とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第九五話、投稿します。


第九五話:〈幸福以後〉で気持ちを聞く

朝槻真守の誕生日パーティーは、つつがなく終了した。

もう既に夜は更けている。真守も真守の周りの人々も、『施設(サナトリウム)』にある寝所へ引っ込んだ。

ついこの間まで、置き去り(チャイルドエラー)で天涯孤独だった真守。

誕生日もろくに分からない状態。それなのにきちんとした誕生日に大勢のひとに誕生日を祝ってもらえるなんて、少し前ならば本当に考えられなかった事だ。

幸福な時間。それを大切な人々と過ごすことができて、真守はとても幸せだった。

 

「ふふっ」

 

天蓋付きのベッド。その上にちょこんっと座っている真守は小さく笑う。

誕生日パーティーが、本当に楽しかったのだ。

そのため真守は、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「ご機嫌だな、真守」

 

真守が座っているベッドには垣根もいて、垣根は真守の後ろに座っていた。

そして真守の猫っ毛の長い黒髪を丁寧に櫛で梳かしながら、笑う真守に後ろから声を掛ける。

 

「だって垣根、本当にすごく幸せだったんだ。だから思わず笑ってしまう」

 

真守はにまにまと笑みを浮かべる。そして垣根の優しい櫛使いに表情をとろけさせた。

本当に幸せだったのだ。

学園都市の大切な人たちと。自分を大切に想ってくれる、大切にしたい血の繋がった家族。

その人たちに心の底から誕生日を祝ってもらえるなんて、本当に幸せな事だ。

 

「垣根も楽しかったか?」

 

真守がふにゃっと笑いながら問いかけると、垣根は頷く。

 

「当たり前だろ。好きな女の誕生日が盛大に祝われて嫌な男はいねえ」

 

大切な少女が祝福されて、本当に嬉しそうにしているのだ。

今まで味方なんて皆無で、孤独に学園都市の闇と戦っていた少女が人々に想われて報われている。

それは本当に奇蹟的なことで、喜ばしいことなのだ。

 

「少し前までお前の味方になるヤツなんていなかった。だから良かった」

 

絶対に何があっても真守が守りたい、源白深城。

深城は今のように、誰も彼にも認知されて動き回れる状態ではなかった。ずっと幽霊のように、深城は真守に付き従っていた。

だから、実質真守は一人だったのだ。

そんな真守を一人にしないために、垣根帝督は真守のそばにいた。

だがいつの間にか、真守のことを守ってくれる者たちは増えた。本当に増えたのだ。

 

「みんなが私のことを想ってくれて嬉しい。とても幸せだ」

 

真守はにこにこと笑って、垣根に髪の毛を梳かしてもらう。

幼い頃、まだ朝槻真守が研究所にいた頃。

真守は深城に、いつも髪を梳かしてもらっていた。

髪を梳かされることが大好きな真守のために、垣根は時々こうして真守の髪の毛を梳かすのだ。

 

真守はご機嫌に表情を弛緩させて、垣根に髪の毛を梳かしてもらう。

そんな真守の後ろで、垣根帝督は真守が髪の毛を梳かしてもらうことが好きになった愛しい元凶、源白深城を思って遠い目をした。

 

「真守。源白があのゲテモノメイド服着ろって言ってきたら俺に言うんだぞ」

 

「分かってる。私もアレは着たくない」

 

結局、垣根は姫騎士ネコメイドというゲテモノメイド服を深城から取り上げる事ができなかった。

深城が断固として姫騎士ネコメイドを守ったからである。

 

「ったく。厄介なモンを無視できねえヤツが気に入っちまうなんて……」

 

「本当に困ったものだ」

 

朝槻真守のことを深く愛してくれる、真守にとってかけがえのない存在。

神様のように全てを兼ねそろえて生まれながらも、人の心が分からなかった真守を最初に見つけた尊い少女。

ある意味偉業を成し遂げた源白深城だからこそ、垣根も真守も深城に強く出られないのだ。

いま垣根が真守の髪を梳かしているのだって、昔は深城がやっていた事だ。

あの少女がいなければ、垣根帝督は朝槻真守と心を通わせられなかった。

そして多くの人々もまた、真守に救われることなどなかっただろう。

 

「垣根?」

 

源白深城と朝槻真守の出会いから、全てが始まった。

そのことについて垣根がしみじみ考えていると、真守は垣根の様子が気になって振り返る。

 

「大丈夫だ。問題ねえ」

 

垣根は真守が振り向いてくれたのを良い事に、真守にキスをした。

 

「む」

 

真守は突然口を塞がれて、小さく唸る。

突然キスをされても、真守はきちんと応える。

それが垣根帝督はたまらなく愛おしい。

 

「……垣根、聞いておきたい事があるんだ」

 

真守は垣根のキスに応えて、少し切なそうな顔をしながら垣根を見上げる。

 

「なんだよ、改まって」

 

真守は柔らかく微笑む垣根のことをまっすぐと見つめる。

出会った時よりも優しい光を帯びる、黒曜石のような垣根の輝く瞳。

真守は垣根の頬へと優しく手を添えながら、問いかけた。

 

「垣根はアレイスターのこと、許せるか?」

 

垣根はその問いに、目を伏せる。

朝槻真守はアレイスターを殺しに行くのではない。

学園都市をより良くする。そのために会いに行くのだ。

だから真守にアレイスターを殺す気はない。それを垣根帝督がどう思うのか。真守はとても気になるのだ。

垣根帝督が大切だから、自分の選択でその心が苦しまないか気になるのだ。

 

「垣根が本当の意味であの人間に対して何を考えているか気になるんだ。憎んでるわけではなさそうだけど、だからこそ気になる」

 

朝槻真守は絶対能力者(レベル6)だ。だからこそ人の心を読み取るなんて造作もいない。

だが神さまだとしても、人の心を盗み見るなんてしてはならない。言葉で気持ちを聞くことにこそ、真守は意味があると思っている。

垣根は真守の問いかけに、小さく頷く。

 

「そうだな、憎むとかはねえな。ただムカつくだけだ」

 

垣根帝督は最愛の少女に問いかけられて、自分の考えを口にする。

 

「確かにアイツは悲劇を生み出すこの街を造った元凶だ。──でも、だからどうした。学園都市があろうとなかろうと、悲劇なんてこの世に腐るほどある。それが世界ってモンだろ」

 

この世界には不幸が溢れている。

不慮の事故で死ぬ事もあれば、犯罪に巻き込まれて死ぬ事もある。

 

確かに学園都市では悲劇が量産されている。そのせいで多くの子供が傷ついている。

 

被害に遭っているのは大半が置き去り(チャイルドエラー)だ。

だがこの学園都市が無ければ、置き去りは生きる場所すらなかった。

だからこそ置き去りたちは何をされても、学園都市に対して強く出られない。

学園都市に養って貰っている立場だからだ。

 

人体実験を繰り返されても、自分たちは行き場がない。

そして自分たちに手を差し伸べてくれるひとはいない。

分かっているから、置き去りたちは耐えるしかないのだ。

 

「悲劇に一々心を痛めて悲しんでる暇があったら、悲劇を司って量産できる権力を持つアレイスターを利用した方が建設的だろ」

 

垣根帝督は学園都市が生み出した星の数ほど存在する悲劇によって、大切な人を失った。

失ってからその人が大切だと知った。そして学園都市の仕組みを憎悪した。

だがそれでも。いつまで経っても嘆いている場合ではないのだ。

泣こうが喚こうが人生は続いていく。生き続けなければならないのだ。

それならば、自分のことを利用する人間に牙を剥いて利用し返してやればいい。

 

(……って何度も自分に言い聞かせてる辺り、俺はあいつを失ったことがショックだったんだな)

 

今なら、分かる。

自分はどこにでもあるありふれた悲劇によって、おかしくなってしまっていた。

それでも突き進むしかないと思っていた。

だから何でもやった。何でも自分の糧にした。

そして。──目の前の心優しい少女でさえ、最初は利用しようとしていた。

 

「俺は俺の事を軽んじるヤツらを見返すために、お前に近づいた」

 

七月初旬。

垣根帝督はアレイスターの『計画(プラン)』の要となっている、『第一候補(メインプラン)』である流動源力(ギアホイール)の情報を集めていた。

その流動源力という能力者に仕立て上げられていた源白深城。そんな深城と日常を共にしている、本当の流動源力という能力者である朝槻真守。

垣根帝督は流動源力の情報を得るために、真守に近づいた。

 

「俺はお前を利用して、この学園都市を掌握しようとした。……利用されるヤツは利用されるだけの価値しかねえって思ってた。その点、この学園都市は利用するだけの価値はあった」

 

当時の垣根帝督は、学園都市こそこの世界の頂点だと考えていた。

本当は学園都市が科学サイドの長であり、科学サイドと双璧をなす魔術サイドというものを知らなかった。

だから垣根帝督は、学園都市を掌握すれば世界を掌握したものと同じだと考えていた。

朝槻真守を踏み台にして、アレイスターとの交渉権を獲得する。

だが。そう決意していたのは、既に過去のことだ。

 

「ふふ」

 

真守は軽やかに笑う。

そして垣根にすり寄ると、くすくすと笑った。

 

「私を利用するために近づいたのに、私が大事になってしまうなんて。本末転倒だな」

 

「ああ、そうだな。……でも、それで良かったと思ってる」

 

本当に滑稽なことだ。

ミイラ取りがミイラになってしまったのと同じくらいに、とても滑稽なことだ。

だが笑われてもいい。

何故なら垣根帝督は、簡単には手に入れられない最愛の存在を手に入れられた。

自分が絶対に守れないと思っていた、大切なひと。

それが今、手の中にいて。自分には守れる力がある。

 

「お前は俺に多くの可能性を教えてくれた。俺に広い世界を見せてくれた」

 

朝槻真守は自分に『無限の創造性』を教えてくれた。

無限の創造性。

それは絶対能力者(レベル6)のような万能性とは違うが、それでも唯一無二の力を誇っている。

 

「お前のおかげで俺はこの世界が科学サイドと魔術サイドに分かれてるって知った。お前に会わなきゃ、俺は学園都市を牛耳れば世界を牛耳れると信じて疑わなかった」

 

この愛しい少女と出会ったことで全てがひっくり返った。

垣根は柔らかく目をを細めながら真守のことを抱き寄せた。

 

「お前に会えて良かった。本当に。……だから気に食わねえけど、学園都市があって良かった。そう思う」

 

「私も垣根に会えて良かった。この街で、垣根と会うことができて良かった」

 

真守はふにゃっと笑って、垣根にぎゅっと抱き着く。

柔らかで猫っ毛の黒髪が、さらりと流れる。

垣根はするすると滑り落ちていく髪を感じながら、真守に目を向けた。

 

「垣根が一緒にいてくれるって。ずぅっと一緒だって言ってくれて、私は本当に嬉しかった」

 

真守は垣根を見上げると、柔らかく微笑む。

 

「本当に幸せなんだ。……本当に」

 

真守が気持ちが込もった声を出すと、垣根は頷いた。

真守はぎゅうっと垣根に深く抱き着く。

 

「誰かの腕の中がこんなにも安心するものだって、もう一度実感できてよかった」

 

幼い頃。源白深城に初めて抱きしめられた時、真守は困惑した。

でも何度も抱きしめられる内に、その温かさが分かるようになった。

分かるようになった頃、深城は深い眠りについてしまった。

深城はずっとそばにいてくれた。でもそれからずっと、誰かに抱きしめられることはなかった。

 

誰かの温もりを感じた時から少し時間が経って、真守は垣根帝督と出会った。

何があっても、自分が変わってしまっても、どこに行ってしまっても。

必ず見つけ出して、そばにいる。絶対に一人にしない。

そう優しく抱きしめてくれたことが、本当に朝槻真守は嬉しかった。

 

「私、とっても幸せだ。だからみんなにも幸せになってもらいたい。だってこの世界にいる人たちは平等に幸せになる権利がある。そしてどんなことだってしてもいい。神さまになることでさえ、許される」

 

真守が幸せにとろけた笑みを浮かべて告げると、垣根は真守のことを強く抱きしめながら頷く。

 

「ああ、そうだな」

 

あと少しすれば、自分たちはこの街の王に牙を剥く。

学園都市を変えて。誰もが幸せで笑顔で笑っていられるようにする。

真守がそれを望むのであれば、自分は一緒に叶えてやるだけだ。

 

今の垣根帝督は朝槻真守の優しい願いを笑わない。

だって垣根帝督は朝槻真守と出会って知ったのだ。

世界もまだまだ、捨てたものじゃない。

そう思うことができたのだ。

 

「時間はかかると思うよ、垣根。でもできないことはない。現に一歩踏み出したからな。それに私たちには永遠がある。だからきっとやさしい世界が必ず創れるよ、絶対」

 

垣根は真守の事を抱きしめながらそっと目を伏せる。

朝槻真守が信じて愛する世界。

そんな世界を垣根帝督は恨んでいた。

それでも真守が世界を愛するならば。世界を信じるならば。

朝槻真守を信じて愛する自分だって、愛せる気がする。

 

「真守」

 

垣根は真守の頬に柔らかく手を添える。

 

「ん?」

 

真守は幸せそうに、無機質なエメラルドグリーンの瞳を柔らかく細める。

 

「お前がいれば、俺は大丈夫だ」

 

垣根は真守のことを優しく抱き寄せて、小さな頭にすり寄る。

そして後ろ手で真守の綺麗な黒髪を手で撫でながら告げる。

 

「だからずっとそばにいてくれ」

 

「ふふ。約束だからな。当然だろ?」

 

真守はぎゅっと垣根に抱き着いて、そして幸せに微笑む。

 

「私も垣根とずぅっと一緒が良い。それ以外はヤダ。……今日、とても幸せだった。色んな人に初めて誕生日を祝えてもらって、すごく幸せだった」

 

真守は今日の事を思い出す。

思えば、遠くまで来たものだ。

だって今までは深城と二人きりが当然で、周りの人とは壁があったのだから。

垣根と会った時から、変わったのだ。

少しずつ変わっていって、朝槻真守は多くの人と一緒にいられるようになった。

 

「私はやっぱり垣根が良い。どんなに多くの人に誕生日を祝えてもらっても、そこに垣根がいないと嫌だ。絶対にやだ」

 

真守は垣根の大きな背中と、確かな命を感じて微笑む。

 

「垣根と見る世界が私のすべてだ。垣根と一緒にいるのが私の幸せだ。だから、垣根」

 

真守は垣根から離れると、垣根の顔を真正面から見た。

 

「ずぅっと一緒だ。絶対に、絶対。ずぅっと私のそばにいて、垣根」

 

だいすき。

真守からその言葉を聞くたびに、垣根はどうしようもなく満たされる。

この少女に想われている事が、本当にうれしいのだ。

 

「真守」

 

垣根はカブトムシに持ってきてもらったジュエリーケースを真守に渡す。

 

「お前は俺からもらってばっかりだって言うけど。俺はお前に似合うものならなんでも与えてやりたい」

 

垣根は真守の頬を撫でながら微笑む。

 

「だから、渡す。チョーカーがおふざけだったからな。……先に言っておくけど、指輪じゃねえよ。指輪はまた改めた時に渡したいからな。でもちゃんとしたモンだ」

 

真守は垣根が自分の手に優しく落とされたジュエリーケースを見て柔らかく微笑む。

 

「ふふっ。垣根は私に似合うなら、世界も用意するのか?」

 

「お前が欲しいって言ったら、用意してやる」

 

真守は真剣な表情で告げる垣根を見上げて、困ったように笑った。

 

「そういうコト、真剣な表情で言うのが一番性質が悪いな」

 

真守は垣根にもらったジュエリーケースをぎゅっと優しく握る。

 

「垣根が私のコトを大事にしてくれてるのが本当にうれしい。ちょっと行き過ぎだと思うけどな」

 

真守はふにゃっと笑うと、ジュエリーケースの箱を開けた。

中にはイヤリングが入っていた。

真守の瞳と同じ色の小さいながらも輝きが凄まじいエメラルド。

真守はその輝きを見つめた後、垣根を見上げて微笑を浮かべる。

 

「垣根は私以外、本当に要らないのか?」

 

「ああ。お前以外要らない。お前だけいればそれでいい」

 

垣根は自分のプレゼントを大切に抱きしめる真守のことを、優しく抱き寄せる。

 

「地位も名誉も富だってどうでもいい。……お前が俺のそばにいてくれればそれでいい」

 

朝槻真守は自分の事をどうしようもなく満たしてくれるのだ。

今まで手に入れてきたものは、自分の事を満たしてくれなかった。

だから満たしてくれる真守がいれば、本当にそれでいい。

簡単には手に入らないもの。それが自分の腕の中にいるのだ。

だからそれ以上のものはいらない。この少女だけいれば本当にいい。

 

「すごい殺し文句だな」

 

真守はふにゃっと笑うと、自分から垣根にキスをした。

垣根はそれが嬉しくて、柔らかく目を細める。

そして真守の頭を固定して、深いキスをした。

 

「ふ、……」

 

真守は小さく息を漏らしたが、それでも垣根のキスに必死に応える。

だってだいすきな男の子なのだ。

垣根が唯一満たされるのが自分ならば、応えない理由はない。

垣根はキスを終えると、真守を柔らかく抱きしめた。

世界が終わっても一緒にいられる少女を想って、本当に幸せそうに息を漏らした。

 

「垣根、学園都市を良くしようね。絶対だぞ」

 

「お前が望むなら、叶えてやる」

 

真守は心の底から真剣に告げる垣根を見て、くすくすと笑う。

真守には悲劇を量産し続けるアレイスターを殺す気はない。

話をして、どうしていまの学園都市を造り上げたのか聞く。

そうしないと、始められないからだ。

全ての人々が幸せになれる世界を、始められない。

 

「私の決定で垣根が傷つくのが嫌。だから垣根がアレイスターのことをどう思ってるか聞きたかったの。もし嫌ならいろいろ話をしようと思ってた」

 

「……ありがとな、真守。俺は大丈夫だ。だからお前のやりたいようにやればいい」

 

「うんっ」

 

垣根は笑顔で頷く真守を見て、目を細める。

この少女は、どこまでも自分のことを考えてくれる。

それが垣根は嬉しくて、真守のことを優しく抱きしめた。




木原唯一をまだ倒していませんが、エレメント襲来篇はこれで一区切りです。
次回。真正人間への反逆篇、開幕。
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