※次は六月二六日、月曜日です。
かつてエルダー=マクレーンはアレイスター=クロウリーに告げた。
ケルトの位相もろとも魔術を殲滅させようとするアレイスターを、許すことはない。
だがそれでもアレイスター=クロウリーの望むその道を拒みはしない。
だからこそ進み続けろと、エルダーは呪いの言葉を告げた。
そして互いの悲願が叶った後、笑いあおうと。エルダーは永遠の友と定めたアレイスターに言い渡した。
アレイスターの目の前にいる存在も──
だが彼女は呪いのような約束をアレイスターと交わした時から、明確に変わった。
アレイスターのすぐそばで少年少女たちを見守ることにより、変化したのだ。
そしてアレイスターの敵になるべくして、動き出した。
「エイワス!」
アレイスターが鋭く叫ぶと、エイワスから天の暴虐が放たれた。
それをエルダー=マクレーンは持っていた扇子で弾き飛ばした。
エイワスの一撃を防いだエルダー。そんな彼女にすかさず、聖守護天使は翼を放つ。
エルダーはエイワスの次の攻撃に備えて身を翻す。
そしてゆらゆらと揺れる猫の尻尾で、華麗にエイワスの翼をしのいだ。
『ワタシはエルダー=マクレーンであり、トートタロットという名の「
以前にインデックスが説明したことだが、魔道書の『
エルダーもまた、魔道書の一冊だ。
自分で魔力を生成する力はない。だがエルダーに刻まれた禁忌の記述が、魔力を生み出す。
だからこそ、エルダーは魔術を使える。生体ではないから魔術を使えないということにはならない。
エルダーはエイワスの攻撃をしのぎながら、目の前の事態に理解が及んでいない上条たちに説明する。そしてエルダーはエイワスに拮抗しながら、妖艶に微笑んだ。
『GD正式モデルから派生した変則ソートであるトートタロットの中には、聖守護天使エイワスの
アレイスター=クロウリーはエイワスに出会った事で、最後の審判が訪れたと解釈した。
だからこそエイワスを象徴する
『ワタシはトートタロットの「
『ははっ! 恋査と同じだな。その魔導書には私から力を引き出す記述もあるか!!』
恋査というサイボーグは自身を組み替えて、近くにいる能力者たちに自身を接続していた。
既存の力をわがものとして、恋査は流用していたのだ。
つまりエルダーは恋査と同じように、光臨したエイワスの力を強引に自らのものとして流用することができる。
『だが借り物は借り物だ。いつまでもは保たんぞ?』
エイワスが殊勝に告げる中、エルダーはにやっと微笑む。
『それで良いのだ。時間稼ぎで良い。オマエも感じるであろう。ワタシたちを浸蝕する、この世で最も自由な少女を』
エルダー=マクレーンが勝利の兆しの言葉を口にした瞬間。
エイワスの体がジジッとブレた。
ノイズが走り、その頭部の中心に秘められている小さな三角柱が垣間見える。
それは、明らかに異物が混ざりつつある証拠だった。
その異物とは「永遠」でありながらも移り変わり、世界の流れに新たな定義を組み込む力だ。
すなわち、朝槻真守の力の本質。それがエイワスを侵しているのだ。
『くっくっ』
エイワスはくつくつと笑う。そして真守を見た。
真守は汗を額に滲ませて、懸命に顔をしかめている。
エイワスという超常存在に、人生で初めてのハッキングを仕掛けているのだ。
必死に自らを純粋な力で浸蝕しようとする真守。そんな真守を見て、エイワスは笑った。
『此度もまた失敗、か』
エイワスは学園都市の能力者の力によって、自身を形作っている。
そして自由になったとしても、朝槻真守も能力者だ。
そのためエイワスはパスを逆流される形で真守に侵食されて、体が保てなくなる。
丁度目の前の少女が生まれるべくして生まれ落ちたように。
この世界には、自らを傷つけるものがまだ残っている。
そしてそれは時代を経る度に多くなっていく。
その事実が喜ばしいエイワスは、自身が不利な状況に追い込まれても笑っていた。
『まったく世界とは簡単なように見えて、存外に広いものだよなあ。アレイスター?』
エイワスはその言葉を残すと、ふっとその場から消失した。
真守はエイワスを浸蝕して乗っ取ることはできなかった。
だがこの世界からエイワスを退却させる事ができた時点で、真守の勝利だった。
「う。……ちょっと疲れた……っ」
真守はエイワスが消えた瞬間、小さく呟く。
そして、身体から力が抜けてその場に崩れ落ちた。
「真守っ!」
垣根はその場に崩れ落ちた真守のことを受け止める。
真守は垣根に支えられて、ふにゃっと笑った。
それを見ていたエルダーは、ニヤッと笑った。
『次は
エルダー=マクレーンに舞台を整えられて、上条当麻が前に出る。
どこにでもいる普通の男子高校生であり、この学園都市が悲劇で満ちた元凶である少年。
上条当麻は全てに決着を付けるために、アレイスターに立ち向かう。
「……私は位相だらけで無数の色眼鏡を挟んだ、偽りの景色を拭い去る」
上条当麻を前に、アレイスターは決意の言葉を吐く。
「全ての位相を撃滅し、誰もが知らずに振り回されるこんな世界を正してみせる! リリスの死一つに留まらない、あそこまでの悲劇が仕方がないよで埋もれてしまうような世の中を丸ごと造り替えて見せる! そのためなら、私は、そのためだったらッッッ……!!」
「アレイスター」
自らの決意を叫ぶアレイスターに声を掛けたのは、真守だった。
真守は慌てて近づいてきたインデックスと
「私はこの世で最も運命に翻弄された人間だ。でも同時に、私はこの世で一番の幸せ者なんだよ」
真守は自分の周りに寄ってきてくれた大切な人たちの中心で、柔らかく微笑む。
「私は確かに得られなかったものがたくさんある。でも、それ以外にたくさんのものを得ることができた。手に入れられなかったもの以上に、私はとてもかけがえのないものを得られたんだ」
朝槻真守は学園都市に流れ着いて、多くのものを手に入れることができた。
源白深城に、人間として大事なことを教えてもらった。
垣根帝督に、一人の女の子として愛情を享受できている。
かけがえのないクラスメイトたち。自分が助けてきた人々。
そして自分の神性を必要としてくれた、純粋な概念として愛らしい『彼ら』。
真守はマクレーン家に、ケルトの一族の一員として受け入れられることはない。
それこそ真守が手に入れられなかったものだ。だがそれでも、真守は家族としての愛情を手に入れることができた。
ケルトの一族ではなく。血族として、マクレーン家は朝槻真守に愛情を注いでくれる。
それ以外にも、七月初旬に接点を持って交流を深めるようになった十字教徒の人々とも、真守は絆を紡ぐことができた。
優しく自分を支えてくれる、多くの人たち。
真守は彼らの事を想って、疲れを感じながらも満ち足りた気持ちでアレイスターへと声を掛ける。
「運命というのは出会いと別れのコトだ。幸福と不幸を同時に生み出すものだ。そして不幸を乗り越えた先には必ず幸福がある。その全ての幸せを──私は、お前に奪わせたりしない!」
真守の決意の言葉を聞いて、アレイスターは緩く首を振る。
「……詭弁だ」
かつて自らが救うべきだったが、救えなかった姫御子。
朝槻真守を前にして、アレイスター=クロウリーは叫んだ。
「そんなものは詭弁だ! 黒幕も陰謀もなく、ただ意味もなく偏った世界の中からパンくずにも劣る幸福を掴ませて拍手を贈る事に幸せなどない! その傍らで踏み潰される者たちだっているのに!!」
アレイスターは思いの丈を口にすると、真守を睨んだ。
「あなたは結局運命に翻弄されても生かされているから、そういうことが言えるんだ!!」
確かに朝槻真守は、なんだかんだ言って生かされている。
この世界にとって大事な存在だからだ。
その在り方の本質が、そもそも世界にとって好まれるべきものだからだ。
結局、朝槻真守は運命に翻弄されながらも運が良くて。
それが悲しいから、アレイスター=クロウリーは全てを破壊しようとしている。
「──それなら!!」
アレイスター=クロウリーは絶叫にも近い声を聴いて視線を動かす。
そこには、上条当麻が右拳を握り締めて立っていた。
何が正しいのか、上条当麻は分からない。
それでもアレイスター=クロウリーは、悲劇を食い物にしながらも大きな物へと立ち向かうことが正義だと信じて疑わない。
そんなアレイスター=クロウリーに。
この疑問だけは、上条当麻もぶつけておきたかった。
「何の罪もないリリスの魂は無事に天国へ向かった、彼女はそこで笑ってる!! そんな風に信じる行いすらもアンタは踏みにじり、無条件で否定するっていうのか!?」
息の詰まる音が、静かに確かに響く。
「教えてくれよ、神秘の否定者」
上条当麻はアレイスターに畳みかける。
「アンタにとって結局リリスの『その後』はどうなったんだ?! ただ単純に科学の方程式に当てはめて、生命活動を終えたたんぱく質の塊が土の下で腐敗に任せていくばかりだって思ってるのか!?」
一人の無垢なる人間が死んだ。その人間は何も悪くない。
だからきっと、天国で幸せに暮らしている事だろう。
そう信じるしかできない程に悲劇が蔓延する世界なら、その信仰こそ救いになる。
そんな救いの手すら、お前は否定するのか。
そういうことを、上条当麻はアレイスターに問いかけていた。
「失われた何の罪もない命がそれでも天国で笑ってる。そんな風に信じる行いすらも、アンタは無条件で否定するべき事なのか?!」
上条当麻は思いの丈を叫ぶ。
そして誰もが理解できる、アレイスターが目を背けていた事実を口にした。
「失われた命がそれでも天国で笑っていると信じる事ができたなら、アンタは復讐になんて走ることをしなくて良かったんだ!!」
命が喪われても、その命を持っていた魂は天国で幸せにしている。
そう信じられれば、アレイスターはかつての友や師を殺さなくて良かった。
『黄金』を崩壊させる事も、しなくてよかった。
アレイスターは呆然としたまま、唇を震わせる。
「まやかしだ」
「かもしれない」
「そんな不確かなものに揺さぶられるほど、私の思考は細くない!」
「だけど俺は信じてやらなきゃいけないんだ!! アンタの娘はきちんと天国へ行ったんだって!! 何も悪い事をしてない人間が死んだ後も報われないだなんて絶対に間違ってるって、俺はアンタの代わりでも何でも、信じなくちゃいけない!!」
上条当麻は決して認める事ができないアレイスターの代わりに願う。
幼くして死んでしまったリリスが、天国でも笑っていることを。
アレイスターは緩く首を横に振る。
アレイスター=クロウリーは、これまで多くのものを踏みにじってきた。
だから上条当麻の言い分が正しいと感じても、自らが間違っていたのだとすぐに受け入れる事はできない。
「魂の正体が何なのかは分からない。天国なんてものが具体的にどこにあるのかだって説明できない。だけどそこはあって、そいつは外から奪われるなんて事があっちゃならない!! 残された俺たちも命を粗末にしちゃいけないんだ!!」
上条当麻はそう叫び、アレイスター=クロウリーを倒すべき敵と認定する。
「こればっかりは否定させないぞ。アレイスター=クロウリー。たとえお前があの子の父親だろうが、絶対に否定させるわけにはいかないんだ!!」
32、30、10。その数字が火花のように散ると、アレイスターは右手を拳銃に見立ててイメージの弾丸を撃ち出した。
アレイスターの攻撃を完封できる真守はエイワスを退却させて疲弊しているため、動けない。
だから上条当麻は、異能を打ち消すことができる能力が宿った右手の拳を使った。
イメージを振り払って、上条当麻は異能による攻撃から身を守った。
次の瞬間に、アレイスターは
だがエルダー=マクレーンが、アレイスターに持っていた扇子を投げつけた。
その扇子は虚空で不可視の杖に、確実に突き刺さる。
そして銀色のねじくれた杖は床へと転がった。
『亡き者のために拳で戦おうとしている人間に、亡き者の父が回答に怯えて小細工で逃げる。それは良しとするコトはできぬぞ、アレイスター』
エルダーが睨む中、上条当麻はアレイスターの懐に入った。
アレイスタ=クロウリーは即座に奥の手に染めようとした。
それは自分が行使した魔術によって生み出される火花や飛沫に似た力を、狙った場所へ送りだす技術だ。つまり『運命』を自分の悪意のままに操り、他者を害する秘術だ。
だがその秘術は最愛の娘を死に追いやった力と同系統のものだ。
憎きモノと同じ罪に塗れるという矛盾した奥の手。
その奥の手に最後に縋りつかなければならないアレイスターは、心が張り裂けそうな思いだった。
そしてアレイスター=クロウリーは常に失敗を繰り返す。
だが上条当麻は最初から回避など微塵も考えていなかった。
クロスカウンターなど簡単な言葉ではなかった。
両者の攻撃はどちらも防がれる事無く、両者の肉体に深く突き刺さった。
上条当麻の脇腹に抉り込むような不可視の一撃が入り、肋骨が犠牲になる。
アレイスター=クロウリーの顔面には上条当麻の拳が埋まっている。
顔面の骨が砕ける感触が、上条当麻の拳に伝わる。
永遠にも、刹那のようにも感じる時間が過ぎ去る。
「どう、して」
アレイスター=クロウリーは、沈黙から声を絞り出した。
何故、自分が負けたのか。
世界の真理を嫌というほどに知り尽くし、やがて娘の死と同じ力を得た稀代の魔術師。
その口からシンプルな疑問が出た時、上条当麻は告げた。
「……アンタの敗因はな。いつの間にかリリスの魂と尊厳を守る側に立てなくなった事。そして自分が本当に守りたかったものを傷つけた事。たったそれだけだったんだよ」
上条当麻の宣言と共に、アレイスター=クロウリーの体は床へと崩れ落ちた。
そんなアレイスターを、いつの間にか駆け出していた朝槻真守が抱き留めた。
アレイスターはボロボロになった顔面のまま、少女の腕の中にいる事に呆然とする。
真守はぎゅっとアレイスター=クロウリーを抱きしめて、口を開いた。
「ゆるす」
真守の口から飛び出た言葉に、アレイスターは目を見開いた。
「私が許す。本当にまだ頑張りたいなら、私が手伝うから。運命が許せないなら、私も一緒に戦うから」
真守は真正の人間であるアレイスターを優しく抱きしめて、目を細める。
「お前は、もう幸せになって良いんだ。どうか自分を責めないでくれ。一人で頑張るコトなんてしなくて良い。たくさん悪いコトをしたなら、これからそれ以上に世界に優しいコトをすれば良い。私も一緒に頑張る。だからもう大丈夫だ」
柔らかな肢体。温かい体温。
確かにそこに息づいている命を感じて、アレイスター=クロウリーは体から力を抜いた。
その瞬間、とんっという軽い音が響いた。
「…………────え、」
その言葉を呟いたのは、誰だっただろう。
この場の誰もが呟いたのかもしれないし、当事者である朝槻真守やアレイスター=クロウリーだったかもしれない。
だが虚を突かれる言葉が口から零れるのも納得である。
何故ならアレイスター=クロウリーと朝槻真守の心臓に、分厚い刃が貫通していたのだ。
二人の命を確実に刈り取る死の刃が、柔らかな肢体に突き刺さっていた。
真正人間への反逆篇、終了。
次回、大悪魔光臨篇。