣根は白い息を吐く真守に頬を寄せて、不機嫌に告げる。
「嫌な感じがして目が覚めた。いつもならお前は俺が起きたら気にしてくれるのに、それがなかったから。死んだように眠ってるし、それでお前が隣にいないんだって分かった」
真守はふにゃっと笑うと、垣根の頭を優しく撫でる。
「垣根は私の事ならなんでも分かってしまうな」
「当たり前だろ。大切な女のことなんだから」
垣根はむすっとしたまま真守を見つめる。
真守はそんな垣根を見て、柔らかく微笑んだ。
「私、垣根のために頑張りたい。だからこの学園都市を変えたい。そう思ってる」
「…………ん」
垣根は真守の小さな手を感じながら頷く。
「
「分かった」
真守は柔らかく微笑むと、カブトムシを抱き上げたまま、垣根にそっとすり寄る。
「じゃあ帰ろう、垣根」
「ああ」
垣根は頷くと、深夜の公園を後にする。
「垣根、寒くない?」
「寒い。だから早く帰る」
垣根はそう告げると、
そして一気に跳躍して飛ぶ。すると強い風が真守に吹き付けた。
「んっ」
真守は冷たい風に思わず唸ったが、すぐに寒さを感じなくなった。
垣根が
真守は学園都市の街並みを見下ろして目を細める。
寝静まった学生の街。自分が本当に欲しい彼らの幸せ。
それを考えていると、すぐに家に着いた。
垣根はベランダに降りると、前もって開けていた窓から靴を脱いで中に入る。
垣根が入った部屋は一二歳の源白深城の体がある場所だ。
真守は部屋の中にある手洗い場で手を洗ってコートを脱いで薄着になると、深城に寄り添うように横になる。
そしてカブトムシに枕の近くに留まってもらうと、そっと目を閉じた。
真守が目を閉じたのを確認した垣根は真守と深城の布団を掛け直すと、その部屋を後にした。
そして二階のラウンジの玄関に靴を置いて自分の部屋に行くと、扉を開けた。
「垣根」
自分の本来の肉体に戻った真守は、ベッドの上で垣根に笑いかけていた。
垣根はその様子を見ると、ほっと安堵して真守に近づいた。
そしてベッドに上がると、真守を抱きしめた。
「垣根。私は垣根や深城やみんなのために、学園都市を変える。色々落ち着いたし、アレイスターも魔神にご執心で隙を見せてる。良い機会だと思うんだ」
真守は垣根にすり寄って、そして自分の本当の口でその願いを垣根に伝える。
垣根は真守の柔らかな体と体温を感じながら、そっと目を伏せる。
「なあ、真守」
「なあに?」
「お前の初めてを貰った日。あの日に俺がお前とした約束。──覚えてるか、真守」
「うん、もちろん覚えてるぞ」
真守は垣根の直球な表現に、少し恥ずかしそうにしながら頷く。
垣根帝督が
垣根は朝槻真守が幸せに笑っていられる世界を造ると約束した。
それに真守は『みんなが笑って幸せに暮らせる学園都市を造ってほしい』と垣根にお願いした。
朝槻真守が笑って幸せに暮らせる学園都市とは、みんなが本当の意味で幸せに暮らしている学園都市なのだ。
そんな学園都市で、真守は永遠に生きていたいと願いを口にした。
「垣根は約束してくれた。私が幸せになれるような学園都市をみんなで造ってくれるって」
「ああ、そうだ。俺はお前と約束した」
真守は垣根の体温を感じながら、幸せそうに目を細める。
垣根はそんな真守のことを優しく抱きしめて、そして頷く。
「だから俺たちもお前と一緒に、この学園都市をよりよくする」
「うん」
真守は垣根の頬に手を寄せて、柔らかく微笑む。
「一緒に頑張ろう、垣根。私たち全員が幸せになれる学園都市を造ろう」
「──ああ」
垣根は頷いて、真守を優しく抱きしめる。
この街の王は魔神と戦っている。魔神に心が傾いている。
その隙を突くべきなのだ。
何故なら相手は強大な力を持つ、この街を統べる稀代の天才的な変態魔術師、アレイスター=クロウリーなのだから。
慎重に慎重を重ねて、全てを有効活用して立ち向かっても手ごわい敵なのだ。
もちろん人を傷つける行為ではなく。正々堂々戦って、そして自分たちの欲しい未来を掴み取る。
絶対にみんなが幸せになれる学園都市を掴み取れる。
真守はそう確信している。
何故なら自分のそばには多くの味方がいるのだから。
真守は頼もしい人に囲まれているのが誇らしくなって、この世で最もだいすきな男の子の体温を感じながら、ふにゃっと微笑んだ。
新篇、魔神・理想送り襲来篇始まりました。