不良も段々と少なくなってきた、夜が深まる学園都市。
朝槻真守は第七学区にある、真守たちの学校の寮がある近くの公園にいた。
もちろん一人で立っているのではない。
しかもその横には肩にオティヌスを乗せた上条当麻とインデックス、そして自身のほとんどを上里翔流の右手──
そしてもう一人。不機嫌な様子で立っているのは、レイヴィニア=バードウェイだった。
「おい神人。これは貸しということで良いんだな?」
レイヴィニアは真守の事をじろっと見上げて睨む。
サンプル=ショゴスは真守と垣根に由来があるものだった。
そんなサンプル=ショゴスに寄生されたパトリシアは、ある意味二人に被害を受けているのだ。
そのことを持ち出してきたレイヴィニアを睨んだのは、真守の隣に立っていた垣根帝督だった。
「勝手に貸しにするんじゃねえよ。俺たちだって知らないところで話が進んでやがったんだ」
サンプル=ショゴスは確かに真守と垣根に関係があるものだ。
真守のことを神として必要とする『彼ら』が、垣根帝督の
だがそんなことが起きていたと真守も垣根も知らなかった。
そして学園都市は真守たちが知らないところで、上条当麻と上里翔流にサンプル=ショゴスをぶつけ、その性質に影響を与えようとしていた。
垣根は制御を離れたとしても、学園都市が自分の
「つーか俺だってむしゃくしゃしてんだよ。変異したとしても、何で俺の
「なっいうに事欠いて失礼だな垣根帝督っ! パトリシアに落ち度などない! パトリシアを利用した学園都市が悪いんだっ!」
「なんだ。分かってるじゃねえかよ、そうだよ学園都市がお前の妹を
はんっと垣根帝督はレイヴィニアを鼻で嗤う。それを見てレイヴィニアはぐぬぬっと呻く。
サンプル=ショゴスに寄生されたパトリシア=バードウェイ。
妹を助けるために、姉のレイヴィニアは当然として魔術に頼った。
だが黄金系の魔術ではパトリシアを救うことができない。
そう結論を出したレイヴィニアは暗黒大陸系の魔術に手を出し、カニバリゼーションと呼ばれる魔術を生み出した。
それはアフリカ版シンデレラと呼ばれるニャニャレムブをモチーフに、赤い毛皮の中でパトリシアの溶かされた脂肪分を補うための『果実』を作る魔術だ。
『果実』はレイヴィニアの微笑ましい胸の間で育てられており、成分はトウモロコシに非常に近い。だが、この果実を成長させきる頃にはレイヴィニア=バードウェイの体が『果実』の内臓圧迫に耐えられず、内側から破裂してしまうという欠点があった。
パトリシアは自分のせいで姉が危険な目に遭うのが嫌だった。
だから自分を追ってくるレイヴィニアと戦いながら逃げる過程で、レイヴィニアは上条当麻に、パトリシアは上里翔流に保護されたのだ。
真守は胸でパトリシアのことを助けるための『果実』を育てている、レイヴィニアの頭に触れる。
「貸しとはいかなくとも、何かあったら手伝うよ。お前はイギリスに
真守はケルトの一族であり、イギリスに古くから根付くマクレーン家の傍系だ。
イギリスのことは大事にしたい。
だから真守はイギリスで生きているバードウェイたちのことも大事にしたいのだ。
「ふんっ。絶対に忘れるなよ、神人」
「うん、分かったから」
真守は微笑むと、レイヴィニアの頭をよしよしと撫でる。
「撫でるんじゃないっ」
「えーいいところに頭があるから」
真守はくすくすと笑って、怒るバードウェイの頭を撫でる。
すると、そんな真守たちがいる公園に近づく影があった。
それはカブトムシによって先導された、上里翔流とパトリシア=バードウェイだった。
真守はパトリシアが上里翔流の自宅からたまらなくなって飛び出し、追いかけた上里翔流とパトリシアが話しているところに接触した。
上里翔流の自宅には面倒になりそうな女の子たちがいたし、パトリシアが外に出たのは大変都合が良かったのだ。
しかも真守は彼らが話している姿を見守っていて、とある事実も入手した。
真守はその事実を入手し、彼らが動き出す前にカブトムシによって接触した。
そして丁寧に説明し、パトリシアを救う技術が自分たちにはあるといって、上里翔流とパトリシアに来てもらったのだ。
上里翔流は上条当麻たちの隣に立っている真守と垣根を見て、眉をひそめた。
真守はそんな上里へと、小さい手をふりふりと振った。
「初めましてだな、上里翔流」
真守は特に気取ることなく、いつもの無表情に近い笑みで上里に軽く話しかける。
「……キミが神人だね?」
上里翔流は上条当麻の周りにいる者たちの情報をそれなりに集めている。
そのためもちろん上里は真守の事も把握していた。
神であり、人であり。そして人として完成されているからこそ神と同等に位置する少女。
神様なんて全員自儘で、傲慢だと上里翔流は思っていた。
だが目の前にいる真守はどこからどう見てもちょっととっつきにくい、気難しい印象を伺わせる女の子でしかない。
だが外見に惑わされてはダメだ。
何故ならこれまで散々、上里翔流は無害そうな女の子たちに振り回されてきたのだから。
でもよく分からないけれど。朝槻真守は大丈夫そうだ。
その根拠がどこから出てくるか分からない上里翔流に真守は小さく笑いかける。
「確かに私は神人と呼ばれている。……でも、名前で呼んでほしいな。お母さまと学園都市が付けてくれた名前だから」
真守が笑う姿を見て、上里はすました顔をしつつも内心困惑していた。
そんな上里を面白くなさそうに見ていた垣根。
そんな垣根の隣で、真守はパトリシア=バードウェイを見た。
「顔を見せてくれ」
真守が声を掛けたのは、パトリシアではなかった。
サンプル=ショゴスと呼ばれている存在に、真守は声をかけたのだ。
真守が声をかけると。パトリシアの頬の皮膚がピリッと裂けた。
そしてサンプル=ショゴスと呼ばれる、黒い脂肪の塊のようなタコのように蠢く存在が鋭く顔を出した。
「きゃっ!」
パトリシアは真守に呼ばれ、真守に突撃するサンプル=ショゴスに引きずられて、たたらを踏む。
真守はそんなパトリシアを抱きとめながら、自分に縋りついてきたサンプル=ショゴスへと手を伸ばした。
「知らなくてごめんな。ずっと大変だっただろ」
真守が優しく声をかける。
するとサンプル=ショゴスは真守の言葉に呼応するようにうにゃうにゃ動き、真守へと黒い触手を何本も伸ばした。
そして躊躇いがちながらも真守に触れて、するすると真守の体をセーラー服の上から撫でる。
「うん。これからはずぅっと一緒だ。大丈夫だぞ」
真守は自分に縋りつきながらも、決してパトリシアから離れないサンプル=ショゴスをあやす。
その様子を見ていた上里翔流はますます困惑していた。
元々、上里翔流は学園都市の人間でもなく、魔術サイドに足を突っ込んでいるわけでもない。
本当にありふれた街のつまらない地方都市で暮らしている、何も突出したところのない平凡な高校生だった。
だが右手に力が宿った途端、周りを巻き込む形で
上里翔流はその現状に疑問を感じている。だからこそ上条当麻に問いかけたかった。
右手の力のせいで色々と問題が起こり、その結果突出した個性を持つ女の子たちが無条件で力を貸してくれるようになった事実に対して。どう思っているのか。
上里翔流は上条当麻のことを同類だと考えていたから、そのように問いかけたかったのだ。
自分と同じ存在であると思っている、上条当麻。
だが上条当麻の隣にはおかしな事に、彼に惹かれているようにはまるで見えない、恋人らしき男を連れた少女がいる。
そんな神人と呼ばれる少女に、上条当麻は絶大な信頼を寄せているようだった。
上条当麻の目を見れば分かる。上条当麻は朝槻真守のことを大切な友人としてみている。
そんな存在は、上里翔流にはいない。
自分と同じ境遇にいるはずの上条当麻。
だがどうやら、自分とは違うらしい。
上里翔流はそう思って、知らず知らずのうちに拳を握った。
心の中でもやもやとうずまいている上里翔流の前で、真守はパトリシアに声を掛けた。
「パトリシア=バードウェイ。迷惑を掛けてすまなかった」
「……この子はあなたに会いたかったのですか……?」
パトリシアは、真守に数本の触手のようなものを伸ばして縋りつくサンプル=ショゴスに確かな意思を感じて、真守に問いかける。
パトリシアはサンプル=ショゴスにずっと寄生されていた。
だからこそ分かる。サンプル=ショゴスは真守に会いたかったのだ。
「この子はずっと私を探していたのだろう。それでお前に迷惑をかけた。お前の姉にもな」
真守はパトリシアの頭を優しく撫でる。
そして怒って不機嫌になっているレイヴィニアに笑いかけた。
そんな真守へ、無視しないでと縋りつくようにサンプル=ショゴスが抱き着く。
うねうねとした黒い触手たち。それらによってさわさわと体を
だが真守の隣に立っている垣根帝督は違う。
「オイ、テメエ。いい気になって真守に絡みつくんじゃねえ」
垣根はサンプル=ショゴスを掴んで、真守からびりっと引きはがす。
セーラー服の上から絡みつくのはまだ許容できるが、剥き出しの足にまで引っ付かれるのは流石に我慢ならない。
世の中には触手を使ったあーんなことやこーんなことを題材にした、薄い本がたくさんある。
そんなものを大事な女で想像させられるのは御免だ、気分が悪い。
そのため垣根はサンプル=ショゴスを強引に真守から引きはがした。
サンプル=ショゴスはばたばたと暴れるが、腐っても
垣根の制御下に置かれてしまい、強制的に大人しくさせられた。
真守はくすっと笑うと、パトリシアを見つめる。
「パトリシア。この子を分離処置するから一緒に来てくれるか?」
「ぶ、分離できるんですか……? 学園都市ではどうにもできないって……」
パトリシア=バードウェイは南極調査に学園都市が後援で就いていたため、元々学園都市外部の協力機関で見てもらっていた。
だがそこで解決策がなかったため、たらい回しにされた挙句に学園都市にやってきたのだ。
真守はパトリシアの頭を優しく撫でて、不安そうにしているパトリシアを安心させる。
「この子は私や垣根に縁があるんだ。それに私は
パトリシアは真守の言葉を聞いて、体から力が抜けてしまう。
「おっと。大丈夫か?」
真守は腰が抜けてしまったパトリシアを支えて問いかける。
「さ、さっきまで……お姉さんが私の代わりに死んでしまうと思ってたんです……それは、本当に嫌だったんです……っ」
レイヴィニア=バードウェイはパトリシアの悲痛な声を聴いて、思わず顔を背けた。
「わ、私は……お姉さんも、助かるんですね……?」
「うん、本当に迷惑をかけた。ごめんな」
真守が優しくパトリシアの頭を撫でると、パトリシアはひっぐとしゃくりあげた。
南極調査にて見つかったとされるサンプル=ショゴス。
未知の寄生体に寄生されたパトリシアは自分がいつどうなってしまうか分からなかった。
全てをサンプル=ショゴスに支配されて、自分が自分ではなくなってしまうと怯えていた。
それを阻止するために姉であるレイヴィニア=バードウェイはよく分からない手段へと手を出すし、代わりに死んでしまうリスクだって出てきた。
本当に怖かったのだ。本当に怖くて、でも誰も巻き込めなくて一人で頑張っていた。
「ごめんな。すぐに大丈夫になるから」
パトリシアは真守に何度も何度も優しく謝られて、安堵で涙がこぼれる。
「上里翔流」
真守は抱き着いてくるパトリシアの頭を撫でながら、困惑する上里翔流を見た。
「お前にも迷惑を掛けてすまなかった。聞きたいこともあるだろうが、とりあえず私はバードウェイ姉妹をどうにかしたい。分かってくれるか?」
「え。……え。えっと……あ、任せれば、大丈夫なのかい?」
上里翔流は突然真守に話しかけらて、少しおどおどしながらも問いかける。
「私も垣根もこの学園都市で頂点に立っている存在だ。できないことはない。無事に終わったらお前にも伝えるから。巻き込んですまなかった」
真守が小さく頭を下げると、垣根は面白くなさそうに目を細めた。
真守は垣根の様子に気が付いてくすっと笑うと、パトリシアを抱きあげた。
「じゃあな上里翔流。また今度。──上条」
真守は優しい笑みを浮かべていた上条当麻を見て微笑む。
「
「分かってるよ。朝槻」
上条当麻と上里翔流の激突は回避できない。
そのため真守がどちらかが命の危険に陥ったら止めると忠告だけして、バードウェイ姉妹を連れて、その場を去った。
心配でも、真守はサンプル=ショゴスをどうにかしなければならないからだ。
上条当麻はそんな心優しき友人を見送って、上里翔流を見た。
「話をするか、上里翔流」
「──そうだな、話をしないでおっ始めるのは正直趣味じゃない」
上条当麻と上里翔流は突然降って湧いた問題を片付けて、本筋へと戻る。
そして上条当麻と上里翔流は話をした。
そして同類だとしても、自分たちは決して相いれないことが明るみになった。
その結果、二人は敵対する。
だが
そして上里翔流は知ることとなった。
上条当麻の奥にあるもの。
アレイスター=クロウリーが真に欲し、学園都市と呼ばれる場で大切に育てているもの。
上条当麻も自分の内側に得体のしれないものが隠されていると知った。
そして──激動の一日は幕を閉じ。再び激動の一日が始まった。