真守によって手を加えられて、人形サイズとなった魔神・僧正。
僧正は垣根が
科学由来の異能で魔術の神の家を造るのもアレだが、学園都市で仏壇なんて典型的な宗教モチーフはそう簡単に手に入らない。
しかも垣根が
そういうわけで造られた仏壇は中々の出来であり、仏壇が気に入った僧正はさっそく寝床にしていた。
仏壇を寝床にするとはちょっとおかしな話でもあるが、そもそも仏であっても仏の座を貰えなかった僧正が使うのだ。罰が当たることなどありえない。
仏壇が真守の自宅に設置され、時刻は昼下がり。
当然として学校がある平日なので、本来ならば学食の時間なのだが、僧正が校舎を半壊させたせいで真守の学校は臨時休校となっている。
というか今日の午後は第七学区全域で臨時休校だ。
理由はもちろん僧正が暴れたから。
しかも防犯オリエンテーション中ということもあって、それに乗じて悪さをする人間も出てきた。
そういう輩についてはカブトムシに出動してもらい、全員
色々とあったが真守は比較的穏やかに、自宅で深城と林檎が作るご飯を待っていた。
(ただまあ美琴の様子がおかしかったのが気になるなあ)
真守はラウンジのソファに座り、つけっぱなしのテレビを見ながら考える。
真守が僧正を無力化した時の、御坂美琴の打ちのめされっぷり。
まるで周回遅れと思ってそうな美琴の様子が、真守は気がかりだった。
(美琴は上条の直接的な力になることに固執しているようだった。そんな子に他の意味でお前は力になれてると言っても意味がない。……いっそのこと既存の兵器群でも用意させて、美琴に操らせるか? そしたらそれなりの戦力になるだろ)
真守はつけっぱなしのテレビから情報を仕入れながら考える。
美琴も心配だが、他の魔神たちの動向も気にしなければならない。
学園都市にはカブトムシが監視網を繰り広げているため問題ないのだが、少し気になることがあった。
「なあ、僧正。聞きたいことがあるんだけど」
真守は仏壇の
僧正はお供え物として、深城が作った卵不使用のどら焼きを興味深そうに見ていたが、真守に声を掛けられて顔を上げた。
「なんじゃ?」
「お前たちはオティヌスが世界を再構築してた時にどこにいたんだ?」
魔神はその性質上、たくさんいる。
だが彼らが自由に造り替えることができる世界はたった一つだけ。
そのため魔神たちは『グレムリン』を結成し、誰が自由に世界を造り替えるか争っていた。
そんな魔神たちを
オティヌスが好き勝手しているのに、何故僧正たちは手を出さなかったのだろうか。
真守がその疑問を口にすると、僧正は真守の尤もな疑問を受けて口を開く。
「儂ら『グレムリン』はな、隠世という位相の一つにいたのだ」
「なるほど。この世界にいなかったんだな」
位相というのは、この現実世界に複数重なる他の世界のことである。
天国や地獄というのも位相の一つだ。
そして魔術の行使とは世界に複数重なる位相の法則を現実世界に引き出し、異能として現実を歪めることに他ならない。
その位相の一つにいるという事は、真守の言う通りこの世界にはいないということなのだ。
おそらくオティヌスが世界を何度も何度も再構築しているのを、魔神たちは面白おかしく見物していたのだろう。
「アレイスター=クロウリーが儂らのいた隠世を破壊してしまってな。だからこちらの世界に出てくるしかなかったのだ」
僧正がつらつらと説明していると、喉が渇いてキッチンから自分と真守の飲み物を取ってきた垣根が眉をひそめた。
「アレイスターの野郎は位相ってヤツまで自由に行き来することができるのかよ?」
「もちろんヤツにとっても簡単なことではないぞ。ヤツは存在しない数で埋め尽くされた座標を一〇進法に変換する途方もない方式で侵入してきたのだ」
それは僧正の言う通り、とんでもない所業である。
垣根は驚愕を通り越して半ば呆れながら、深城から貰ってきた緑茶を真守に手渡す。
真守は垣根にお礼を告げてコップを両手で持ちながら、独り言ちるように呟く。
「アレイスターだったらその手法で確かに他の位相へと到達することができるだろう。でも途方もない時間がかかることだ。……あの時はオティヌスが何度も何度も世界を再構築していた。結果的に時間は巻き戻る事になったけど、膨大な消えてしまった時間があった。それを使ったのか」
おそらくアレイスター=クロウリーはオティヌスが何度も何度も世界を改変した際の膨大に生まれた時間を使って、ずっと演算を続けていたのだろう。
真守はそのことを考えて、一つ頷いて緑茶を飲む。
「ふむ。流石、科学の街の王といったところか」
真守が緑茶を満足そうに飲んで呟くと、垣根は真守を見て顔をしかめた。
「……勝てるか?」
凄まじい執念で魔神を追い詰める稀代の変態魔術師、アレイスター=クロウリー。
彼に打ち勝って学園都市を変えることができるのか。
真守はそんな意味が込められている垣根の問いかけに柔らかく微笑んだ。
「大丈夫。勝ち負けじゃないから」
学園都市を変える。それは何もアレイスターを殺さなければできないというわけではない。
確かにアレイスターとは一度敵対することになるだろう。
だがいつもの通りにあの人間の根幹にあるものに触れて和解して、共に学園都市を造り替えていけばいいのだ。
垣根は自信たっぷりに告げる真守を見て、ふっと笑った。
「お前ならアレイスターでさえ仲間に引き入れられちまうだろうな」
垣根は笑うと自分の分の緑茶を飲みながら、真守の猫耳ヘアを崩さないように頭を優しく撫でる。
その様子を見ていた僧正は首を傾げた。
「なんじゃ? 神人はアレイスター=クロウリーに挑むのか?」
「うん。私が学園都市を変えようとしていてもアレイスターは何の手も打ってこないし。おそらく私が挑んでくるのを待っているのだろう」
当然、アレイスターは自分を打破しようと画策している真守たちを監視しているはずだ。
だが手を出してこない。
それは真守たちが動き出しても自身の悲願である魔術の撲滅を邪魔されないと知っているからだ。
それに真守のことを神として掲げる、『
何故なら朝槻真守は先駆けの乙女だ。
人が一人一人目を覚まし、自分の意思で歩き出すための道しるべだ。
そしてアレイスターは魔術から人々が解放されることを願っている。
真守の存在は彼にとっては別に邪魔ではないのだ。
そして神になるべくして生まれ落ちた真守を、人の敵にならないように加工した張本人でもある。
そう考えると、真守はちょっと不思議に思ってしまう。
アレイスター=クロウリーは自分に対して甘いのではないのか。
確かに今まで真守は学園都市によって、酷い目に遭わされ続けてきた。
そしてアレイスターは朝槻真守のことを隅々まで利用しようとしている。
だがそもそも。神になるべくして生まれた存在なんて、扱いづらい事この上ないのだ。
それなのにアレイスターは朝槻真守をどうにか工夫して、
朝槻真守が敵にならないように。朝槻真守が自分の邪魔にならないように。
物事を見据えることができる真守は、アレイスターが何か自分に思うところがあるのかと感じてしまっている。
だが実際のところ、あの『人間』が何を考えているのかは分からないのだ。
(アレイスターが私に甘い気がする、なんて垣根に言ったら白い目で見られるのは確実だし、私の勘違いかもしれないし。黙っておこう)
真守は自分の事になると途端に過保護になる垣根の事を考えて、くすっと小さく笑う。
色々と気になる事はある。
だが当面の問題は他の魔神たちだ。
真守が魔神の事を考えていると、魔神の監視をしているカブトムシがタイミング良く、ぶーんっと飛んできた。
「丁度よかった。帝兵さん、他の魔神はどうしてる? 視認できているか?」
『それが不可解な人物が介入して来まして。それを伝えに来ました」
「不可解な人物?」
真守はきょとっと目を見開く。そんな真守の膝に着地したカブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を収縮させて慎重に翅を震わせて言葉を紡ぐ。
『魔神が次々と倒されているのです。……いいえ、倒されているというより、飛ばされているといった方が良いですが』
カブトムシは事実をありのままに伝えているのは分かる。
だがそれだけでは事実が理解できないので、垣根は眉をひそめてカブトムシを見た。
「どういうことだよ、
『いま情報を渡します、
カブトムシが情報を渡してくれるので、真守もその情報を受け取る。
「……
真守はカブトムシがとらえた様子を見て、首を傾げる。
カブトムシが見せた映像に映っているのは、茶髪の没個性的な高校生だった。
彼は自分のことを上里翔流と名乗っていた。
そしてどこにでもいる平凡な高校生であると、自称していた。
『新たな天地を望むか?』
そう問いかけられた魔神たちは、次々と少年の右手の中に吸い込まれるかのように消えていった。
そして彼は現在、血色の悪いチャイナ服を着た魔神と白い布を巻きつけただけの豊満な褐色美女の魔神のもとへと向かっていた。
魔神たちをどこかへ送り飛ばした少年は告げる。
自分の右手は新天地と呼ばれる場所へと魔神を追放することができる、と。
その新天地とは魔神たちが求めたものであり、何をしても壊れない別天地だと言う。
その新天地へと送り出す右手に宿った異能こそ、
『ぼくはただ救いを与えているだけさ。こんなものが救いになると信じている者限定だけど』
真守は彼が娘々と呼ばれた魔神の次に、魔神ネフテュスを新天地へと飛ばす姿を見て、ぽそっと呟いた。
「なんか胡散臭そうなヤツだな」
真守の上里翔流に対する印象とはそんなものだった。
あの右手の力は本物だ。それは疑いようのない。
真守にとって、上里翔流自身が胡散臭いのだ。
どこにでもいる平凡な男子高校生は、自分のことをそう自称しない。
あの何でも異能ならば打ち消す右手を持つ少年だって、どこにでもいる普通の高校生ではない。
本物の没個性とは、誰にも何も気に掛けられることなくひっそりと幸せになって、ドラマチックな事が何もない平穏すぎて逆に面白みのない人生を送る事だ。
平凡を自称する人間なんて、平凡じゃない。これが鉄則である。
「……私は平凡を自称するより、他とは違うぞって得意気に胸張ってくれた方が良いなあ」
「!」
垣根は真守のぼそっとした呟きに目を見開くと、にやーッと笑う。
「へー、ふーん。自分は他とは違ぇって胸張ってる方が好きなの?」
真守はくっついてきた垣根をじとっと睨み上げる。
「悪いか。だから垣根のことが好きになったんだぞ」
垣根帝督は自分の力に自信を持っているし、この世界で自分の能力に一番有用性があると考えている。
事実、垣根帝督には朝槻真守だって持ちえない『無限の創造性』を持っている。
自分の力を認め、自分の力に誇りを持って行動するというのはかっこいいことだ。
器が小さいだのなんだの真守は再三にわたって言っているが、自分に自信を持っている垣根は本当にかっこいい。
真守がぽぽっと頬を赤らめながら睨むと、垣根は機嫌良さそうに目を細める。
「いい気分だ。すげえいい気分。やっぱ分かってるじゃねえか俺の女は」
「……言葉にしなきゃ良かった……」
真守は上機嫌になって自分の事を抱きしめてくる垣根から目を逸らして顔をしかめる。
真守と垣根はカブトムシのネットワークに接続して状況を理解している。
だが僧正はカブトムシのネットワークに接続されていない。
だから真守たちが何を言っているのか分からずに、首を傾げた。
「娘々たちに何かあったかの?」
「新天地というところに飛ばされたみたいだ」
真守は僧正に
「どうやらその新天地とやらは望んだ人しかいけないようだな。おそらく上条の
真守がすぐさま理想送りの仕組みについて看破すると、僧正は考え込む。
「……なるほど。儂らの願いが凝固したのが、かの
世界の基準点。誰もが元の世界へと戻れるようにする保険。
そして
いまあるここよりどこか遠くへ行き、自由になりたいという願い。
それが理想送りなのだろう。
「上里翔流という人間は
真守はカブトムシの記録にアクセスしながら、目を細める。
そしてぽそっと呟いた。
「上里翔流は神さまというヤツが嫌いなのかな」
「あ? つまりそいつはお前を害するかもしれねえってことか?」
上機嫌にしていた垣根は顔をしかめて怪訝な声を上げる。
「そうだとしても私は魔神ではないからな。そして新天地なんて私は必要ない」
真守は垣根から不穏な気配を感じて、安心させるように微笑む。
「私の現実は、戦うべき場所は。
真守は誰に宣言するもなく、純然たる事実を口にする。
「戦う場所から逃げて何になるんだ。しかも私を神として必要としている者たちは、この世界で人と触れ合いたいから私を必要としているんだぞ。彼らの影響を受けている私が新天地に行きたいと思うことは絶対にない」
神人。人として完成し、神となった存在。
それが
真守は完成している。そのためやりたいことはなんでもできる。
だからこそ、その行動には一切のブレがない。
やるべき事は分かってる。自分がやりたい事も分かっている。
逃げる事なんてしない。そんな選択肢をとらなくて良い。
何故なら自分は全てを持っている。
絶対に大切にしたい女の子も、だいすきな男の子も。日常を守りたい少年少女たちのことも。そして、彼らを守れる力を真守は持っている。
だから新天地なんて必要ない。自分にとってはこの世界が一番大事で、そして全てなのだ。
真守がかけがえのない宝物が手の内にあると微笑んでいると、昼食を作っていた深城が真守を呼んだ。
「真守ちゃーん。ご飯できたよぉ」
真守はぱたぱた近付いてきた深城を見て、ふにゃっと笑う。
「分かった深城。──帝兵さん、自称平凡男子高校生を監視しといてくれ。もちろん見つからないようにな」
『了解しました』
真守は頷くと、垣根と一緒にダイニングテーブルの方へと向かう。
また波乱が起きそうだ。
でも自分は一人じゃない。力になってくれる者たちがいてくれる。
それは胸を張れることだ。
真守はそう思って、昼食のパスタが並んだダイニングテーブルへと座った。