深城はキッチンでお夜食のおにぎりを作っていた。
真守と垣根が夜ご飯のバーベキューをあまり食べられなかったからだ。
「真守ちゃん、お夜食できたよぉ」
深城は手にお夜食を持つと、ぱたぱたと真守たちがいるソファへと近付く。
「ありがとう、深城」
真守はアシュリンと垣根と並んで座っており、深城が持ってきてくれたお夜食を受け取る。
「真守ちゃんの伯母さまも食べていいからねえ」
「ありがとう、深城ちゃん。いただくわね」
アシュリンはにこりと笑って、真守が取ったウェットティッシュを貰う。
「伯母さまたちはもうホテルを取ったのか?」
真守はアシュリンに問いかけながら、ぱくっとおにぎりを食べる。
はむはむと小さな口を動かす真守を見て、アシュリンは愛おしそうにする。
「先日、ホテルの箔付のために真守ちゃんが会員になってくださいとお願いされたホテルに決めたわ。あそこは元々気に入っていたし、サービスが良いし。丁度良いと思ったの」
「むお。……そうなのか。あそこは割とちゃんとしてるホテルだからな。伯母さまたちも満足できるだろう」
真守はもぐもぐとおにぎりを食べる。
だが気が付いたことがあってきょとっと目を見開いた。
上里翔流と話をする時、真守は垣根と共に上里勢力に邪魔されないために会員制の高級ホテルに向かった。
その時、確かにホテルの箔付としてホテルの人間に会員になってほしいと頼まれて、会員になったのだ。
それをどうしてそれをアシュリンが知っているのだろう。
ちらっと真守は、おにぎりを食べているアシュリンを見つめる。
垣根も真守と同じ疑問を持っていたらしく、アシュリンを見た。
アシュリンは二人の視線に気が付くと、にっこり微笑んだ。
「真守ちゃんのことならなんでも知ってるのよ。だって大切な姪ですもの。大切な姪を傷つける輩は、排除するに限るわ」
どうやら真守と垣根の知らないところで、アシュリンは真守の事を何らかの手段でずっと見守っているらしい。
真守はにっこり微笑むアシュリンから視線を外して、ちらっと垣根を見上げる。
「……垣根、帝兵さんで気づいてた……?」
「……それらしい影は見てねえ」
この学園都市には垣根帝督が朝槻真守を守るために、カブトムシでネットワークを形成している。
だがそのネットワークで、真守を見守っているそれらしい影は一度として見たことがない。
真守と垣根がちょっとびっくりしていると、アシュリンはにっこりする。
「ふふ。世界は広いのよ?」
真守と垣根はアシュリンの笑みを見て、難しい顔をする。
(確かに私は完全な人間、神人だとしても、結局一五歳の学園都市でしか生きたことがない人間だからなあ。マクレーン家の人脈を使って、伯母さまは偽装のプロでも雇って私のことを見守ってるのだろうか……)
(魔術サイドのことは完全に専門外だから無視してたが、こりゃ
古より続くマクレーン家の人脈、恐るべし。
真守と垣根は改めてイギリスの一国を担うマクレーン家のすごさを感じながら、深城の作ったお夜食を食べる。
お夜食を食べながら、真守はちらっとアシュリンを見た。
銀髪碧眼。自分とよく似た顔立ちの、遺伝子上では母娘に相当する彼女。
本当に自分を大切にしてくれる、大事にしたい伯母。
真守はもぐっとおにぎりを食べると、控えめながらアシュリンにすり寄る。
「あらどうしたの真守ちゃん。いつでも甘えていいのよ」
アシュリンは柔らかく微笑む。そしてお手拭きで手を拭くと、少し恥ずかしそうにちまちまおにぎりを食べている真守の頭を撫でた。
「……ん」
真守は小さく呻くと、幸せそうに目を細める。
そしてちょっとためらいがちに、アシュリンを見上げた。
「……伯母さま、ちょっとお願いがあるの」
「ええ、なあに?」
「伯母さまたちのコト、もっと知りたいんだ」
真守はおにぎりを置いて、アシュリンを見る。
「ケルトのことは、あんまり聞いて伯母さまたちのことを困らせたくない。でも、家族として……その、伯母さまたちのことが知りたいんだ」
アシュリンは躊躇いがちにも自分の気持ちを吐露する真守を見て微笑む。
そして真守の頬を優しく撫でて、頷いた。
「家族ですもの。わたくしも真守ちゃんを困らせたくなくて色々話さなかったけど、真守ちゃんに伝えたいことはたくさんあるのよ」
「……へへっ。私も伯母さまも互いのことを大切にしたいから話したくても話せなかったんだな」
真守がにまっと笑うと、アシュリンは真守のことを抱きしめる。
「わたくしたちにとって、あなたは本当に大事なの。特別なのよ」
アシュリンは自分と同じくらいに小さい真守を抱きしめて、そして微笑む。
「ねえ、真守ちゃん。あなたは、望まれて生まれてきたのよ」
「え」
真守は思わず目を瞬かせる。アシュリンはくすっと笑って、真守のことを優しく見つめる。
「間違いないわよ。子供が望まれて生まれてこないなんてありない。……わたくしたちはあなたが生まれてきてくれて、生きていてくれて。本当に良かったと思ったわ。そして幸せになって欲しいの」
真守はアシュリンの言葉に、ちょっと涙目になってしまう。
母は自分のことを産んで亡くなった。
父は神さまとしての素質を全て兼ねそろえていた、聡明な自分の事が恐ろしくて学園都市に捨てた。
誰にもあまり、必要とされてこなかった。
だから、真守はアシュリンの言葉が本当に嬉しかった。
「……言葉にされると、ちょっと照れてしまうなっ」
「じゃあ照れないようになるまで、何度も言ってあげるわね」
「……うんっ」
真守はアシュリンにぎゅうっと抱き着いて、微笑む。
垣根と深城はそれぞれ、真守が幸せにしているのを見て柔らかく微笑んでいた。
そうやって真守たちがお夜食を食べながら幸せに談笑していると。
ぴんぽーんっと、チャイムが鳴り響いた。
「はぁい。こんな時間にどなただろ?」
深城は声を上げると、ぱたぱたとインターホンに向かう。
そしてインターホンのモニターを見ると、大きく目を見開いた。
「えぇ?! すんごいイケメンの男のひとが!」
「いけめん?」
真守はちょっとおかしな深城の言葉に首を傾げる。
そんな真守にくっついていたアシュリンは嫌な予感がしたのか、ムッと顔をしかめた。
「は、はい。どちら様でしょおうか?」
〈こちらは朝槻真守さんのおうちだよね? アシュリン=マクレーンを迎えに来ました〉
優しい、男の人の声。真守が聞いたことのない人の声だ。
真守は声を聴いて、むくれたアシュリンを見た。
「伯母さま。迎えが来たみたいだけど、不満なの?」
「…………ちゃんと帰るって言ったのに」
アシュリンはふくれっ面で呟く。
真守はむくれているアシュリンを初めて見て、目を大きく見開く。
そんな真守の事をアシュリンはぎゅっと抱きしめた。
「わっ伯母さまどうしたんだ?」
「突然来たから真守ちゃんに迷惑を掛けないように、すぐにホテルに帰る予定だったのよ。ちゃんとわたくしだって考えていたわ。……でも、帰る気がなくなったわ」
真守は機嫌を悪くしているアシュリンを見て、目を白黒させる。
そしてちらっと垣根を見た。
「伯母さまって、垣根タイプ?」
「おい。俺タイプとか言うんじゃねえ」
「だって垣根、天邪鬼だろ」
真守は自分を睨んでくる垣根を見上げながら、アシュリンの肩に手を置く。
「伯母さま。迎えが来たなら帰らなくちゃな」
「……むー」
真守はアシュリンがうめき声を上げるのが愛おしくて、小さく笑った。
そしてちょっとためらいながらもアシュリンの手を取ると、真守は見送りをするために一階へと降りる。
「ふぁっ」
真守は垣根たちとエントランスホールに降りて、思わず声を上げてしまう。
プラチナブロンドに、エメラルドの瞳。そして痩身高身長。
とんでもなく造形が整った男性が、そこに立っていた。
「こんばんは、真守」
真守はイケメン外国人に笑いかけられて、思わず硬直する。
「こ、こんばんはっ。あの、その……マクレーンの人……なのか?」
「うん。といっても端くれだけどね」
男性は柔らかく微笑むと、機嫌が悪そうなアシュリンを手招きする。
「一応彼女の婚約者なんだ」
「え!? 伯母さまの!?」
真守は思わず素っ頓狂な声を上げる。
真守は伯母を困らせたくなくて、マクレーン家のことはそんなに聞いてなかった。
だからアシュリンに婚約者がいるのを知らなかったのだ。
しかも、婚約者。それは結婚をしていないということだ。
「お、おばさま……?」
アシュリンはつんっとしていたが、ちらっと自身の婚約者を見る。
「実はね、真守。僕とアシュリンには双子の娘がいるんだよ」
「ふえ!? 結婚してないのに子供……っわ、私の従姉妹!?」
驚く真守。そんな真守の頭をアシュリンの婚約者は優しく撫でた。
「キミのお母さんのことがあったからね。ちょっと複雑なのさ」
真守は頭を撫でられたまま、しゅんっと小さくなる。
アシュリンが結婚していないのは真守の母──アシュリンの双子の妹、アメリア=マクレーンが幸せになれなかったからだ。
アシュリンは結婚に良い印象を持っていない。だからケルトの一族として子供を産んで母親としての責務を果たしてはいるが、結婚はしていないのだろう。
真守の頭から手を離した婚約者は、アシュリンの腰に手を回す。
「二人も来ているから、また後日会えるとうれしいな」
「……お、伯母さまっ」
真守はアシュリンの手を取る。
「あ、あの……私は幸せだから……っお、伯母さまにも……幸せになって欲しい……っ」
アシュリンはたどたどしくしながらも自分の気持ちを口にする真守を見て、柔らかく微笑む。
そして、真守のことを優しく抱きしめた。
「愛してるわ、真守ちゃん」
「私も伯母さまのこと、大事に想ってる」
真守はぎゅーっとアシュリンに抱き着くと、離れる。
アシュリンは柔らかく微笑んで、真守を見つめる。
そんなアシュリンを婚約者の男は優しく呼んだ。
「アシュリン。キミは僕に愛を囁いてくれないのに、姪には愛を囁くのかい?」
「文句あるの?」
「ううん、別に。キミが幸せならそれでいいよ」
柔らかく微笑む婚約者。ふんっと顔を逸らすアシュリン。
「な、なんかとっても新鮮な伯母さまの姿だ……っ」
真守は思わず顔をぽぽっと赤くして、その様子を見守る
アシュリンは顔を赤くしている真守を見て、ふっと笑った。
「真守ちゃん、また来るわね」
「は、はいっまた来てね……っ!」
真守はふりふりと手を小さく振って、アシュリンたちを見送る。
真守はアシュリンたちがタクシーに乗るまで、じーっと見つめていた。
深城は真守と激似のアシュリンが幸せそうな姿をしていて撃沈している。
そんな深城の隣で、垣根はぽーっとしている真守に声をかけた。
「真守、大丈夫か?」
「……かきね、私もしかしたら……」
「あ?」
垣根はぼそぼそと呟く真守を見て、怪訝な表情をする。
「私はもしかしたら、美形で包容力がある人がすきなのかも……っ」
真守はぽーっとした表情のまま、垣根の服の裾を引く。
垣根はピシッと固まった。が、真守の言い分に希望を見て問いかける。
「それって俺ってことだよな?」
「? それ以外に何があるんだ?」
真守がきょとっとしている姿を見て、垣根はほっとする。
だが即座に気が付いたことがあって、目を細めた。
「それだけが好きなの?」
「ちがうぞ。垣根の全部がすき」
真守はぽっと頬を赤らめながらも、垣根にすり寄る。
「かきね、ぎゅって抱きしめてほしい……」
垣根はすり寄ってきた真守を見て、ふっと笑う。
「なんだよ。欲しくなっちまったの?」
「その言い方はよくないっ」
垣根はくつくつ笑うと、真守の事をお姫様抱っこする。
「わっ」
垣根は相変わらず軽い真守のことを見て、ニヤッと笑う。
「たっぷりかわいがってやるから」
「頼んでないっちょっと抱きしめてほしかっただけだっ」
真守はわあわあ叫ぶと、沈黙している深城を見た。
「深城!? お前なんで目をやられてるみたいに顔を覆っているんだ!?」
「ううう……供給過多で死んじゃう……っ」
垣根は垣根で色々やる気だし、深城は深城で身もだえしているし。
収拾するのが難しい、いつまでも続けたい幸福な空間。
真守はそんな幸せな空間の中心で、幸せを感じてふにゃっと笑った。
──────…………。
それからしばらくして。
真守はお風呂を終えて、ベッドで寝る準備をしていた。
ベッドにちょこんっと座っている真守の膝の上には、カブトムシが乗っている。
真守はカブトムシの角を撫でながら、目を細めた。
「やっぱり上里翔流のもとに
『はい、そのようです。木原唯一の死亡も現時点で確認されておりません』
「木原唯一は生きていて、いまも
真守は推測すると、カブトムシの背中を優しく撫でる。
「美琴の一撃だけで木原が完全に沈黙するとは思えない。木原とはそのようなものだ。しかも木原唯一は復讐者だ。復讐が終わるまで、復讐者は絶対に何が何でも生きようとする」
真守は復讐者の悲しい性を考えて、顔を歪める。
かつて、朝槻真守も復讐者だった。
深城を死に追いやった世界へ、憎悪を抱いていた。
あそこで深城が止めてくれなければ、真守はこの世界を終わらせていただろう。
そうなれば垣根にも会えなかった。自分に心優しい血族──マクレーン家の人々や伯母がいると、知る事ができなかった。
少し表情を暗くする真守。そんな真守に、部屋に入ってきた垣根が近付いた。
「どうした暗い顔して」
垣根は真守の頬にキスをして、抱きしめる。
「ん。大丈夫だよ、垣根。大丈夫」
真守は柔らかく微笑むと、自分のことを抱きしめてくれる垣根にすり寄る。
「私には垣根たちがいる。深城がいる。伯母さまたちもいてくれる。だから何も悲しくない。怖くない。垣根たちが一緒にいてくれれば、私は生きていける」
垣根はすり寄ってくる真守を見て、優しく頭を撫でる。
「いつまでも俺がそばにいてやる」
「うんっ」
真守は頼もしい垣根の言葉にふにゃっと笑う。
「これから何があっても大丈夫だ。私たちなら、大丈夫」
真守は垣根が自分に回してくる腕をきゅっと握る。
「この学園都市を変える。そして伯母さまたちに自慢するんだ。ここが私たちの学園都市だって」
「そうだな」
垣根はもこもこのルームウェアを身にまとっている真守の事を抱き寄せる。
「今日も色々あったな。寝ようぜ、真守」
「うん。寝ようー」
真守はふにゃっと笑って、動こうとする。
だが垣根が自分のことを抱きしめたままなので、首を傾げた。
「どうしたの、垣根」
「……他の男になびいたら許さねえ」
先程、真守はアシュリンの婚約者を見て自分の好みを確信していた。
そのことを垣根が思い出していると、真守はくすくすと笑った。
「なびくわけないだろ。私は垣根が良いんだから」
真守はちょっと拗ねている垣根の頬にぴとっと手を添える。
「ただ、伯母さまの好みと私の好みが一緒だったから……お母さまもそうだったのかなって、ちょっと思った」
「……そうだな」
垣根は真守の頭を優しく撫でて、目を細める。
真守のことを捨てた父親。神さまのように生まれた時から公平で全てを見据えることができていた真守を恐れて、学園都市に捨てた張本人。
きっと、本来ならば真守とアシュリンの好みのように優しい人だったのだろう。
だが真守のせいですべてが狂った。だから女に走り、真守を捨てた。
垣根はそのことについて口にしない。真守のせいで父親が追い詰められたなんて事実、真守にとっては悲しいことだからだ。
「大丈夫だぞ、垣根。私はいま幸せだから」
真守は垣根が悲しく思っているのを感じて、柔らかく微笑む。
「そしてもっと幸せになるために、学園都市を変える。一緒にやって行こう、垣根」
「──ああ、分かってる」
この世界には悲劇が蔓延している。
その中でも学園都市は特にひどい。学園都市の悲劇は星の数ほどに例えられるほど、多いのだ。
これ以上悲しい思いをする子供たちがいなくていいように、学園都市を変える。
全ての子供たちの幸せ。それを考えながら、垣根はぎゅっと真守のことを抱きしめた。
魔神・理想送り襲来篇、終了です。
原作が長いので、ロシア篇に続く長さとなりました。
次回、エレメント襲来篇。