※次は九月二日木曜日です。
「お前っていつもハッキングで情報集めてんの?」
「ん?」
今日の目的である目当てのサンダルを箱から出していた真守だったが、垣根に声をかけられて顔を上げた。
「いつもそうしてる」
「なら上層部の主導している計画とか知ってるのか?」
垣根が言葉を
自分が利用されているなんて真守が知ったら『
アレイスターを相手にして真守が無事でいられるとは思えない。
真守の身の安全を心配して、垣根は
「私の知らないところで私の研究が行われているんだろうが、知ってしまったら手当たり次第に潰したくなる。だから私に直接降りかかった時だけ潰してる。一々目くじら立ててたら学園都市で生きていけないし」
真守は手に取っていたサンダルのストラップを足首に全て巻き付けて編み上げるように履くと鏡の前に行って体を捻って色々な角度から見る。
真守は白と黒のモノクロファッションを好みとしているので、今履いているサンダルも真っ白だった。
「うん。やっぱり黒よりこっちの方がいい。垣根、決まった」
真守が垣根に向かって距離を取って似合っているかポーズを取って見せつける。
足にストラップを何重にも交差させて巻き付ける白いサンダルは真守のほっそりとした足にぴったりだった。
「いいんじゃねえの。買ってやるから来い」
「え」
真守は鏡で何度も似合っているか確認していたが、目をきょとっと丸くして垣根を見上げた。
「う……いや、えっと……お、お願いします」
垣根が好意で買ってくれると言っているのを真守は拒否できなかったので、真守は
「おう」
垣根はそんな真守のお願いを聞き届けて笑った。
垣根は店員にサンダルを履いていくと伝えたので、最初から履いていたスニーカーを空いた箱に詰めてもらい、真守は新しいサンダルで店から出た。
「垣根。ありがとう」
真守が色んな角度からサンダルを見つめてから垣根を見上げて、ふにゃっと微笑む。
「気に入ったか?」
「気に入った!」
真守が笑顔の花を満開にして気持ちを表現したので、垣根はそれを受けて柔らかく目を細めた。
「垣根、こっち」
真守が垣根の腕を引っ張って次に向かったのは男性フロアだった。
「別に俺には用がねえけど? お前に用があるわけ……ねえよな」
「ある。垣根へのお礼を見るんだ。とても大事な用だぞ」
「お礼? サンダル買った礼ならいらねえぞ」
垣根が真守の言い分に首を傾げると、真守は目を細めて微笑み、軽やかに告げた。
「違う。
真守に連れられて垣根が向かったのは、垣根が好んで着る高級スーツのブランド店だった。
「俺の着てるスーツのブランド、わざわざ調べたのか?」
「別に調べてない。でもここだろ?」
垣根の問いかけに真守は店を指さしながら首を傾げる。
「確かにあってはいるが、なんでお前が男物のブランド知ってるんだ?」
垣根が当然の疑問を口にすると、真守はその問いが良く分からないと首をひねった。
「有名なブランドだから知ってるの当然」
「……学園都市外の、しかも外資系だが」
「学園都市に店舗が入るくらいの有名店だぞ。それくらい頭に入ってる。見くびってもらっては困る」
真守がムスッとした表情で抗議するので、垣根は思わず閉口してしまう。
垣根の着ているスーツは外資系であり、高級志向で売り上げを出している小規模展開の店で、
女なのに男物のブランドまで把握しているなんて尋常じゃない程の知識を頭に詰め込んでいる証拠だ、と垣根は思う。
「早く行こう」
確かに学園都市最高峰に相応しい頭の容量だが、流石に度を越しているとも垣根が考えていると、真守は垣根の腕をぐいぐい引っ張って急かした。
真守は店員に持ってこさせたジャケットを垣根に着せて、スーツのアクセサリーを見比べるために両手に持って、時々垣根の胸に当てて真剣な表情で選ぶ。
二〇㎝も違うので垣根の胸元に当てる度に真守は一々背伸びをする。
そんな真守が、垣根には飼い主の体に張り付いて懸命に登って甘えようとしている子猫の姿にしか見えなかった。
それに真守のその表情は真剣ながらも楽しそうだった。
垣根はそんな真守の姿が愛おしくなって頭に
真守の髪の毛は猫っ毛でさらさらして触り心地が良かった。
真剣にアクセサリーを選んでいた真守は突然頭を撫でられたので『ん』と一度唸ってから垣根を見上げた。
「暇させてしまったか?」
「いいや、別に。……やりたかっただけだ」
「変な垣根」
頭から手を退けないまま撫で続ける垣根を見上げながら、真守はふふっと穏やかに微笑んだ。
「でも髪が崩れるからヤメテ」
直後、不機嫌な仏頂面になった真守から『NO』という拒否が出て、真守と垣根を取り巻いていたほんのりと甘い雰囲気は一瞬で霧散した。
「いい度胸じゃねえかこのアマ……!」
「いひゃい……ひゃって当然のこと言っただけだし……っ! あんまし引っ張るとふぉ、シールドでぇ弾くぞ!」
自分の両頬を引っ張りながら垣根が怒りを向けてくるので、真守はアクセサリーを手に持ったまま手をバタバタと動かして抗議する。
結局、真守は垣根の暴虐に耐えられなくなって垣根をシールドで弾いた。
ひりひりと傷む真守の両頬とびりびりとしびれる垣根の両手という、痛み分けで攻防は終了した。
「やっぱりこれが良い」
真守は垣根の行いに不機嫌になりながらもそれを選んだ。
ちまっとした両手で差し出されたのは大粒のスワロフスキーが付いた
「俺の名前とかけてんのか?」
自分の名前の読みを連想させるタイニーピンを見て、垣根は怪訝な表情をして問いかけた。
「それもあるけど単純に似合うから」
まったくからかう様子のない真剣な表情で真守は答える。
「お前がそれでいいと思ったんならそれでいい」
からかう事を一切しない真守の性格がクソ真面目、と垣根が思いながら笑うと、真守は垣根の許しを聞いてぱあっと顔を明るくした。
「これにする」
真守が近くで見ていた店員に声をかけて、ラッピングを選び始めた。
垣根が借りたジャケットを回収した店員は見るからにオーバーリアクションで頭を下げていた。
それもその筈、この学園都市では高位能力者ほど奨学金がふんだんに貰えるので、高級志向のブランド店に来るような学生は高位能力者だと決まっている。
金を持っている学生がリピーターになってくれれば確実に儲けになるので、店員が丁寧に対応するのは当然のことだった。
「はい、垣根。助けてくれてありがとう」
店を出ると、真守は両手でショッピングバッグに入ったプレゼントを垣根に渡す。
「おう」
真守の柔らかな笑みと礼に垣根は穏やかに微笑んで、真守からプレゼントを受け取った。
「ところで垣根。誉望は何が好きなんだ?」
「あ?」
突然『スクール』の構成員である誉望万化の名前が出て、垣根は穏やかな気持ちから一気に機嫌が急降下する。
「情報操作してくれたからお礼するのは当然だ。垣根、何か知らないか?」
どうでもよくて適当に答えたが、真守があそこまでしつこく聞いてきたのはお礼をしたかったからだ、と垣根は今悟った。
確かに自分にプレゼントという形で礼をした真守が、誉望にもプレゼントをして礼を言いたい気持ちは分かる。それは真っ当だ。
だがそれを許容できる垣根ではなかった。
『スクール』の構成員、誉望万化は少し前に垣根帝督に戦いを挑んできた事がある。
『汎用性が自分と被る』とかいう言い分だったが、
はっきり言って挑もうと考えてくるだけで不快だった。
自分の怒りに触れた誉望を、垣根はトラウマを植え付けてやるほどにコテンパンにした。
利用できそうだったから
そんな人間に真守が懇切丁寧にお礼を述べるのが気にくわない。
「……垣根、誉望のコト嫌いなのか?」
機嫌が急降下した垣根の反応を見て真守が訊ねるが、垣根は答えない。
(うわ。筋金入りだ。面倒になるからこれ以上触れないでおこう)
「分かった。大丈夫、もう気にするな。垣根にこれ以上迷惑はかけない」
「ちょっと待て、そりゃ一体どういう意味だ」
真守はグッと親指を立ててから体の向きを変える。
その言葉が聞き捨てならなくて、垣根は歩き出そうとしていた真守の腕をパシっと掴んだ。
「勝手に調べるから垣根は気にするなって意味だ」
真守は振り返ってこれ以上迷惑かけない、と柔らかく微笑んだ。
真守は垣根が誉望のことを気にくわない相手だと看破して善意でそう答えた。
垣根はそんな真守の前で
絶対できる。
暗部組織『スクール』の情報担当が相手でも、この規格外の
これまでの行動からも分かる通り、このじゃじゃ馬娘は上層部でもコントロールできない破天荒さを持つ。
そのため真守は誉望に絶対接触するだろう。
真守に好意を寄せられれば、あんな思春期丸出しで欲望に忠実な人間は確実に落ちる。
垣根は誉望のことを華麗に罵倒しながら高速思考を終えると、突然真守の両肩をガッと掴んだ。
「礼の品は俺からアイツに渡す。いいか、テメエは絶対に接触するな。絶対にだ」
(そこまで嫌いなのか?)
絶対という言葉を二回も使って自分を据わった目で見下ろす垣根を、真守は見上げながら心の中で呟く。
「……わ、分かった」
真守は気迫が死ぬほどヤバい垣根を見上げながら素直に頷いた。
素直に頷いたのに垣根の機嫌が悪いままだったので、真守はこの後、垣根の機嫌を取るのに随分と苦労した。
後日。
ブチギレ寸前で地を這うような低い声を出す垣根から誉望に、真守が
キレた垣根にコテンパンにされてトラウマになっている誉望がどんな思いをしたかは想像に
真守ちゃんも一方通行と同じように頭の中に相当の知識を詰め込んでいます。
そういう情報頭に入れておいて、見た事ない服着てても特徴からブランド言い当てる事ができるってヤバすぎる原作の一方通行。
……あと、もうちょっと誉望くんに優しくしてください、垣根くん。