学校がある平日。その早朝。
真守は学校に向かうために、垣根と並んで自宅を出た。
いつもならば真守をわざわざ学校まで送り届ける垣根が学校に遅れないように、もう少し早い時間に出る。
だが現在、真守たちの学校は僧正の一撃により半壊して、中高一貫校の空き教室を借りている。
幸か不幸か、空き教室を借りているその学校は垣根の通っている学校に近いのだ。
だからいつもより少し遅めの時間に、真守と垣根は家から出た。
少し遅めに出ても、時間にはとても余裕がある真守と垣根。
そんな真守たちの前に、またトラブルが転がり込んできた。
「やっほー。朝槻真守ちゃん☆ アンタ、本当に神さまと人の両立ができてんだねえ。一説によれば完全な人間は神に等しいらしいし、まあ当然っちゃ当然か」
その少女はどこからどう見ても学園都市由来の少女ではなかった。
CDの読み取り部分のように、ぎらぎらと虹色に輝く長い銀髪。それを円盤のようにも、悪魔の角のようにも二つに結びあげた髪型。
小柄で華奢な体躯。しかもその体に半透明のレインコートを二重でまとっている関係上、うっすらと水着の日焼け跡が残る体が透けて見えている。
「また上里翔流関連の人間が現れたって思ってるっしょ。その通り、私は絶滅犯っていう異名を付けられた上里翔流の義理の妹、去鳴ちゃんです。よろしくね☆」
少女は自己紹介しながら軽くポーズをとる。すると、胸から下げている安っぽいおもちゃのような懐中時計がふらりと揺れた。
垣根は自己紹介してきた少女、去鳴を見て心底面倒そうな顔をする。
ここ数日で学んだ。目の前に現れたへんてこな少女は、一〇〇%上里翔流の関係者だ。
突然学園都市にやってきた上里翔流には、随分と引っ掻き回されている。
垣根が辟易している隣で、真守は柔らかい微笑を浮かべた。
「よろしく去鳴。お前の知ってる通り、私は朝槻真守。上条の友人だ」
真守が穏やかに挨拶すると、去鳴はぴたっと止まった。
去鳴は挨拶代わりに、真守と一度
だが真守は安易に殺し合いへと手を出す自分の性質を見抜いている。
その上で、あえて敵対する様子を真守は見せない。
全身から力を抜いてはいるが、それでもまったく隙が無いのだ。
殺しを前提に戦い合う者たちは、ある意味そういう気配に敏感だ。
だから分かる。分かってしまう。
軽くあしらわれて、軽く地獄を見せられるだけだ。
そんな結末が分かっているのに真守に戦いに挑むのはバカのすることだ。
「無用な争いを避けるために、戦闘狂に勝てないとその鋭敏な察知能力で分からせる。……なるほど。これが神さまであり、人として真っ当な心を持ってるってワケか」
「ふふ。分かってくれて何よりだ。私は無用な争いは大嫌いだからな」
真守はそれなりに狂人ながらも、自覚のある狂人をやっている去鳴ににこっと笑いかける。
そんな真守を見て、去鳴は思わず眉をひそめた。
「なーんか外見とぜんっぜん違う。……すごくとっつきにくそうかと思ったらめちゃくちゃフレンドリーじゃん。神さまで人として真っ当な心を持ってるって、こういうギャップが生まれるの? それとも素……?」
「んー神人になる前からギャップがあるって良く言われるから、素だと思うぞ」
真守はカブトムシのネットワークに接続しながら、軽やかに笑う。
真守は黒猫系美少女として気難しそうだと思われがちだが、誰にでも優しくて意外と真面目だ。
そのため外見と中身にギャップがあると考えられるのは、いつものことなのだ。
「帝兵さんの記録を見るに、お前たちは
「おっそうそう。朝槻ちゃんは話が早いね。私は結局『絶滅犯』だからさー。話を始めるにはまあ殺し合いからって思うんだけど。……こういう平和的に話を進められるのも、たまにはいいかーって思うもんだね」
去鳴はいつもと違う話の導入の仕方を受け入れつつ、真守が監視できる何かから取得した情報が正しいと笑う。
カブトムシの記録を
上里勢力内での争いならば手を出す必要はない。
何故なら学園都市では日々様々な事件が勃発している。
上里勢力内での争いで学園都市が少しの被害が出たところで、そんなのは学園都市では日常茶飯事なのだ。
こちらに被害が出なければ問題ない。
というかこちらに被害が出なくなるので、是非内輪で揉めていてほしい。
だからカブトムシは上里勢力の少女たちと去鳴が敵対しているのを静観していた。
途中で去鳴が御坂美琴と相対した時は警戒心を持って静観していた。
だが命を取り合う事件に本格的に発展しなかったため、特に手を出さなかった。
命が失われてしまったら取り返しがつかない。その一線を超えなければ手を出さなくてよいという真守の方針に、カブトムシは従っていたのだ
「私はハイかイエスしか言わない万年発情期の雌犬に寄ってたかって甘くされてるお兄ちゃんが気に入らないワケ。実は狂気の取り巻き連中に囲まれてるから、お兄ちゃんは正気のフリして頭のネジがゆるんゆるんのズブズブになってんだよ」
上里翔流の義理の妹、去鳴は自分の考えを口にする。
真守はそれを聞いて、なるほどと頷いた。
「お前はいま却下的に見て、上里翔流がダメ男になってるのが気に入らないワケだな」
普通の女の子でもある真守からしてみれば、上里翔流はどこからどう見ても絶対に相手にしたくない痛い男だ。
自分を平凡な男子高校生だと自称するのに、安易に女の子たちのために誰かを害そうとする。
しかも上里翔流は、自分に対する女の子たちの気持ちが歪められたものとさえ思っている。
だから彼女たちのことを元に戻すために
色々と二重にも三重にもおかしくなっている上里翔流。
だが上里翔流の理論で理想送りを使用して元凶である全てを葬っても、歪んだ女の子たちが元に戻るという保証はどこにもないのだ。
それに上里を囲んでいる女の子たちも悪い。
彼女たちは自分たちの気持ちが歪んでいるものだと大切な男の子が真剣に考えていても、まったく怒らない。
上里翔流が自分たちの気持ちに疑問を抱えていても、構わないのだ。
そんな上里翔流が大好きだから。
うじうじ悩むのが上里翔流らしくて、その在り方を自分たちは愛していると考えているから。
そんな愛は、甘さは毒だ。上里翔流のためにならない。
だからダメ男が指数関数的に加速していっている。
去鳴はそんな上里翔流の現状に憤慨した様子で、真守に畳みかける。
「だって上里翔流を狂わせてるのは上条当麻でも『魔神』でもないじゃん。浜面、御坂。でもってアンタ。試しに何人か突いてみたけど、ぜんっぜんしっくりこない! だってアンタたちは何も悪くないでしょ? 上里勢力なんて微塵も知らずに関わりもなく、ふつーにこの街で暮らしてたんだから」
上里翔流のためにならなんでもする去鳴は、状況を俯瞰して事実を突き止めた。
何が上里翔流を本当に歪ませているのか。
それは年中狂った恋愛のことしか考えていない馬鹿どもだ。そんな馬鹿どもを、元の赤の他人に戻そうとしている上里翔流なのだ。
それなのに真守や上条という、全く関係のない人間を害するのはお門違いだ。
「悪いのはお兄ちゃんを取り巻く今の環境。それ以外にないっしょ」
去鳴はまくしたてると、ふつふつと怒りが沸いてくる。
「あのクソ馬鹿ハーレム野郎、いっぺん完膚なきまでにぶっ飛ばされた方が良いと思うワケ。安易な最強ハーレムなんて恥ずかしいものキメて自分に酔ってる大馬鹿野郎に、一丁キビシイ現実の痛みっていうのを教えてやるのがためになるよ、本当に」
真守は去鳴の言い分を聞いて、ちょっと安心する。
「上里の近くに真っ当な感性を持っている女の子がいて良かったなあ。ちょっと安心した」
真守が安心していると、去鳴は気に入らない様子でじとっと真守を睨む。
「私が真っ当な感性持ってるワケないっしょ。絶滅犯なんてマスメディアから消された存在なんだけど。所詮狂人って呼ばれてる存在だよ」
「でも本当の意味で上里のためになることを全力で探してるだろ。手段はちょっと考えた方が良いと思うケド、上里翔流が一人の人間として立派になれないなら今の状況を終わらせるべきだって考えるのは、とっても大事だぞ」
去鳴は真剣な表情をする真守の言い分を聞いて、眉根を寄せる。
「……なんだこの人……独自のルールで動く狂人のことを理解してる……しかもそのあり方否定せずに、やりたいようにやればいいって本気で思ってる……?」
「思ってるぞ? 命を奪うことはダメだけどな」
「……心広すぎでしょ……」
なんでも許してしまう真守。
そんな真守をある意味狂人だとも考えた去鳴だが、結局真守は心が広すぎるのだ。
本当の一線を超える以外は、自由にのびのびしていればいいと考える女の子。
そんな真守に去鳴が少しの畏怖を感じる中、垣根はカブトムシのネットワークに接続している際の胡乱げな瞳で、真守を横目に見る。
「お前の懐の広さは狂人の常識でも測れねえらしいな。全力で引かれてるぜ、真守」
「垣根には常識が通じないからな。そんな垣根を受け止めるためには心がとっても広くなくちゃならない」
「へーへーそうかよ。心が狭くて悪かったなオイ」
垣根は片手でむにーっと真守の頬を摘まむ。
真守は自分の頬を摘まんでくる垣根の手を取って撫でた。
「
垣根は舌打ちしながら、真守の頬から手を離す。
そんな垣根の手を真守は握ったままくすっと笑うと、去鳴を見た。
「で、去鳴。上里翔流はお前の暴走を止めるために上条を殺そうとしてるんだな?」
「そう。お兄ちゃんは私がお兄ちゃんを勝たせるために、片っ端から知り合いを殺してるって考えてる。だから上条当麻を殺して今回の戦いに終止符を打とうとしているの」
これまで、去鳴はどんな手を使っても上里翔流を守ってきた。
自分の目的のためならば、何もかもを犠牲にしてきた。人の命なんて考えずに、人のことなんて考えずに、あらゆる手段を使って上里翔流を助けてきた。
絶滅犯である去鳴を上里翔流だけが受け入れてくれたから。
「……ほんっとうにバカだよね。私が怒ってるのは上条当麻や『魔神』じゃない。狂ったお兄ちゃんを止めることなくむしろ加速させる上里勢力なのにね」
去鳴は本当に寂しそうに、安物のほとんどがプラスチック製の懐中時計を握る。
最愛の兄がどんどんダメ人間になっていくのが、本当に許せないのだ。
真守は去鳴の寂しそうな様子を見ながら、大きくため息を吐く。
「まったく。上条もそうだけど、上里翔流も大概だな。自分の心情を曲げようとしないし、人の忠告をまるで聞きやしない」
先日。真守はあまりおイタをするなと上里翔流に忠告した。
それなのに再び、上里翔流は上条当麻を誘い出してその命を奪おうとしている。
それは絶対に許されるべき行為ではない。
垣根は呆れて怒っている真守の隣で、不愉快そうに目を細める。
「お前や上条当麻が時間を掛けてやっと周りの人間に頼るようになったのと同じだ。あのクソ野郎がお前の忠告をすぐに聞くようになるわけねえだろ」
「む。垣根ちょっと余計」
真守は顔をしかめて、虚空に手を伸ばす。
「帝兵さん」
すると体を透明化していた白いカブトムシが現れた。
去鳴が驚く中、真守は自分の腕の中に収まったカブトムシを見つめた。
「私の方針は変わらない。命を奪わなければ更生するためにはだいたい何をしても構わない」
真守は自分の大事な義理の兄の命が危ういかもしれないと考えていた去鳴の前で、カブトムシに指示をする。
「ちょっと私流に上里翔流の大事なものを脅かしてやれ。それが上里翔流には一番良く効く」
『了解しました』
真守はカブトムシの事を抱きしめると、去鳴を見た。
「さて、去鳴」
「……な、なに。てか指示一つであの狂った女ども止められるってヤバ……」
去鳴は軽くカブトムシに指示を出した真守に、最大の警戒心を抱く。
真守は構える事ないのに、と思いながら、状況を今一度整理した。
「お前は現状、上里翔流が女の子たちにちやほやされているのが気に入らないんだよな」
「……そうだけど。それ以外にお兄ちゃんをおかしくしてる原因は見当たらないもん」
「そうだよな、私もそう思う」
真守は去鳴の意見を聞いて、ふわりと微笑む。
「現状を打破するまではいかないけど、ハーレムを瓦解させる方法はあるぞ。内輪もめに発展するから、上条も当分は安全になるはずだし」
去鳴は真守の言葉を聞いて、小首をかしげる。
だが次の瞬間真守から放たれた言葉に、去鳴は思わず目を丸くして──
それでも真守の言葉はもっともだ。
そのため去鳴は真守と垣根と共に、上里翔流と上里勢力のもとへと向かった。
──────…………。
上条当麻は現在、学園都市のとある路地裏にいた。
目の前には、垣根帝督が自らの能力によって生み出した人造生命体群がいた。
ヘーゼルグリーンの瞳を赤く輝かせた、臨戦態勢のカブトムシだ。
そんなカブトムシの大軍に、上里翔流は囲まれていた。
上里翔流は一歩も動けない。
カブトムシが発する
そんな上里翔流の前では、一〇〇人以上の上里勢力の女の子たちが全員苦しんでいた。
身もだえして、頭を抱えて。うずくまる少女も、思わず吐いてしまう少女もいた。
みんな、悪夢を見ているようだった。
事実、彼女たちは悪夢を見ていた。
大切な上里翔流が目の前で死んでいく様を、悪夢として見せられていた。
大切な少女たちが悪夢を見て本気で苦しむ様子。
それを上里翔流は見ている事しかできない。
声も発することも、視線を動かして彼女たちから目を逸らすこともできない。
この場は、
それを骨の髄まで分からされている上里翔流を、上条当麻は呆然と見つめていた。
「な、なあ帝兵さん……?」
『上条当麻、動かないでくださいね。あなたの
カブトムシの一匹が上条当麻の頭に着地する。
上条当麻は何が何だか分からず、命を奪われる事無く、体を焼かれる事無く。
精神的な地獄のただなかにいる上里翔流と女の子たちを見る。
「その……大丈夫なのか?」
『問題ありません。というかあなたが彼らの心配をする必要はありませんよ。あなたはこれから殺されそうだったのですから』
「こ、殺され……? 殴り合う動画撮る話になってたんだけど?」
『上里翔流は義理の妹の去鳴の暴走を止めるためにあなたを殺そうとしたのですよ。去鳴は何をしても上里翔流のために行動する。だから自分と敵対している上条当麻が死ねば、全ては解決すると思い込んでいたのです』
「でも殴り合う動画を撮って俺が優勢になれば、去鳴をおびき出せるはずだっていう話に」
『騙されていたのですよ、この鈍ちん。だから真守が怒っているのです。そして、そんなことをしなくても、真守が去鳴を確保しています。──ほら』
憤慨するカブトムシが上条の視線を誘導すると、そこには真守がいた。
隣には当然として垣根だが、真守は上条の知らない女の子も連れていた。
おそらく彼女が上里翔流の義理の妹、去鳴なのだろう。
「朝槻っ」
「上条、お前はお人よしすぎだ」
真守は上里と女の子たちに対してやりすぎだと心配している上条をじろっと睨む。
「いいか、上里翔流はバカなんだ。私が忠告したのにも関わらず、お前を殺そうとするからこういう報いを受ける事になる」
真守は一ミリたりとも動けない上里翔流のことを指差して、ぷんぷんと怒る。
そんな真守はトテトテ歩いて上里翔流の前へと回ると、無機質なエメラルドグリーンの瞳でそっと上里を見た。
「私を怒らせるとお前の大事な女の子たちは永遠の生き地獄を味わう。しかも肉体的には何の損傷もない形で。そしてお前にはどうにもできない形で。そういう生き地獄を私はお前の大事な女の子たちに多彩に与えることができる。──分かったか?」
上里翔流は強制的に真守に視線を向けさせられて、恐怖で顔を強張らせる。
真守はそんな上里をつまらなそうに見つめながら、ぱちんっと指を鳴らした。
すると。
悪夢を見て苦しんでいた女の子たちがぴたっと止まった。
そしてその表情を弛緩させて。最高に幸せな夢を真守によって見せられて、表情をとろけさせる。
「私の気分一つで最悪の生き地獄は最高の天国にも変わる。それが私の力だ。心に刻みつけろ」
上里翔流は指先一つで地獄も天国も作れる真守を恐怖の瞳で見つめる。
神人。朝槻真守。
そんな少女が本気を出せば、不完全な人間なんて立っていられない。
真守は上里翔流を睨みつけて、イライラした様子で口を開く。
「大体、どうしてどこにでもいる平凡な男の子が周りの大事な女の子を守るために、安易に殺人に手を出すんだ?」
朝槻真守は極めて冷静に、そして上里翔流を追い詰める。
「殺人というのは罪だ。犯してはならないことだ。そんな考えに安易に手を染める男がどこにでもいる普通の男の子なワケないだろ。それに、普通の男の子は誰も死なないハッピーエンドを導こうとするはずだ。私の知っている男の子はそういうものだぞ」
真守は正論に正論を重ねて、上里翔流をじろっと見つめた。
そして本気の軽蔑を込めて、吐き捨てるように口を開く。
「お前はどこにでもいる平凡な男の子じゃない。女の子にちやほやされて良い気になって、善悪の分別もつかなくなったクソ野郎。それ以上でもそれ以下でもない」
神さまと言えど、普通の女の子として普通の感性を持っている朝槻真守。
そんな存在にはっきりと言われて、上里翔流は胸に穴が空いた。
実際、真守の言う通りなのだ。
特別な女の子たちを磁石のように惹き付けてちやほやされている時点でおかしいのに、その女の子たちのためならば人を殺しても構わないと告げる男のどこが平凡なのか。
「お前がそんなクソ野郎から立派な男の子になれる唯一の方法を教えてやる」
神さまとして、完成された人間として。朝槻真守は救いの手を伸ばす。
真守は再びぱちんっと指を鳴らして、上里勢力の女の子たちを幸福な夢から目覚めさせた。
女の子たちはそれぞれ何が起こったか理解できずに、真守を見つめた。
真守はそんな女の子にも、上里翔流にも語り掛ける。
「お嫁さん。自分が一生を懸けて守る、たった一人の女の子であるお嫁さんを決めろ、上里翔流」
上里翔流は。上里勢力の女の子たちは。
ちょっと怒った様子で告げる真守を見て、呆然とした。
だが女の子たちは真守の言葉を聞いて、かあっと表情を赤くする。
そして各々は目を逸らし、上里翔流をちらちらと見る。
彼女たちの一連の仕草の理由が分からない上里翔流。
そんな上里に真守は種明かしをする。
「先程帝兵さんは彼女たちに、お前が色んな死に方をする悪夢を見させていた。でもその後に、私が上里のお嫁さんになって結婚式を迎える夢を見させておいたんだ」
つまり少女たちは上里翔流を失う悪夢を見させられていたことをすっかり忘れて、本当に幸せな夢を見ていたのだ。
お嫁さんとして。女の子が誰もが一度は夢見る幸せな夢を見ていたのだ。
そんな夢から覚めて、お嫁さんを決めろと真守に迫られている上里を見れば、誰もが幸せな夢を思い出して、もじもじとしてしまうことだろう。
上里翔流は花も恥じらう乙女のように頬を赤くしている女の子たちの様子に、呆然としながら真守を見る。
「お前がハーレムに溺れる甘ったれクソ野郎から脱却する方法はたった一つだ。たった一人の大切な女の子を決めて、その女の子のことを生涯大事にする事。それしかない」
真守は真剣な表情をして、上里翔流を見つめる。
「たった一人の女の子を守る。そう決めた男ほど、立派な男はいないからな」
つまずいたって、何度も失敗したって別にいい。
学が無くても、安月給でも。社会に対してあんまり貢献できなくてもいい。
たった一人の大切な女と家族を守れれば、男としてはこれ以上がないほどの立派なのだ。
確かにそうだ、と上里翔流は思う。
そうなれば自分は平凡な男子高校生の皮を被った狂人ではなくなる。
しかも自分が望む平凡な男の子として、何よりの幸福を手に入れられる。
だがお嫁さんを決めろと言われてすぐに決められることはないし、そもそもお嫁さんを決めるのは一生で一度の大決意なのだ。
簡単に決められないことだし、そもそも上里翔流がはっきりとさせられる男ならば、女の子たちはここまで増えなかった。
そんな優柔不断男、上里翔流に。朝槻真守は柔らかくにっこり微笑んだ。
「去鳴は、上里のお嫁さんになりたいんだって」
にこりと微笑んだ真守の爆弾発言に。
その場にいた垣根と上条以外の者たちは、ぎょっと目を見開いた。