次は九月三日金曜日です。
第二六話:〈無論心残〉を包み込む
真守が自分の入院するマンモス病院の第三新病棟へと帰ってくると、沈んだ雰囲気がその部屋に満ちていた。
「やっぱり駄目だったか」
真守はガラスの向こうの一〇数台のベッドに横たわって昏睡状態になっている
「ああ。やはりポルターガイストが起こってしまう」
最近、学園都市では断続的な地震が起こっている。
その地震の正体はポルターガイスト現象と呼ばれるものだ。
ポルターガイスト現象はRSPK症候群という、能力者が能力を無自覚に暴走させてしまう症状が同時に起きた場合にのみ発生する。
RSPK症候群を複数人が同時に発症した際に、暴走した能力が互いに融合し合うと、地震のような現象を引き起こすのだ。
何故ポルターガイストが起こってしまうのか。
それは『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の被験者で昏睡状態に陥った
「ポルターガイストが起こった自然公園に行ってきたが、死人と重傷者は出さないようにしておいた。それにMARがまた動いていたからな。問題なさそうだ」
これまで数度ポルターガイストが起こってしまい、真守はその度に死人や重傷者を出さないために現場に向かっていた。
真守はつい先日、AIM拡散力場を正確に捕捉するための知識を吸収したため、どこでポルターガイストが起きるのかが分かるので、その場所に急行できるのだ。
「キミには感謝してもしきれない。……本当にありがとう」
「お前は何度も私に言うが、私も何度でも言うぞ。私が言わなくても先生はお前を釈放して子供たちを救うために絶対に動いていた。直接お前の力になっているのは先生だ。先生に感謝しろ」
「キミにも感謝させてくれ。……キミの存在こそ、私の励みになるのだ」
木山にとって真守とは自分の教え子たちの理想の未来像だ。
真守も
そんな真守は現在陽の光の下で歩いており、木山が教え子たちに与えたい未来そのものだった。
「……みんな私を理想だとか思うが、私だってこの理想に
「え?」
真守のぼそぼそっとした呟きが聞こえずに木山が首を傾げると、真守は首を横に振る。
「何でもない。お前も少し休んだ方がいい。やっぱりファーストサンプルがないとダメなんだろう?」
「……ああ」
ファーストサンプル。
それは
そのデータがなければ昏睡状態の
元々、能力体結晶とは
世界の真理を知るには神の領域に到達しなければならず、それは人の身では到達する事はできない。
そのため人間として最高峰の
その足掛かりとなるとされていた能力体結晶の研究自体は、十数年前から存在していた。
そのため能力体結晶は亜種が多く存在している。
能力を暴走させて飛躍的な
深城に投与された能力体結晶について調べていた真守だったが、能力体結晶はその亜種が多くて真守も全貌を把握しきれていない。
だが能力体結晶について、真守は理解が深い方で多くの知識を有している。
そんな知識を持っているという点においても、木山は真守に感謝していた。
そんな少女が自分を心配しているのだから休まなければならないと思うが、やはり教え子たちを早く救いたい。
「もう少しだけデータを整理してから上がるよ。キミは入院患者なんだろう? 私に付き合わないでゆっくり休んでくれ」
「……そうか。でもしっかり休む事も重要だからな」
真守は目の下の
そして真守は部屋から出ると、伸びをしながら第三新病棟を後にした。
──────…………。
「よお。どうだ? 起こせる目途はついたか?」
夜。真守が第三新病棟にある私的な研究室でデータ整理をしていると、垣根が訪ねてきた。
スーツ姿なのでどうやら暗部組織の仕事をしてきた後らしい。
頑張って落としてきているため普通なら分からない程度だが、少しだけ硝煙の匂いがする。
「立ってない。木山が廃棄された先進教育局に行ってファーストサンプル探してる」
内心で垣根の心配をしながらも、真守は気取られないようにいつものダウナー声で垣根に報告した。
「……望み薄だな」
垣根が可能性が低いと睨んでいると、真守は木山を想いながら寂しそうに微笑んだ。
「藁にもすがりたい思いなんだよ」
「……そうだな。あ、それと。ちょっと論文借りるぞ」
木山の献身的な姿に垣根は声のトーンを落としながらも、資料やら論文やらがびっちり並んで何本も立っている真守の研究室にある資料棚の前へスーツのポケットに手を突っ込んだまま近寄った。
「前みたいに持って行かないならいいぞ」
「心配すんな。お前が嫌がったからしない」
真守を
真守が所属していた『特異能力解析研究所』はその性質上、様々な研究所から委託された解析データが集まる場所だった。
そこの秘蔵っ子だった真守はその知識を頭に詰め込んでおり、それらをフル活用するために研究所から脱走した後も研究データや論文などを集めていた。
量が膨大となったため、見かねた
その結果ここは真守の私的な研究室になっていて、知識を欲する者にとっては宝の山なのだ。
この資料棚の論文や研究データを使って、垣根は自分の能力である
それと同時に
垣根が自分の能力の可能性を模索している姿が真守は単純に嬉しくて、資料棚から論文を引っ張り出して読む垣根を後ろから見つめて微笑んでいた。
垣根がソファに座って論文を真剣に読み始めた頃、真守は外に灯りが見えているのに気が付いた。
「どうした?」
真守がガタッと椅子から立ち上がった音を聞いて、垣根は論文から目を上げずに訊ねた。
「MAR……」
「あ?」
垣根が真守の呟きに声を上げて窓辺に近づくと、第三新病棟の表にMARの車が数台停まっていた。
「ちょっと行ってくる」
真守がバタバタと研究室から出ていくので、垣根は目を細めながらも状況を確認するために後を追った。
──────…………。
美琴の後ろには
彼らは昏睡した
「……何の真似だ?」
真守が物陰から見つめる中、木山が立ちはだかった美琴に訊ねた。
「気に入らなければ邪魔をしろと言ったのはあなたでしょ?」
「どけ! あの子たちを救えるのは私だけなんだ!」
「救えてないじゃない!」
木山の献身的な様を、美琴は断じた。
「
木山は美琴の言葉に激しく狼狽しながらもその事実を受け入れられずに言葉を零す。
「……後少し、後少しなんだ……あと一息なんだ……だから!」
そんな木山に美琴は木山の心を折る事実を告げた。
「枝先さんは、今。助けを求めているの。春上さんが……あたしの友達が、彼女の声を聞いているのよ」
木山は美琴の言葉に頭が真っ白になって呆然としてしまう。
大切な教え子が、今目の前で眠りながらも誰かに助けをずっと求めている。
それを助けたいのに、研究が行き詰まっていて助けられない。
「──運び出せ」
木山が呆然としている前でテレスティーナが冷たく告げると、子供たちが連れていかれる。
途中でぐしゃっと、何かが潰れた音が響いた。
MARがいなくなった後に真守が部屋に入ると、カエルのお面が潰れていた。
どうやら先程の音は美琴がしていたお面が潰された音だったらしい。
「先生、その令状本物?」
真守が立ち尽くす美琴の隣を通り過ぎて
真守は冥土帰しから令状を受け取ると、即座に読む。
不備はない。
警備員のMARと確かに書かれているし、公的なものだった。
「気になるから調べてみる」
「ちょっと!」
真守が
真守が振り返ると、美琴が顔をしかめて立っていた。
「調べてみる? どういう事よ! あの子たちはあれで助かるんだから私たちの出る幕はもう、」
「────ハッ」
美琴の耳に乾いた笑い声が一度聞こえると、どうでもよさそうに無気力ながらも、心底軽蔑するような笑い声が断続的に響いた。
その笑い声を発したのは垣根だった。
美琴が振り向いた瞬間、ヒッと美琴は悲鳴を上げた。
垣根から圧倒的な威圧感が出ていた。
御坂美琴が、目の前にいる虫けらが心底気に入らないとでも言いたげな、貫くような凍てついた眼光をその黒曜石の瞳に乗せていた。
「流石、純粋培養のお嬢サマは言う事がちげえなあ?」
「垣根」
垣根が挑発するような事を言ったので真守が止めに入るが、触発された美琴が叫んだ。
「……っ何よ。私はただ普通の事をしているだけよ! あんたにそんなこと言われる筋合いは、」
「そんなんだから理解できねえんだよ、三下」
その瞬間、垣根から殺気が放たれた。
ヂヂィッと空間をひりつかせる音が響き、美琴はその殺気に当てられて一瞬息ができなくなった。
その瞬間、美琴は悟った。
自分が感じた事がない程に深く、
そんな美琴に、垣根は心底軽蔑した視線を向けて吐き捨てるように告げた。
「ああ、そうさ。何もかも犠牲にしてまで自分の大切なモン守ろうって気持ち、温室でぬくぬくぶくぶく育って大切なモンを一つも失くした事もねえヤツには理解できねえんだよ。そんなんだから木山を見てそういう事が言える。そんなんだから失くしそうになった真守が慎重になるのだって分からねえんだ」
「……な、なによ……それ、どういう、……」
垣根が自分を納得させるような言葉を吐くので、美琴は困惑して途切れ途切れになりながらも訊ねようとする。
垣根は首の後ろに手を当てて嗤いながら警告した。
「うろちょろされるとムカついてぶちのめしたくなる。それが嫌なら温室で丸くなって寝てろよ。なあ、純粋培養のキレイ子ちゃん?」
「垣根、怒っても仕方ない」
真守は垣根の怒りを感じて全てを察していた。
垣根は失った事がある人間で、その気持ちが分からないで好き勝手正義感をふりかざす美琴に怒りを覚えているのだと。
だから真守は垣根を助けるために迷いなく近づいて、殺気を出し続けている垣根が下ろしている方の手をぎゅっと握った。
垣根が鋭い眼光で真守を射抜いても、真守は顔色一つ変えずに垣根を見上げていた。
その目はとても悲しそうな目をしていた。
垣根を純粋に心配する真守の目に、垣根は少しだけ顔をしかめた。
「……ッチ」
垣根は殺気を抑えると、真守の手を振り払って研究室へと戻っていった。
バカに付き合ってる暇はない。
そう自分を無理やり納得させて、美琴を見逃したのだ。
去っていく垣根の後ろ姿を見つめながら、真守は溜息を吐く。
それから垣根の殺気で一歩も動けない美琴の方へ振り返った。
「御坂。お前の正義を私は笑わない。お前の正義は表で生きている人間ならば真っ当に持っているモノだからだ。だがそれが通じない人間もいる。それだけは覚えていてほしい」
真守が寂しそうな声色で告げるので、美琴はとっさに真守の顔を見た。
真守はいつもの通りに仏頂面だった。
だがその瞳には憐れみが混じっているように見えた。
そして真守は美琴を置いて早足で垣根の事を追っていった。
「な……なんなの……一体。なんなのよ……?」
美琴の呟きを聞いていたのは
──────…………。
「えい」
真守は研究室に入って、ソファに座って論文を読む酷く機嫌が悪い垣根に近づくと、ソファの肘に乗っかって身を乗り出してから、垣根の頬に人差し指を突き付けた。
「……んだよ」
ぷにっと真守が垣根の頬を押すと、垣根は目だけ動かして真守を見た。
「垣根は大切な人失くしたんだな」
「……昔の話だ」
垣根はそう呟くと、真守の人差し指を手で払ってから論文に目を落とした。
真守に自分が大切な存在を過去に失った事は言っていなかったが、どうやら先程の会話を聞いてそう察したのだと、垣根は推測する事ができた。
「そう」
真守は一言呟いてソファの真ん中を陣取っていた垣根の両隣に空いているスペースの片側にちょこんと座る。
真守は体が小さいので垣根が真ん中を陣取ろうと空いたスペースに体を滑り込ませられるのだ。
そして真守は黙って至近距離から垣根をじぃーっと見つめていた。
「…………その視線は何だよテメエ」
その視線に耐え切れずに垣根が真守を睨むと、真守は寂しそうにふにゃっと微笑んだ。
「垣根、傷を背負いながらも頑張ってるなって。偉いなって」
「別に頑張ってねえよ。俺はそんなモンとっくに克服してる」
真守の言葉を垣根は即座に否定するが、真守は首を横に振った。
「私は、お前が悲しみを乗り越えられたと思いながらも、ずっとそれを心残りにしているようだと感じていたよ」
「……、」
垣根は答えられなかった。
人の心を機敏に感じ取る事ができる真守がそう感じているなら、そうなのだろう。
でも垣根は真守の感じている事を認められなかった。だから黙るしかなかった。
真守はそんな垣根の考えを受け入れて頷いて、口を開いた。
「でも垣根が苦しんでいる事で、その大切な人は心を痛めていると思うぞ」
「死んだ人間がどう思うかなんて分からねえよ」
全てを察する事ができる真守だとしても、垣根は真守の言い分を即座に一蹴する。
死んだ人間はもういないのだ。
だから彼らが生きている者をどう思うかなんてわからない。
「ううん、絶対そうだ。だって一回私の下を離れて帰ってきた深城が言ったからな」
「源白深城が?」
垣根は真守の言い分に思わず目を見開く。
「私は深城を害した全てを壊そうとして行動していた。深城はその時AIM思念体を形成できなくて私に話しかける事ができなかったが、全てを見ていたんだ。深城は私の下に現れる事ができた後、ずっと謝ってた」
真守はその時のことを思い出してしまい、とても寂しそうに笑う。
「呪いのような言葉を残してしまってごめんって、苦しめたかったわけじゃないって。私に、世界を壊すような事をしてほしくないって。だからきっと垣根の大切な人も、今の垣根を見たら気にすると思うぞ」
「……死んだ人間全員が、源白深城と同じように考えるとお前は思うか?」
垣根の問いかけに真守はしっかりと頷いた。
深城から感じ取った気持ちは、絶対に死んだ人間全員の共通した考えだと真守は察する事ができたからだ。
「生きていく上で重荷にして欲しくないって、ただ一緒にいたという事実を覚えていてほしいって思うハズだ。……大切な人が幸せに生きていける事を、死んだ人間たちは絶対に望んでいる。私はそう感じる」
「そう、か。……確かに信憑性があるな」
垣根は真守の言い分を信じて、あの子の事を想って切なくなってフッと笑った。
真守はそんな垣根に向かって柔らかく微笑んで、垣根の茶髪に手を伸ばすとさらさらと肌触りの良い髪の毛をさらいながら優しく頭を撫でる。
「だから垣根の傷を受け止めるから。言って欲しい」
真守にされるがままで、垣根はそっと静かに穏やかに目を伏せた。
ぽつりぽつりと話をした。
研究所の子供たちは互いに関心がなかったが、その子だけは違った。
自分の翼を褒めてくれたし、柔らかな笑顔を向けてくれた。
でもその子は死んでしまって。自分は守れなくて。
それから一心不乱に頑張ったが、それでも欲しかった名声は手に入らなかった。
全てが憎かった。
だからこそ利用できるものを全て使って、全てを壊して自分の良いように造り替えて、自分の思い通りにして生きようと考えた。
誰もが自分勝手に生きているのだから、自分がそうしても問題ない、そう生きるのが普通だと思ったのだ。
「そうか。だから私を利用しようとして近づいたんだな?」
垣根は真守の問いかけに答えなかった。
今となっては自分にとって真守が大事な存在だが、最初の動機が不純だから黙るしかできなかった。
「私、垣根に会えてよかった」
垣根は自分の頭を撫でる真守を見つめた。
真守は微笑んでいた。
自分の全てを受け止めて、全てを慈しむかのように微笑んでいた。
「良かったよ、垣根。本当に良かった。苦しかったら言ってな。力になるから」
「……ああ」
真守の決して強要しない優しさに、垣根は頷いた。
いつまでも真守の傍にいたい。
この少女は自分が望めばいつまでも一緒にいてくれるのだろうと垣根は確信した。
真守は穏やかに微笑んだまま垣根の頭を撫でて、垣根の気が済むまでそうやって癒し続けていた。
原作では重傷者が多数出ていますが、『流動源力』では真守ちゃんが全員助けています。
夏祭りの時にも行っていましたが、初春と春上さんはMARが助けたのでその場にいましたがMARが色々と調べていたので足取りを掴まれると厄介なため、接触を控えていました。
深城の事を一度失って結果的に取り戻した真守だからこそ、見えるものがある。