とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第八二話、投稿します。


第八二話:〈幸福一時〉に問題発生

最終下校時刻を過ぎ、とっぷりと陽が暮れた夜。

真守は第二一学区へバーベキューをしに来ていた。

上里翔流の策略によって開催する事になった、クラスメイトとのバーベキューだ。

 

きっかけがきっかけだが、バーベキュー自体に罪はない。

だから真守はちょっとしたうきうき気分で、デパートで買ってきた食材を確認していた。

クラスメイト達には知り合いを呼んで良いと伝えてある。

もちろん真守がクラスメイトにそう伝えたのは、インデックスや垣根たちが参加できるようにするためだ。

 

クラスメイトに加えて知人が集められたおかげで結構な大所帯となっているが、みんなでわいわい楽しめた方が良いに決まっている。

そんなこんなで真守が垣根と共にキャンプ場内で食材を運んでいると、小萌先生が近付いてきた。

 

「朝槻ちゃん」

 

「小萌先生。今日は監督役として来てくれてありがとう」

 

教師が監督していれば、最終下校時刻を過ぎて遊んでいても多少の融通が利く。

第三次世界大戦の前にクラスメイトたちですき焼きを食べに行った時も小萌先生は同伴してくれたようだし、せっかくだから今回もお願いしたのだ。

 

「朝槻ちゃん、本当に先生がお金を出さなくて良いのですか? 先生、みんなですき焼きを囲んだ時はちょびっと出しましたよ」

 

「大丈夫だぞ、先生。先生にはいつもお世話になってる。それに今も監督役として来てくれてるからな。それだけで十分だ」

 

真守は柔らかく微笑むと、小萌先生に視線を合わせるために膝を折る。

 

「小萌先生には何も気にせずに、おいしいお肉をたくさん食べてほしいな。それが私は一番うれしい」

 

「朝槻ちゃんがそこまで言うなら……分かりました。今日はいっぱい食べます! 結標ちゃーん!」

 

小萌先生は相変わらず自分の家に居候させている結標淡希を呼びに行く。

真守は小萌先生の後ろ姿を見送った後、仕込み調理場へと食材を持って行く。

調理場では女子を中心とした複数のクラスメイトが仕込みをしていた。

真守が彼らに食材を渡していると、インデックスが走ってきた。

 

「まもりまもり、もうお腹が空いたんだよーっ……!」

 

「いま準備してるからちょっと待ってな。……あれ。ところで上条とオティヌスは?」

 

真守は小首を傾げて、辺りを見回す。

そういえばキャンプ場に入ってから二人を見ていない気がする。

確か上条は青髪ピアスや吹寄たちと、多数あるバーベキューコンロの火をおこす仕事が割り振られていたはずだ。

ちなみにだが、真守は一応上里翔流のこともバーベキューに呼んでいる。

それでも上里勢力は現在、絶賛お嫁さんを決めよう選手権で内ゲバ中であるため、おそらく来ないだろうと真守は思っていた。

 

「とうまなら学校のこーはいって子に呼び出されてたよ。そういえばあの男の子も一緒にいた」

 

インデックスの言う『あの男の子』とは上里翔流のことだ。

上里翔流の存在を聞いた垣根は、真守の隣で思わず眉をひそめる。

 

「問題児一号と二号が一緒にいるのかよ。最悪だな」

 

「後輩って誰だろう。上条に先輩がいるのは知ってるけど。空き教室借りてる中高一貫校で知り合った子なのかな」

 

真守は心当たりのない人物に首を傾げ、怪訝そうにんーっと唸る。

 

「上条と上里が集まってる時点でなーんか嫌な予感がするけど、あいつらのやることなすこと全部を気にしててもしょうがないし。本当にマズいなら帝兵さんのネットワークに引っかかるだろうし、私はバーベキューしたい」

 

誰彼構わず救うヒーロー性を持つ上条当麻と上里翔流。

彼らに一々付き合っていれば、真守は自分のやりたいことができなくなってしまう。

真守は彼らのヒーロー性に呆れつつ、それでも嬉しそうに微笑む。

 

「最近の上条は聞きワケが良いからな。自分の手に負えなくなったら連絡してくるだろ」

 

誰にも助けを借りなかった上条当麻は、最近真守になら相談するようになった。

それが真守はとても嬉しい。あの男はもう少し人の手を借りた方が良いと思っているからだ。

ちょっと嬉しそうにする真守。そんな真守を見て、インデックスはむーっと口を尖らせた。

 

「ほんとうに最近だけど、とうまはまもりになら相談するようになったもんね」

 

「インデックス、拗ねないで」

 

真守は心の底から不服そうにしているインデックスを見て、くすっと笑う。

 

「上条はインデックスのことが本当に大事なんだ。あんまり迷惑かけたくないから、色々と秘密にするんだと思う」

 

何せインデックスは記憶を失ってしまった上条当麻が、嘘を吐き続けてまでどうしても泣かせたくなかった少女なのだ。

何もかもを忘れた上条の覚悟がどれほどのものだったか。

インデックスには想像つかない。それはしょうがないことだろう。

真守は目元を柔らかくして、上条とインデックスのことを想う。

だがインデックスは変わらずにむくれたままだった。

 

「一緒に生活してるんだから助けたいんだよ。それにとうまは魔術について素人なんだから。わたしを頼ってほしいかも」

 

「インデックスは上条の支えになってるよ、絶対にな。……それに、直接的な力になるのが一番重要、だということではないからな」

 

少し寂しそうな、真守の言葉。

それを聞いて、インデックスは首を傾げた。

上条当麻の直接的な力になりたい。隣に立って役に立ちたい。

だが周回遅れの自分の力なんて役に立たない。そう思っている──御坂美琴。

真守は今も色々と暗い気持ちを抱えている美琴のことを考えながら、寂しそうに微笑む。

 

「一緒に戦場を駆け回るのも確かに良いだろう。だが大切なひとが待っていてくれるのもとても幸せなことだ。帰れる場所がある。そこで平穏を一緒に過ごしてくれる存在がいる。それは本当に幸せなことだ」

 

真守は柔らかく微笑み、屋根のついたテーブルが並ぶ食事場の方を見た。

そこには杠林檎と共に、バーベキューの開催を待っている源白深城がいた。

近くには防寒着を着た白い少年に黒髪の少年。

そして白いカブトムシにライドオンした魔神僧正とネフテュスもいた。

 

「あ、みしろ!」

 

インデックスは真守の視線の先に深城たちがいることに気が付き、声を上げる。

するとタイミングよく深城が真守や垣根たちに目を向けた。

深城は満面の笑みを浮かべると、真守たちに優しく手を振る。

真守は微笑み、小さい手で振り返してからインデックスを見た。

 

「まだ時間がかかるから、深城たちと一緒にいてくれ。インデックス」

 

「うんっ!」

 

とてとてと走っていくインデックス。

真守がその後ろ姿を見つめる中、垣根は真守の小さな頭に頬を寄せる。

 

「俺はお前がどっかに行くなら絶対に一緒に行くからな」

 

「ふふ。垣根はおうちで大人しく待てる子犬さんじゃないからな」

 

「……子犬さんて」

 

垣根は不覚にも真守の言い方が可愛らしくて、目を細める。

いつもの楽しそうな様子の真守と垣根。

そんな二人を遠くから見つめていた源白深城は、柔らかく微笑んだ。

そして手元に持っていたホットココアのプルタブを立ててカシュッと缶を開ける。

缶の蓋を開けると、深城は黒髪の少年にホットココアを手渡した。

 

「トモくん。缶が熱いから気を付けてね」

 

インデックスの前で、深城は黒髪の少年へとホットココアを差し出す。

 

「ありがとう、源白深城。蓋が固くて開かなかったから……」

 

黒髪の少年はぽそぽそ呟くと、深城から受け取ったホットココアをくぴっと飲む。

その姿を見て、先にホットココアを口にしていた白い少年がじろっと黒髪の少年を睨んだ。

 

「お前は甘えん坊だな。垣根帝督が用意してくれた体をきちんと使えば、缶くらい開けられるだろうに」

 

白い少年が白い目を向けると、黒髪の少年は『ふえ……』と呻く

しょんぼりする黒髪の少年。深城は笑って、落ち込んだ黒髪の少年のフォローに回る。

 

「ほらほら。セイくんと違って、トモくんはまだ体が馴染んでないから。甘えん坊とか言わないの」

 

深城が黒髪の少年の頭を優しく撫でながら告げると、白い少年──生きる意志を体現した少年はぷいっと顔を背けた。

 

「あらあら。まだまだ幼い精神のようね」

 

そう言葉を零したのはカブトムシの上で足を組んで座っている手乗りネフテュスだった。

その隣には、浮遊する他のカブトムシの個体に胡坐を掻いて座っている僧正がいる。

 

「ふむ。神人を神とする者たちは言わば儂らの存在があったからこそ生まれたもの。

要は儂らが神人を神人たらしめた元凶と言うのに。理想送り(ワールドリジェクター)のように怒らんだな」

 

僧正の言う通り。魔神たちが何度も何度も世界を造り替えなければ、白い少年や黒髪の少年などの真守を神として必要とする者たちは生まれなかった。

だが真守は魔神たちに敵意を向けていない。そのことについて僧正が疑問を持っていると、ネフテュスが答えた。

 

「僧正だって分かってるでしょ? あの子は最早そういうところにいないのよ。人間として一つの完成形へと至ったあの子は、そんな些末なことは考えないのよ」

 

ネフテュスが全面的に真守を擁護する言葉を聞いて、僧正は笑った。

 

「随分気に入ったようじゃな。まあ、人のことは言えぬがな」

 

なんだかんだ言って僧正も朝槻真守のことを気に入ってる。

自嘲気味に僧正が笑っていると、インデックスがトテトテ近づいてきた。

途中で赤毛のツインテールがそわそわして深城たち(白と黒の少年を含む)を見ていたが、インデックスが通り過ぎるとささっと視線を逸らしていた。

 

「みしろー」

 

「インデックスちゃん~。インデックスちゃんも来たんだねえ。……その格好でだいじょぉぶ? 寒くない?」

 

完全に陽が暮れたため、けっこう寒い。

そのため深城が心配すると、インデックスは自分が着ている『歩く教会』を広げながら笑う。

 

「大丈夫だよ。この『歩く教会』はとうまの右手のせいで効力が失われてるけど、とても温かいからね。それに私はシスターだから。寒くても我慢できるよ!」

 

「シスターさんはすごいねえ」

 

深城は胸を張るインデックスを見て、微笑む。

シスターさんと言えど食欲だけは捨てられないインデックス。

それを指摘する人間はここにはいない。悲しいことに。

 

インデックスたちが話をしていると、キャンプファイヤーの火が大きくなる。

どうやらキャンプファイヤーの火が完全についたらしい。

バーベキューの準備もできたらしく、深城たちに真守が近付いてきた。

 

「深城、バーベキューの準備ができた」

 

「ありがとう、真守ちゃん。行こうっ」

 

深城はにへらっと笑うと、インデックスと林檎と一緒に歩き出す。

そしてキャンプファイヤーを囲ってバーベキューが始まった。

真守は同居人が多いので、一つのコンロを独占して垣根たちやインデックスと囲っていた。

独占しているといっても、コンロは大量に用意してある。準備万端だ。

 

「おいしいっ本当においしいお肉なんだよ、まもり!」

 

インデックスは嬉しそうに目を輝かせて、はふはふとお肉を食べる。

 

「インデックス。ゆっくり食べるんだぞ」

 

真守はお肉がきちんとクラスメイトに行き渡っているか確認しながら、インデックスに軽く注意する。

ちなみにインデックスは無作為にお肉を食べてしまうため、コンロの上にはインデックスコーナーが作られている。

それ以外の肉を食べてはいけないことになっており、インデックスの肉はカブトムシが焼いていた。

好待遇でつきっきりで焼いてもらっているため、インデックスも大満足だ。

そんなインデックスの隣で、林檎はお高い牛肉を食べて目を輝かせる。

 

「垣根っ垣根、お肉、すごいおいしいっ!」

 

「たくさんあるからお前もゆっくり食べろよ」

 

「うんっ!」

 

垣根は食欲旺盛な林檎に注意しながら、肉を焼いて皿に盛る。

 

「真守、さっきから全然食べてねえだろ。これ食え」

 

「ありがとう、垣根」

 

真守はふにゃっと笑うと、垣根から皿を受け取る。

そして大きいお肉を箸で掲げて目を見開いた後、ぱくっと一口食べた。

 

「おいひいっ」

 

真守はお肉がおいしくて、思わず食べながら声を上げてしまう。

小さい口で、控えめながらもゆっくり食べる真守。

そんな真守を見て垣根は笑うと、肉を焼きながら自分も食べる。

すると。カブトムシがぶーんっと飛んできた。

 

垣根帝督(オリジナル)。ネットワークの一部で障害が発生しています』

 

「障害だと?」

 

垣根は肉を焼く手を緩めて、カブトムシを見る。

 

「どこで障害が発生してやがるんだ」

 

『第七学区内で複数。それと第一〇学区、第二二学区の第三層です』

 

「複数だと? ……かく乱のつもりか?」

 

垣根はカブトムシからの報告を受けて、眉をひそめる。

真守はもぐっとお肉を食べると、自分の肩に留まったカブトムシを見た。

 

「『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの時と同じ方法か?」

 

『はい。AIM拡散力場経由でのハッキングです。情報処理に負荷をかけ、ネットワークに障害を発生させるやり方です』

 

真守はそれを聞いて、ふむと頷く。垣根は肉を林檎に渡しながら目を細めた。

 

「AIM拡散力場を用いた回線をシャットダウン。未元物質(ダークマター)の回線に繋ぎ直せ」

 

『了解しました』

 

AIM拡散力場経由でハッキングされているならば、AIM拡散力場を使用せずに他の媒体を用いてネットワークを構築すればいい。

 

垣根帝督は『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの際にハッキングされたため対策として回線を増設。

未元物質(ダークマター)の回線と通常のネット回線のように電子回線を用意しているのだ。

 

真守は(かたわ)らにいる、野菜を食べている深城を見る。

 

「私と深城が無事なのは、おそらく敵が私を完封できないと分かっているからだ」

 

人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトの時。

真守は深城経由でハッキングを受けて、機能を停止させられた。

だが丁度近くに垣根が試作品として造っていた器があったため、少々弱体化したがハッキングから逃れられた。

 

あれから真守は避難用の体をメンテナンスして、いつでもアレイスターが用意した縛りから一時的にでも逃れられるようにしている。

それを、敵は理解している。

 

「『敵』は私が帝兵さんのネットワークを頼りにしているのを知っているんだろう。私も知覚範囲を広げることはできる。だがそれは人間から逸脱する行為だから、私が普段から知覚範囲を制限していると知っているんだ」

 

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)だ。そのためなんでもできる。

だが真守は普段から、人間の知覚から逸脱しすぎることはしないようにしている。

理由は人間から逸脱しすぎれば癖になり、自分が人間ではなく神と同等という意識が濃くなってしまうからだ。

そうなると、()()()()()()。だから真守は普段から抑え気味にしている。

 

「『敵』は私のことを完璧に打倒できるとは思っていない。おそらく一瞬でも気が引ければいいと考えたはずだ。……一瞬の隙。その隙に全部を終わらせるつもりだ。だからいま、知覚を広げてもすでに遅いだろう」

 

真守はとりあえず勿体ないので、手元のお肉をもぐもぐと食べる。

すると即座にカブトムシのネットワークが復旧した。

そして、情報が降りてくる。

 

「……なるほど。木原唯一が上里翔流の理想送り(ワールドリジェクター)を奪ったのか」

 

真守はカブトムシのネットワークに自身を接続して、何が起こったか理解する。

復旧したカブトムシの一匹。

その視界には、上里翔流の右腕を自身の右腕に移植した木原唯一がいた。

 

理想送り(ワールドリジェクター)とは上里翔流の性質に引っ張られて、上里翔流の右腕に宿った力だ。

そのため上里翔流の右腕を切り取って他人がその右腕を自身に移植しても、理想送りが使えるはずがない。

だが理想送り(ワールドリジェクター)を手にしている女性──木原唯一は、科学を使って理想送りを入手した。

 

「アレイスターにとって、理想送り(ワールドリジェクター)は脅威だった。だからアレイスターは理想送りをどうにかするために動いていた。だからまず手始めに布石として。木原脳幹を上里翔流にけしかけて、撃破させた。……なるほどな」

 

真守は一人納得した様子を見せて、事実を口にした。

 

「木原脳幹を撃破した上里翔流を、木原唯一は許さない。そんな木原唯一に復讐として上里翔流から理想送り(ワールドリジェクター)を奪わせる。……よくできたシナリオだ」

 

理想送り(ワールドリジェクター)を無力化するために、アレイスターは木原脳幹を犠牲にして木原唯一を焚きつけた。

木原唯一もアレイスターに焚きつけられたことは分かっているだろう。

だが復讐者は止まれない。上里翔流が狂ってしまったのと同じように、復讐の意思を身に宿せばすでに止まることはできないのだ。

 

「よく考えたな、アレイスター」

 

真守は忌避しながらも、アレイスターのことを称賛してしまう。

すべてを駒として扱い、自らの目的を遂げる。

これまでずっと、アレイスターが行ってきたやり口だ。

 

「復讐者は他人の命を奪うことを恐れないからな。私も行こう。……上条や美琴が心配だし」

 

真守が借りているカブトムシの視界。

そこには近くをふらふらしていた御坂美琴と上条当麻が鉢合わせしていた。

そして二人は木原唯一が理想送り(ワールドリジェクター)で呼び出した魔神たちに圧倒されていた。

 

だがそもそも。理想送り(ワールドリジェクター)に、新天地へと送り込んだ魔神を呼び出す機能はない。

それでも美琴たちは魔神が出てきたのだと真に受けて、恐れおののいている。

 

「帝兵さん。隙を見て上条たちに合流して、魔神はブラフだと教えてあげて」

 

『はい』

 

真守は頷くと、皿に載っていたお肉を頑張って食べる。

そしてカブトムシに皿を手渡してから、深城を見た。

真守は深城にぎゅっと抱き着く。深城は目を瞬かせていたが、真守のことを受け止めた。

 

「垣根、私は先に行く。ちゃんとついてきて」

 

「あ?」

 

垣根は深城に突然抱き着いた真守を見て、怪訝な表情をする。

 

「私に理想送り(ワールドリジェクター)は効かない。だから怖くない。それに相手はこれまで何度も戦ってきた木原の一人だ。そんなに時間はかからないし、移動が面倒だから」

 

「なに言ってんだお前。何の話してやがる」

 

てっきり第二一学区から飛んでいくと思っていた垣根は、真守の行動に眉をひそめる。

真守はそんな垣根の前で、深城にギュッと抱き着いた。

 

「みなまで言わなくても垣根なら分かってくれる。深城、()()()()()

 

「! 分かったよ、真守ちゃん」

 

深城は林檎へお皿とお肉を渡して、真守のことをギュッと抱きしめる。

 

「むぐ」

 

真守は深城の胸に閉じ込められてうめき声を上げると、ふっとその意識を飛ばした。

くたっとなる真守。

それを見て顔をしかめていた垣根は、真守が何をしたか理解した。

 

「……あいつ、家にある避難用の体に自分の意識(たましい)を飛ばしやがったな……?!」

 

真守の自宅には垣根帝督が未元物質(ダークマター)で造り上げてくれた避難用の体がある。

すでに数回その体を使っているため、真守と避難用の体には特殊なパスが通じている。

だから真守はAIM拡散力場を経由すれば、いつでもその体に移ることができるのだ。

 

「……良い度胸じゃねえか、真守」

 

垣根は自分のことを置いて行った真守に怒りを見せる。

さきほど垣根は真守に『お前が行くならどこにでも行く』と宣言したばかりなのだ。

それなのに置いて行かれた。

イジメてやらないと気が済まないが、垣根は先程の真守の言動に気が付いたことがあって目を見開いた。

 

『垣根、私は先に行く。ちゃんとついてきて』

『みなまで言わなくても垣根なら分かってくれる』

 

真守は垣根に確かな信頼を寄せて、そう言っていた。

垣根帝督ならばついてこられるから大丈夫だと思っているのだ。

しかも真守は理想送り(ワールドリジェクター)も木原も脅威ではないと思っていた。

だからおそらく。垣根帝督が直接向かわなくても、垣根の配下であるカブトムシと避難用の体を使う真守がいれば、簡単だと考えているのだ。

 

「……ったく。カブトムシ(端末)

 

垣根は絶妙な信頼の仕方をしている真守の事を考えて、ため息を吐く。

 

「俺に感謝しやがれ。普通の人間なら言葉にしないと分からねえぞ」

 

垣根はいらいらしつつも、真守に信頼されていることがうれしくて微妙な気持ちになる。

そんな気持ちのまま、垣根は自宅に待機させている一つの個体と完全に意識を接続する。

そして避難用の体で動き出した真守と共に木原唯一を止めに向かった。

 


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