とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一〇三話、投稿します。
次は六月一五日木曜日です。


第一〇三話:〈永遠少女〉は対峙する

純白と漆黒。その相反する色が互い違いとなった、六対一二枚の翼。

宇宙を閉じ込めたかのように輝く肢体。すらりとした細身を包み込んでいるのは滑らかな結晶の折り重なりで造り上げられた豪奢な純白のドレス。

 

蒼みがかった、小柄な体躯よりも長いプラチナブロンドの髪。

蒼閃光(そうせんこう)でできた、六芒星を基盤にした幾何学模様の転輪。

本来ならばエメラルドグリーンの無機質な瞳は、ルビーのように燃える輝きを帯びていた。

 

絶対能力者(レベル6)、朝槻真守の操られた姿。

だが操られていることを象徴していた赤い瞳が、元の碧色に戻る。

そして宙に浮いていた真守は、ゆっくりと落下を始めた。

垣根帝督は落下を始めた真守へ、とっさに手を伸ばす。

 

「真守!」

 

かつて。朝槻真守は『光を掲げる者(ルシフェル)』として、いつか()ちて()ちることが決まっていた。

そして垣根帝督には『神の如き者(ミカエル)』としてのモチーフが嵌められていた。

だが今は、そうじゃない。

 

垣根帝督が全ての枷を破壊した今、朝槻真守は既に何ものにも囚われない。

運命に最も翻弄された少女から、この世で最も自由な少女へと至った。

垣根帝督は、落ちてくる朝槻真守の手を取る。

そしてゆっくりと、受け止める。

 

抱きしめることはできない。朝槻真守の翼は大きすぎて、偉大過ぎるからだ。

それでも垣根帝督は確かに、朝槻真守の自由を手にした。

 

『さあ。運命に翻弄された少女ではなく、この世で最も自由な少女よ』

 

どこからか優しくて凛々しく、自信たっぷりな声が響き渡る。

 

『あるべきものはあるべきカタチへ。自由にて不変なる「永遠」はオマエの手の内に』

 

どこからともなく聞こえてくる言葉。それと共に、真守の翼に変化があった。

側頭部から生えている一対二枚の翼にも、背中から生えている五対一〇枚の翼にもだ。

純白と漆黒の翼。その全ての翼の表面が、パキパキと音を立てて結晶化していく。

 

「……真守ッ!」

 

垣根は変化を見せ始めた翼を見て、ぞっと怖気だった。

真守の翼が砕け散ってしまうのだと思ったからだ。

祈りと悪意。人の心の全てを象徴する翼が砕け散ってしまう。

そう感じた垣根は、血の気が引いて行く感覚に陥った。

だが、違った。

 

音を立てて結晶化したものが砕けた時。そこには、蒼ざめたプラチナの翼が現れた。

 

それと同時に、真守の姿が変わった。

 

絶対能力者(レベル6)として宇宙を閉じ込めた肢体と豪奢なドレス、蒼みがかったプラチナブロンドの身長よりも長い髪が変化する。

現れたのは黒髪をいつもの猫耳ヘアにした、いつものセーラー服姿の真守だった。

その首には、もちろん垣根帝督がプレゼントした黒いチョーカーが着けられていた。

 

結晶化して真守の翼から剥がれ落ちた純白と漆黒の翼の欠片は、ぱらぱらと虹色の輝きを放って地面へと落ちる。

 

すべての枷からの解放。それと共に、真守は最も自由な存在へと変化した。

その変化が自身に起きた真守は虚ろにしていたエメラルドグリーンの瞳に光を宿す。そして垣根帝督をしっかりと見た。

 

「かきね」

 

垣根が目を見開く中、真守はふにゃっと笑った。

真守の笑みは、いつもと同じ安堵の笑みだ。

この世で最も安心することができる居場所にしか見せない笑み。それを、真守は垣根に見せた。

 

「ありがとう、垣根。──そして、ここからが始まりだ」

 

真守は決意の表情をして、垣根の手を両手でぎゅっと握ったまま振り返った。

そして、自らが自らの意思で救いたいと願う『敵』を見据えた。

 

アレイスター=クロウリー。稀代の魔術師にして科学サイドの長、統括理事長である彼。

アレイスターを引きずり出すためには、この完成された神殿を破壊しなければならない。

だからこそ真守は気合を入れて、一つ声を絞り出す。

 

「行くぞ」

 

一つの声掛けと共に、真守は自らの『自由』にして『永遠』なる力を解き放った。

真守は自分を中心として再構築されたフロアを丸ごとぶち抜く。

『窓のないビル』の内壁。それと共に『演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト・フォートレス)』で覆われた外壁を貫いて、真守はその向こうに広大な空を垣間見せた。

 

ガラガラと、あらゆるものが崩れ落ちる音が響く中。

朝槻真守は斜め上後方を貫かれて、目を見開く自らの救うべき人間を見据えた。

 

銀髪碧眼。

緑の病衣を纏う、男でも女でも。子供でも、老人でも罪人でも聖人にも見える『人間』。

その魂が極彩色に煌めき、あらゆる可能性を内包している存在。

学園都市を造り上げた、自らにかけた『呪い』によってことごとく失敗するが、それでも進み続けるという約束を守っている人間。

アレイスター=クロウリー。

 

真守はアレイスター=クロウリーをまっすぐと見つめる。

アレイスターは真守に見つめられて、そっと顔を歪ませた。

初めて直接目で見たケルトの望んだ姫御子が眩し過ぎて、尊すぎて。だからアレイスターは顔を歪めたのだ。

 

「………………悪かったとは、思ってる」

 

その懺悔の意味するところは、もちろん『運命』に翻弄される朝槻真守のことを救えなかった事についてだ。

その言葉の意味を垣根帝督や一方通行(アクセラレータ)、そしてインデックスとオティヌスは知らない。

ただ必要な情報を入力されていた上条当麻だけは理解できた。

だから、上条当麻だけはそっと息を呑んだ。

 

「私は進み続けなければならない。何を犠牲にしても、どんな手を使おうとも」

 

アレイスターの曇りなき決意を聞いて、真守はきゅっと口を引き結ぶ。

エメラルドグリーンの、かつての友と寸分違わずに光り輝く瞳。

その目で、真守はアレイスターをしっかり見つめ返す。

 

「分かってる」

 

真守はアレイスター=クロウリーの決意と焦燥と、そして絶望を全て見てきた。

 

「分かってる。──だから、私はお前を救わなくちゃいけない」

 

その言葉に、アレイスター=クロウリーはグッと歯噛みした。

ケルトが求めた『永遠』を司る少女。

真守はこの世で最も『運命』に翻弄され続けることが決まっている。

真守に逃げ場はない。何故ならアレイスターがどうやったって守っても、真守の神性には多くの者が惹かれるのだ。

 

真守に魂を創り上げてもらいたいと願った者たちも、真守の神性に魅入られた者たちだ。

だからこの世界に必要とされている朝槻真守は生涯、運命に翻弄されることが決まっている。最後まで世界に利用され続けて、世界を守護しながら永遠に存在し続けるのだ。

 

運命や世界に骨の髄まで利用されることが決まっている朝槻真守。

それでも真守は『運命』を打破しようとしているアレイスターを止めなければならないと考えている。その様子が、見て取れる。

 

「……キミはどう思う。幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

アレイスター=クロウリーは第三者に問いかける。

『運命』を滅ぼそうとするアレイスター=クロウリーと、『運命』に翻弄されながらもそれを許した少女の対立に、一体何を思うのか。

アレイスターに問いかけられた上条当麻は俯く。

その様子を垣根や一方通行(アクセラレータ)、インデックスやオティヌスが眉をひそめた。

 

「垣根、ちょっとごめんな。干渉するぞ」

 

真守は状況が理解できない垣根たちのために、握っている垣根の手に力を込める。

垣根が困惑した表情を見せると、真守は垣根が放っている未元物質(ダークマター)に新たな定義を差し込んだ。

 

アレイスター=クロウリーが何を求めて学園都市を生み出したのか。

何が彼を絶望させて、ここまで憎悪を溜め込んだのか。

必要な情報を真守によって入力された垣根たちは、驚愕で目を見開いた。

 

「……真守、お前は」

 

垣根は心配そうに真守を見つめる。

垣根帝督にとって、朝槻真守は一番大事な少女だ。

そんな少女がこの世界で一番『運命』に翻弄されたと言われるのであれば、垣根が心配になるのは当然だ。

真守は心配する垣根に柔らかく微笑む。

 

「大丈夫だぞ。だって私はこれまで一度たりとも、自分の人生を悲観したことはない。いつでも最善のことをして、自分のやりたいことをやってきた。──だから、大丈夫だ」

 

真守が優しい笑みを浮かべる中、上条当麻はアレイスターを見つめる。

 

「きっとあんたはこの世界の人間全員を助けたかったんだ。そのためには犠牲をいくら積み上げてもいいと思っていた。むしろ犠牲が多ければ多いほど、得られるものはあるんだって思ってるんだろう」

 

上条当麻は緩く頭を横に振る。

 

「何が善で何が悪か、そんなことは論じない」

 

上条当麻はそうやって前置きをして、アレイスターを悲しそうに見つめる。

 

「でもアンタの生き方は、哀しいよ。正しいか間違っているかなら、きっとアンタの歩んできた道は間違っていると思う」

 

上条が本気で悲しんでいると、アレイスターは笑った。

 

「……ふ。それもある意味、全ての事象の中心である君がそうさせているのだがな」

 

「……なん、だって?」

 

アレイスターの言葉に上条当麻は息を呑む。

 

「私はあの衝突で『矢』を失った」

 

矢とは、とある聖者の右手を素材に製造された幻想殺し(イマジンブレイカー)のことだ。

すべての異能を打ち消す力を持つ、この世界の基準点である力。

 

「私は再び必ず現れるアレを手にする必要があった。つまりいつか生まれいずる上条当麻を誘引するためにこの学園都市を作ったと言っても過言ではない」

 

理解していた真守の隣で、全てを察した垣根が驚愕で目を見開く。

垣根と同等の頭脳を持つ一方通行(アクセラレータ)もまた、驚きの表情を見せていた。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)とは、その周辺に異能の力を持つ者が集わなければその能力がある事にも気づけない。上条当麻とは、手の届く範囲に救いを求める者がいなければ闘争の指向性を発露する事ができない。……そんな君は、この上なくその存在を誇示する事ができた。何故か?」

 

その問いかけの答えは、決まっている。

 

上条当麻が輝ける舞台を、アレイスター=クロウリーが造り上げたからだ。

 

朝槻真守が源白深城を失い、生まれ変わらせる事になったのも。

一方通行(アクセラレータ)が自らの力を求めて大量のクローンを殺す事になったのも。

垣根帝督がかつて大切にしていた存在を失ったのも。

全てアレイスター=クロウリーが上条当麻の輝けるように学園都市を悲劇で演出したからだ。

 

上条当麻は気付いたことがあって、はっと息を呑む。

上里翔流。上条当麻は上里翔流に猛烈な違和感を覚えていた。

何をやってもソリが合わない。何をやってもギスギスした関係になる。

どうやったって分かり合えない。

 

学園都市は、上条当麻のために全てがおぜん立てされていた。

それはつまり、街に生きる者たちは全員上条当麻にとって居心地の良い、安心できる人たちなのだ。

 

だが上里翔流は普通の街の普通の少年のはずだった。魔術サイドでも科学サイドでもない、普通の街で暮らしていた。

まるきり外の人間である上里翔流。彼が上条当麻と反りが合わないのは、全てが心地良いように造られた学園都市の人間ではないからだ。

 

外から来た上里翔流は本当の意味で異物だった。

学園都市は上条当麻にとって、この上なく環境が整えられた『温室』だった。

だから上条当麻にとって、全てが居心地良いものだった。

 

「君がそんなでなければ、学園都市はこのような形にならなかった」

 

上条当麻が悲劇を食い止めることで輝く素質を持っていなかったら、学園都市中に星の数ほどに悲劇が溢れることもなかった。

 

「キミが違った形で活躍できるなら、君を輝かせるための悲劇を構築する必要もなかった」

 

学園都市は上条当麻が輝ける舞台として構築されたのだ。

そのために、アレイスターが学園都市を造り上げた。

 

もし上条当麻が将棋を愛する頭脳派少年だったら。

もし上条当麻が料理を愛する感覚派少年だったら。

もし上条当麻が登山を愛する肉体派少年だったら。

 

学園都市は、今の形をしていない。

 

「盤を用意し、駒を並べて、舞台を構築したのは私だ」

 

上条当麻は思わず呆然としてしまう。

自分のそばには、悲劇に直面しながらも進んできた友人たちがいる。

彼らが直面した悲劇は、実は自分を輝かせるために存在していたのだ。

そんな真実を突きつけられて、上条当麻はどんな顔をすれば良いか分からない。

 

「学園都市が今の形をしているのは上条当麻が自由な(テレマ)を持っていたから。それ以外に理由はない」

 

どうして、上条当麻にはこの右の拳を振りかざすという選択肢しかないのか。

他の解決手段を取っていたら。物理的な力──暴力に上条当麻が頼っていなかったら。

 

朝槻真守が源白深城を失い、怒りに身を任せて人々を殺すこともなかった。

一方通行(アクセラレータ)が二万人の軍用クローンを殺す『実験』も。垣根帝督が大切な存在を失い、自らの在り方を大幅に捻じ曲げられてしまうこともなかった。

 

多くの悲劇は上条当麻の在り方が少しでも違えば、生まれる必要のない悲劇だったのだ。

どうして。どうして自分は今のカタチをしているのだろう。

上条当麻が自問自答を繰り返す中、朝槻真守が鋭い声を告げた。

 

「上条に責任転嫁するな、このバカタレ」

 

アレイスター=クロウリーは朝槻真守をしっかりと見据えた。

真守も、アレイスターをしっかりと見つめた。

上条当麻は自らの友人を見つめて、息を呑んだ。

 

「大丈夫だぞ、上条。上条のせいなんかじゃない」

 

朝槻真守の言葉に、上条当麻は大きく目を見開く。

この世で最も運命に翻弄されて、自由になった少女。

そんな少女は諸悪の根源であるアレイスター=クロウリーを睨んだ。

 

「確かにお前は上条が──幻想殺し(イマジンブレイカー)が輝ける場所を構築した。だからこの学園都市には悲劇が蔓延している。悲劇の中で輝くもの。異能で満ちた世界。そこでしか、幻想殺しは効果を発揮しないから」

 

真守は純然たる事実を口にする。それを大前提として、この世で最も翻弄されていた少女は人間をまっすぐと見つめる。

 

「それでも、上条が自由な法を持っていたから悪いという理由にはならない。それは体の良い言い訳だ。お前が大多数の犠牲を払って突き進んできた事は変わらない。お前はこの悲劇で満ちた街の王らしく、全ての悲劇を演出してきた」

 

真守は悲しくて、顔を歪める。

アレイスター=クロウリーはこの世が悲劇で満たされていることを嘆いていた。

その悲劇を消すために、アレイスターは学園都市を生み出した。

 

その学園都市を、アレイスターは悲劇で満たした。多くの悲劇を苗床にして、全てを救おうとした。そして復讐を果たそうとした。

悲劇が嫌だったから世界に対して反抗したのに。結局、悲劇に頼らなければならなかったなんて、あまりにも悲し過ぎる。

 

「……何が何でも犠牲を最小限にして、みんなが幸せになれる世界をお前が構築しようと本気で努力したら。この学園都市はもっと違う形になっていただろう」

 

上条当麻は真守の悲しそうな言葉に後押しされて、声を絞り出した。

 

「お前は見過ごせない……」

 

上条当麻が呻くように呟くと、アレイスターは『なるほど』と、頷いた。

そんなアレイスター=クロウリーへと、上条当麻は自分の考えを叫んだ。

 

「原因に何があろうが、お前が朝槻を本気で助けたいと思っていたとしても。その理由に共感できる部分があったとしても、アンタは明らかに方法を間違えた! 止めてみせる。この街をこんなにしてしまった力を振りかざしたとしてもだ!!」

 

「……間違いをもって間違いを正す、か。そういう風に伸びるのであればそれもまた結構。だが少々主観に偏り過ぎた結論ではないのかね? たった一人の少女が許したところで、君の立ち位置が変わることはないよ」

 

上条当麻はアレイスター=クロウリーの言葉によって黙ることしかできない。

アレイスターの言う通りなのだ。

何故なら現在、この学園都市には星よりも多い悲劇によって満ちている。

超能力者(レベル5)第一位が上条当麻を許しても、他の超能力者やその他の能力者達の憤りが消え失せるわけじゃない。

 

「──いいや、真守の言う通りだ。上条当麻、クソ人間に流されるんじゃねえよ」

 

声を上げたのは、垣根帝督だった。

垣根はこの世で最も愛おしい少女に同意しながら、アレイスターを睨んだ。

 

垣根帝督は学園都市に星の数ほど存在する悲劇によって、大切なひとを失った。

アレイスターが上条当麻のために用意した悲劇に遭遇した少年。

彼が上条当麻を赦すのは、この場で最も価値がある赦しだった。

 

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