次は八月三一日火曜日です。
第二四話:〈日常茶飯〉は穏やかに
真守は自分の病室にあるソファに座ってノートパソコンを動かしていたが、ふと顔を上げて立ち上がり、病室の扉の方まで歩いていった。
「垣根?」
「うおっ」
真守が病室の扉をガラッと開けると、今まさに病室の扉を開けようとしていた垣根が立っていた。
「お前、分かるようになったのか?」
「うん。垣根のAIM拡散力場は特徴的だから分かるようになった」
真守は得意気に笑って垣根の問いかけに答えた。
ここ数日、真守はAIM拡散力場専攻の大脳生理学者の木山春生と知り合った事によってAIM拡散力場について集中的に学んでいた。
木山春生はその演算装置を使って実験により昏睡状態となった
だがネットワークの暴走によって
冥土帰しはこの学園都市で顔の利く存在なので、
そんな冥土帰しに木山の事情を話したのは真守だった。
置き去りは昔の真守と同じような立ち位置にいたので、『昏睡状態の彼らを助けたい』と考えた真守は冥土帰しに
真守の事を手伝ってくれると言ってくれた垣根と共に、真守は冥土帰しの伝手を使って昏睡状態の置き去りを集めた。
木山と共に彼らを救う手立てを探している間に、木山が真守に自分ができる事はないか、と真守に聞いてきた。
何でもされっぱなしは性に合わないらしい。
真守にはAIM拡散力場を感じ取ることができる能力が備わっている。
これまでデータがなかったから分からなかったが、AIM拡散力場にはそれぞれの能力に
専門家の木山がそうやって申し出てくれたので、AIM拡散力場の詳細データが欲しいと真守はお願いした。
サンプルデータがあれば、真守がAIM拡散力場を感知する事によってその能力者がどんな能力を所有しているか分かると考えたからだ。
木山は真守の要望に的確に答えてくれて、昏睡状態の
彼らは『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の被験者で、その実験は能力体結晶と呼ばれる『能力を暴走させる化学物質』を使って能力者のAIM拡散力場を刺激し、暴走の条件を調べるというものだった。
実験を主導していた人間が多くのデータを欲したため、被験者たちは念動力系、火炎系、電子制御系、大気系、精神干渉系など系統別に集められており、それ以外にも数人の特殊系の被験者がいた。
流石に
系統別は分かるようになったが、できれば特殊系も手を出してみたい。
そう思った真守は無理を承知で
そのため真守は垣根のAIM拡散力場を解析し、その結果として垣根が近付いてきたら分かるようになったのだ。
「……垣根、スーツ以外も着るんだな」
真守は白いインナーにダークブルーのシャツ、それとジーパンを履いて腰にウォレットチェーンをぶら下げた垣根の私服姿を見て思わず零した。
「あ? ……そうか。お前に会ったのは学生服かスーツの時だけか。あれは暗部として動く時に着てんだよ。俺だって私服くらい持ってる」
「気持ち入れ替えるためのカッコつけか」
「オイ、辛らつだなテメエ」
真守の言葉を暴言として受け取った垣根は片眉を上げて真守を睨む。
「別に辛らつじゃない。単純に良いと思ってるぞ」
垣根の機嫌が急降下しようと、真守はケロッとした様子で微笑んで自分の意見を述べた。
「……お前は口が悪いのか悪くないのかどっちなんだよ」
真守が悪気を持って言ったわけではない、と理解できても垣根は眉を
「別に私の口は悪くない。…………いつもスーツじゃないなら違う方が良かったかな」
「なんだって?」
反論した後の真守の呟きが聞こえなくて訊ねた垣根だったが、真守は首を横に振って答えた。
「なんでもない。ところでなんでここに来たんだ? 待ち合わせは第二二学区のハズだろ」
今日、真守と垣根は出かける約束をしており、その目的は
待ち合わせ場所は第二二学区のとあるデパートであり、それも約束は一三時。
それでも垣根は真守の病室にやってきたし、今は一一時なので時間が明らかに早い。
「お前の主治医に頼まれたんだよ」
「何を?」
「お前に飯を食わすように」
垣根が責めるような目を真守に向けると、真守は目を泳がせた。
朝槻真守の能力、
それは生きていくエネルギーを自分で生成できるという事で、食事の必要がないという事だ。
能力で補えるというのは万能だが、日常生活を送るには困った
能力に合わせて肉体が『最適化』されるのだ。
聞こえはいいかもしれないが、『最適化』というのは自分に必要のない機能を削ぎ落とすという事に繋がる。
真守は生命エネルギーを自分で生成できるため、消化器官が不要になり、内臓が退化してしまうのだ。
その退化を止めるのと、適正年齢に合わせた消化器官に整えるために、真守は
だが真守は、日常生活において誰かと食事をする時だけに内臓が使えればいいと思っているので、普段食事をしないのだ。
そんな真守に主治医の
だがその食事の内容が経口補水液やら氷砂糖であり、冥土帰しはもっと別のメニューにしようと進言するのだが、真守は断固拒否。
自分でエネルギーを作れるから食事に必要性を感じないのと、研究所にいた頃の『実験』によって食への関心が薄くなっているからだ。
冥土帰しから真守の内臓器官の治療の話や食事情を説明された垣根は冥土帰しに『彼女を食事に連れ出して欲しい』とお願いされたのだ。
「食べられるならちゃんとしたモン食べた方が良いだろ」
垣根は溜息を吐きながらもそう呟くと、真守が気まずそうに顔をしかめた。
垣根は真守の食事情をずっと可哀想だと思っていたし、心配していたのだ。
経口補水液の飲み比べができるなんて味覚が刺激されていない証拠で、そんなに食べられないのかと考えていたし、冷凍うどんで幸せそうな顔をするなんて毎日一体何を食べているのだろうと思っていた。
真守は人の気持ちを無下にできない。
だから誰かに連れ出されて食事を続ければ人間の三大欲求の一つが刺激されて食べるようになるだろう、と
「……垣根が、一緒に食べてくれるなら、食べる……」
冥土帰しの言う通り、真守は垣根の気持ちを汲み取って拒否しなかった。
真守にとって垣根との食事は貴重なものだ。
事情を知っているから場の空気を考えて真守が無理に食べなくても良いし、ゆっくり時間をかけて食べても垣根は待ってくれる。
それに垣根と一緒だと真守は単純に食事が楽しかった。
「……良かった。行くぞ、来い真守」
垣根は穏やかに笑ってから、顎をクイッと動かして病室の外に出ようと真守を誘うと、真守は垣根の気遣いが嬉しくて控えめに微笑んで用意を始めた。
──────…………。
真守と垣根は第二二学区の地下街のとあるパスタ料理専門店に入った。
真守は女性用のメニューで量が少なくなっている、中に具を詰めるタイプのラビオリを選び、垣根は日替わりメニューで学園都市外の海産物を使ったペスカトーレを頼んだ。
真守が半分食べ終わった頃には垣根は既に食べ終わっており、優雅にテーブルに肘をついて食後のコーヒーを飲んでいた。
「なあ、『
「んぐっ!?」
垣根がまさかの話題を突然振ってきたので、真守は意表を突かれた。
その拍子に口に入れていたラビオリの中に入っていたひき肉が自分の喉に引っかかってしまった。
「悪い驚かせて。…………驚く内容だったか?」
思い切り咳き込む真守を見て、垣根は心配そうに見つめて謝るが、ふと真守の様子が気になって目を細めた。
真守は頼んでいたピーチのストレートティーを飲んで落ち着くと、気まずそうに目を逸らした。
「そうだな。私も話は聞いてる」
『
七月二八日になってから捜索隊が派遣され、
秘匿された情報だが、上層部に直結している暗部の人間である垣根が知っていてもおかしくはない。
「知ってるって事はまさか、正体不明の高熱源体ってお前の破壊力抜群の源流エネルギーか?」
垣根は真守の生成する源流エネルギーの仕組みを解析できていない。
ただ全ての源であるエネルギーだということは確かだ。
そんな高密度、高純度エネルギーが『
「違う、私じゃない!」
垣根が咎めるような視線を真守に向けると、真守が思わず声を大きくした。
思い切り関わっていた事を告げてしまい、真守は顔を背ける。
真守は自分に
他にも隠している事があるだろう、と考えていた垣根は視線を鋭くして追及した。
「言え」
真守は話題を逸らすのが上手いので、真正面から切り込むに限ると垣根は考え、命令口調で告げた。
「……とある機関で、秘密裏に作り上げられたモノが暴走してしまってな。それが『
真守はぼそぼそと事の経緯をぼかして伝えた。
間違っても嘘は言っていない。
(流石にこのごまかしは気づかれないだろう。そもそも私でもよく分からない魔術なんてシロモノを垣根が知ったら、絶対面倒になる……!)
真正面から切り込まれようが、真守は
「なんでそんな曖昧なんだ?」
真守がごまかしていると知らない垣根は単純に疑問に思って真守に訊ねた。
先日、真守は能力者にゲームと称されて襲われていた。
そのゲーム参加者が
高い情報収集能力を持つ真守が何故、詳細な事情を把握していないのか。
垣根の反応は至極当然だった。
「……私も色々と調べているんだが、全貌が把握できていないんだ。分かったら垣根にも説明する」
これも嘘は言っていない。
魔術という技術は能力開発とは全く別物で、真守は未だに魔術を理解できていない。
インデックスに少しずつ教わっているが、自分の頭で理解しようとすると、虚数や存在しない数を式に当て嵌めたりしなければならないのだ。
魔術の術式を一種の流れに見立てて仕組みを真守も理解しようとしているが、科学と全く別物の魔術を解析することは真守の頭脳でも一筋縄ではいかなかった。
「ふーん。……お前が分からねえってのは相当なんだな。分かったらすぐに教えろ」
真守の様子に、垣根は真守が本当に試行錯誤していると判断して、この場を収めた。
「うん!」
(乗り切った……っ!)
真守は面倒事が回避できたと思って、油断してにっこり笑ってしまう。
あからさまに取り繕っている笑みだったのに、真守の満面の笑みを見た事がなかった垣根はその笑みに思わず固まってしまった。
(その笑顔反則だろ……っ!?)
普段と満面の笑みのギャップに思わず固まってしまった垣根だったが、真守はそんな垣根を
真守が自分に隠し事をして乗り切ったことに安心した際の満面の笑みだと、真守のギャップにやられて不覚にもドキッとしてしまった垣根は最後まで気づくことがなかった。
デートは続きます。
原作者さま方も非公式含めイラスト書いておりましたが、垣根くんは『とある偶像の一方通行さま』では私服姿でそこら辺歩いていたのでスーツは仕事着かな、と思いました。
あの垣根くん三下ムーブがヤバいのと心理定規さんのフォローっぷりが面白い。
『とある偶像の流動源力さま』も幾つか作ったんですが、流動源力本編を投稿するのでさえ一念発起状態だったので更に躊躇っています。
偶像の二次創作って某イラストサイトでも少ないのも懸念の一つですね。
そもそも偶像時空って季節が巡っていて、ネタがあれば永遠に終わらない。
一体どこで終わればいいのか……。
でもやっぱり偶像には林檎ちゃん必須だと思います(個人的な意見)。