とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一〇〇話、投稿します。
次は六月五日月曜日です。


第一〇〇話:〈世界根底〉にある真実と決別

蒸気と煤煙(ばいえん)に呑まれた、どこまでも人に悪い影響しかもたらさない霧の都。

それが、エルダー=マクレーンやアレイスター=クロウリーが生きていた当時のイギリスだった。

 

朝槻真守とエルダー=マクレーンの前で展開されている場面は、どこかの書斎だった。

その書斎には、男が佇んでいた。

 

その男は、老人に見えるほど疲弊していた。一歩間違えれば死んでしまいそうなほどだった。

どうやら内蔵が悪いらしく、枯れた浅い呼吸を何度も繰り返している。

 

『鎮痛剤に用いられていた医療用阿片によって、中毒症状が出ているだけだ。当時にはどこにでもいた社会病理患者だな』

 

エルダーは目の前の消耗しきった男を見つめる。

当時のイギリスにおいて、そう珍しくない男。

男をそう断言したエルダーはどことなく寂しそうだった。

その視線だけで、真守はエルダーと男が知己だったのだと理解できた。

 

『彼はアラン=ベネット。──そう。「黄金」のアラン=ベネットだ。オマエが生まれるとタロットで予言した人物だ。そして、アレイスターが利害を考えずに接していた友。師と呼べるほどにヤツが慕っていた男だ』

 

「黄金」のアラン=ベネットは、エルダー=マクレーンに予言した。

 

いつかマクレーンには完全なる精神に完全なる肉体を持った、永遠を司る真なる人が産まれる。

それはマクレーン家の悲願の姫御子。永遠を獲得する素質を秘めた少女。

だがしかして、この世で最も運命に翻弄される少女でもある。

 

「……運命」

 

また運命という、真守にとって不確かな言葉が出てきた。

真守が神妙な顔をしていると、目の前でパタタタッとタロットカードが連続してひっくり返った。

そのタロットカードを見ているのは真守たちだけではない。

アレイスター=クロウリーも、その場にいた。

 

『全ての人は奇蹟や運気の奴隷だ』

 

アレイスター=クロウリーの前で、アラン=ベネットはそう断言する。

奇蹟や運気の奴隷。

それはこの世にいる人々すべてが、運命から逃れられないということだ。

 

『その日のパンの選び方。もっと規模を拡大すれば人の事故や病死にまで。わしがこうして薬の選び方に失敗し、今も引きずるように。人々は運命に振り回されている』

 

朝槻真守がどう頑張ったって絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)してしまうのが決定づけられていたように。

この世界の人間は、すでに決定づけられた結末への流れに逆らうことはできない。

 

『魔術は便利だ』

 

アラン=ベネットは言葉を紡ぎながら、綺麗に並べたカードを横に払った。

 

『「黄金」の手によって()()()()()が完成すれば、魔導書の「原典(オリジン)」を読むために危険を冒さなくて済む。それによって、知識の停滞は打開される』

 

「原典」の毒とは、言わば読み手の常識と叡智の齟齬による一種の拒絶反応だ。

自分の言葉と指先で全てを説明できれば、誰も苦しまずに済む。

余計な手間暇を省く結果となれば組織は飛躍的に成長速度を上げて、直接的な戦力も増大する。

 

メイザースはアレイスターを利用して、誰もが簡単に扱える魔術を『黄金』の手柄ではなく、自分の手柄として普及させようとしている。

それは手順がきちんと決められて、決められた手順を守れば目当ての品を完成できる工作キットのようなものだ。

だから『黄金』は誰もがインスタントに扱える魔術を、度々工作キットに例えていた。

 

『本来、この世のあらゆる事象には等価交換の原則がある。わしらの魔術はそこを騙して、一の出費で一〇の成果を獲得している』

 

アラン=ベネットはそう前置きして、命題を突き付けた。

 

『しかし本当に世界は騙されているのかね?』

 

その疑問にアレイスター=クロウリーは答えずに、アラン=ベネットの言葉の続きを静かに待っていた。

 

『ひょっとしたら、わしらの想定している範囲の外でしわ寄せが起きているかもしれない。そういう懸念は前からあった』

 

「…………しわ寄せ。それが運命ってコトなのか?」

 

真守が思わず呟く中、アラン=ベネットは続ける。

 

『この世界には神話や宗教の数だけ多様な位相が重なっている。それら位相と位相の間の距離は一律ではない。そして文明や伝承の盛衰などにより、現世に与える力関係も変わる』

 

十字教の世界。天国と地獄。そしてケルトの民が信じる位相。

はたまた物理的な科学の世界。この世界には様々な位相が重なって展開されている。

それらの力関係は変わり続けている。そのことをアラン=ベネットは説明する。

 

アレイスターは黙ったままだ。だからアラン=ベネットは一人語りのように続ける。

 

『元々、運気とは奇蹟になり損ねた火花だ』

 

アラン=ベネットは世界の真実を口にする。

 

『位相同士の接触、衝突が生む飛沫は呆れるほど薄く、広く人々に影響を与える』

 

位相と位相が衝突することで、火花が散る。

その火花が奇蹟になって世界に影響を及ぼすこともあるが、大半は運気になる。

その運気に、人々は振り回されている。

 

コイントス。店で出てくる料理の順番。

出会いや別れ、結婚や離婚。

そして──人の死さえ、運気によって決められている。

 

『もしキミの娘の死に直接的な原因が見当たらないとすれば、それは多くの人が知らず知らずに干渉を受ける、偏った集まりから生じた偶発を疑うべきだ』

 

朝槻真守は、静かに息を呑む。

運気や奇蹟とは、魔術的に証明できるものだったのだ。

朝槻真守の未来が決定づけられているたことも。垣根帝督と朝槻真守が出会う『運命』だったということも。すべて、位相同士の衝突による火花に影響を受けていた。

 

『……つまり、この世には偶発的な事故や病気なんてものはなくて』

 

黙っていたアレイスターは初めて重い口を開く。

 

『……つまり、この世にある人々の小さな積み重ねは折り重なる位相の問題であり、結果世界の全てが娘にわずかな不衛生からの死の病を押し付けるために回るというのですか。先生』

 

『それは極論だな。何故ならキミの娘が特別なのではなく、人々は平等に振り回されている。キミの友人であり永遠を求めるケルトの一族の一人、エルダー=マクレーンだってその翻弄に大きく直面している』

 

アラン=ベネットの言葉。

それに真守の心臓がドクン、と大きく鼓動を立てた。

 

『どういうことですか』

 

アレイスターは端正な眉をひそめて問いかける。

 

『ケルトの民は、いつか世界が滅びゆくことを知っている』

 

アラン=ベネットはケルトの口伝を知らなくとも、誰もが理解している事実について口にする。

 

『何故世界が滅びゆくのか。それは彼らの信じる位相がいつか消滅する理由が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ』

 

アラン=ベネットはケルトがなんとかして回避しようとする滅びの結末を口にする。

 

『彼らは滅びを運命として当然に受け入れた。だから宇宙と魂の永遠性に着目した。そして「永遠」を手に入れようと躍起になることすら、運命によって狂わされる』

 

真守は硬直したまま、必死にアラン=ベネットを見つめていた。

自分に関係する運命。それから目をそらしてはいけないからだ。

自分が向き合わなければならない真実だからだ。

 

『いつかケルトの民は「永遠」を手にする。だがその「永遠」は運命のいたずらにより、ケルトの望まないところに生まれ落ち、ケルトを救うことはないだろう』

 

それこそが、アラン=ベネットがエルダー=マクレーンに伝えた予言だった。

 

いつかマクレーンには、完全なる精神に完全なる肉体を持った、永遠を司る真なる人が産まれる。

それはマクレーン家の悲願の姫御子。永遠を獲得する素質を秘めた少女。

だがその少女は運命のいたずらによってケルトの望まないところに生まれ落ち、ケルトを救うことはないだろう。

 

運命によって滅びることが決定づけられているケルト。そのケルトを救うためにケルトの民が求めた姫御子でさえ、運命に振り回される。

 

朝槻真守とは、この世で最も運命に翻弄された少女なのだ。

 

真守は思わず歯を噛みしめて、小さな手でスカートをぎゅっと掴む。

必死にこらえている真守の小さな背中に、エルダーは手を沿えた。

 

『エルダーは()()()()「救い」に繋げればいいと言った。進み続ける限り、自分たちの道が途絶えることはないのだと。──そう軽やかに告げていた』

 

運命からは逃れられない。その運命から逃れれば、また新たな運命に絡めとられる。

それが現状だ。そしてそれを助長させるのが魔術なのだ。

魔術を使えば、人々はこれまで以上に運命に絡め取られる。

それが、魔術を行使し続けた時に起こる寄せだ。

 

『ヘルメス学など統合した理論は重なる位相を乱暴に掴み、束ね、いたずらに衝突を誘う。火花も多く頻出する。影響も現在に限らん。未来は今の積み重ねで造られるのだからな』

 

『「黄金」はその危険性を理解しながら黙認していた、と』

 

『計測できない事象とは即ち存在しない事象だ。メイザースはそんな風に言っていたが、わしらがその意見に流されたのは心の弱さが原因だな』

 

位相と位相の間隔は日々不規則に変動している。

それを人間一人がどうにかできるものではない。

だからそんなものを気にする必要はない。

何故なら子供には、国と国の争いに口を出す権利がない。

その子供に値する自分たちがどう喚こうとも、位相同士の衝突に介入することなどできない。

 

『エルダーは全てを知っていた。それでも我らに怒りを向けなかった』

 

アレイスター=クロウリーが誰でも使える魔術を完成させたら、彼女は何を思っただろう。

きっと、嬉しそうに笑ったに違いない。

真理の探究にまい進する自分を彼女は楽しそうに見つめていた。

それが自らを崩壊させる要因になろうとも、彼女は人が進む姿勢を笑う女性ではなかった。

 

『ケルトの一族はそれが世界なのだと受け入れた』

 

アラン=ベネットはケルトの民を想い、目を細める。

アラン=ベネットを見つめたまま、エルダーは端正な口を開く。

 

『運命に翻弄されるのもまた人生だ。そして栄華があれば廃れていくのもまた世の常だ。その中で自分たちがどう生きるのかが問題なのだ。ケルトの民として誇りを持って、世の中の在り方に順応しながら教えを貫くのが、ワタシたちの生き方なのだ』

 

かつてエルダーがアラン=ベネットに伝えた言葉を、エルダー=マクレーンは一言一句間違えずに口にする。

 

『嘆くことはしない。嘆く時があるのであれば、前へと進み続ける。問題を解決するために奔走する。どんなことがあっても、進み続けるのがそれがワタシたちだ』

 

真守はそっと目を伏せる。

そして自分の背中に当てられているエルダーの手の温かさを感じながら、顔を歪めた。

 

(……たぶん、お母さまはそんなケルトの生き方に疲れてしまったのだろう)

 

朝槻真守は母を想って、寂しくなる。

 

問題から目を背けることなく、懸命に生き続ける。

それが苦しいと思う人だっている。

目を背けたくなり、現実を直視などしたくないと思う人だっている。

 

平坦で起伏など何もない、ぬるま湯のような幸せに浸って死にたいと思うことだってある。

それが本当の幸せではないとしても、とりあえずは幸せなのだ。

だからそれで良いと考えてしまう人もいる。

 

前を向くのに疲れてしまった朝槻真守の母。

だから彼女はマクレーン家を飛び出した。しきたりによって縛られて、結婚すらも決められて。そしていつまでも前を向き続けなければならないことが辛かったから。

自由に生きたかった。ぬるま湯のような幸せでも、彼女は良かった。

そう考えて、生きて。彼女は真守を産んで死んでいったのだろう。

 

『追儺の方法自体は、あるにはあったんだ』

 

胸が締め付けられる真守の前で、アラン=ベネットは『それ』について口にする。

 

『ウェストコットもメイザースも決して公的には認めなかったがね。ブライスロードの秘宝があれば問題ないと、その所有者の自分たちは大丈夫だという暗黙の了解はあった。エドワード、キミもその庇護の下にあったのだ。だから問題ないということにされていたんだ』

 

その追儺霊装は『黄金』の一員である魔術師アレイスター=クロウリー一人を守るだけだ。

決して、妻のローズも娘のリリスも守ってくれない。

 

今この時も、世界で様々な魔術が日々行使されている。

位相と位相が生み出すその火花はどのようにして人々に関係しているか誰も知らない。

だが確かに運命は人々を縛っている。そしてそれによって人々は狂わされている。

 

アレイスター=クロウリーは立ち上がる。

そしてこの世界の人間すべての敵である魔術師、アラン=ベネットに銃を突きつけた。

アラン=ベネットは『黄金』の一人として、アレイスターの前に立ちはだかる。

そして。自らの最期が弟子によって幕を閉じることになっても、彼は笑っていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

雨が、しとしとと降っている。

雲と霧に覆われたロンドンに、相応しい天気だ。

 

『それで? オマエはどうするのだ?』

 

声を発したのは、ローブを纏った貴婦人だ。

自信たっぷりな表情。小さい唇に、可愛らしく尖った小鼻。

エメラルドグリーンの大きな瞳に、柔らかな絹の糸を染めて作ったような銀髪。

あどけない顔つき。高貴なペルシャ猫のような出で立ち。

その在り方は何百年経っても色あせないのだろうと思えるほどに、美しい。

 

『すべての魔術を絶滅させる』

 

アレイスター=クロウリーはエルダー=マクレーンの問いかけに、決意の表情を見せる。

 

『私はあらゆる位相を砕き、神秘に終止符を打つ。仕方がなくなんかない、悲劇を前に涙をこらえて唇を噛む必要なんかない。誰もが当たり前に憤り、当たり前に疑問を持てる。まっさらな世界を取り戻す』

 

アレイスター=クロウリーはそう宣言してエルダー=マクレーンへと手を差し出した。

この手を取って、欲しかった。

運命を。自らの崇める位相を滅びることを受け入れた一族の一員に。

 

そんなことを受け入れて自らの衰退を眺めなくていい。

失っても残るものはあるのだと、自らを懸命に奮い立たせているならば。

共に全てを壊して。まっさらな世界で生きるべきだと。

 

エルダー=マクレーンは無表情だった。

無表情ながらに柔らかく。慈愛の意味を込めた瞳でアレイスター=クロウリーを見ていた。

 

『道が別たれたな』

 

その一言が、全てを物語っていた。

だがそれでも、エルダー=マクレーンに敵意はない。

アレイスター=クロウリーにも敵意はなかった。

道が別たれたとしても、彼らが友人であることに変わりはなかった。

 

『ワタシはオマエを一生許さない』

 

エルダー=マクレーンは決意の瞳で、アレイスターを見つめる。

 

『我らが位相を砕こうとするアレイスター=クロウリーを、ワタシは一生許すことがないだろう。そのような無知蒙昧を夢見た男を、ワタシは一生許さない』

 

そう断言して、エルダー=マクレーンはそっと目を伏せた。

そして次の瞬間。

アレイスター=クロウリーを見て、エルダー=マクレーンは笑っていた。

 

『だから進み続けろ、アレイスター。オマエの進むべき道を。オマエの悲願を叶えるために』

 

エルダー=マクレーンは自信たっぷりに微笑み。そして頷いた。

 

『そうしてどこまでも進み続けて、それぞれの悲願を叶えた先で。もう一度会おう、わが友よ』

 

『………………もう一度、会えるのか?』

 

そう問いかけたアレイスター=クロウリーにエルダー=マクレーンは頷いた。

 

『魂とは──宇宙とは、永遠である。ワタシたちにとって、死とはただの通過点だ。だからもう一度めぐり逢い、そして話をする事ができるだろう』

 

エルダー=マクレーンは花のように軽やかに微笑んだ。

 

『さらば、わが友よ』

 

エルダー=マクレーンは歩き出す。

ここで、エルダーとアレイスターは分断された。

これから生涯、アレイスター=クロウリーとエルダー=マクレーンが会うことはない。

道が別たれたとはそういうことだからだ。

だがそれはしばしの別れだ。再び会うことができると、エルダーもアレイスターも信じていた。

 

『………………「永遠」の、姫御子』

 

その言葉をアレイスターが口にすると、エルダーは立ち止まった。

 

『運命がなければ、キミたちの手の内にいた姫御子だ。その姫御子が、運命に翻弄されないで普通の少女として笑って生きられるようにする』

 

エルダー=マクレーンはその言葉を聞いて振り返った。

そして煙る雨の中、晴天のように朗らかな微笑を見せた。

 

『ふふ。自らに呪いの「失敗」を掛けたオマエに期待などせぬよ』

 

運命に翻弄されても、良いのだ。

運命に狂わされたって、その人生は良いものに変えられる。

だって人は、失敗する事でそれを糧にして成功への道を掴めるから。

もし大事なものを失ったとしても。そこから這い上がることで得られるものだってある。

 

喪失と別離。それを繰り返して、人々は強くなる。

 

さあ。朝槻真守よ、この世で最も運命に翻弄されし少女よ。

お前の狂いに狂わされたこれまでの人生は。

不幸で満ちて、絶望するものだったか?

 

それとも。

不幸があってこそ輝く幸福に満ちていたか?

さあ。どちらだ、我が血族よ。

ワタシはその答えが知りたい。

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