※次の更新は五月二二日、月曜日です。
第九六話:〈少年少女〉は動き出す
「俺も新しい雇い主については随分と思い入れがある」
未明。日も出ない、日陰者たちが活動する時間帯。
学園都市の路地裏では、一人の男が一人の少女に銃を突き付ていた。
「だから選べ、烏丸府蘭。上里翔流のコントローラ。このままここで殺されるか、それとも自分の大切な存在のために俺たちと一緒に戦うか」
多角スパイ──土御門元春の言葉に、烏丸府蘭は静かに眉をひそませる。
烏丸府蘭はイギリス清教のスパイだ。インプラント技術で『原石』の力を強化しているUFO少女という触れ込みで、上里翔流の懐に潜り込んだ。
スパイであるという事。自分が裏切り者である事。
それがバレたら、烏丸府蘭は全てが終わりだ。
そのためイギリス清教と連絡を取る時は特に慎重になっていたが、府蘭は土御門にその場を見られてしまった。スパイだと分かる決定的な瞬間を、見られてしまった。
ここまでだと、烏丸府蘭は考えていた。
だがそれなのに。目の前の男は、殺される以外の道を提示してきた。
スパイであるということがバレたら、上里翔流を守れなくなると思っていたのに。そばにいられなくなると思っていたのに。
一体、どういうことなのか。
烏丸府蘭が訝しんでいると、サングラスの男は口を開く。
「俺はイギリス清教から学園都市に送り込まれたスパイだったが、逆に学園都市にイギリス清教の情報を売っていた。言ってみれば、上条当麻版の烏丸府蘭みたいな存在って事さ」
烏丸府蘭は答えない。そんな中、土御門元春は笑った。
「つまり、俺もお前と同じく大事なモンができちまったってことだにゃー」
土御門元春。烏丸府蘭。
二人は上条当麻と上里翔流のコントローラだった。
イギリス清教──というか、
そんな二人にはとある共通点がある。
二人共、自分がコントロールするべき人間だった存在に感化されている。
そして、大切な存在だと。何があっても見捨ててはならない存在だと思っている。
府蘭は一つ頷くと、自分が幸せになれそうな未来のために口を開いた。
「烏丸府蘭です」
「土御門元春」
土御門はそう自己紹介して、銃を降ろした。
そして地面にぺたんと座り込んでいる府蘭へと手を差し出した。
自分の新たな雇い主が。この世界で一番公平な存在で優しい人が、いつも手を差し伸べるように。
土御門元春は、府蘭に救いの手を差し伸べた。
土御門がイギリス清教のスパイである烏丸府蘭を確保しに来たのは、新しい雇い主──朝槻真守の伯母であるアシュリンに頼まれたからだ。
外から学園都市へと入った女の子たちの集団──上里勢力。
その勢力の中に、ローラ=スチュアートは必ず自分の駒を紛れ込ませている。
そう考えていたからこそ、アシュリンは上里勢力の前に一度も姿を見せていなかった。そして真守にも、アシュリンはできるだけ自分たちの情報を外部に漏らさないように徹底していた。
ローラのやり方を知っているからこそ、アシュリンはイギリス清教のスパイである烏丸府蘭に自分たちの存在を隠し通している。
実は学園都市にいるマクレーン家。土御門は、彼女たちがローラに対しての最大の切り札になると考えている。
そんな土御門へと、土御門の手によって立ち上がった烏丸府蘭は問いかける。
「具体的に何をすればいいのです?」
「決まってるぜよ」
土御門元春は、柔らかく笑う。
「学園都市を造り替える。それを
烏丸府蘭は考える。
確かに学園都市の悲願である
それこそ。朝槻真守には、神さまを撃ち落とす事だって容易だろう。
それほどの力をあの少女は持っていて。あの少女の周りには、力を持った人々が集まっている。
誰もが幸せになれる学園都市。上里翔流も含めて、全ての人間が幸せになれる世界。
烏丸府蘭はその実現のために、同じく日陰者である土御門元春と共に行動を開始した。
──────…………。
早朝。
朝槻真守は、第二学区の『
外は上里勢力が大熱波を引き起こしているため、まだ暑い。
だが真守たちはこれから木原唯一を打倒しに行く。
木原唯一を打倒すれば大熱波は必要なくなる。すると真冬の気温に逆戻りであるため、冬用の制服ではなく水着を着ていると単純に寒いのだ。
しかも真守たちは木原唯一を倒したら、そのまま統括理事長・アレイスター=クロウリーに挑みに行く。統括理事長と対面するのに、水着ではあまりにも格好がつかない。
最終決戦。その意味も込めて、真守たちは正装である制服に袖を通していた。
真守は姿見の前で制服のリボンをきちんと結ぶと、隣で同じように鏡を覗き込んで制服の襟元を正していた垣根を見上げた。
相変わらず垣根は端正な顔立ちをしている。そして、出会った時よりも優しい光が、黒曜石の瞳に灯されている。
「垣根」
「ん?」
垣根は真守に声を掛けられて、制服の身だしなみを最後に整えながらちらっと真守を見る。
そんな垣根に、真守はふにゃっと微笑みかけた。
「行こう、垣根」
真守が声をかけると、垣根は頷く。
そして笑って、真守の手を優しく握った。
「ああ。行こうぜ、真守」
「うん」
真守は頷くと、垣根と手を繋いで寝所を後にする。
朝食は既に済ませてある。深城やアシュリンたちにもきちんと既に挨拶している。
真守と垣根は並んで『
そこには多くの心強い仲間がいた。
上条当麻、インデックス。魔神オティヌス。それと三毛猫。
そして集まった少年少女の規模を大きくしているのは、上里勢力と呼ばれる女の子たちだ。
女の子たちの中心には、やっぱり上里翔流がいる。
上里翔流の表情は晴れ晴れとしていた。
そして理想送りを失ったことで魔神たちと冷静に話ができた。
その結果、上里翔流はやりたいことを見つけた。
異形の中で輝けるのではなく、普通の中で輝ける自分になりたい。
そんな自分になるための挑戦を続けたい。
そのためには木原唯一から理想送りを取り戻さなければならない。
それにそもそも木原唯一が理想送りを奪ったのは上里翔流が木原脳幹というゴールデンレトリバーを倒したせいだ。
全てに決着をつける。
そうやってけじめをつけて、前に進むしか道はない。
だから上里翔流は大切な女の子たちと一緒に、朝槻真守のもとへとやってきた。
早々たる面子だ。朝槻真守は一同に目を向ける。そして、口を開いた。
「木原唯一は『窓のないビル』の地下にいる」
アレイスター=クロウリーの居城に乗り込む前哨戦である、木原唯一との戦闘。
その戦闘に必要な情報を、真守は説明する。
「『窓のないビル』は地球脱出用として設計された。だから『窓のないビル』の下にはロケットエンジンがたくさんついている。その関係上、『窓のないビル』直下には広大な空間があるんだ。木原唯一はそこに隠れてる」
真守の口から飛び出たとんでもない事実。それに驚愕の声を上げたのは上条当麻だった。
「ちょ、ちょっと待て! どうして『窓のないビル』が地球脱出用なんだ? あれって統括理事長の家みたいなモンだろ??」
上条当麻が慌てていると、上里翔流は顎に右手を添えて考えているそぶりを見せる。
その右手は木原唯一のものだ。右手を切り落とされたままでは色々と不自由なので、上里は木原唯一が捨てた右手を拾って自分の右手として使っているのだ。
「聞いた話じゃ『窓のないビル』は核の直撃にも耐えるんだろ。それって高温や放射線にも強いってことになる。循環環境が整っていれば、人工第三惑星として宇宙でも難なく過ごせるだろうね。太陽系だって銀河系だって自由に脱出できる」
「そこまで脱出して、統括理事長はどうするんだよ」
上条が上里翔流に問いかけると、上里翔流は嫌そうに顔をしかめる。
「僕に聞かないでくれ、トリ頭」
上里が上条を一蹴する中、真守は苦笑する。
アレイスターが『窓のないビル』を地球脱出用に仕立てた理由に、真守は心当たりがある。
おそらくアレイスターは魔術を殲滅するために、『窓のないビル』を魔術に対するカウンターとして用意したのだ。
魔術は元々、地球というこの物理世界に異能の法則を適用して超常現象を引き起こす。
つまり地球を主軸としているのだ。
その魔術を殲滅するならば、地球から脱出する──魔術の効果範囲から逃れるという選択肢を用意しておくのは当然として考えられる。
(まあそれを上条たちに言ったところで混乱させるだけだから、おいといて)
真守は思考に即座に一区切りつけると、説明に戻る。
「『窓のないビル』直下には、ロケットエンジンが飛び立つ際に大量噴射する水蒸気を放出するためのダクトから入る。『窓のないビル』を中心として、ダクトは東西南北にそれぞれ一つずつ。私たちは固まって、南のダクトから入る」
「固まるより分散した方が良いんじゃないのか?」
上条が再び疑問の声を上げると、上里が上条を再び睨んだ。
「だから少しは自分で考えろ、トリ頭。『窓のないビル』直下のスペースは膨大だ。木原唯一がその中でどんな罠を張っているか分からない以上、固まって動いた方が良い。これだけの戦力なら、一網打尽になる事もないからな」
上里は上条を睨んだ後、真守を見る。
「こっちもこっちで木原唯一の虚をつく方法は考えてる。聞いてもらってもいいかな?」
真守が頷くと、上里翔流が説明を始める。
上里勢力には暮亜という『原石』の植物少女がいる。その植物少女にA.A.Aを再現してもらい、植物性エタノールで飛行して木原唯一の気を引くというものだ。
木原唯一は木原脳幹が使っていたA.A.Aに多大な執着がある。まがい物だと頭で考えても、万が一のことを考えれば居ても立っても居られないはずなのだ。
その隙を付けばいい。真守は上里の提案に頷いた。
「……なんか、すごいことになってきたな」
上条は肩にオティヌスを乗せたまま、上里と打ち合わせをしている真守を見つめてぽそっと呟く。
その言葉を聞いて口を開いたのは御坂美琴だった。
「エレメントを大量放出し続けてる親玉を潰しに行くのよ。むしろ、ここまで具体的な計算式が出ていないことに驚きよ」
多くの者たちが制服や厚着をしている中、美琴は自分なりに使いやすいようにカスタマイズしたA.A.Aの接続のために、水着を着ていた。
そんな美琴を、上条当麻はちらっと見る。
「……で、御坂さんはそれを担いでいくの?」
上条は美琴が後ろに携えているA.A.Aを見て問いかける。
「? 当たり前よ。これが一番しっくりくるんだから」
何を当然のことを今さら聞くの? と、美琴は本当に不思議そうに上条を見る。
上条当麻も、御坂美琴がA.A.Aと呼ばれる武装を使ってエレメントを撃破しているところは何度も見ている。
それと一緒に何度も鼻血を出していることも。上条当麻は知っている。
鼻血を出すということは、脳にそれ相応の負荷がかかっているという事だ。
そんなものをバカスカ使ってもいいのか。
それでも御坂美琴はそれを頼みの綱にしているように見える。
求めていた力だと。それがあるから大丈夫だと思っている節がある。
(心配だなあ。でも、何かあったら朝槻や人造細胞作れる垣根がなんとかしてくれるし、大丈夫か)
頼りになる二人のことを考えても、若干の不安を感じる上条当麻。
そんな上条の横では、椅子に座っていたインデックスの頭がかっくんっと落ちた。
「インデックス、大丈夫か?」
朝が早くて眠そうなインデックスに声を掛けるために、上条はインデックスに顔を近づける。
すると、上条の肩に乗っていたオティヌスが呻いた。
「コラ人間。顔を近づけるな。ソイツの胸元には面倒な猛獣がいるんだぞ!」
オティヌスが言っているのはインデックスの胸元に入っている三毛猫だ。
三毛猫はオティヌスが少し近づいてきたので、キラーンと爪を伸ばして目を輝かせている。
「ううーん……とうま。みしろのおいしいごはんを食べたら眠くなってきたんだよ……」
「お願いだからここで寝ないでインデックスさん!!」
上条が懇願する中、インデックスは眠そうに目をゴシゴシと擦る。
だが次の瞬間、その碧眼をカッと見開いた。
インデックスのその様子に、上条はビクッと震える。
そんな上条に目もくれずインデックスは空中に目を向け、何かを辿るように視線を動かす。
そして椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。
「短髪!!」
インデックスが呼んだのは御坂美琴だった。
インデックスが声を上げた瞬間。ずぐっと、美琴の体が見えない衝撃によって貫かれた。
まるで雷の穿たれたかのような体の跳ね方。
発電系能力者に対して、あまりにも皮肉の利いた衝撃の様子。
それによって美琴は地面に倒れ伏して、口から血の塊を吐き出した。
「……み」
その様子を見ていた上条当麻は呆然としながらも叫ぶ。
「御坂ァあああああああ!?」
突然の異常事態に上条当麻は叫ぶしかない。
どこからともなくやってきた攻撃。
そしてインデックスが反応するということ。
即ち、魔術による遠隔攻撃だ。
だから上条当麻は即座に動いた。
自らの右手に宿っている
すると、異能が打ち消される音が響き渡る。
「ガハッ!」
だが異能を打ち消した途端、美琴は再び電撃に貫かれたように体を跳ね上げる。そして血を吐いた。
上条はその様子に既視感を見た。
大覇星祭の時。
オリアナ=トムソンの『
あの時のオリアナの魔術攻撃は一定以上の傷を負っている人間を例外なく昏倒させる術式だった。そのため術式の札を
おそらく御坂美琴はいま当時の土御門の状況に近いことになっており、魔術の大元を絶たなければ攻撃から逃れることができないのだろう。
「インデックス! どこから攻撃されてる!!」
上条当麻は魔術の専門家であるインデックスを見上げる。
「呪詛の湾曲。……そこら辺に漂っている無秩序な呪詛の方向を捻じ曲げて向きを変えて、それを短髪に集めているだけなんだ。とうまが打ち消すのを前提として向きを変えているから、対処のしようがない……っ!」
インデックスはぶつぶつと呟きながら、顔を青ざめさせる。
御坂美琴を攻撃している呪詛。
それはこの世で最も有名な呪文『アブラ・クアタブラ』と呼ばれるものだ。
所謂アブラ・カタブラ。
オカルト信奉者を小馬鹿にする時にすら用いられる、一般人でさえ知っている呪文だ。
その効果は呪詛返し。
魔術の中では自分のことを守るために使われる、オーソドックスなものだ。
だが流石はアレイスター=クロウリー。ただの呪詛返しとして、その魔術を使っていない。
地球には妬みや恨み。そして魔術で攻撃性を付与された、あらゆる呪詛が無数に飛び交っている。
要は学園都市の街中にあらゆる電波が飛び交っているのと一緒だ。
電波のように飛び交う無数の呪詛を、アレイスター=クロウリーはその向きを変えて束ねて強力にして、御坂美琴を攻撃しているだけ。
つまりアレイスター=クロウリーは既存の呪詛を使っているだけなのだ。だからアレイスター自身は何も魔力を使っていない。
逆探知は不可能。そのため逆探知に基づく
「こんな魔術の使い方、聞いたことないんだよ……本当にこの街にはアレイスター=クロウリーがいるんだね……?!」
学園都市の統括理事長。
それが実は稀代の魔術師であるアレイスター=クロウリーであること。
その情報を真守から受け取っていなかったら、インデックスだって誰が御坂美琴を攻撃しているか推測ができなかった。
だが真守から情報を受けとった今なら分かる。こんな誰も発想することができないような芸当は、アレイスター=クロウリーにしかできない。
しかも御坂美琴を殺すために込められた呪詛の意味は『汝の死に雷光を与えよ』というものだ。
発電系能力者の頂点である御坂美琴。彼女に対してこれほどまでに気の利いた皮肉を込めて呪詛を送れるのは、能力開発の生みの親であるアレイスター=クロウリー以外にできないだろう。
上条当麻は魔術の専門家であるインデックスが焦っている様子を見て絶望する。
先手を取られた。
そう上条当麻が感じる中、救いの声が響いた。
「上条、美琴から手を離してそこから退いて!」
真守に鋭く声を掛けられた上条は即座にその場から離れる。それと同時に、真守は美琴に手のひらを向けた。
朝槻真守だけが操れる、全てを焼失する力がある源流エネルギー。
真守は源流エネルギーの噴出点を美琴を囲うように六点生み出す。そして美琴を源流エネルギーの壁の中に閉じ込めた。
ギギギギギ! と、源流エネルギーが見えない呪詛を焼き尽くす音が響き渡る。
それと共に虹色の光が舞った。
虹色の光の粒が舞うのも、源流エネルギーが呪詛を焼き尽くす音も止むことはない。
ということは永遠に呪詛が送り続けられているのだ。
「成程。電波と同じようにそこら辺に飛び交う呪詛を使っているのか。流石はアレイスター。自らが魔術を使う事無く、既存のものを利用するとはな」
真守は自分の生み出した源流エネルギーが呪詛を焼き尽くし続けているのを感じながら、インデックスの呟きを聞いて何が起こっているか現状を把握する。
垣根は納得している真守に近づいて、腰を下ろす。
「
「ありがとう、垣根。じゃあ源流エネルギーの膜を一瞬切るから、中に帝兵さんをいれてくれると嬉しい」
真守が垣根の申し出を受け入れると、垣根は『
カブトムシは源流エネルギーの膜を通って、即座に美琴の頭に留まる。
そして垣根はカブトムシに、アレイスターの攻撃で負傷した御坂美琴の治療を指示した。
美琴の処置が始まると、真守は噴出点を維持しながら上条を見た。
「上条。これは挑戦状だ」
「……ああ、分かってる」
真守の言う通り、自分たちをずっと監視しているアレイスターは来るなら来いと言っているのだ。
その挑戦状の証として、アレイスターはまず自分の力を伝播できるA.A.Aを操る御坂美琴に攻撃を仕掛けて、戦闘不能にした。
インデックスさえ対処できない魔術による攻撃。
それに危機感を覚えながら、美琴のためにもアレイスターと戦わなければならないと決意する。
「行くぞ。木原唯一なんて眼中にない。手っ取り早く終わらせて、御坂を苦しめる元凶を叩く!」
上条当麻の言葉に、真守は頷く。
「行こう。全ての決着を付けに。私たちのこれからを始めるために」
真守の言葉を皮切りに、少年少女は動き出した。