とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第八六話:〈血族様相〉と幸せ空間

魔術サイドの一角を担うアシュリン=マクレーン。

科学サイドの中枢に据えられている朝槻真守。

伯母と姪の関係。もっと言ってしまえば、遺伝子的には母娘に相当する二人。

真守はアシュリンの手を、少しためらいながらもきゅっと握る。

 

「あの人間は、魔術を憎んでいる」

 

あの人間。それはもちろん学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーだ。

科学サイドの長。それでいて、魔術サイドで近代西洋魔術を築き上げた稀代の魔術師。

 

「魔術を憎んでるから、アレイスターは魔術サイドに対して科学サイドを造り上げた。あの人間の魔術への憎悪はすさまじい。……とても悲しいほどに、深く魔術を敵視している」

 

魔術を憎んでいるからこそ、アレイスターは魔術を殲滅するために、全ての位相を破壊しようとしている。

全ての位相。

そこには当然として、ケルトの位相も含まれている。

話を静かに聞いていた垣根帝督は、忌々しそうに口を開く。

 

「……統括理事長は確実にクソ野郎だ」

 

垣根はそう吐き捨てると、真守の頬へと手を伸ばす。

 

「でも俺はお前を信じてる、真守。苦しい思いをしたお前が、あのクソ野郎が実はそれなりにお前に気を使ってたって思うなら、そう思える」

 

朝槻真守はこれまで大変な思いをして来た。

だが当の本人である真守が、アレイスターは扱いにくい自分のことをそれなりに慎重に扱ってくれていたのだというのだ。

あまり認めたくはないが、真守がそう考えるならばアレイスターは真守のことをそれなりに考えていると受け止めるしかない。

 

「……統括理事長サマに友人とか考えられねえけど。ただのお前の血縁者である伯母をわざわざ『窓のないビル』に呼ぶんだ。……あの人間には血も涙もねえとか思ってたけど、あいつもそれなりに一人の人間なんだろうな」

 

人のことを駒のように使い、悲劇を量産し続ける。

諸悪の権化でも、アレイスターも一人の人間なのだ。

多分、真守に会わなければ。垣根帝督はアレイスターのことをどんな人間かと考える事はなかっただろう。

アシュリンは垣根の気持ちを聞いて、独り言ちるように呟く。

 

「確かに、あの人間はエルダー様のことを大切にしていたのでしょうね。だからわたくしたちマクレーン家や、真守ちゃんのことにそれなりに配慮してくれる。……それにおそらく、ケルトの一族は彼にとっては二の次なのよ」

 

垣根はアシュリンの言葉を聞いて、眉を寄せる。

 

「それはどういう意味だ」

 

「彼が本当に憎むのは自らの願いを叶えるために魔術を使う近代的な魔術師よ。だから彼は『黄金』を壊滅させても、イギリスに息づくマクレーン家には手を出さなかった。わたくしたちは彼の真に嫌う者たちではないから」

 

「伯母さまたちが近代魔術師と違うからこそ、アレイスターは手を出さなかったのか?」

 

真守が問いかけると、アシュリンは真守の手を優しく撫でる。

 

「マクレーンはケルトの一族よ」

 

真守はアシュリンの言葉に頷く。

アシュリンから、真守はそれなりにマクレーン家について説明を受けている。

だがそれなりだ。あまり踏み込んではいけない話だと思っていたし、自分には話せないこともたくさんあるだろうと考えていた。

そのマクレーン家についての話が、いまアシュリンから真守に伝えられようとしていた。

 

「マクレーン家はこれまでケルトの精神的支柱になるドルイドを多く輩出していたわ。……真守ちゃん、ドルイドというのは分かる?」

 

アシュリンに問いかけられて、真守は何故だか少し緊張しながらも答える。

 

「ケルトの精神的支柱であり、神官でもあり、占い師でもあり、政治家でもある役職だよな。確か詩人でも裁判官でもあったり、色んなことをするひとたちのことだ」

 

「その通りよ、真守ちゃん」

 

アシュリンは柔らかく微笑むと、よくできましたと言わんばかりに真守の頭を撫でる。

ドルイドとは『樫の木の賢者』とも呼ばれる。

そして真守の言う通り、魔術師専業というわけではないのだ。

ケルトの文化である膨大な量の詩歌を覚え、それを口伝で伝える。

そこに文字を使ってはならない。

もし文字を使うならば、オリジナルのものを持ち要らなければならない。

 

「ケルトは全てを口伝で伝える。口伝である以上、伝えられる過程で多くの秘術も失われていくことになる。……でもね、それでいいのよ。失われるものがある。それは世の常なのだから」

 

アシュリンは口伝で文化を伝えるケルトの一族として、大事なことを真守に伝える。

 

「本当に大切で伝えたい事。それが伝わればいいの。そして大切なものを伝え続ければ、それはどんどん洗練されていく。時代を積み重ねても、ケルトとしての誇りを忘れなければそれでいい。それ以上に必要なことはないの」

 

真守はアシュリンの言葉を聞いて、こくりと頷く。

ある意味、マクレーンの一族は流れに逆らう事無く生きているのだ。

そして流れを見つめている内に、マクレーンはその流れを掴むことができるようになった。

そのためマクレーンは流れを読むことに長けていて、審美眼が発達した。

 

だからこそ。その血に混じりがあった時、朝槻真守が産まれたのだろう。

マクレーンに異物が混じったことで、流れに新たな定義を組み込むことができる朝槻真守が産まれたのだ。

 

自分が神さまとして選ばれたのは、血筋的なところもあった。

数奇な運命が何度も交差し、重なり。

そして、この学園都市で垣根帝督に会うことができた。

 

真守は柔らかく微笑み、垣根の手を握る。

垣根はその小さくて柔らかな手を優しく握った。

アシュリンは二人の様子を穏やかに見つめる。

 

「わたくしたちにとって、魔術とは人々を安心させる道具に過ぎないの。そして伝えるべき文化でしかないのよ」

 

ケルトが伝えたい事。その文化。

その中に魔術という異なる法則を用いて世界を改変する技術が入っていただけのこと。

 

「マクレーン家は近代の魔術師とは一線を画する。だから究極的に言えば、わたくしたちは魔術が無くなっても受け入れるしかないの。もちろんとても困るのよ。でもいつだって、わたくしたちは何かが失われても大丈夫なように準備をしているの」

 

マクレーン家、ケルトの民は。本当に粛々と魔術を自らの文化として伝えてきただけだった。

魔術が人々の安心材料になるのであれば、それで良い。

人々が平穏に暮らせるのであれば、魔術を行使する。

 

あくまで自分の願いを叶えるために、魔術を振るう近代的な魔術師とは違うマクレーン家。

マクレーン家はエルダー=マクレーンが生きていた頃より変わっていなかった。

矜持を曲げることなく進み続ける彼女の血族ならば、無下にすることなど絶対にしたくない。

だからアレイスターは確認を込めて、アシュリンを『窓のないビル』に招き入れたのだろう。

 

「伯母さまたちはイギリス清教と明確にあり方が異なる。だから統括理事長が魔術師だって分かっても、クロウリー専用の対策布陣を敷いているイギリス清教に話をしなかった。……しかもエルダーさまがアレイスターに目を掛けていたんだ。伝えなければならない理由はない」

 

「そうよ。それとローラを警戒していたの」

 

「その時からキナ臭かったの?」

 

「ローラがただ単純にイギリス清教として魔術師アレイスター=クロウリーを警戒し、必要であれば討つ……というのならば、わたくしたちも表面上は協力しても良かったのだけど」

 

アシュリンはローラのことを考えて、警戒心を見せる。

 

「腹の底が見えない女なの。だから何を考えて、あの女が真に何を求めているか分からない。あの女に利用されるのは癪だわ。……そして、あの女に真守ちゃんを利用されるなんて、到底許せる事じゃない」

 

アシュリンは一通り喋ると、一口紅茶を飲む。

 

「あの女狐に利用されないためにも、わたくしたちは一族総出で本国を抜け出してきたの。ケルトの異界に引っ込む選択肢もあったけれど、真守ちゃんが心配だったから。だからあなたのいる街に来たの」

 

アシュリンは真守の事を見つめて、にっこりと微笑む。

 

「それに真守ちゃんの誕生日が近いし、それなら一族総出で誕生日パーティーした方が良いでしょ?」

 

「……なんか。色々大変な事が起こってるのに、主目的が私の誕生日を盛大に祝いたいってことになってない……?」

 

真守が思わず苦言を呈すると、アシュリンは『あら』と完全にとぼけた声を上げる。

 

「政治的理由で学園都市に来た。そう宣言して理由を話したら、学園都市のお偉いさんが通してくれたのよ。それで学園都市に入る事ができたの」

 

「だからそれ、伯母さまたちには建前なんでしょ」

 

真守は顔をしかめてじとっとアシュリンを見つめる。するとアシュリンはにっこりと笑った。

 

「あたりまえじゃない。大切な姪の誕生日を祝うのが大事よ」

 

じとっと姪に睨まれて、けろりと答える伯母。

垣根はその様子を見て、深く納得する。

この伯母ありきで、この姪ありきなのだと。

 

「一五年分を盛大に祝ってあげるわね、真守ちゃん」

 

「う。嬉しいけどやっぱり複雑な気分……」

 

真守はアシュリンに頬を優しく撫でられて、恥ずかしそうに目を逸らす。

 

「伯母さまたちは、いつまでこっちにいられるんだ?」

 

「そうねえ。政治的な理由になってるから、ちゃんと申請すればいつまでもいられると思うわよ。だからローラの出方しだいによるけど、二週間もかからないじゃないからしら。それまでにあの女狐は動き出す。そう考えているわ」

 

真守はアシュリンの言葉を聞いて、柔らかく微笑む。

 

「分かった。学園都市内でも色々あると思うけど、私が伯母さまたちのことちゃんと守るから。ゆっくりしてね」

 

真守が微笑む姿を見て、アシュリンは命が愛らしくて嬉しそうに目を細める。

 

「ありがとう、真守ちゃん。でもわたくしたちのことは気にしないで、真守ちゃんがやりたいようにしていいのよ」

 

「!」

 

真守は目を見開いた後、照れたように微笑む。

 

「ありがとう、伯母さま」

 

学園都市のことを変えたいと動くのであれば、動けばいい。

朝槻真守が成し遂げたいことがあるのであれば、成し遂げればいい。

 

全力で応援してくれる様子の伯母が嬉しくて、真守はふにゃっと笑う。

そしてもじもじと体を動かすと。

真守はアシュリンにきゅっと抱き着いた。

 

アシュリンは真守から抱き着いてきたことに大きく目を見開く。

そして笑うと、真守のことを抱きしめた。

真守はアシュリンに抱きしめられて、そうっとアシュリンを見上げる。

アシュリンは幸せそうに笑っていた。そして真守の頭を優しく撫でる。

 

「色々あったわ。色々あったけど、あなたが幸せに生きられるのが一番だから。遠慮なんてしなくてもいいのよ」

 

真守は躊躇いがちになりながらもアシュリンの背中に手を這わせて、ぎゅっと抱きしめる。

 

「伯母さま、ありがとう」

 

真守は微笑むと、アシュリンに控えめながらも甘える。

そんな真守の事を、アシュリンは一身に抱きしめた。

黒髪か銀髪か。それしか違いのない、母娘に見える二人はしばらく抱き合っていた。

 

垣根は幸せそうな真守を見て、目を細める。

神さまになることが運命づけられていたとしても、真守が幸せで良かった。

そう思って、垣根はアシュリンに抱きしめられて幸せに笑っている真守の髪に柔らかく触れる。

すると真守はふにゃっと笑って、ふへへ~っと幸せそうに小さく言葉を零した。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

源白深城はスーパーで買ってきたビニール袋を手に、自宅のラウンジへと向かう。

ちなみに林檎や白い少年、黒髪の少年はゆっくり移動している。

だが深城にはそんな余裕はない。

何故なら。真守の伯母が来ているからだ。

 

「真守ちゃんの伯母さまっ遅れてごめんなさいっ!!」

 

深城はラウンジへと入り、大きな声で謝る。

真守の伯母であるアシュリンは真守と垣根と共にソファに座っていた。

深城が慌てて駆け寄ると、アシュリンは柔らかく微笑んだ。

 

「深城ちゃん、お帰りなさい。別に謝ることなんてないのよ、わたくしが突然来たのだから」

 

「ふ、ふぉぉおただいま帰りましたっ」

 

深城は久しぶりに真守の伯母に会えて、少し興奮した様子で頭を下げる。

はっきり言って周知の事実だが、源白深城は朝槻真守の全てが好きである。

そのため真守と髪色と年齢以外はすべて一緒であるアシュリンのことも好みなのだ。

 

「真守ちゃんの伯母さまに久しぶりに会えてうれしい……っ」

 

「わたくしも深城ちゃんが元気そうで良かったわ」

 

深城はアシュリンに微笑まれて、うっとりと顔をほころばせる。

すると林檎と一緒に、白い少年と黒髪の少年、そしてカブトムシにライドオンした魔神たちが帰ってきた。ちなみに後から合流したフロイライン=クロイトゥーネも一緒だ。

 

「ふむ。あれが朝槻真守の伯母か」

 

そう呟いたのは、白い少年だった。

そんな白い少年の隣では、黒髪の少年が不安そうに真守を見てた。

 

「伯母さま。私を科学の神として必要としている子たちだ」

 

真守は少し不安そうにしながらも、アシュリンへ二人を紹介する。

世界が何度も改変されて、造り替えられても。良くも悪くも変わらなかった人の在り方。

その権化の二人を見て、アシュリンは手を動かした。

 

「……こちらに来て」

 

アシュリンが呼ぶと、白い少年と黒髪の少年はてててっと歩く。

林檎は深城のそばに来て。そして僧正とネフテュスはカブトムシから仏壇に飛び移りながら、その様子を静観していた。

アシュリンは黒髪の少年の頬に手を添えて、白い少年の頭を撫でる。

 

「科学の神さまとして真守ちゃんを必要としているのね」

 

「そうだぞ」

 

白い少年はアシュリンの言葉に間髪入れずに応える。

 

「……そう。真守ちゃんはとても良くしてくれるでしょう」

 

「器を用意してくれた垣根帝督もな。一緒に住んでる源白深城も杠林檎も。それにフロイライン=クロイトゥーネも良くしてくれる」

 

「良かったわ」

 

アシュリンは黒髪の少年の頭と白い少年の頭を優しく撫でる。

真守を神として必要としている彼らがいるからこそ、真守が大変な目に遭った。

それが分からないアシュリンではない。

 

だがアシュリンはそれでも、目の前の彼らを憎むべきではないと考えているのだ。

彼らに罪はない。真守が神さまになる要素を全て兼ねそろえていたからこそ、彼らは真守に惹かれたのだ。

 

アシュリンは自分の姪を神さまとして必要とする者たちを見つめて、柔らかい笑みを浮かべる。

真守はそんなアシュリンを見つめて、ほっと安堵した。

そんな真守に笑いかけたのは、彼らとアシュリンの邂逅を見守っていた垣根だった。

 

「良かったな。真守」

 

「うん。伯母さまとあの子たちがどちらも嫌な思いをしなくて良かった」

 

真守はふにゃっと笑って、垣根を見上げる。

 

「伯母さま、ありがとうね」

 

真守は白い少年と黒髪の少年に笑いかけていたアシュリンに微笑む。

 

「あなたが幸せでいればそれでいいのよ、真守ちゃん。わたくしはそれ以外要らないから」

 

アシュリンは真守の頬に手を伸ばして、緩く撫でる。

真守はそれが嬉しくて、にまにまと笑う。

そんな二人を見て、深城は思わず口に手を当てた。

 

「は、はああああかわいい……っかわいい……っ母娘みたい……っ遺伝子上は母娘だけどぉ。もう本当に良いよねえ……っ!!」

 

「あら。深城ちゃんがとても喜んでいるわ」

 

アシュリンは意地悪く微笑むと、真守の事を抱きしめる。

そしてふにふにと柔らかな真守の頬に、自分の頬をぴとっとくっつけた。

深城に見せつけるかのような形で。アシュリンは真守に寄り添う。

 

「……っ」

 

それを見た深城はがくんっとその場に崩れ落ちる。

 

「み、深城っ大丈夫かっ?」

 

真守が驚いて声を上げると、深城はその場に崩れ落ちたままぷるぷると震える。

 

「かわいいっっっはあああかわいい……っ本当に、かわいい……っ!!」

 

真守ガチ勢である源白深城を見て、垣根は遠い目をする。

 

「限界化してやがる……」

 

そんな垣根にとてとて近付いてきた林檎は、垣根の服の裾を掴む。

 

「それが深城の良いところだよ」

 

「そうかあ?」

 

「かわいいっかわいいよぉっ!!!!」

 

垣根が首を傾げる中、深城はがばっとアシュリンと真守に詰め寄る。

 

「あら。おさわりは禁止よ?」

 

アシュリンは人差し指を立てて、めっと深城に笑いかける。

すると深城は胸のときめきが抑えきれずに胸を押さえる。

 

「か゛わ゛いい……っっ!!!!」

 

「そこまで行くと流石に怖いぞ、深城……」

 

真守は過去最高に幸せそうにしている深城を見て、ちょっと恐れおののく。

アシュリンは真守を抱きしめたままくすくすと笑った。

そして自分の半身が産んだ大事な女の子を優しくギュッと抱きしめて。

幸せそうに、真守とよく似た笑みを見せて微笑んだ。

 

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