次は九月四日土曜日です。
『真守ちゃん。昨日も夜遅くまで机に向かってたけど、朝起きてからもずっと何調べてるの?』
真守が病室で自分の机に座ってPCに向かっていると、ふわふわと宙を浮く深城が後ろから声をかけてきた。
深城に話しかけられたので真守が時間を見れば、もうすぐ昼といった頃合いだった。
「……MARの公的記録を調べていたんだ。先進救助隊、という名前は伊達ではなくてな。昨日で全ての記録の閲覧が終わらなかったから続きを見てる。ざっと見て分かった事だが、どうやら
『へえ。で、何か分かった?』
「……今のところ、綺麗すぎて違和感がある」
『何か隠してるってことぉ?』
「十中八九な。これからネットに潜ってみる」
真守は深城と話をしながらハッキング用のPDAを取り出して能力を解放した。
真守は頭に猫耳のような
そして椅子に座っているお尻からは背もたれを避けるように尻尾のように長いタスキを伸ばし、その根元にちょこんとリボンのような正三角形を二つ取り付けるように現出させた。
掌からパリパリィッと電気が
「…………綺麗すぎる理由が分かった。情報の流れを操作されている」
『
「うん。流れが人工的に整ってるから私が違和感を覚えたんだな。……む。情報の流れに逆らった先で、プロテクトが何重にも仕掛けられてる。……だが私には無意味だな」
真守は深城の質問に答えながらハッキングを続けて、流れに逆らい、硬いプロテクトを突破して隠された情報を表示した。
「な」
表示されたとある人物の秘匿されたプロフィールを見て、真守は思わず声を上げてしまう。
「テレスティーナ=
『……きはら』
真守が驚愕の表情を浮かべている隣で、深城がぽそっとその名前を呟いた。
『木原』。──木原一族。
自身の
彼らの目指す目的は科学を大いに発展させるが『科学に犠牲は付き物』として科学のためにならばどんな犠牲も
真守は彼らを『素晴らしい科学技術を悪用しなければ気が済まない』人間の集まりだと思っている。
良い事をしようとしてその過程としてどす悪いものを生む、という善を悪に利用するとも言い
木原の犠牲になる子供たちは大抵が身寄りのない
学園都市に利用価値があるとして
真守は研究所を壊滅させて脱走した後、様々な研究所を襲っており、その際に木原と衝突した事がある。
その木原を真守は一撃でこの世から『抹消』したが、置き土産に相当苦労させられたのだ。
能力開発を行っているが故に能力者の隙を突く事に長けている木原一族は、真守にとっても脅威的な存在だ。
「でも変だな。こざかしい木原が自分の名前を隠してまで
『真守ちゃんはたくさんの木原に会ってるからよく理解してるもんね』
「ああ。木原らしくないと感じるならば、普通の木原と違う事情持ちかもしれないな」
真守は深城と会話しながら『テレスティーナ=木原=ライフライン』という名前で検索をかけていく。
テレスティーナ=木原=ライフライン。
そしてそこには『能力体結晶の第一被験者』と記載されていた。
「モルモットにされた木原? ……確かに木原らしくないような事情だな。それにこの情報が正しければ、コイツはファーストサンプルを所持している事になる。……よし。ハッキングして調べ上げて丸裸にしてやる」
真守がPDAでハッキングを開始すると同時に、携帯電話が鳴った。
画面をスライドして表示させると、そこには『木山春生』と書かれていた。
「もしもし」
〈あの女は木原幻生の関係者だ! 子供たちを利用するつもりで私から奪ったんだ!〉
「落ち着け、木山。こちらも今把握した。お前は今どこだ?」
〈子供たちを取り戻しに行く!〉
真守が興奮している様子の木山を
「お前一人でか?」
〈もう調べた! すぐにでもあの子たちを取り返さないと大変な事になる!!〉
木山はそこでブチッと電話を切った。
「あ、ちょ……っああ。まったく。……本当に研究者らしくない、あの女……!」
通話を切られた携帯電話を見つめながら真守は毒吐くが、その視線には木山の教え子たちに対する愛情を敬う温かさが乗っていた。
「とりあえずこちらは情報を集めてから動くとしよう。さっきのプロテクトは崩し甲斐があった。本気出して丸裸にしてやる」
真守はペロッと唇を舐めて
「……そうだな。木山のフォローにあの子を寄越してもいいか。何も知らないと言っても
真守は携帯電話を取り出して操作すると、とある人物に電話をかけた。
御坂美琴。
表の世界に生きていようと
(三流の木原なら、慣れるのには丁度良い相手だな)
真守は親切心からそう心の中で呟くと、美琴へと連絡した。
──────…………。
真守は高速道路の上空を飛びながら学園都市の街を
「アレか」
真守が呟きながら見た先の高速道路では、民間の輸送車が三台走っている。
真守は空中で静止してその三台の輸送車に向かってピッと人差し指を向けた。
真守の演算開始に合わせて
その人差し指から生成した源流エネルギーが六本の細いビームへと変質して発射された。
ガガギギ! と、歯車が噛み合って鳴り響く重低音を響かせながら蒼閃光が
エンジンを駆動させる前輪に不具合が生じて、三台の輸送車はその車体を崩すことなく安全にスリップする。
真守がそういう結果に落ち着くように演算を組み上げたのだ。
慌てたMARの職員たちが出てきたところに真守は急降下。
手加減の意味を込めて肉弾戦を用いて全員を昏倒させた。
状況が終了すると、真守は辺りを警戒しながら携帯電話を取り出して手早くメールを送った後、
「先生。子供たちを取り戻した。教えたポイントに
〈キミはどうするんだい?〉
「子供たちが保護されたのを確認したら第二三学区の閉鎖された推進システム研究所に行く。あそこが木原の隠れ家だからな。必要なファーストサンプルのデータ奪ってくる。後、騙されて
〈分かったよ?〉
真守はそこで通話を切って、病院車が来るまで待機する。
病院車とは観光バス程の大きさの特殊な救急車の事で、内部で手術を行う事ができる特殊車両だ。
日本では小回りが利かないと言われて失敗作とされたが、
真守が病院車を待ちながら辺りを警戒していると、携帯電話に再び着信があった。
見てみると木山でも
〈真守、お前どこ行ってんだよ〉
「ちょっと木原潰してる」
〈は?! テメ、……待て。木原ってあの木原か?〉
真守がケロッとした様子で告げると、垣根は怪訝な声を上げながらも、『木原』という名字が学園都市の癌である『木原一族』の『木原』なのかと訊ねてきた。
「そうそう。MARのテレスティーナは木原である事を隠してたんだ。本名はテレスティーナ=木原=ライフライン。あいつ、能力体結晶の完成のために子供を使うつもりだったらしい。まあ、木原らしく研究目的を
真守がテレスティーナを『木原らしくない』と評価するので、垣根は真守が木原について詳しい事を悟りながらも、そんな真守でも木原は危険だと考えて焦った声で問いかける。
〈お前まさか今から木原のところに一人で乗り込むんじゃねえだろうな?〉
「木山も来るぞ」
〈戦力として役に立たねえじゃねえか!〉
電話越しに怒鳴られて真守は耳がキーンとなってしかめっ面をしながらも告げた。
「大丈夫だ。木原の相手は心得ている。……前に
〈……っそういう問題じゃねえんだよ。今どこにいるかさっさと吐きやがれ!〉
真守の
「これから第二三学区の閉鎖された推進システム研究所に行く。……あ、病院車来たから切る。じゃあな」
〈テメッ待ちやがッ────…………〉
真守は強引に垣根との通話を切ると、病院車にこちらに来いと手を振って指示を出した。
──────…………。
真守は広い研究室の前のコンソールの前に立っていたが、バタバタと走ってくる音が聞こえてきて振り返った。
「木山、遅かったな」
真守がひらひらっと手を振ると、木山は真守に近づいてコンソールのモニターを見た。
「今、どんな状況だ?」
「データを抽出しているところだ。プロテクトが意外に硬くてな。流石木原といったところだ」
「そうか。……本当に、ありがとう」
真守に木山が感謝を告げていると、真守は後ろにいる人物に気が付いた。
そこには初春飾利とバットを持った見た事のない少女と、白井黒子と御坂美琴が立っていた。
御坂はボロボロで白井に肩を貸してもらっている状態だった。
美琴が真守を見つめてすまなそうな顔をしているのを、肩を貸している白井は美琴を心配そうに見つめていた。
「……あの、朝槻さん。私、」
「さっきも電話越しに言ったが、お前は謝らなくていい。木原が
真守が素直に思っている事を告げると、美琴は目を伏せながらもそっと微笑んだ。
「さて、データの抽出はどんなじょうきょ、────……っ!?」
真守がコンソールの方を向いた瞬間、キィ────ンと不快な音が施設内に響き渡り、頭が
真守は頭を片手で押さえたまま、激痛でよろけて思わずコンソールに右手を突いた。
「どうした!?」
真守が頭を
無事なのは真守が名前を知らない少女だけだ。
「これってキャパシティダウン!?」
名前を知らない少女が苦しみ出した真守たちを見て、周りを見渡しながら叫ぶ。
「キャパシティダウンとは!?」
「うえっ!? ええっと。能力者の演算を妨害するーとか、なんとか!
木山が無事な少女に問いかけると少女は曖昧な説明をする。
(…………っ、AIMジャマーに似た対能力者用の音響兵器っ……!?)
少女の説明を聞き取った真守は苦しみに
「この────クソガキ共が……」
真守が激痛の中で顔を上げると、頭から血を流して紫色の
「みさか……っ!」
真守が必死に声を上げるが、美琴が気づいた時にはテレスティーナが手に持っていた白いランスを振りかぶっていた。
「さっきの礼だぁっ!!」
そのランスによって白井と一緒に美琴は振り払われて壁へと激突する。
「白井さん、御坂さん!」
「貴様ぁあああああっ!!」
初春が叫んだ瞬間、真守の隣から木山が怒りに身を任せてテレスティーナへと特攻していった。
だが
「………………バカだな、お前」
真守はテレスティーナを睨みつけながら息を途切れ途切れにさせながら告げる。
「あーん? なんだ、テメエ。一体どこから湧いて出てきやがった?」
テレスティーナは真守の事を睨みつけて顔を不愉快そうに歪ませながら問いかけきた。
「能力体結晶で……っ
真守が頭を押さえながらテレスティーナを嗤う。
そんな真守を見つめてテレスティーナは顔を歪ませるが、突然息を呑んだ。
「お前、まさか
テレスティーナが真守を信じられないような目で見つめる中、真守は激痛に
「確かに、…………っ能力体結晶による、自らのAIM拡散力場を意図的に暴走、増幅させて、……っ
真守は激痛に耐えながらも、テレスティーナに説明し続ける。
「それに、そのプロセスには……、能力体結晶に適合する事が、大前提だ……。能力体結晶を、投与され、れば、体は傷ついて最後には確実に『崩壊』する……っ……っお前の研究は…………過程からして、破綻しているんだよっ……!!」
「……その破綻を
テレスティーナは激昂して真守の下まで一直線に向かうと、持っていたランスで真守の腹を力強く突いて、そのまま上げて宙へと
『実験材料』
人の命を
その言葉を聞いた瞬間、真守の中でプツン、と何かが弾けた。
「──────ふふっ」
普通なら突かれた腹の痛みに耐えらないはずなのに、真守はテレスティーナを
瞬間、その場にいた人間のほとんどが感じていた痛みを忘れるほどの恐怖が彼らを襲った。
真守の笑みは、見ている者たちが食われる側だと心の底から理解させられるような、ゾッとするような笑みだった。
研究者であり真守たちをモルモットだと思っているテレスティーナでさえ、そんな表情をする真守に狩られるかもしれない、と恐怖を感じた。
「実験材料、か。そうだよな。お前たちから見たら、私たちはそういうモノだよな」
真守はテレスティーナの言葉を聞いてくつくつと嗤い、ギロッと鋭い眼光でテレスティーナを射抜いた。
その視線には人間の業に対するあらゆる全ての負の感情が込められていた。
悲しみに憎しみ。怒りと恨みつらみ。軽蔑、そして嫌悪に敵意。それと──殺意。
それら全ての感情の根幹である絶望と、ほんの少しばかりの恐怖も混じっていた。
「……やっぱり。……あんな、あんなおぞましイ存在を手に入れるためにお前たちはどこまでもヤるつもりなんだな!?」
真守が怒号を上げると、テレスティーナはそれを聞いて表情を変えた。
「お前、何を知っている!?」
「……っふ。ふふふ」
真守はテレスティーナの問いかけに低い声で笑った。
「あははははっ!! あははっははははっ!!!! はははっあはははは!!」
真守は狂ったようにひとしきり笑うと、自分に言い聞かせるように叫んだ。
「ああ、そうだ! お前たち研究者は本当にバカばっかりだ!
真守の豹変っぷりに固まっていたテレスティーナを真守は決意を秘めた瞳で睨みつけてから宣言した。
「
テレスティーナを睨みつけながらも、真守はここではないどこかを見つめていた。
凡人から
そこへ真守は、
「その後ヲmeewは──────塵ipev浄fl殺────iルがなァァァ!!!!」
真守がブレた言葉を吐いた瞬間、真守から何かが放たれた。
それに衝撃を
テレスティーナは真守をランスで縫い留めていたが、その空間を軋ませる圧倒的な力に思わずランスを手放してしまった。
自分を縫い留めていたランスが地面に落ちて転がっても、真守は辺りに満ちている爆発的な力を基点にして宙に浮いていた。
その爆発的な力を真守が束ねると、真守の体から十数本の灰色の竜巻でできた
その灰色の竜巻で構成された翼がわずかに揺れ動く度に、空間が悲鳴を上げた。
「…………うっっぐぐぐ────あああァっ!?」
だが突然真守が顔を苦痛で歪めると、見開かれた真守の両方の白目が赤く染まり上がった。
キャパシティダウンによって暴れ狂う力を上手く押さえつけてコントロールする事ができずに、真守は苦しみ出す。
だが突然、体を宙に固定したまま四肢をぶらん、と
そして真守を中心にガギギギ! と、どす黒い閃光が歯車を砕くような音を響かせながら
「な、なんだよ。お前……一体、なんなんだよぉおおおおお、テメエぇえええ!!」
テレスティーナが真守に向かって恐怖の雄たけびを上げた瞬間、真守はだらりと下がっていた右手をテレスティーナへと向けた。
真守の体から十数本も伸びていたその灰色の翼の竜巻の数本が、真守の右手に呼応するかのようにテレスティーナを貫く。
真守の灰色の翼に貫かれた瞬間、体中の骨が折れた事により、テレスティーナは失神する。
そしてそのまま背後の壁にまで吹き飛ばされて壁にクレーターを作り上げた。
テレスティーナが真守に撃破されても、キャパシティダウンが止まる事がなかった。
テレスティーナがスイッチを入れただけで元々の装置は止まっていないからだ。
だからキャパシティダウンの音は不条理にも鳴り響き、真守の演算能力を妨害し続ける。
「……………………うるさい、るさい。うるさいうるさい、るさいうるさい」
頭が割れそうで自分が生み出した
このままではマズい。
全てが終わってしまう前に、このうるさい音をどうにかしなければならない。
「あああ、あァあああうううゥう────……! ……っぶち壊して殺る!!!!」
赤い白目に浮かんだエメラルドグリーンの瞳を震わせて真守は叫びながら、キャパシティダウンを発生させている装置がある場所を感知した。
真守はその装置がある方向へと、障害物関係なく灰色の翼を叩きつけた。
ドゴッ!! という鈍い音と共に瓦礫が散乱して、土煙がまき散らされながら真守の灰色の竜巻がその装置まで一直線に伸びて貫いた。
キャパシティダウンが破壊されたことによってその不快な音が鳴り止む。
演算が妨害されなくなったのでコントロールを取り戻したが、真守は演算の妨害をしながらも
真守が鋭い重低音を響かせながら地面に落下するとクレーターができるように地面が陥没し、亀裂が入って地面が瓦礫としてめくれあがった。
真守が撃沈しても、真守から伸びた無数の灰色の竜巻で構成された翼が消え去るのは少し後の事だった。
暴れに暴れ回ったその十数本の翼はフロアをぶち抜き、地面を砕き、壁を貫通する。
そしてひとしきり暴れ回った灰色の翼は空気に溶けるように消え去った。
圧倒的な破壊力を持った十数本の灰色の竜巻で作り上げられた翼。
だがその翼は最後まで、データが入ったコンソールや美琴たちを襲う事はなかった。
メルヘンの波動を感じる……。