一二月八日。早朝。
初めてきちんとした誕生日の朝を迎えた真守は、ゆっくりと目を覚ました。
真守は小さく身じろぎすると微笑を浮かべる。
自分が今日も変わらず、垣根帝督の腕の中で眠る事ができてるからだ。
(へへー……っ一六歳になっても垣根の腕のなかっ)
真守は嬉しくて幸せで、にまにまと笑う。
すりすりと垣根の胸板に頬を擦り寄せる真守。
真守が早朝の幸福を過ごしていると、垣根が起きた。
「……おはよう、真守」
垣根帝督は少し眠そうに、真守に朝の挨拶をする。
真守はいつもと同じ事なのに、この上ない幸せを感じてにこっと笑う。
「おはよう、垣根」
「これ、プレゼント」
「む?」
真守はとんっと優しく頭にプレゼントを乗せられて、きょとっと目を見開く。
どうやら垣根は枕元にプレゼントを用意してくれていたらしい。
真守は綺麗にラッピングされたプレゼントを見ると、ふにゃっと笑った。
「ありがとう、垣根」
「……これはおふざけでも真剣なヤツだ。後でちゃんとしたものも渡す」
寝起きでちょっとのんびりとした、垣根帝督の言葉。
真守はその言葉にとても嫌な予感がして、声を上げる。
「おふざけ?! おふざけで真剣ってなんだ一体……っ!」
真守はちょっとわなわな震えながらも、垣根からのプレゼントを開けるために体を起こす。
おふざけだろうがなんだろうが、開けてみないと分からない。
警戒する真守を見つめて、垣根はふあっと欠伸をする。
「安心しろ。エロいものじゃない……」
「ええーすごく、そこはかとなく不安……ッ」
少し寝ぼけている垣根を見つめて、真守はとても不安になる。
真守は色んな意味でドキドキしながら、ラッピングを丁寧にはがす。
薄い箱だ。おそらくアクセサリーか何かなのだろう。
(アクセサリーでおふざけってどういう意味だ、本当に……ッ)
真守は戦々恐々としながら、ぱかっとプレゼントを開ける。
「チョーカー……?」
垣根からのプレゼントはチョーカーだった。
高価な黒のリボン。
それと白銀のチェーンと、小さなエメラルドが嵌めこまれた四角いシルバープレート。
黒と白で構成された、見るからに上等な品であるチョーカー。
真守は誕生日プレゼントを見て、きょとっと目を見開く。
垣根は手を伸ばして、プレゼントを見つめる真守の顎に触れる。
「お前は俺のモノだ」
垣根は笑いながら、真守の首に優しく触れる。
「っっ」
寝起きの垣根は、はっきり言って色気がすごい。
そのため真守が息を呑むと、垣根はふっと笑った。
「お前は俺のだから。俺がお前にチョーカープレゼントしてもいいだろ?」
「………………かきねのばか」
真守は垣根の妖艶さにやられて、顔を赤くしてぼそぼそと呟く。
猫のように大きな瞳。小さな口。整った顔立ち。
真守はどこからどう見ても、高貴な黒猫の外見をしている。
チョーカーとは高貴な猫の首輪を連想させるようなものだ。
そして真守は黒猫系美少女として、チョーカーが大変似合いそうな愛らしい白い首筋をしている。
だが真守はどんなに深城にお願いされても、チョーカーは絶対にしないと宣言していた。
理由は『誰のものでもないから』である。
首輪とは誰かの飼いネコ的な意味合いがある。誰のものでもない=恋人がいないからこそ、真守はチョーカーをNGにした。
大切な男の子ができたらしてやらんでもない。
真守のその主張を、深城は受け入れた。
そして、現在。朝槻真守は垣根帝督のモノとなった。
真守はむーっと口を尖らせて、垣根を睨んだ。
「どうせ深城が垣根からもらったチョーカーなら私がつけるって教えたんだろ……ッ」
「決まってるだろ」
垣根はご機嫌に目を細める。
その姿が本当に絵になるのだから、美形は本当に罪深い。
真守がドキドキする中、垣根は起き上がる。
そして優しく、真守からチョーカーを受け取った。
「つけてやる」
真守は朝からすごくかっこよくて心臓に悪い垣根に見つめられて、頬を赤くする。
チョーカーを垣根からプレゼントされることについて、抵抗はない。
垣根の言う通り、自分は正真正銘垣根のモノだからだ。
「……ん」
真守は一つ唸ると、垣根に向かって首を差し出す。
プライドの高い黒猫のように、優美な少女。
不満そうにしながらも真守が急所である首を自分に差し出す様を見た垣根は、気持ちが満たされて意地悪く笑う。
垣根は真守が苦しくならないように、チョーカーを要領よく手早く付ける。
真守は大変不服そうにしながら、垣根が首に巻いてくれたチョーカーにくっついているシルバープレートをちょこんっと触って確認した。
「満足か、垣根」
「そうだな。すげえ満足だ」
どこからどう見ても自分のモノだと分かる真守が本当に愛おしい。
そのため垣根が優しく抱きしめると、真守は不満そうにしながらも垣根にすり寄った。
「真守」
細いながらも、今日も抱き心地が柔らかい真守。
そんな真守のことを愛おし気に抱きしめて、垣根は笑った。
「誕生日おめでとう」
「……うん」
真守は垣根に心の底から誕生日を祝われて、幸せになってしまう。
「ありがとう、垣根」
真守は垣根にぎゅっと抱き着いて、安心する腕の中を満喫する。
「愛してる」
「っ私もだいすきだ……っ」
真守はすりすりと垣根にすり寄ると、柔らかく微笑む。
「朝からとっても幸せだ、垣根。……おふざけで真剣なプレゼントって言われた時はちょっと不安だったけど。でも、うれしい」
真守はチョーカーをすることに抵抗ない。というか深城にNGを出したが、機会があれば一度ファッションとして身に着けたいと思っていた。
だが一度NGを出した手前、自分で決めたルールを破るのが真守は嫌だと思っていた。
そんな自分のために。好きな男の子が、自分のことを想ってチョーカーを選んでくれた。
それはとても嬉しいことだ。
「お前が幸せでうれしい」
垣根は愛おしい少女のことを抱きしめて、目を細める。
真守は朝の幸福な時間をたっぷり堪能すると、垣根から離れる。
「垣根、気持ちを切り替えて頑張るぞっ。学生たちの生活を守らなければっ」
「そうだな。お前は誕生日でも頑張るに決まってるもんな」
垣根は笑うと、真守の頭を優しく撫でる。
「夜は誕生日パーティーだからな。それまでやってやろうぜ」
「うんっ頑張る!」
真守はふにゃっと笑うと、朝の支度を始める。
そして食堂に行くと、真守はマクレーン家の人々にお祝いされた。
花を渡されて、何度も何度もおめでとうと言われて。
真守は幸せでにこにこと笑っていて。垣根や深城、真守のことを大切に思っている人々も嬉しそうに見守っていた。
──────…………。
第二学区にある、核シェルターを改造して造り上げられた『
だが大熱波が起こっている現在、公的に朝槻真守は『施設』にいることになっている。
そのため人造生命体であるカブトムシによって、厳戒態勢が敷かれていた。
そんな厳重警戒がされている『
学生たちが全員、大熱波の暑さにやられて水着となっている現状。
普段からアロハシャツを着ている土御門元春は、それほど浮いていない。
いつもと同じ格好をもっとラフにした土御門の手の中には、一つのプレゼントが握られていた。
今日は、朝槻真守の誕生日だからだ。
「朝槻ぃ! 一六歳の誕生日おめでとぉーうだぜえ!!」
土御門元春は真守がいるであろう会議室を改造した部屋の扉を開けて、声を上げる。
会議室と言っても、堅苦しいテーブルとイスはない。ソファとローテーブル、観葉植物などが並べられた、安らげるオフォスのようなインテリアだ
その部屋にいたのは、真守だけではなかった。
当然として垣根帝督、それと真守の伯母であるアシュリン=マクレーン。
そして何故か、土御門元春の義妹──土御門舞夏もいた。
「……あり?」
土御門が思わず声を上げる中、アシュリンは土御門舞夏を見た。
「あなたの紅茶の淹れ方、とても気に入ったわ。ウチで雇いたいくらいね。学園都市の教育は本当に質が良いのね。能力開発にだけ力を入れているわけじゃないのは教育として真っ当だわ」
「本場の方にそう言われるととても嬉しいなー」
表情が乏しいながらも、アシュリンの手放しの賞賛に微笑む義妹。
そんな義妹がアシュリンのそばにいて、ちょっとだけ不意を突かれた土御門。そんな彼を見て、真守は笑った。
「土御門。上条たちは今日も変わらずに大丈夫そうか?」
「もちろんだ。カミやんたちは変わらずに楽しくやってるぜよ。朝槻の方も色々あるみたいだけど、それなりに充実してそうでよかったにゃー」
土御門はそう笑いながら、サングラスの向こうで視線を動かす。
アシュリンはにこやかに微笑んでいるが、土御門を注意深く観察している。
イギリス清教に
そんなマクレーン家は現在、
イギリスを表からも陰からも支えているマクレーン家。そんなケルトの一族と険悪な仲になっている最大主教は、確実に地位が危ぶまれている。
そんな理由もあるからこそ、
「なあ、朝槻。話があるんだが」
「ん? なんだ、土御門」
真守は可愛らしくこてっと首を傾げながら返事をする。
このあどけない少女が完成された人間──
だが目の前の少女が絶対的な力を持っているのは事実だ。だからこそ、土御門元春は交渉をしに来たのだ。
「俺を助けると思って、俺を雇ってくれないか?」
「うん。いいぞ」
即答した真守を見て、土御門は苦笑する。
この少女ならば、絶対に自分のことを雇ってくれるだろう。
それが分かっていたから、土御門元春は苦笑したのだ。
朝槻真守は現状、この学園都市を仕切っている立場にある。
そして今回の大熱波を足掛かりにして、アレイスターに挑もうとしている。
真守が垣根帝督たちと本気で反抗すれば、あのアレイスターもただでは済まない。
多角スパイである土御門元春は、アレイスター=クロウリーと契約している。
その契約内容は義妹の土御門舞夏の安全を保障してもらうというものだ。
だが大熱波が起こり、実際に舞夏を守ってくれているのは朝槻真守だ。
だからこそ生き残るには、ここらが鞍替えの時なのだ。
「いいんですかにゃー? かわいい姪っ子が即答しちまったけど」
土御門は柔らかい笑みを浮かべる真守から視線を外して、アシュリンを見る。
アシュリンは涼しい顔をして紅茶を飲み、舞夏へとお代わりを要求する。
「真守ちゃんが良いと言ったのに何が不満なの? イギリス清教に所属しながらも学園都市に入れ込んで多重スパイとなった陰陽博士?」
土御門の現状を完璧に理解している、マクレーン家の淑女。
マクレーン家は朝槻真守のことを、異様とも受け取れるほどに大切にしている。
そんなマクレーン家ならば、真守の周りにいる人物を念入りに調査するのは当然だ。
だからこそ、アシュリンは土御門元春の置かれている立場とスタンスを理解している。土御門の何が致命傷になるのかも、何もかも。
下手なことはできない。だからこそ土御門はアシュリンを確かに信じることができる相手として、首を横に振る。
「別に朝槻が雇ってくれるのが不満なわけじゃないですたい。マクレーンのご令嬢がどう考えてるか気になっただけだぜい」
「ふふ。そういうことにしておきましょう」
アシュリンは『姪っ子が危ない人間を雇おうとしてるけど本当にいいのか』という本心を隠した土御門を笑う。
その上で、アシュリンは土御門の問いに答えた。
「真守ちゃんが信頼しているのであればわたくしが言うことは何もないわ。せいぜい真守ちゃんのことを悲しませないように努力してね?」
強者の余裕。高貴な家柄に生まれた者特有の優雅さ。
そんなアシュリンを伯母に持つ、マクレーン家の血を引く真守。
真守がよりにもよって学園都市の要になるとは数奇な運命だ、と土御門は思う。
アシュリンは紅茶を飲むと、土御門を見た。
「真守ちゃんに雇ってもらうのであれば、わたくしのお願いも聞いてくれるかしら?」
「マクレーン家の命とあれば喜んで受けるにゃー」
格式高いマクレーンと太いパイプができるのであれば、儲けものだ。
土御門はそう考えて、即座に応える。
「ふふ。良い就職先が見つかって良かったわね。あなたと一緒に
アシュリンは土御門元春から視線を外して、土御門舞夏を見る。
アシュリンに話題に出された舞夏は、無表情ながらも目を輝かせる。
「おー。兄貴と一緒のところでお給仕できるのは嬉しいなー」
土御門は舞夏がアシュリンの申し出を喜ぶ中、心の中で呟く。
(兄妹そろってマクレーンに永久就職か。それも悪くなさそうだ)
マクレーン家はイギリスの貴族としてきちんとした地盤がある。
そして土御門元春はマクレーン家が大事にする朝槻真守の友人だ。
それなりに好待遇で雇ってくれるし、切り捨てられる時は自分が裏切った時のみだ。
確かな地位を持っているアシュリン=マクレーン。彼女はソファから立ち上がって、自分が着ている青の水着のパレオの裾を優雅になびかせながら、土御門を見た。
「では少し話をしましょうか。場所を変えましょう」
真守はこの場から離れようとする伯母を見上げる。
「伯母さま。あんまり土御門をイジめちゃだめだよ」
「ふふ。真守ちゃんの友人なのだから、あんまりいじめないわよ」
にこにこ笑うアシュリン。それでもアシュリンが策士でSっ気があることを理解している真守は、ちょっと心配になる。
「舞夏。伯母さまたちを案内してくれ。突き当たりの会議室だ」
「おー分かったー」
真守が声を掛けると、舞夏はアシュリンと土御門を先導する。
「あ、我が愛しの義妹よ。これ朝槻に誕生日プレゼントとして渡しておいてくれー」
「ん? 分かったのだープレゼントは夜に一斉に開けることになってるから、私が預かっておくぞー」
舞夏は自身の義理の兄から真守への誕生日プレゼントを受け取る。
内心ほくそ笑む土御門。
アシュリンはおふざけでもきちんと心のこもったプレゼントを用意した土御門を見て、肩をすくめる。
それを知らない真守と垣根はというと、会議室で仕事を始めた。
「よし。垣根、午前中にちょちょっと目を通さなければならないものを見せてくれ」
「ほらよ」
垣根帝督はカブトムシが持ってきたタブレット端末を真守に手渡す。
真守は軽い手つきですいすいっと動かしていたが、その指を止めた。
「あれ。なんだか今日は少ないな?」
真守は学園都市を掌握するために各方面が寄越した報告書や申請書を確認している。
だが真守が目を通さなければならないファイルの量が、昨日の十分の一にも満たないのだ。
真守はそれに首を傾げて、垣根を見る。
「今日はお前の誕生日だからな。極力減らした」
垣根は真守の小さな頭に触れると、猫耳ヘアを崩さないようにぽんっと撫でる。
真守は垣根に優しく頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細めながら、口を尖らせる。
「む。別に誕生日だろうと変わらずに日々を過ごさなければいけないのに。……でも、ありがとう。垣根」
「別に誕生日くらい甘えたっていいだろ、この優等生」
初めて自分の誕生日をきちんと祝えてもらう真守。それなのにいつもと変わらない日常を送ることを決めている真守の頬を、垣根はつんつん突く。
「……ふふ、ちょっとは甘えてもいいのか?」
真守がふにゃっと笑って首を傾げると、垣根は頷く。
「当たり前だろ。別に大事な日じゃなくても、お前は俺に甘えていいんだ」
垣根はそう言って、真守の事を優しく抱きしめる。
真守は微笑を浮かべていたが、次の瞬間むっと口を尖らせる。
そして自分を抱きしめる垣根の胸板をゆるく押した。
「ありがとう、垣根。──でも離して。暑苦しい」
インフラ設備が真守の手によって完備されていると言っても、エアコンをフルに使って温度を下げるのは体にも良くない。
そのためそれなりに部屋の中は暑く、水着だろうが密着すれば暑苦しくてうっとうしいのだ。
真守が抱擁を拒絶すると、垣根は明らかに不機嫌になる。
「おい逃げるな」
垣根は真守の首にきちんと巻かれているチョーカーのチェーンを引っ張る。
真守は首を優しく強く引っ張られて、顔を歪めた。
「変なところに指を掛けるな、ヤメロっ!!」
ぺいっと真守が垣根の手を叩くと、垣根は不満そうに眉を寄せる。
そして次の瞬間、垣根は真守に襲いかかった。
真守はぴゃっと飛び上がると、その場から身を翻して逃げ出す。
学園都市をよりよくするために表を支配しようとしても、朝槻真守は変わらない。
そして垣根帝督も変わらずに。自分の思い通りにならないと、真守に対して実力行使に出ていた。